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【2019年版】宮城県内 私立・国公立高等学校 偏差値ランキング 2019年

【2019年版】宮城県内 私立・国公立高等学校 偏差値ランキング 2019年

仙台第二高校[公立/共学]
普通科71

仙台第一高校[公立/共学]
普通科68

宮城第一高校[公立/共学]
理数科68

宮城第一高校[公立/共学]
普通科68

仙台二華高校[公立/共学]
普通科67

聖ウルスラ学英智高校[私立/共学]
特別志学コースType166

仙台第三高校[公立/共学]
理数科66

仙台第三高校[公立/共学]
普通科66

仙台向山高校[公立/共学]
理数科66

尚絅学院高校[私立/共学]
特別進学コース65

仙台向山高校[公立/共学]
普通科65

仙台高等専門学校名取CP[国/共]
機械システム工学科64

仙台高等専門学校名取CP[国/共]
電気システム工学科64

仙台高等専門学校名取CP[国/共]
マテリアル環境工学科64

仙台高等専門学校名取CP[国/共]
建築デザイン学科64

仙台白百合学園高校[私立/女子]
LSコース特別進学64

泉館山高校[公立/共学]
普通科63

東北学院高校[私立/男子]
普通科62

宮城野高校[公立/共学]
総合学科62

泉高校[公立/共学]
普通科61

仙台高等専門学校広瀬CP[国/共]
知能エレクトロニクス工学科61

仙台高等専門学校広瀬CP[国/共]
情報システム工学科61

仙台高等専門学校広瀬CP[国/共]
情報ネットワーク工学科61

仙台南高校[公立/共学]
普通科61

宮城学院高校[私立/女子]
アドバンスコース61

宮城野高校[公立/共学]
普通科61

聖ウルスラ学英智高校[私立/共学]
特別志学コースType260

石巻高校[公立/共学]
普通科59

仙台育英学園高校[私立/共学]
特別進学コース58

泉高校[公立/共学]
英語科57

仙台東高校[公立/共学]
普通科57

多賀城高校[公立/共学]
普通科57

東北高校小松島CP[私立/共学]
創進コース57

宮城野高校[公立/共学]
美術科57

仙台三桜高校[公立/共学]
普通科56

仙台白百合学園高校[私立/女子]
LIコース総合進学56

仙台市立仙台高校[市立/共学]
普通科56

多賀城高校[公立/共学]
災害科学科56

富谷高校[公立/共学]
理数コース56

古川高校[公立/共学]
普通科56

宮城学院高校[私立/女子]
クリエイティブコース56

聖和学園高校三神峯CP[私立/共]
特進選抜コース55

仙台白百合学園高校[私立/女子]
LEコース英語・留学55

仙台西高校[公立/共学]
普通科55

東北学院榴ケ岡高校[私立/共学]
普通科55

常盤木学園高校[私立/女子]
普通科スーパー両立コース55

古川学園高校[私立/共学]
普通科進学コース55

石巻好文館高校[公立/共学]
普通科54

尚絅学院高校[私立/共学]
文理進学コース54

白石高校[公立/共学]
普通科54

仙台城南高校[私立/共学]
特進科54

仙台東高校[公立/共学]
英語科54

富谷高校[公立/共学]
国際コース54

富谷高校[公立/共学]
人文コース54

気仙沼高校[公立/共学]
普通科53

聖ドミニコ学院高校[私立/共学]
特別進学コースαコース53

聖和学園高校薬師堂CP[私立/共]
特別進学文理コース53

常盤木学園高校[私立/女子]
普通科国際コース53

宮城県工業高校[公立/共学]
情報技術科53

佐沼高校[公立/共学]
普通科51

仙台商業高校[公立/共学]
商業科51

古川黎明高校[公立/共学]
普通科51

名取北高校[公立/共学]
普通科50

宮城県工業高校[公立/共学]
インテリア科50

宮城県工業高校[公立/共学]
