2018年10月

自作小説(ショートショート)

掌の小説ー「冷たいものを」

はる坊です。
ごくたまに、ショートショートのような小説(もどき?)を書くことがあります。
400字詰め原稿用紙4~5枚の長さです。
よろしかったら、ご一読ください。

ショートショート『冷たいものを』

「課長、よくもまあ、この寒いのに、そんな冷たいものが飲めますねえ」
私が冷えたペットボトルに入っている清涼飲料を口に運んでいると、声を掛けてきたのは、私の左斜め前の席に座っている係長だった。私の七期先輩なのに、自分が課長になれないことを根に持っているのだろう。先輩を立てるつもりで、仕事のミス以外では強く注意しないのをいいことに、何だかんだと私に突っかかってくる。この季節に冷たいものを口にすることにツッコミを入れてくるのは、もう何度目だろう。私は苦笑いをして適当に応じた。
「いえいえ、寒いときほど水分補給は大事ですよ」
と、右斜めの前に座している女性主任が応援してくれた。彼女は我が経理課においてもっとも有能な存在だ。
「でも、わざわざ冷たいものを選ぶことはないじゃないか。昼飯も温めていないコンビニ弁当だった」
「それはレジが混むからって仰っていたでしょう?。何を召し上がろうと課長のご自由じゃないですか」
ふたりの相性はいいとはいえない。係長が彼女の能力を妬んでいるところも拍車をかけていると私は見ている。
「まあまあ、ふたりとも」
私はふたりを軽くいなした。これ以上険悪な雰囲気になってしまったら、他の課員まで嫌な空気が漂うなかで仕事をしなくてはいけない。課を預かる者としてそれだけは避けなくてはならない。
「いいですよ。課長はお若いってことで。どうせ私は定年間近ですから、課長のようにはどうもね。腹を下されても。お風邪を召されても、私は知りませんけどね」
係長がニヤニヤしながら席を立って部屋を出て行った。彼の言葉を受け流すのにはすでに慣れている。きっと、トイレとタバコ休憩だろう。一度席を立つと十五分は帰ってこない。

私は女性主任の名前を呼んだ。
こちらに振り向いた彼女に小声で礼を言った。唇の動きでわかったのか、さっきから仏頂面をしていた彼女の表情がほぐれた。
たしかに私は冷たいものや冷えたものを好む。
暑い夏場は当然のこととして、寒い季節でも同じだ。気のせいかも知れないが頭が冴える気がするのだ。
机の上に置いていたスマホが震えた。手に取ってみると妻からのメールだった。
――――ちょっと調子が悪いみたい。薬を飲んで寝るから、夕食は外か家なら適当に作って食べて。ごめんね。
思い返してみれば、今朝、家を出るとき、妻の顔にいつもより赤みが掛かっていた気がする。そのときにはもう体調を崩していたのかも知れない。もう少し注意深く見ておくべきだった。
ふたりの子は社会人と大学生になり、家を出ている。これからは夫婦ふたりで支え合っていかなければならないのに。
妻は専業主婦だが、休みの日に家事を手伝うと意外に重労働であることがわかる。妻にも休養は必要だ。
――――わかった。大事にしてくれ。夜はインスタントラーメンでも作って食べるから心配しないでいい。
終業時間になった。
真っ先に退社するのは係長だ。忙しい時期ではないので、他の課員も挨拶をして部屋を出て行く。私は書類のチェックを済ませると、彼らより一時間少し遅れて退社をした。
会社の外に出ると、他のビルから出てきた人々と同様に駅まで向かった。
コートを着ているのに身体に冷気が忍び込んでくる。吐く息も白い。電車に乗り、最寄駅に着くと近くのドラッグストアで妻用に栄養ドリンクを買った。
自宅に着くと、着替えて寝室へ向かった。
「ただいま。大丈夫かい?」
「おかえり。ごめんなさいね」
妻の顔は朝よりも赤みを帯びていた。
「ゆっくり休んでよ。よかったら、これ」
「あら、ありがとう」
妻は渡した栄養ドリンクを両手で包んだ。
私はインスタントラーメンを作ることにした。鍋に湯を沸かして麺を入れ、頃合いを見計らって丼に移して、その上に、冷蔵庫にあった葱とメンマとチャーシューを乗せた。
テーブルへ運び、湯気がもうもうと立ち上るどんぶりを前に、私はラーメンが冷めるのをじーっと待った。私が冷たいものを好むのには、もうひとつ理由がある。それは、熱いものが食べられない猫舌だからだ。このことは妻しか知らない。(了)

