昭和後期の超人気作家 西村寿行は本当に凄すぎた! VS大藪春彦編(大藪春彦の食事は完全肉食。ステーキ・すき焼き・ボロニアソーセージ)

はる坊です。

西村寿行をハードボイルド小説家・バイオレンス小説家で括るならば、先達である大藪春彦と比較をしてみるのも面白いと思います。
調べてみると、西村寿行と大藪春彦にはいくつかの共通点と相反している点があります。

香川県高松市に縁があること

西村寿行の場合

西村寿行は1930年11月3日に、高松市男木島で網元の家に生まれています。

祖父は男木島漁協に顔写真が飾られていたといいますから、小さな島ではあっても名士の家系ではないでしょうか。

著作のプロフィールでは、旧制中学校卒業と書かれていますが、本人は、「行っていない」と答えていたり、自称〝小学校中退〟と書かれている資料もあり、実際のところはよくわかりません。

ただ、実兄で同じく作家になった西村望は、(津山事件を題材にして小説も映画もヒットした『丑三つの村』や別子銅山の社宅で起きた実際の事件を題材にした、『薄化粧』が代表作です。)

男木小学校を卒業後、単身満州に渡り、測量技師を目指して大連の工業学校に入り、卒業後は南満州工業専門学校に進学しますが中退。1942年南満州鉄道に入社しています。

西村寿行作品に見られる漢籍の素養は、実家に漢詩や漢文しかなかったからだと本人も認めていますが、その一方で、『密林の孤児 バルーバの冒険』『吼える密林』『大アマゾンの秘密』など、1930年代から1950年代に活躍し、『怪盗ルパン全集』が小学校の図書館には必ず置いてあった南洋一郎の冒険小説やターザン映画も好みました。

親戚を頼って大阪へ出て運転手になるまでは、父親が網元だったこともあり、地元で漁夫をしていました。

大人になると岩波文庫に触れて、文豪ヘミングウェイの作品やショーロホフの『静かなドン(静かなるドン)』も愛読書になりました。

高松・男木島にいた時代は、荒っぽい男たちに囲まれながらも、海に囲まれた平和な暮らしだったようです。
後年、エッセイで男木島を綴った文章は、そこはかとない故郷愛に満ちています。

大藪春彦の場合

大藪春彦は1935年2月22日に、日本の統治下にあった韓国・京城(ソウル)で物理教師・大藪静夫と母フジノの長男として生まれています。
兄妹は妹が3人。

のちに大学受験で、数学の試験がなかった東京外国語大学の受験に失敗していますが、理科は0点だったといいます。
大藪は父親と軋轢があったようですが、父親に反発して理科系科目を勉強しなかったのか、それとも、元々苦手だったのかはわかりません。

しかし、銃や自動車のメカニックには非常に興味を示していて、自ら分解してその仕組みを確かめることさえしていたのですから、理工系の素養がなかったといえないと思います。

敗戦後、命からがら日本に引き揚げてから、最終的には、先に日本に帰り着いていた父親が教師を務めていた香川県に落ちつきました。

後年、本人が語るところによると、当時の香川県は排他的な雰囲気が強く、よそ者である大藪はなかなか受け入れてはもらえず、喧嘩を繰り返していたようです。

その後、木田高等学校(現在の高松東高等学校)に入学しますが、脊椎カリエスを患い休学。復学後は名門・高松第一高等学校(高松一高)に転校して卒業しています。高校時代はロシア文学に耽溺する一方、新聞部や演劇部での活動に没頭します。

高校卒業後は、前述したように東京外国語大学の受験に失敗して、四国学院大学の前身である四国クリスチャンカレッジに入学、ここで英語を身に付け、洋書を読めるようになり、チャンドラーのペーパーバックに出会います。

翌年には、早稲田大学教育学部英文科に入学。

古本屋に通って本格的にアメリカのペーパーバックを読みあさったことが、小説家としての素養を身に付けることになります。
在学中の1958年(昭和33年)に江戸川乱歩の推薦により、『野獣死すべし』を発表。