化学工業科50

宮城県工業高校[公立/共学]
電子機械科50

宮城県工業高校[公立/共学]
機械科50

利府高校[公立/共学]
普通科50

石巻西高校[公立/共学]
普通科49

泉松陵高校[公立/共学]
普通科49

仙台育英学園高校[私立/共学]
外国語コース49

仙台工業高校[公立/共学]
建築科49

仙台工業高校[公立/共学]
機械科49

仙台工業高校[公立/共学]
電気科49

仙台工業高校[公立/共学]
土木科49

角田高校[公立/共学]
普通科48

東北生活文化大高校[私立/共学]
普通科特別進学コース48

宮城県工業高校[公立/共学]
電気科48

宮城広瀬高校[公立/共学]
普通科48

利府高校[公立/共学]
スポーツ科学科48

石巻工業高校[公立/共学]
機械制御科47

石巻工業高校[公立/共学]
電気情報科47

石巻工業高校[公立/共学]
土木システム科47

石巻工業高校[公立/共学]
化学技術科47

石巻工業高校[公立/共学]
建築科47

石巻市立桜坂高校[市立/女子]
学励探求コース47

塩釜高校[公立/共学]
普通科47

尚絅学院高校[私立/共学]
総合進学コース47

白石工業高校[公立/共学]
機械科47

白石工業高校[公立/共学]
電気科47

白石工業高校[公立/共学]
建築科47

白石工業高校[公立/共学]
工業化学科47

白石工業高校[公立/共学]
設備工業科47

聖ウルスラ学英智高校[私立/共学]
尚志コース47

仙台城南高校[私立/共学]
科学技術科47

仙台城南高校[私立/共学]
探究科47

築館高校[公立/共学]
普通科47

常盤木学園高校[私立/女子]
普通科リバティコース47

古川工業高校[公立/共学]
土木情報科47

古川工業高校[公立/共学]
建築科47

古川工業高校[公立/共学]
電気電子科47

古川工業高校[公立/共学]
機械科47

古川工業高校[公立/共学]
化学技術科47

大河原商業高校[公立/共学]
流通マネジメント科46

大河原商業高校[公立/共学]
情報システム科46

大河原商業高校[公立/共学]
OA会計科46

白石高校[公立/共学]
看護科46

登米高校[公立/共学]
普通科46

東北高校小松島CP[私立/共学]
文理コース45

常盤木学園高校[私立/女子]
音楽科45

常盤木学園高校[私立/女子]
普通科ビジネスコース45

名取高校[公立/共学]
普通科45

迫桜高校[公立/共学]
総合学科45

岩ケ崎高校[公立/共学]
普通科44

岩ケ崎高校[公立/共学]
創造工学科44

塩釜高校[公立/共学]
ビジネス科44

柴田高校[公立/共学]
普通科44

石巻商業高校[公立/共学]
総合ビジネス科43

小牛田農林高校[公立/共学]
総合学科43

聖ドミニコ学院高校[私立/共学]
特別進学コースβコース43

仙台育英学園高校[私立/共学]
英進進学コース43

仙台育英学園高校[私立/共学]
情報科学コース43

亘理高校[公立/共学]
普通科普通コース43

黒川高校[公立/共学]
普通科42

柴田高校[公立/共学]
体育科42

聖和学園高校三神峯CP[私立/共]
進路総合コース42

聖和学園高校薬師堂CP[私立/共]
総合進学コース42

聖和学園高校薬師堂CP[私立/共]
総合実績コース42

東陵高校[私立/共学]
特別進学コース42

登米総合産業高校[公立/共学]
商業科42

中新田高校[公立/共学]
普通科42

涌谷高校[公立/共学]
普通科42

亘理高校[公立/共学]
商業科42

亘理高校[公立/共学]
家政科42

岩出山高校[公立/共学]
普通科41

東北高校泉CP[私立/共学]
スポーツコース41

名取高校[公立/共学]
家政科41

古川学園高校[私立/共学]
普通科総合コース41

