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1983年【昭和58年】大学入試 私立大学学部系統別偏差値一覧表

1983年【昭和58年】大学入試 私立大学学部系統別偏差値一覧表をお送りします

はる坊です。

今回は、1982年(昭和57年)8月に、河合塾が発表した1983年私立大学入試の学部系統別の偏差値一覧表です。

法律・政治学系

偏差値69.9~67.5

早稲田大学政治経済学部政治学科

偏差値67.4~65.0

慶應義塾大学法学部法律学科

上智大学法学部法律学科

早稲田大学法学部

偏差値62.4~60.0

中央大学法学部法律学科

同志社大学法学部法律学科

偏差値59.9~57.5

青山学院大学法学部

学習院大学法学部法律学科

立教大学法学部

南山大学法学部

立命館大学法学部

関西大学法学部

関西学院大学法学部

偏差値57.4~55.0

青山学院大学国際政治経済学部国際政治学科

成蹊大学法学部政治学科

成城大学法学部

法政大学法学部政治学科

甲南大学法学部

西南学院大学法学部

偏差値54.9~52.5

成城大学法学部

日本大学法学部

明治学院大学法学部

愛知大学法経学部法学科

偏差値52.4~50.0

獨協大学法学部

國學院大學法学部

創価大学法学部

京都産業大学法学部

龍谷大学法学部

近畿大学法学部法律学科

福岡大学法学部法律学科

偏差値49.9~47.5

東北学院大学法学部

駒沢大学法学部法律学科

東海大学政治経済学部政治学科

神奈川大学法学部

名城大学法学部

偏差値47.4~45.0

北海学園大学法学部

大東文化大学法学部

東洋大学法学部経営法学科

近畿大学法学部経営法学科

神戸学院大学法学部

偏差値44.9~42.5

亜細亜大学法学部

東海大学政治経済学部地方行政学科

立正大学法学部

中京大学法学部

偏差値42.4~40.0

明治学院大学法学部第二部法律学科

偏差値39.9~37.5

国士舘大学政治経済学部政治学科

帝京大学法学部

日本文化大学法学部

経済学系

偏差値69.9~67.5

早稲田大学政治経済学部経済学科

偏差値64.9~62.5

慶應義塾大学経済学部

偏差値62.4~60.0

上智大学経済学部経済学科

同志社大学経済学部経済学科

関西学院大学経済学科

偏差値59.9~57.5

青山学院大学経済学部

学習院大学経済学部経済学科

明治大学政治経済学部経済学科

立教大学経済学部経済学科

立命館大学経済学部

関西大学経済学部

偏差値57.4~55.0

青山学院大学国際政治経済学部国際経済学科

成蹊大学経済学部経済学科

成城大学経済学部経済学科

中央大学経済学部経済学科

法政大学経済学部

関西大学社会学部

西南学院大学経済学部

偏差値54.9~52.5

國學院大學経済学部

専修大学経済学部

明治学院大学経済学部経済学科

愛知大学法経学部経済学科

南山大学経済学部

甲南大学経済学部

偏差値52.4~50.0

駒沢大学経済学部経済学科

東海大学経済学部

日本大学経済学部経済学科

武蔵大学経済学部経済学科

神奈川大学経済学部経済学科

京都産業大学経済学部

龍谷大学経済学部

福岡大学経済学部経済学科

偏差値49.9~47.5

東海大学政治経済学部経済学科

東京経済大学経済学部

日本福祉大学経済学部

大阪経済大学経済学部

近畿大学商経学部経済学科

偏差値47.4~45.0

東北学院大学経済学部経済学科

獨協大学経済学部経済学科

創価大学経済学部

名城大学商学部経済学科

神戸学院大学経済学部

松山商科大学経済学部

偏差値44.9~42.5

北海学園大学経済学部

亜細亜大学経済学部経済学科

大東文化大学経済学部経済学科

立正大学経済学部

桃山学院大学経済学部

広島経済大学経済学部経済学科

偏差値42.4~40.0

北星学園大学経済学部

関東学院大学経済学部経済学科

追手門学院大学経済学部経済学科

医学・薬学・保険学系

偏差値72.4~70.0

慶應義塾大学医学部

偏差値67.4~65.0

自治医科大学医学部

偏差値62.4~60.0

東京慈恵会医科大学医学部

日本医科大学医学部

大阪医科大学医学部

偏差値59.9~57.5

昭和大学医学部

東京医科大学医学部

東京理科大学薬学部薬学科

日本大学医学部医学科

近畿大学医学部

偏差値57.4~55.0

東邦大学医学部

久留米大学医学部

偏差値54.9~52.5

岩手医科大学医学部

順天堂大学医学部

東京女子医科大学医学部

聖マリアンナ医科大学医学部

近畿大学薬学部

兵庫医科大学医学部

福岡大学医学部

偏差値52.4~50.0

東海大学医学部

東京歯科大学歯学部

東京薬科大学薬学部

日本大学歯学部

星薬科大学薬学部

名古屋保健衛生大学医学部