最後まで読んでいただいてありがとうございました。
まだまだ、楽しんでいただける記事があるかと思いますので、どうぞお楽しみくださいませ。




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長者番付

長者番付・作家部門を振り返ってみましょうか(1974年分~1983年分)

個人情報保護の為、2005年で発表が廃止された高額納税者(長者番付)の発表ですが、2004年分までは毎年5月に世間の注目を集めたものでした。

ここでは1974年(昭和49年)から1983年(昭和58)年分の長者番付・作家部門に名を連ねた方々を見ていきます。

ちなみに、1982年分(昭和57年)までは納税額ではなく申告所得額が発表されていました。

1981年分(昭和56年)までは、ベスト10。1982年分(昭和57年)以降はベスト20までを列挙しています。

1983年度(昭和58年)からは、発表されるのが申告所得額から所得税納税額に変更されています。
この時代、小説本は非常に読まれており、作家には印税収入を中心に大きな収入がありました。

ソースは、当時の新聞報道によるものです。

申告所得額とは?
簡単に説明をしますと、実収入ー経費=申告所得になります。
小説家の経費は実収入の30%が認められていたようです。
例)実収入・・・1億円
経費・・・3000万円
申告所得・・・7000万円

この申告所得に下の所得税率が掛かるのです。

当時の所得税率は恐ろしいものでした!

1974年分~1983年分の所得税率は、過去・現在に至るまで日本の所得税率の推移を見た上で、最も税率が厳しかった時代です。下の税率表をご覧になっていただくと、国税ではなく“酷税”と呼ばれていたことがご理解いただけるかと思います。

1974年分~1979年分は所得税+住民税=最高93%時代!

1974年分~1983年分の所得税率について

なんと19分類に分かれていました。

課税所得60万円以下・・・・・・・・・・・・・・・・・・10%
課税所得60万円超~120万円以下・・・・・・12%
課税所得120万円超~180万円以下・・・・・14%
課税所得180万円超~240万円以下・・・・・16%
課税所得240万円超~300万円以下・・・・・18%
課税所得300万円超~400万円以下・・・・・21%
課税所得400万円超~500万円以下・・・・・24%
課税所得500万円超~600万円以下・・・・・27%
課税所得600万円超~700万円以下・・・・・30%
課税所得700万円超~800万円以下・・・・・34%
課税所得800万円超~1000万円以下・・・・38%
課税所得1000万円超~1200万円以下・・・42%
課税所得1200万円超~1500万円以下・・・46%
課税所得1500万円超~2000万円以下・・・50%
課税所得2000万円超~3000万円以下・・・55%
課税所得3000万円超~4000万円以下・・・60%
課税所得4000万円超~6000万円以下・・・65%
課税所得6000万円超~8000万円以下・・・70%
課税所得8000万円超・・・・・・・・・・・・・・・・・・75%

参考までに、1974年分~1979年分の住民税の税率です。

1973年分から使用されていましたが、細かく13分類に分かれていました。

課税所得30万円以下・・・・・・・・・・・・・・・・・・4%
課税所得30万円超~50万円以下・・・・・・・5%
課税所得50万円超~80万円以下・・・・・・・6%
課税所得80万円超~110万円以下・・・・・・7%
課税所得110万円超~150万円以下・・・・・8%
課税所得150万円超~250万円以下・・・・・9%
課税所得250万円超~400万円以下・・・・・11%
課税所得400万円超~600万円以下・・・・・12%
課税所得600万円超~1000万円以下・・・・13%
課税所得1000万円超~2000万円以下・・・14%
課税所得2000万円超~3000万円以下・・・15%
課税所得3000万円超~5000万円以下・・・16%
課税所得5000万円超・・・・・・・・・・・・・・・・・・18%