松島高校[公立/共学]
普通科41

松島高校[公立/共学]
観光科41

松山高校[公立/共学]
家政科41

亘理高校[公立/共学]
食品化学科41

石巻市立桜坂高校[市立/女子]
キャリア探究コース40

志津川高校[公立/共学]
普通科40

聖ドミニコ学院高校[私立/共学]
キャリアデザインコース40

聖ドミニコ学院高校[私立/共学]
幼児保育進学コース40

東北生活文化大高校[私立/共学]
美術・デザイン科40

東北生活文化大高校[私立/共学]
普通科進学コース40

登米総合産業高校[公立/共学]
福祉科40

登米総合産業高校[公立/共学]
機械科40

登米総合産業高校[公立/共学]
電気科40

登米総合産業高校[公立/共学]
情報技術科40

東松島高校[公立/共学]
普通科40

宮城県農業高校[公立/共学]
農業科40

宮城県農業高校[公立/共学]
園芸科40

宮城県農業高校[公立/共学]
生活科40

宮城県農業高校[公立/共学]
食品化学科40

宮城県農業高校[公立/共学]
農業機械科40

村田高校[公立/共学]
総合学科40

亘理高校[公立/共学]
普通科園芸コース40

伊具高校[公立/共学]
総合学科39

小牛田農林高校[公立/共学]
農業技術コース39

小牛田農林高校[公立/共学]
農業土木科コース39

鹿島台商業高校[公立/共学]
商業科39

黒川高校[公立/共学]
機械科39

黒川高校[公立/共学]
電子工学科39

黒川高校[公立/共学]
環境技術科39

東北高校小松島CP[私立/共学]
文教コース39

東北高校泉CP[私立/共学]
総合コース39

東北生活文化大高校[私立/共学]
普通科未来創造コース 39

登米総合産業高校[公立/共学]
農業科39

宮城県水産高校[公立/共学]
海洋総合科39

宮城県水産高校[公立/共学]
情報科学科39

石巻北高校[公立/共学]
総合学科38

一迫商業高校[公立/共学]
流通経済科38

一迫商業高校[公立/共学]
会計科38

一迫商業高校[公立/共学]
情報処理科38

大崎中央高校[私立/共学]
普通科38

加美農業高校[公立/共学]
農業科38

加美農業高校[公立/共学]
農業機械科38

加美農業高校[公立/共学]
生活技術科38

気仙沼向洋高校[公立/共学]
情報海洋科38

気仙沼向洋高校[公立/共学]
産業経済科38

気仙沼向洋高校[公立/共学]
機械技術科38

蔵王高校[公立/共学]
普通科38

志津川高校[公立/共学]
情報ビジネス科38

柴田農林高校[公立/共学]
食農科学科38

柴田農林高校[公立/共学]
動物科学科38

柴田農林高校[公立/共学]
森林環境科38

柴田農林高校[公立/共学]
園芸工学科38

水産高校[公立/共学]
航海コース38

水産高校[公立/共学]
機関コース38

水産高校[公立/共学]
マリン技術コース38

水産高校[公立/共学]
食品開発コース38

水産高校[公立/共学]
流通科学コース38

水産高校[公立/共学]
バイオ技術コース38

水産高校[公立/共学]
漁業経営コース38

仙台育英学園高校[私立/共学]
フレックスコース38

仙台育英学園高校[私立/共学]
技能開発コース38

東北生活文化大高校[私立/共学]
普通科保育コース38

東北生活文化大高校[私立/共学]
商業科38

東陵高校[私立/共学]
総合進学コース38

東陵高校[私立/共学]
パフォーマンスコース38

南郷高校[公立/共学]
普通科38

南郷高校[公立/共学]
産業技術科38

古川学園高校[私立/共学]
情報ビジネス科38

明成高校[私立/共学]
調理科38

明成高校[私立/共学]
介護福祉科介護福祉士養成38

明成高校[私立/共学]
介護福祉科介護員養成コース38

明成高校[私立/共学]
普通科情報表現コース38

