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はる坊のグルメ話

YouTuber ヒカル氏も大絶賛!赤穂市と姫路市に展開している海老とヒレステーキのお店 かもめ屋のすすめ

YouTuber ヒカルさんの故郷の味 大絶賛の海老・ヒレステーキのお店かもめ屋について

はる坊です。

兵庫県の東部、姫路市か赤穂市に行かれる機会がありましたら、ぜひとも、寄っていただきたいおすすめのお店があります。

海老とヒレステーキを看板メニューにしている「かもめ屋」です。

味付けが独特で、自家製の味噌ダレを使用しているのですが、海老は大きくプリプリで、ヒレステーキも脂は少なく、牛肉の美味しさを噛み締めながら楽しむことができます。

店内には、ヒレステーキにどこの牛肉を使用しているかが掲示されているのですが、私が訪れた範囲では北海道産が多い気がします。

地元では人気店で評価も高いお店なのですが、YouTuberのヒカルさんが2021年2月1日に公開されたYouTube動画で、かもめ屋姫路本店を訪れ、地元におられた時代に、この店を訪れた経験を語りながら、ヒレステーキ200グラムを食し、「自分が食べてきたなかで、トップ」と絶賛されています。

https://www.youtube.com/watch?v=uek6_4o_2AU&t=3940s

https://www.youtube.com/watch?v=Kj0xjBNM4p8

グルメなヒカルさんが絶賛されているのは、不肖、私も肯けます。

このお店のヒレステーキは本当に美味しいんです。

それでは、この人気店の成り立ちを見ていきましょう。

かもめ屋創業者・大塩徳次さんとかもめ屋各店について

かもめ屋は大塩 徳次さん(1918年~2009年9月19日)によって、1963年に赤穂駅前に開業されました。
大塩さんは、兵庫県印南郡大塩村(現在の兵庫県姫路市)に生まれ、小学校を卒業すると、大阪・船場の薬屋にて丁稚奉公に励みます。
そして、20歳を迎える頃に、鉱山師であった父親の故郷である赤穂市に移り住みます。
以後は、漁師として海老漁に精を出す一方で、喫茶店「かもめ」も経営しています。

1963年に「かもめ屋」を出店する際には、丁稚奉公時に、店の主人より受けた「これからの商売人は頭を使わなあかん」という教えに従って、大塩さんは約2ヶ月間もの間、播州赤穂駅前に立って人流を見極めて、出店に踏み切りました。

かもめ屋の特長は、料理の味付けに使われる独自の味噌ダレですが、この味噌ダレについては、徹底して調査と研究をおこない、北海道から九州まで各地の味を食べ歩いて、編みだしたそうです。
※この味噌ダレは、かもめ屋で購入することができます。

そんなかもめ屋ですが、現在4店舗が存在しています。

○赤穂市内
・かもめ屋 赤穂本店 兵庫県赤穂市尾崎3189-47
・おさきかもめ屋 城西館 兵庫県赤穂市六百目町27-2

○姫路市内
・かもめ屋 本店かもめ屋 姫路本店 兵庫県姫路市下寺町139
・かもめ屋 姫路西店 兵庫県姫路市西二階町108
・かもめ屋本家 兵庫県姫路市砥堀697-1

それぞれのお店は、姫路本店と姫路西店以外、現在違う法人によって経営がおこなわれており、
店のスタイルやメニューは基本的に同じですが、
違いについては暖簾分けなどで派生していったと考えられます。

元祖かもめ屋 創業者・初代店主 大塩 徳次さんの想い

元祖かもめ屋で紙製の箸入れを解くと、以下の文章が綴られています。
創業者・初代店主 大塩 徳次さんの想いです。

かもめ屋は、素人料理の味の店です。

その由来
当主の私は、赤穂で三十年余り海老獲りを専業にしておりました。
純粋の漁師でございます。
或る年、赤穂の沖で海老が大量に獲れましたが、値が安く、この安い海老を
赤穂へお越し下さるお客様方に、喜んで頂く新しい料理はないものかと
素人ながら一生懸命料理を考え、研究を重ね、できました料理が、
当店唯一の自慢の品、海老のバター焼でご座います。