ベストセラーとなり、学生のまま売れっ子作家の道を歩み始めます。

お互いに酒好きだが、食べ物の趣味がまったく違う

西村寿行の場合

活魚料理店を始めてから、本格的に酒飲み始めた西村寿行は、バーボンウイスキーのアーリー・タイムズ(アーリー・タイムス)を終生愛します。
多いときはボトル1本。

少なくてもボトル半分を一晩で飲んでいました。

ビールも飲んでいたようですが、酒=バーボンであり、それは作品にも反映されています。

しかし、食べ物に関しては質素でした。
まず、肉が食べられない。

これは少年時代に自分で牛を育て上げ、その牛が成長して、売られていった光景が、脳裏に残り続けていたことが大きな理由です。

また、魚介類も焼き魚や煮魚、貝類が食べられませんでした。

これは活魚料理店を経営していたとき、

生け簀にいる魚を客の希望に応じて日々調理をしていくなかで、石鯛などは何日か水槽に入れておくと、西村の顔を憶え、出刃包丁で刺したとき、魚の身体が震えるのに、たまらない哀しさを感じたから

だといいます。

サザエやアワビも水槽のなかで飼っていると、客が店に入ってきた途端に、壁によじ登っていたのが、たちまち、石の下に潜り込んでしまう習性があることに、気が滅入ったと記しています。

肉類は豚肉も鶏肉も食べられませんでした。

仕事場で過ごしているときの食事は質素そのもの。

朝:麦8:白米2のおにぎり

昼:麺類(蕎麦など)

夜:バーボンを飲む一方でほとんど食べない

それでもアルコールが入って深い酔いに入ると、食欲が湧いてきて、肉も食べられる。そんな食生活だったようです。

ただし、編集者や知人を招いての祝宴では、酒とともに魚介類が豪勢に並びました。特にカニ。

西村寿行は毛蟹が大好きで、自ら調理した上で、客に料理を振る舞っていました。
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大藪春彦の場合

一方の大藪春彦はといえば、何をおいてもまず肉類でしょう。

肉類を好んだ理由として、排他的な地域で過ごし、また父親と不和であったことで傷つくことの多かった少年時代を過ごし、常に空腹を抱えていたからという恵まれない時代が影響していたと思います。

早稲田大学教育学部英文科入学後には、下宿の食事では腹が保たなくなると、
なけなしの金で、おでん屋台で卵や豆腐ばかりを食べて、タンパク質に異様な執着を見せます。

大学在学中の23歳でデビューを飾り、
生活に困ることがなくなると、好きなモノを好きなだけ食べる状態になりました。

途中、銃刀不法所持で逮捕され2年ほど仕事が激減した時期や、小学館が発行していた雑誌『ボーイズライフ』に連載した小説『血まみれの野獣』の内容が、タイミング的にも、1968年に東京都府中市で発生した〝三億円事件〟にあまりに似ていると指摘を受け、警察に重要参考人として呼ばれ、マスコミから引っ張りだこになったり(なかには、大藪春彦が三億円事件の首謀者・犯人ではないかという向きも)と、その身に災いが降りかかったこともありましたが、作家生活はおおむね順調で、流行作家のひとりに挙げられる状況でした。

値段のことは二の次で、自ら市場へ買い出しに出かけ、モツに始まり、当時は今よりも数段高級品であった牛肉をふんだんに食する生活を送っています。

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『野獣死すべし』もデビュー翌年に映画化。
以降、売れっ子作家として、次々に作品を送り出し、〝オーヤブ・ホット・ノベルス〟や〝大藪春彦活劇選集〟と名付けられたシリーズで二次出版。

1960年~1970年まで、他に7作品が映画化されています。

1970年代後半、80年代前半にも『野獣死すべし』『蘇える金狼』『汚れた英雄』が相次いで映画化され、角川文庫の大藪作品は飛ぶように売れ、1985年分まで長者番付・作家部門に名を連ねています。