明成高校[私立/共学]
普通科健康スポーツコース38

明成高校[私立/共学]
普通科デザインアートコース38

明成高校[私立/共学]
普通科総合コース38

本吉響高校[公立/共学]
総合学科38

柴田農林高校川崎分校[公立/共学]
普通科37

松山高校[公立/共学]
普通科37

⇒『はる坊の雑記』偏差値関連記事 整理ページです。

※数値につきましては、複数の偏差値データから抽出した値となっております。
合格難易度のご参考としてくださいますようお願いいたします。

人物伝

昭和後期の超人気作家 西村寿行は本当に凄すぎた! その6

1990年代の西村寿行 病魔との闘い

はる坊です。
1990年代に入り、世間にはバブル景気崩壊に見舞われていた1993年。
62歳となった西村寿行は執筆意欲も薄くなり、代々木の仕事場で過ごす時間は多かったものの、この年には、『幻獣の森』『魔性の岩鷹』の2冊のみが発行されています。

そして、5月31日。
西村寿行は重大な宣告を受けることになります。
ガンを患っていることを報されたのです。

西村が体調の異変に気付いたのは、その1、2ヶ月前のことです。

喉にチクッチクッと痛みを感じるようになったのです。最初は、魚の小骨が喉に刺さったと思ったようです。
痛みは酒を飲んでいるうちに消え去りますが、断続的に、チクリと喉の痛みが西村を襲います。

体調の異変を感じ始めた西村は、いつからか、かかりつけとなった、西新宿の会員制クリニックに赴いて、内視鏡検査を受けます。
医師は「喉に炎症ができている」と話し、組織片を採取されます。
そして、1週間後、仕事場にほど近い大学附属病院で、飲み友達になっていた医師から、西村寿行は自身が癌であることを告げられます。
西村は、自分が酒飲みであることもあり、食道癌だと思ったようですが、医師の診断は下咽頭癌(扁平上皮癌)でした。

「ほっておいたら、半年保たない」

と医師に諭されて、西村は混乱しながらも入院を決意します。
最初の幾日かは、宣告を受けた東京の大学付属病院で過ごしますが、治療のため、神奈川県内にある同じ大学の付属病院本院に入院した彼は、当初、誰もそして何も寄せつけませんでした。

病院は自宅からも比較的近い場所にありましたが、西村は独りの時間を過ごします。

見舞い・面会は不要。
花も不要。

家族も一人娘が手続きに来たときに、立ち寄っただけでした。

家族仲が悪かったわけではありません。
西村自身が「来るな」と厳命したからです。

そして、家族も西村の気性を理解していました。
出版関係では、ただひとり、徳間書店の編集者に電話連絡をするのみでした。

大学付属病院の院長が主治医となり、ガン治療を33回の放射線照射でおこなうことに決定します。

毎朝、早くにおこなわれる数分の放射線治療が終わると、西村は病院を抜け出します。

(病院では死にたくない)と決意した彼は身体を鍛える為に、山歩きに没頭します。
西村は動物好きであった為、人間と共に働いた牛馬に思いを寄せ、それらを祀った道祖神に興味を持ち、自宅の庭に地蔵を2体祀っていましたが、特別な信仰を持ってはいませんでした。

しかし、最初に向かったのは庶民の山岳信仰で知られる大山でした。

やはり、ガン=死という幻影が、西村を大山へ駆り立てたのではないかと思います。
毎日のように丹沢山系を歩いたおかげで、西村の足腰はすっかり丈夫になります。

元々、作家になる前は、狩猟に生きていた時期もあり、山歩きをしていた西村ですが、このときの山歩きは、また別の思いを持ちながら歩を進めて行ったと思います。

下咽頭癌治療は手術こそしないものの辛いものとなり、放射線照射で放射線による火傷が頸部全体に広がり、内部までもが爛れました。

西村はネルシャツにジーンズ、そして首回りにスカーフを巻くというファッションを好みました。
今やそのスカーフは、おしゃれではなく、喉の火傷を覆い隠すものに変わっていました。