以後三十余年

この間に御来店頂いたお客様は、年間十二萬人様以上に達しました。
最早、素人料理とは、言い兼ねますが、料理人として、学び得た事のない私は
素人は幾年たっても、素人であると云う信念から。

素人料理の味の店と名付…

永久に守り、より一入味の工夫に励みます。

昭和四十六年 五月 筆者 初代店主

この想いは、大塩 徳次亡き現在も、元祖かもめ屋にて守られ続けていると感じます。

最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。

はる坊拝

はる坊の雑記

【期間限定】黄金の月見バーガーは美味だったけど、発売はいつまで?日本マクドナルドと近くの店舗に電話してみました。

黄金の月見バーガーをレビューします

はる坊です。
今年もマクドナルドの月見バーガーの季節が始まりました。
2019年は9月4日(水)から10月上旬までの限定発売です。

商品ラインナップは・・・

・月見バーガー \340-

・チーズ月見 \370-

・黄金の月見バーガー \390-

・月見マフィン \330-

・月見パイ \150-

の5種類です。

購入されるときは、チラシかアプリのクーポンを利用されることをおすすめします。
ちなみに黄金の月見バーガーは、チーズバーガーと比べるとこんな感じです。

普通の月見バーガーとの違いは、チーズが挟まっているか否か、そして、ベーコンの分厚さがぜんぜん違うところです。

ベーコンの分厚さは目玉焼きの3分の1ほどですので、マクドナルドの公式情報に偽りなし。
かなりの分厚さですね。

バンズは普通の月見バーガーと違い、ゴマがかかっていませんが、ふっくらとしていて、とても風味がいいです。

さて、実食!

うん、美味い!
合格点。

ひとつだけ難を言えば、これから皆さんの口コミや評判がネット上に出てくると思いますが、私は厚切りベーコンが若干塩辛いかな、と感じました。
もっとも、これは個人差がありますので、何とも言えない部分がありますが。

ですので、私にはベーコンが薄いチーズ月見が合っているのかなと感じました。

10月上旬までに3回は食べたいですね。

チーズ月見と朝マックメニューの月見マフィンは必ず。

30円~50円でも、絶対に損はしたくありませんし、少しでもお得にお安く食べたいものです。
特に、マックフライポテトについては、150~190円で、クーポン利用前提での購入が浸透しているように感じます。

マックデリバリーもおすすめです

もし、天候が悪かったり体調が優れなかったり、自宅を空けられない用事があったりする場合は、スマホで出前・デリバリーを頼むことをおすすめします。
お手持ちのポイントが利用できますし、デリバリーを利用するとまたポイントが貯まります。
昔から、「あればいいな」と思っていましたが、すっかり、マクドナルドまでデリバリーできるようになる時代なのですね。



人物伝

ハードボイルド作家・大藪春彦本人の食事シーンは小説よりも奇なりだった!

小説の食事シーンは魅力的です

はる坊です。

映画やTVドラマで食をテーマにしたモノには人気があります。
その原作となっているのは、漫画や小説であることが多いです。
コミック作品がアニメ化されるのは珍しいことではありませんが、映画化やTVドラマ化されるのは、一般的にグルメものは視聴者にウケがいいと制作サイドが考えているからではないでしょうか。

漫画なら
孤独のグルメ』(原作:久住昌之 作画:谷口ジロー)

ワカコ酒』(新久千映)

忘却のサチコ』(阿部潤)

サチのお寺ごはん』(かねもりあやみ 原案協力:久住昌之 監修:青江覚峰)

ラーメン大好き小泉さん』(鳴見なる)

などなど。

小説においても、
村上春樹や池波正太郎の料理や食事シーンの描写は特に巧みです。
村上作品の料理については『村上レシピ』として出版されていますし、池波正太郎はグルメについてのエッセイや生前愛した店をまとめた本も出版されています。