すき焼きもステーキも小説に出てくる主人公のように、グラムではなくキログラムかポンド単位で食べており、

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肉を食っていれば、必要なビタミンは全部補給できる

と豪語して、野菜類には、一切手を伸ばさない食生活を送っていました。

大藪の小説を読むと車や銃といったメカニックに関する記述が、これでもか、これでもかというくらい書き込まれていますが、食事シーンもしつこく書かれています。
これは大藪自身が確信的に書いていたのですが、小説の主人公さながらの食事シーンを大藪自身も毎日のなかで摂っていたようです。

まだ、20代の頃、奥さまとふたりですき焼きをするときは、牛肉を3㎏入れ、ステーキ屋でも「サーロイン3㎏」と注文して、「300グラムですか?」と聞き直したボーイに「俺は大藪春彦だぞ」と怒鳴りつけ、編集者と同行した肉料理専門店では、他の客から「大藪春彦だ」と声が上がり、気を良くした大藪は、「こんないい肉をどうして生で食わないのか」と、生で食べ出す始末。

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それ以外では、穴子・うなぎ・ベーコン・大トロが好物。
もちろん、大藪作品に欠かせないボロニアソーセージも大好きだったようです。

また、卵料理でも、大藪ヒーロー同様、分厚いスパニッシュオムレツを好みます。

パンケーキも同じく分厚いものを。
凝り性で、一度ハマるとしばらくはずっと同じメニューばかりを食べました。

大藪の没後、龍子夫人が綴られた手記によると、ハンティングでニュージーランドから帰国した際に、ハンター兼ガイドのリーン・キャッスル氏に教わった、〝リーン・オムレツ〟を大藪自ら「作ってあげよう」と台所に立ち、出来上がったオムレツは大変美味しかったそうですが、それを飽きることなく毎日毎日続けて作るので、ご家族は辟易していったようです。

そして、酒に目を向けると、20代からサントリーの角瓶を毎晩1本飲み干し、その後は、カクテル作りにハマったり、ウイスキーもロバート・ブラウンやサントリーホワイト。さらにワイン、日本酒にも凝り、晩年はホワイトホースを好みました。

さらに、海外にハンティングで出掛けた折には、仕留めた野生動物を食して、

〝象の鼻はゼラチン質で美味い〟

と語っていました。

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当然、こんな食生活が健康にいいはずはなく、徐々に体調を崩していきます。

それは、書かれた小説を読んでも、1970年代になると主人公が守勢に回る姿が描かれるようになったのと無関係ではないと思います。

40代で大量の薬を飲まなければならない身体となり、1982年には47歳で急性膵炎で倒れます。

その後は、龍子夫人や2人の息子、家族の支えもあって体調管理に目を向けたようですが、晩年は健康を損なうことが多いまま、1996年に61歳で生涯を閉じることになりました。

死因は肺繊維症・肝繊維症でした。

同じ大酒のみで、死因も肝不全だったものの、満76歳まで生き延びた西村寿行との違いは、食生活と山歩きで鍛えた身体だったような気がしてなりません。

狩猟(ハンティング)に関する考え方

西村寿行と大藪春彦が、顔を合わせたのお互いの生涯でただ一度だけでした。
徳間書店主催のパーティで、編集者に引き合わされたのです。

話を始めたふたりは、やがて狩猟に関する意見で激突し、大藪が身体を震わせて、

射撃の腕比べで勝負しろ

と激高するに至りました。

西村寿行の狩猟は、日本の山中で犬をパートナーに、傾斜や起伏を計算して、獲物と対峙して銃で仕留めるという孤独なゲームでした。

対する大藪春彦は、狩猟というよりハンティングで、その舞台はもちろん海外です。
草原をジープで走らせ、クルマの中から獲物を撃つというスタイルです。
西村にしてみれば、自身と獲物の言葉のない対話が存在しないことが、理解できなかったようです。