喉麻酔をしなくては、食事が採れない状態になりましたが、33回の照射治療でがん細胞は西村寿行の身体から消えました。
そして、6月27日に退院します。

しかし、退院した西村寿行を待っていたのは、痛恨の出来事でした。
入院して2週間は誰にも会いませんでしたが、徳間書店と光文社の編集者と丹沢の温泉旅館で食事をします。

徳間書店の編集者ひとりだけに入院したことだけを報せて、自身の体調について詳しい状況を話していないことに、西村自身の気がとがめたようです。
その折に、旧知の週刊誌記者が胃癌で入院したことを知らされます。

その記者は、西村が孤北丸という名のサロン・クルーザーを所有していたとき、キャプテンを務めた人物でした。
それだけ、西村と信頼関係にあった人物だといえるでしょう。
彼の容体を訊ねた西村に帰ってきた答えは、「3ヶ月の命だそうです・・・」という残酷な言葉でした。

西村寿行が所有していたサロンクルーザー・孤北丸については、徳間文庫版『雲の城』の巻末に『サロン・クルーザー』というエッセイが掲載されています。amazon kindleやDMM電子版でも読めます。

【DMM.com 電子書籍】

自らのガン治療を終えて退院した西村は、早速タクシーを飛ばして彼の元へ向かいました。
医師の宣告どおり、旧知の週刊誌記者は3ヶ月後に亡くなります。

その死の3週間前に、記者の妻が西村番の編集者とともに、西村の元へ訪れます。
「そして、しっかりとした病院へ移りたい」と本人が言っていると聞かされます。
最初に行った病院では胃潰瘍と診断されたこと、現在入院している病院では、医師は何もしてくれないという、訴えも聞かされることになります。

しかし、すべては遅すぎました。
西村寿行は自身を責めました。
「俺が入院するとき、誰にも会わないと言わなければ・・・」
「寿行さんなら、しかるべき病院と医師を、紹介してくれるのではないか、と本人が思っていたのなら・・・」

西村寿行、下咽頭癌治療を終えるも、今度は右手首を粉砕骨折

災難は更に降りかかります。
同年12月に転倒した折に、右手首を粉砕骨折してしまいます。
そして、翌1994年の3月まで再度の入院を余儀なくされます。

ガン治療と右手首の粉砕骨折での入院。
旧知の人物のガン死。
そして、自らのガンに対する放射線治療の代償として得た、頭重と嘔吐感、持病の蕁麻疹。

これらのことが、西村寿行を執筆から更に遠ざけた気がしてなりません。

西村寿行、執筆生活の終焉

かつての勢いをなくし、酒に耽溺する時間の増えた西村から離れる編集者もいました。

それでも、かつての西村を知る編集者は、雑誌連載や短編掲載で、西村を盛りたてようとします。
退院してから、執筆・刊行された本を以下のとおりです。

1994年『深い眸(中編集)』(光文社)

1995年『幻覚の鯱 神軍の章』(講談社)
(メフィスト 1994年8月号~1995年4月号連載)

1995年『世にも不幸な男の物語(短編集)』(徳間書店)

1995年『デビルズ・アイランド』(角川書店)
(小説王 1994年9月号~1995年1月号 及び 野性時代 1995年4月号~7月号連載 )

1996年『大厄病神』

1997年『鷲』(徳間書店)

1998年『牡牛の渓(短編集)』(光文社)

1998年『幻覚の鯱―天翔の章』(講談社)