また、
『強運の持ち主』(瀬尾まいこ

『食堂かたつむり』『喋々喃々』(小川糸

の食に関するシーンは魅力的ですし、

『みをつくし料理帳』(高田郁)に至っては、この作品内に登場する料理のレシピ集『澪の料理帖』が出版されるまでになりました。

基本的に、作中の料理や食事シーンは、著者が、

「このキャラクターならこんなメニューが好きだろう。似合うだろうな」
とか、
「このキャラクターにはこういう料理を作らせたい」

という願望や読者サービスで描いているケースが多いのではないかと思います。
無論、作者の趣味・趣向が反映されていることはいうまでもありませんが。

大藪春彦作品は昭和時代を映し出す鏡

そんななか、日本におけるハードボイルド小説の先駆者である大藪春彦は、作中のキャラクターと作者自身を同化させている人物であったと思います。

『野獣死すべし』『蘇える金狼』『汚れた英雄』が代表作になると思いますが、早稲田大学教育学部英文学科在学中に『野獣死すべし』を発表して、一躍〝売れっ子作家〟となった大藪は、これまでの貧弱な食生活に復讐するかのように、好き放題に食材を買い込み、外食に出掛けます。

実際のところ、大藪自身は『野獣死すべし』がベストセラーとなり映画化された(大藪が映画化の際に受けとった原作料は大卒初任給1万3000円の時代に50万円でした)といっても、専業作家・筆一本の生活に不安を覚えて、教員免許取得を目指して都内の私立女子高で教育実習をおこなっています。

ただ、その実習で黒板に銃の絵を描いて女子高生相手に銃の構造を説明したところ、現場の教師に怒られたエピソードもあるようですが。
また、卒業論文も執筆しましたが、作家稼業が多忙になり、結局のところ教員免許取得はできないまま早大を中退しています。

さて、大藪作品の特徴は、銃やクルマなどのメカニックについての描写が延々と続くイメージがありますが、実際のところは、作中全体にあらゆるもののディテールが盛り込まれています。

例えば、1960年代に書かれた大藪作品を読むと、時代背景や舞台となった場所の様子が克明に書かれています。
1970年代に描かれた作品も同じです。

大藪春彦は作品執筆中に少しでも気になることがあると、徹底的に調べ、時には自ら赴いて場所を正確に確認することを怠りませんでした。

そして、これは食事に関してもです。

大藪春彦の食生活

大藪春彦は早大在学中の1958年(昭和33年)に『野獣死すべし』でデビューを果たし、一躍ベストセラー作家となると、23歳の若き青年作家は、小説執筆のエネルギー源として、買い物かごいっぱいに食材を買い込みます。

“「毎日、モツの焼き肉2キロ。カニだとでっかい毛ガニ三匹。マグロだとネギマ用の骨つき大なべにいっぱい」”
(引用:大藪春彦『荒野からの銃火』1979年 角川文庫より)

1961年(昭和36年)に、大藪は静龍子さんと結婚します。
龍子さんは日本大学文学部卒業後に、森脇文庫の『週刊スリラー』の編集者となり、大藪の担当編集者になったのが縁でした。

1996年(平成8年)2月26日に大藪春彦は61歳で亡くなります。
大藪と縁の深かった徳間書店では、その年の7月に『問題小説 増刊号 大藪春彦の世界』を出版しています。

この雑誌で、森村誠一と船戸与一が対談をしています。
そのなかで、大藪の早世を悼みながら、

“船戸:「前に大藪さんと対談したときに、新婚当初に夫婦ですき焼きとなるとだいたい一キロ肉を買ってきたというんですね。いくら何でも奥さんは、二百グラムも食えばいいと思うんですよ。そうしたらやっぱり大藪さんが八百グラム食っている(笑)」

森村:「めちゃくちゃなパワーですよね」”

という箇所がありますが、実際に大藪春彦と船戸与一が対談をした『諸士乱想―トーク・セッション18』(1994年 ベストセラーズ)を読むと、

大藪は、“「(龍子夫人と)ふたりですき焼きをするときには、肉を三キロ入れて食った」”