よって、1974年分~1983年分の所得税と住民税の最高税率は驚愕の93%でした。

参考までに、1980年分~1983年分の住民税の税率です。

1984年分まで使用されていました。さらに細かく14分類に分かれていました。
課税所得30万円以下・・・・・・・・・・・・・・・・・・4%
課税所得30万円超~45万円以下・・・・・・・5%
課税所得45万円超~70万円以下・・・・・・・6%
課税所得70万円超~100万円以下・・・・・・7%
課税所得100万円超~130万円以下・・・・・8%
課税所得130万円超~150万円以下・・・・・9%
課税所得150万円超~230万円以下・・・・・11%
課税所得230万円超~370万円以下・・・・・12%
課税所得370万円超~570万円以下・・・・・13%
課税所得570万円超~950万円以下・・・・・14%
課税所得950万円超~1900万円以下・・・・15%
課税所得1900万円超~2900万円以下・・・16%
課税所得2900万円超~4900万円以下・・・17%
課税所得4900万円超・・・・・・・・・・・・・・・・・・18%

よって、1980年分~1983年分の所得税と住民税の最高税率は、驚異の88%でした。

長者番付・作家部門(1974年分~1983年分)です

1974年(昭和49年)分申告所得額

1位 松本清張   3億0959万円

2位 司馬遼太郎 2億1463万円

3位 五木寛之   2億1226万円

4位 遠藤周作   1億8637万円

5位 石川達三   1億0710万円

6位 山岡荘八   1億0283万円

7位 宇能鴻一郎    9712万円

8位 北杜夫      8803万円

9位 川上宗薫     8488万円

10位 花登筺      8023万円

1975年(昭和50年)分申告所得額

1位 松本清張 3億0027万円

2位 司馬遼太郎 2億3512万円

3位 五木寛之 2億2587万円

4位 石川達三 1億3422万円

5位 遠藤周作 1億3403万円

6位 横溝正史 1億1547万円

7位 有吉佐和子 1億1474万円

8位 山岡荘八 1億1259万円

9位 宇能鴻一郎 1億0656万円

10位 井上ひさし 9484万円

1976年(昭和51年)分申告所得額分

1位 松本清張   3億3461万円

2位 司馬遼太郎  3億3032万円

3位 横溝正史   3億3825万円

4位 五木寛之   1億4125万円

5位 森村誠一   1億1042万円

6位 城山三郎   1億0654万円

7位 宇能鴻一郎  1億0477万円

8位 石川達三   1億0237万円

9位 遠藤周作    9947万円

10位 高木彬光    8799万円

1977年(昭和52年)分申告所得額分

1位 森村誠一   6億2264万円

2位 横溝正史   4億0416万円

3位 松本清張   3億0545万円

4位 司馬遼太郎  2億1785万円

5位 新田次郎   1億7766万円

6位 五木寛之   1億5034万円

7位 城山三郎   1億2768万円

8位 梶原一騎   1億1504万円

9位 高木彬光   1億0564万円

10位 池波正太郎  1億0470万円

1978年(昭和53年)分申告所得額分

1位 森村誠一   4億3139万円

2位 松本清張   3億1856万円

3位 西村寿行   2億3487万円

4位 司馬遼太郎  1億8863万円

5位 五木寛之   1億7058万円

6位 横溝正史   1億6815万円

7位 新田次郎   1億5140万円

8位 有吉佐和子  1億4812万円

9位 池波正太郎  1億3878万円

10位 梶原一騎   1億3240万円

1979年(昭和54年)分申告所得額分

1位 西村寿行   2億6932万円

2位 大藪春彦   2億3452万円

3位 五木寛之   2億2013万円

4位 高木彬光   1億9313万円

5位 松本清張   1億7942万円

6位 司馬遼太郎  1億7085万円

7位 池波正太郎  1億5487万円

8位 横溝正史   1億5360万円

9位 花登筺   1億5085万円

10位 半村良   1億4451万円

1980年(昭和55年)分申告所得額

1位 司馬遼太郎  3億0102万円

2位 五木寛之   2億7570万円