2000年『月を撃つ男』(光文社)
(小説宝石 1999年4月号~9月号連載)

2001年『碇の男(短編集)』(徳間書店)

まだ、小説現代の臨時増刊号という位置づけで、誌面の性格が決まっていなかったことも影響していたでしょうが、『幻覚の鯱―神軍の章』が、『メフィスト』に連載されていたのは少し意外な気がします。

このほかに、短編集や中編集を違うタイトルで二次出版化されたものもありますが、それらは省きました。
内容は、かつて西村作品を愛読していた読者が物足りなさを感じるものになっていました。

1994年~2001年までに刊行された本は、ピーク時なら1年で刊行していた冊数です。
1999年に光文社『小説宝石』で最後の長編となる『月を撃つ男』を6回に分けて連載。

そして、2000年10月に同誌に掲載された短編『刑事』(『碇の男』に収録)を最後に西村寿行の新作小説が発表されることはありませんでした。
それでも、最後の長編『月を撃つ男』は文庫化されると増刷を重ね、第8刷まで重版されています。

一頭の紀州犬とともに独り孤城で過ごした西村寿行の最後の時間

西村は晩年、家族を自宅とは別にマンションに住まわせ、西村とボスと名付けた一頭の紀州犬と邸宅に籠もり、週末だけ家族と食事を共にする生活となりました。
パイプを口にくわえて、好々爺となった晩年の姿を捉えた顔写真は珍しいと思います。

『犬族からの通信』という近況報告を兼ねたエッセイが、2001年から『問題小説』誌に連載されていた時期もありますが、いつのまにかそれもなくなり、死の数年前に執筆していたという、自らの半生記もついに公に発表されることはありませんでした。

体調を損ねながらもアルコールの量は減ることなく、一人娘が注意しても聞き入れませんでした。

西村曰く、〝俺はアルコールと妄想と幻覚で生きていたんだ〟

そして、2007年8月23日朝。
様子を見に来た一人娘が、ベッドで亡くなっている西村寿行を発見します。
その死を看取り、傍にいたのは3代目の紀州犬・ボスだけでした。

死因は肝不全。
享年78(満76歳)。

徳間書店発行の小説誌『問題小説』では、【追悼・西村寿行】と題して、出世作となった『君よ憤怒の河を渉れ』が再掲載されました。

最後に残した西村寿行『遺言状』

通夜と告別式は近親者のみでひっそりとおこなわれました。
その後、旧知の人々が集ったお別れ会の席上、生前、弁護士に宛てて書かれながら、書斎の机の中に置かれたままで、投函されることのなかった西村寿行の『遺言状』が読まれました。

西村は自他共に認める〝晴れ男〟でした。
しかし、お別れ会当日は冷たい雨が東京に降り注いでいました。
まるで、寂しがり屋の西村が、〝自分抜きで別れの会なぞを執り行うな〟と言っているかのように。

この会が執り行われてから、『遺言状』の全文が光文社発行の『小説宝石』に掲載されました。

〝愉しかった人生に御礼申し上げます〟から始まるこの遺言状は、独特の死生観を綴った後に、こう締めくくられていました。

〝ぼくの死は誰にもいうな。死を発表するほどおろかしいことはない。
魚もだが、牛や馬は親仔、兄弟の死をあの大きな澄んだ瞳に浮かべることはない。
己の死を特別なことと捉えるのはひと類のおごりだろう。
ひっそり--それがぼくには似合っている。
海から這い上がって、いつの間にか消えていた--というような生と死--。〟

70代を迎えてから小説からを書くことからは遠ざかっていましたが、西村寿行らしい文章は最後まで健在でした。
お別れ会の祭壇には、毛蟹を調理する73歳の西村の写真が飾られ、終生愛したアーリータイムズが供えられました。