と語っています。

大藪春彦も船戸与一も故人となったいまでは、確認の仕様もありませんが、当時は、今よりも高級品だったすき焼き用の牛肉を大量に食べていたことだけは間違いないでしょう。

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気に入った食材・食事には徹底的に凝る

イノシシのすき焼き

作家デビューを果たし、一躍流行作家となった大藪春彦は膨大な原稿を書きながら、狩猟にも精を出します。

あるとき、友人が和歌山県有田市にイノシシ猟に行き、大成果を挙げた報告を受けた大藪は居ても立ってもいられず、仕事を無理矢理に片付けて、勇躍、有田に向かいます。
大藪もイノシシ猟で大きな成果を挙げて、夜には地元の人と酒を飲みながらイノシシ肉を平らげます。

これが3日続いたあと、すっかりイノシシ肉を気に入った大藪は、お土産に大量のシシ肉を持ち帰り、東京でもイノシシ肉のすき焼きを楽しみます。

しかし、このときの大藪は鯨飲馬食で血圧が上昇していました。紀州でイノシシを追い続けていた3日間は汗まみれになって活動しているからいいのですが、東京で手先しか動かさない日々に戻ると、慢性的な睡眠不足と精神的な疲労もあり、大量の鼻血を鼻から吹き出す仕儀となります。
(イノシシ肉を大量に食べ続けると赤血球を破壊する作用があるようですね)

それでも、編集者は横で原稿を急ぐようにせっつきますが、ついに意識が朦朧としてきた大藪は病院に担ぎこまれて、1ヶ月ものあいだ、輸血を受ける羽目になります。
そのあいだも、大藪は口述筆記で仕事を続けなければなりませんでした。

世界中のチーズを味わう

1963年(昭和38年)頃には、チーズに凝ります。
世界中のチーズを収集して、グリュイエールをパンと同じ厚さに切ってロシアピクルスと一緒にサンドイッチにしてパクつきます。


しかし、ブルーチーズは分厚く切るのではなく、薄く切って2,3切れつまむほうが風味を味わえるとの結論に達します。

ちなみにチーズについては、一体どれだけの量を集めたのか、最後には冷蔵庫から耐えがたい肥だめのようなニオイを発し出したというオチがつきました。

BAR OYABU オーナーバーテンダー・大藪春彦

この頃には、酒も自家製カクテルに凝り出します。
ウォッカ・マルティーニ(ウォッカ・マティーニ)をストリーチナヤ(ストリチナヤ)のウォッカを2本分痛飲します。

また、自家製カクテルでは、ジンフィズに凝った時期もあり、各社の担当編集者は、バーテンダー・大藪春彦に付き合わされることになりました。

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ボロニアソーセージ・レバーソーセージがお気に入り

また、ソーセージにも凝りました。
大藪はハムが好きではなく、ソーセージが大好物でした。
ソーセージのなかでも、ボロニアソーセージやレバーソーセージがお気に入りで、1万円分ほどを買い込んでは、3日と保たず食べ尽くしました。

ちなみにこの話は1966年(昭和41年)に発表されたものです。
当時の大卒初任給は24,900円。
そんな時代に、1万円分のソーセージを3日足らずで食べ尽くしてしまうエネルギーには驚かされます。

「男の料理は俺に任せろ!」シェフ・大藪春彦

大藪春彦は自分で料理をすることもありました。

自信のメニューはカツオのたたき、ビーフステーキ、ローストビーフ。

ときには、家族で、そして自宅に集った仲間に振る舞い。好評を博したようです。

自身の作品世界に登場する主人公・伊達邦彦 朝倉哲也 北野晶夫 西城秀夫 石川克也 杉田淳たちが好むメニューを大藪自身も好みました。


肉類だけではなく中華料理や魚介類も好物

元々、大藪は中華料理好きでしたが、香港に取材旅行に赴いた際に現地で味わった美味が忘れられず、帰国後は、“「同じような味にめぐり会いたい」”と横浜中華街を一軒一軒試し歩きます。
大金をはたいて、巡礼者のごとく中華街をうろつきますが、満足できる店が見つからず、ついにあるお店で〝アワビのハラワタのからあげ〟を見つけたときは、感動をしたようです。
(これは馳星周の『マンゴープリン』のエピソードと少し似ていますね。)