3位 西村寿行   2億5017万円

4位 松本清張   2億4733万円

5位 大藪春彦   2億0029万円

6位 井上靖    1億6792万円

7位 森村誠一   1億4427万円

8位 遠藤周作   1億2251万円

9位 池波正太郎  1億1704万円

10位 小松左京   1億1435万円

1981年(昭和56年)分申告所得額

1位 司馬遼太郎  2億9193万円

2位 石坂洋次郎  2億1670万円

3位 西村寿行   1億8746万円

4位 松本清張   1億7853万円

5位 横溝正史   1億4582万円(発表時故人)

6位 五木寛之   1億4264万円

7位 森村誠一   1億4254万円

8位 勝目梓    1億4065万円

9位 笹沢左保   1億3832万円

10位 遠藤周作   1億2961万円

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1982年(昭和57年)分申告所得額

1位  松本清張   3億1489万円

2位  赤川次郎   2億7041万円

3位  西村寿行   2億5946万円

4位  司馬遼太郎  2億5731万円

5位  森村誠一   2億4362万円

6位  笹沢左保   1億7016万円

7位  渡辺淳一   1億4707万円

8位  大藪春彦   1億3650万円

9位  池波正太郎  1億1935万円

10位 井上ひさし  1億1861万円

11位 平岩弓枝   1億1492万円

12位 田辺聖子   1億0886万円

13位 西村京太郎  1億0720万円

14位 黒岩重吾   1億0158万円

15位 遠藤周作   1億0131万円

16位 筒井康隆    9823万円

17位 五木寛之    9800万円

18位 梅原猛     9545万円

19位 井上靖      9295万円

20位 平井和正     9003万円

1983年(昭和58年)分所得税納税額
1位  赤川次郎   4億0838万円

2位  松本清張   1億9201万円

3位  司馬遼太郎  1億5360万円

4位  西村寿行   1億2588万円

5位  西村京太郎  1億0969万円

6位  笹沢左保   1億0733万円

7位  渡辺淳一   1億0117万円

8位  平岩弓枝     9085万円

9位  池波正太郎    8353万円

10位  筒井康隆     8005万円

11位  森村誠一      7933万円

12位  田辺聖子     6815万円

13位  勝目梓      6167万円

14位  大藪春彦     6043万円

15位  平井和正     5800万円

16位  中島梓(栗本薫) 5155万円

17位  和久俊三     5149万円

18位  斎藤栄      5100万円

19位  三浦綾子     5085万円

20位  遠藤周作     5026万円

1984年から1988年分はこちらです。

1989年から1995年分はこちらです。

わたしが出会った占い師たち

占い師“キタの父”三光堂・井上真教の思い出

いつの時代も占いが人気です。朝、テレビをつけると、どの民放でも星座占いをしていますし、ゲッターズ飯田や島田秀平のように占い芸人がひとつの個性として定着する時代です。

大阪・梅田には店を持たない占い師が何人もいる。500円で手相を見てくれるホームレス風占い師おじさんも

現在も大阪梅田では、店を持たない占い師が何人もおられます。有名どころでいくとホームレスのおじさんにしか見えませんが、500円でじっくり手相を見てくれるサンタクロースのような見事のひげのおじさんもおられます。

たしか、お名前は黄帝観(きいてみい)さん。いかにも大阪らしいネーミングです。
大阪って、本当に面白い街です。
友達とでもひとり旅でも充分に楽しめます。
ミナミに行けば行くほど、コテコテ具合は濃くなっていく印象がありますが、キタと呼ばれる大阪・梅田周辺は、ビジネス街の性格も有しているため、まだそこまでコッテコテではなく、デパートやショッピング・センターも多くあります。
それでいて大阪をしっかり楽しめる雰囲気です。JRや阪急を使えば神戸も近いですし、地理的にも旅行の拠点にオススメですね。

かつて、“ミナミの母”希多真生子さんとともに、“キタの父”と呼ばれた占い師がいた!!