京都薬科大学薬学部薬学科

大阪歯科大学歯学部

福岡大学歯学部

偏差値49.9~47.5

岩手医科大学歯学部

獨協医科大学医学部

埼玉医科大学医学部

共立薬科大学薬学部

聖路加看護大学衛生看護学部

神戸学院大学薬学部

川崎医科大学医学部

偏差値47.4~45.0

杏林大学医学部

昭和大学歯学部

東邦大学薬学部薬学科

鶴見大学歯学部

金沢医科大学医学部

名城大学薬学部薬学科

偏差値44.9~42.5

東北歯科大学歯学部

城西歯科大学歯学部

昭和大学薬学部

日本大学理工学部薬学科

松本歯科大学歯学部

愛知医科大学医学部

武庫川女子大学薬学部

福岡歯科大学歯学部

理学系

偏差値64.9~62.5

早稲田大学理学部物理学科

偏差値62.4~60.0

早稲田大学理工学部数学科

東京理科大学理学部数学科

早稲田大学教育学部理学科数学専修

偏差値59.9~57.5

慶應義塾大学理工学部1系

国際基督教大学教養学部理学科

上智大学理工学部物理学科

東京女子大学文理学部数理学科

関西学院大学理学部物理学科

偏差値57.4~55.0

学習院大学理学部化学科

慶應義塾大学理工学部2系

津田塾大学学芸学部数学科

東京理科大学理学部応用物理学科

立教大学理学部物理学科

偏差値54.9~52.5

学習院大学理学部化学科

上智大学理工学部化学科

中央大学理工学部数学科

東京理科大学理工学部数学科

立教大学理学部化学科

京都産業大学理学部計算機科学科

偏差値52.4~50.0

青山学院大学理工学部物理学科

日本大学文理学部数学科

中央大学理工学部物理学科

京都産業大学理学部数学科

立命館大学理工学部数学物理学科

甲南大学理学部第1類

偏差値49.9~47.5

東邦大学理学部物理学科

立命館大学理工学部化学科

福岡大学理学部応用数学科

偏差値47.4~45.0

日本大学文理学部物理学科

名城大学理工学部数学科

近畿大学理工学部数学科

福岡大学理学部化学科

偏差値44.9~42.5

東海大学理学部数学科

日本大学物理学部応用地学科

東京理科大学第二部化学科

偏差値42.4~40.0

東京電機大学理工学部数理学科

東海大学理学部化学科

岡山理科大学理学部数学科

偏差値39.9~37.5

城西大学理学部数学科

岡山理科大学理学部化学科

電気・電子工学系

偏差値62.4~60.0

早稲田大学理工学部電気工学科

東京理科大学工学部電気工学科

偏差値59.9~57.5

慶應義塾大学理工学部1系

偏差値57.4~55.0

上智大学理工学部電気電子工学科

東京理科大学理工学部電気工学科

武蔵工業大学工学部電子通信学科

偏差値54.9~52.5

青山学院大学理工学部電気電子工学科

明治大学工学部電子通信工学科

同志社大学工学部電子工学科

偏差値52.4~50.0

芝浦工業大学工学部工学部電子工学科

成蹊大学工学部電気工学科

中央大学理工学部電気工学部

東京電機大学理工学部電子工学科

法政大学工学部電気電子工学科

立命館大学理工学部電気工学科

関西大学工学部電気工学科

偏差値49.9~47.5

名城大学理工学部電気工学科

大阪工業大学工学部電子工学科

関西大学工学部電子工学科

福岡大学工学部電気工学科

偏差値47.4~45.0

工学院大学工学部電気工学科

日本大学理工学部電気工学科

近畿大学理工学部電気工学科

偏差値44.9~42.5

千葉工業大学工学部電気工学科

東海大学工学部電子工学科

東洋大学工学部電気工学科

日本大学理工学部電子工学科

神奈川大学工学部電気工学科

広島工業大学工学部電子工学科

偏差値42.4~40.0

東北学院大学工学部電気工学科

玉川大学工学部電子工学科

日本大学生産工学部電気工学科

関東学院大学工学部電気工学科

福井工業大学工学部電気工学科

愛知工業大学工学部電子工学科

大阪電気通信大学工学部通信工学科

摂南大学工学部電気工学科

長崎総合科学大学工学部電気工学科

偏差値39.9~37.5

国士舘大学工学部電気工学科

東海大学工学部電気工学科

明星大学理工学部電気工学科

東京工芸大学工学部電子工学科

中部工業大学工学部電子工学科

福山大学工学部電気電子工学科

九州産業大学工学部電子工学科

福岡工業大学工学部電子工学科

最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。

1970年代の話

1979年【昭和54年】全国主要私立大学偏差値一覧表

1979年主要私立大学文科系偏差値・難易度表一覧

偏差値65.0以上

早稲田大学政治経済学部

早稲田大学法学部

早稲田大学商学部

早稲田大学第一文学部

慶應義塾大学経済学部

慶應義塾大学文学部国文学専攻

上智大学法学部

上智大学外国語学部英米語学科

偏差値62.5以上

中央大学法学部法律学科

上智大学経済学部経営学科