馳星周公式サイト「Sleepless City」内 Hase’s Note「マンゴープリン」(新しいタブが開きます)

また、大藪春彦=肉類・ステーキというイメージがありますが、海産物も大好きで、新潟に猟へ出掛けた際には、寒ブリと子持ちスケソウダラ、そして越後米の味に感激しています。

ウニ・アワビ・エビなどは、わざわざ新鮮なものを求めて、海岸にある店に食べに出掛け、晩酌の肴に刺身を食べるときは、最低3人前を食べないと気が済みませんでした。

海外ハンティングと野性の味覚

大藪春彦は1964年(昭和39年)の終わりに、東南アジアとヨーロッパを訪れます。
そして、〝アブランド・ゲーム〟と呼ばれる、ヤマドリ・キジ・コジュウケイなどを標的とする猟にのめり込みます。

そして、1970年代に入ると、本格的に海外にハンティングに出掛けるようになります。

1972年 アラスカ

1973年 ニュージーランド・オーストラリア

1975年 アフリカ・ザンビア

1977年 モンゴル・ハエ・アルタイ山脈、カナダロッキー、モンタナロッキー

1980年 アフリカのサファリ

1981年 アメリカでシューティングツアーに参加

1982年に急性膵炎に倒れるまで、世界中で〝ザ・ビッグ・ゲーム〟を続けました。

そのなかで、野性の味に舌鼓を打ちます。

大藪曰く、

・ムース(大ヘラジカ)は、ステーキやカツレツにすると美味い。

・赤シカはステーキやシチューにするといい。ただしメス。

・ナイル川を泳ぐナイルワニの尻尾は、エビの味に似ている。

・象の鼻はゼラチン質。

・オーストラリアのオオトカゲのしっぽの蒸し焼きは、イカの生干しそっくりの味。

前述しましたように、1982年に大藪は膵炎に倒れます。そして、亡くなるまでに3度の入院を経験して、最後までこの病に悩まされることとなります。

晩年の大藪春彦は、酒もほとんど飲まず、タバコも1日5本までに制限されます。

それでも、退院後は、ラーメンを食し、やがて大盛りを頼むようになります。

最晩年は、自宅近くのそば屋の天盛りを好みました。(もちろん、大盛りです)

1996年2月26日 夕方近く 大藪春彦はこの世から旅立ちました。

享年61。

最後に食したのは、龍子夫人とともにした昼食で出された甘塩鮭でした。
自分のぶんを平らげると、龍子夫人の分まで手を付けます。

大藪春彦は、最後までグルマン・食いしん坊を貫き通しました。

大藪春彦の愛犬チリーも食いしん坊だった

大藪春彦は鳥猟の相棒として、チリーと名付けたセッターを千葉県のハンターから譲り受けました。

大藪の相棒として、そして猟犬としては優れていましたが、大藪が仲間と狩りに出掛けて、仲間が撃った鳥は口にくわえて戻ってこずに、土の中に埋めてしまうという癖もありました。

ある日、大藪が家族とともに自宅に戻ると、異臭が漂っていました。

チリーが大藪の酒の肴であるスルメを大量に食べて、水を飲み、胃の中で膨らんだスルメを吐き出していたからです。

ビックリする大藪家の面々をよそに、チリーは洋室でグーグーと大いびきをかきながらお休み中でした。

チリーは、大藪の晩酌風景を見ていて、スルメに興味を持ったのでしょう。

家庭に飼われる犬としては、少し間抜けな面があったようですが、チリーは大藪家にとってかけがえのない家族だった、と思います。

最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。
心より御礼申し上げます。

ちなみに、管理人自身が一番好きな大藪作品は、

『戦士の挽歌(バラード)』

『ヘッド・ハンター』です。

ひとつには絞りきれません。
この記事をここまで読んでくださった方なら、大藪ワールドを楽しんでいただけると思います。

おすすめです。