現在、西村寿行の本を新刊で読もうとすれば数冊の文庫しか残っていません。

しかし、電子書籍では読むことができます。

特に2017年秋から、徳間書店が多くの作品を電子化しました。
現在、アマゾンのKindleではキャンペーン中で、西村寿行作品の徳間文庫 電子復刻版が、一冊270円から販売されています。

そして、1976年に公開された『君よ憤怒の河を渉れ』のリメイク作『マンハント』が公開されました。
西村寿行作品、そして、その作品に影響を受けた人々は数多くいます。

例えば、夢枕獏。藤田和日郎。そして荒木飛呂彦。

2015年暮れには、半生を共にされた奥様・西村八千子さんも亡くなられ、西村寿行の時代はさらに遠くなった気もしますが、多摩市連光寺に建てられた邸宅は、まだその存在感を放っています。

つたない文章を最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。

ファンのひとりとして、このまま忘れ去られてしまうのは、あまりに惜しい作家だと思いますので、手持ちの資料を読みながら思いを込めて綴りました。



2018年6月 本の雑誌2018年7月号で、『巨魁・西村寿行伝説』と特集記事が組まれた!

2018年6月に西村寿行ファンとして、大変嬉しいことがありました。
本の雑誌社が発行している『本の雑誌2018年7月号』で、『巨魁・西村寿行伝説』と題した特集記事が組まれたのです。

担当編集者だった講談社の鈴木宣幸氏、徳間書店の平野健一氏、光文社の丸山弘順氏、そして、愛娘の西村亜子氏が登場して、80年代の西村寿行について語っています。

ちょうど『地獄』に登場していた担当編集者が寿行先生のお相手に疲れて、若手が投入されはじめた頃からのお話がメインになります。
そのエピソードがすべて面白すぎるので、気になる方は、ぜひチェックをしてみてください。

西村寿行 北海道取材旅行での超絶エピソード
・根室の旅館で宴会をするときに、花咲ガニはあったものの大好物の毛ガニがなく「みんな、飲めーッ!、喰えーッ!」というどんちゃん騒ぎがしたかった寿行先生はご立腹。
ちなみに、寿行先生は浜茹でされた毛蟹が大好物でした。
その席の幹事だった角川書店の宍戸健司氏(専修大学卒業後に角川書店に入社。角川ホラー文庫を立ち上げ、日本ホラー大賞、山田風太郎賞創設も手掛けた敏腕編集者にして、のちに馳星周を『不夜城』で華々しくデビューさせた方です)に集中攻撃。

このときに、ブチ切れた寿行先生が宍戸健司氏に向かって発言した「おまえは根室市長に連絡したか」は重要な寿行ワードです。

次の日は知床泊で、前日のことがあったので、編集者が気を利かせて旅館側に「いくらかかってもいいからカニづくしにしてくれ」と頼んだところ、宴席にやってきた寿行先生は、

「こんなにカニばっかりあって気持ちが悪い」と言いだして機嫌を損ねます。

更に、「カニが俺を見ている」と名言を吐きます。

それから、不機嫌になって海を眺めていた西村寿行でしたが、何を見間違えたのか、

「ロシアのスパイ船がいる」

と言い始めて、海上保安庁に電話連絡をするも、相手にされず、電話を叩きつけて壊しました。

それからも、

・釧路動物園で「あいつを殴ってやる」と言ってヒグマのいる柵を上り始めた。その横に写生をしにきていた地元の小学生がいたが、みんなびっくりしていた。
等々。

また、日常生活においても面白エピソードが満載です。

これを気に、亜子氏が『父・西村寿行』とサブタイトルがつくような本を書いてくださると有難いのですが。
叶わない願いかもしれません。

⇒番外編ですが、西村寿行と大藪春彦の比較です。
このふたり、意外な共通点と相反する部分を持っており、個人的に興味深いのでまとめてみました。

⇒昭和後期の超人気作家 西村寿行は本当に凄すぎた! VS大藪春彦編(大藪春彦の食事はステーキ・すき焼き 肉まみれ)