西村は大藪の小説について、こう分析しています。
主人公が探偵や諜報員、そしてスナイパーであっても、どれもパートナーが存在しないワンマンアーミー。

狩猟観の違いがそのまま作品に反映されている、と。

たしかに、『野獣死すべし』の伊達邦彦。『東名高速に死す』を皮切りにスタートした〝ハイウェイ・ハンター〟シリーズの西条秀夫や『汚れた英雄』の北野晶夫。そして『蘇える金狼』朝倉哲也と、作品名と主人公かはすぐに思い出せますが、その他の登場人物の影は異様に薄いことに気付かされます。

大藪春彦の訃報に接したとき、西村寿行は次のように語った

大藪春彦の逝去後、徳間書店は『問題小説』特別号として追悼誌を発行しました。

そのなかで、西村寿行は大藪春彦について以下のように語っています。

“「小説の世界観が全く違った。相容れるものはなかった。ただ、文壇に無縁であることと大酒飲みであることは共通している。
それならば、あのとき殴り合いの喧嘩をしておけばよかった。
殴り合えば痛みがわかる。同じ痛みを共有できる。徹底的に喧嘩をすれば、解り合えて、飲み友達になれたかもしれない」”

西村が、先駆者・大藪春彦を鋭い目でみていたことがわかります。

このとき、徳間書店の西村寿行の担当編集者として、談話を取り付けたのが『共犯者 -編集者のたくらみ-』を駒草出版から上梓された芝田暁さんです。

この方は学術書を手掛ける出版社から徳間書店に移り、その後、幻冬舎を経て独立。その後、ポプラ社に入社して、現在は、朝日新聞出版に在籍しておられるのですが、手掛けた作家と作品がものすごいです。

花村萬月眠り猫』『猫の息子 眠り猫Ⅱ』『屠られし者、その血によりて』(のちに『紫苑』に改題)『なで肩の狐』『狼の領分 なで肩の狐Ⅱ』『紅色の夢

浅田次郎プリズンホテル』『プリズンホテル秋』『プリズンホテル冬』『プリズンホテル春』『地下鉄に乗って』『天切り松 闇がたり』『勝負の極意

梁石日雷鳴』『夜を賭けて』『血と骨』『睡魔』『表と裏』

宮崎学血族―アジア・マフィアの義と絆』『土壇場の人間学』(青木雄二共著)『グリコ・森永事件―最重要参考人M』(大谷昭宏共著)『警察官の犯罪白書』

新堂冬樹無間地獄』『鬼子』『銀行籠城

田口ランディコンセント』『アンテナ』『モザイク』『縁切り神社』『昨晩お会いしましょう

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永瀬隼介帝の毒薬

本城雅人ジーノ 渋谷署組織犯罪対策課刑事

森村誠一氏や五木寛之氏といった大物作家は別として、現在活躍中の作家がその才能を開花させる瞬間に作品を書かせていることに、驚きを隠しきれません。

ひとりの編集者としての生き様を余すことなく書き抜いた本ですので、これはおすすめしたいと思います。

さて、西村寿行と大藪春彦。このふたりが飲み友達だったら・・・・・・。

周囲はとてつもなく大変そうですが、一度、現場を覗いてみたかった気がします。

もちろん、殴り合いになりそうな気配になれば、真っ先に逃げますが。

隅っこで、アーリータイムズの水割りを啜りながら、ふたりの話に耳を澄ませていたいと思います。

場所は、松田優作主演の映画『蘇える金狼』に登場した中華料理店で。

〝スペシャル料理〟を味わいながら・・・

最後まで、お読みいただき、本当にありがとうございました。

現在、アマゾンのKindleでは、西村寿行作品の電子書籍が400円台から読めます。

大藪春彦作品も新品を手に入れることは難しくなっていますが、電子書籍で楽しむことができます。

西村寿行の人生と作品についてまとめたページはこちらからどうぞ。


昭和後期の超人気作家 西村寿行は本当に凄すぎた! その1

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