上智大学文学部英文学科

上智大学外国語学部ドイツ語学科

上智大学文学部仏文科

国際基督教大学(ICU)教養学部言語学科

早稲田大学教育学部英語英文学科

早稲田大学教育学部教育心理学科

同志社大学文学部心理学専攻

偏差値60.0以上

早稲田大学教育学部国語国文学科

上智大学文学部史学科

上智大学文学部国文学科

上智大学外国語学部比較文化学科

上智大学経済学部経済学科

青山学院大学文学部史学科

青山学院大学文学部英米文学科

中央大学法学部政治学科

学習院大学法学部法律学科

立教大学法学部法律学科

国際基督教大学(ICU)教養学部人文科学科

同志社大学文学部史学科

同志社大学文学部英文学科

同志社大学文学部国文学科

同志社大学法学部法律学科

立命館大学文学部日本史学科

立命館大学文学部英米文学科

関西学院大学経済学部

偏差値57.5以上

慶應義塾大学商学部

慶應義塾大学法学部法律学科

学習院大学経済学部経済学科

学習院大学文学部仏文学科

学習院大学文学部国文学科

学習院大学文学部心理学科

立教大学経済学部経済学科

立教大学社会学部産業関係学科

立教大学文学部英米文学科

立教大学文学部日本文学科

立教大学文学部心理学科

青山学院大学経済学部

青山学院大学法学部

青山学院大学文学部日本文学科

明治大学政治経済学部経済学科

明治大学法学部政治学科

明治大学文学部東洋史学科

上智大学文学部哲学科

中央大学文学部心理学科

東京女子大学文理学部文系

成城大学文芸学部国文学科

國學院大學文学部史学科

南山大学外国語学部英米語学科

南山大学文学部国語国文学科

同志社大学経済学部

同志社大学法学部政治学科

同志社大学文学部新聞学専攻

関西大学経済学部

関西大学法学部法律学科

関西大学文学部史学科

関西学院大学商学部

関西学院大学法学部

関西学院大学文学部

立命館大学文学部日本文学科

偏差値55.0以上

中央大学経済学部経済学科

中央大学商学部会計学科

中央大学文学部英文学科

学習院大学文学部独文科

明治大学商学部

明治大学文学部仏文科

明治大学文学部西洋史学科

成城大学法学部

成城大学文芸学部

法政大学法学部

法政大学文学部英文学科

法政大学文学部史学科

明治学院大学文学部英文学科

立教大学文学部教育学科

國學院大學文学部日本文学科

日本女子大学文学部国文学科

南山大学文学部仏文学科

南山大学法学部

立命館大学経済学部経済学科

立命館大学文学部中国文学科

関西大学商学部

関西大学法学部政治学科

関西大学文学部英文学科

関西大学文学部国文学科

関西学院大学社会学部

同志社大学文学部哲学・倫理専攻

京都女子大学文学部英文学科

偏差値52.5以上

中央大学経済学部国際経済学科

中央大学商学部経営学科

中央大学文学部仏文科

早稲田大学教育学部体育学科

早稲田大学社会科学部

法政大学経営学部

法政大学文学部日本文学科

成城大学経済学部経済学科

成蹊大学経済学部経済学科

成蹊大学法学部法律学科

成蹊大学文学部日本文学科

成蹊大学文学部英米文学科

明治学院大学法学部

明治学院大学文学部仏文科

明治大学文学部演劇学科

駒沢大学文学部史学科

専修大学経済学部

専修大学文学部人文学科

愛知大学法経学部法学科

愛知大学文学部英文学科

南山大学文学部哲学科

甲南大学経済学部

甲南大学法学部

京都産業大学経済学部

京都産業大学外国語学部

同志社大学商学部

関西大学文学部仏文科

関西大学文学部哲学科

西南学院大学経済学部

偏差値50.0以上

早稲田大学第二文学部

中央大学法学部第二部

明治大学政治経済学部第二部

日本大学法学部法律学科

日本大学文理学部心理学科

青山学院大学第二経済学部

専修大学商学部商学科

専修大学法学部

専修大学文学部英米文学科

明治学院大学経済学部経済学科

明治学院大学社会学部社会学科

國學院大學経済学部

國學院大學文学部哲学科

駒沢大学経済学部経済学科

武蔵大学経済学部経済学科

武蔵大学人文学部社会学科

創価大学法学部

東洋大学文学部国文学科

神奈川大学経済学部経済学科

愛知大学法経学部経済学科

南山大学経営学部

龍谷大学経済学部

甲南大学文学部

同志社大学経済学部第2部

西南学院大学商学部商学科

京都産業大学法学部

関西学院大学神学部

人物伝

いまこそ日本マクドナルド創業者・藤田田(デンと発音して下さい)を再検証する。2019年4月13日「ユダヤの商法」復刊!

2019年4月13日 ついに藤田田『ユダヤの商法』復刊!

はる坊です。

長い間、謎だったことがあります。
それは、なぜあの本は絶版・品切れ中になったままなのか。

絶対に、ニーズのある本なのに、ご遺族の意向なのか?

その本は、1972年に発売され年間ベストセラーで第6位にランクインした、藤田田『ユダヤの商法』。

これほど普遍的な事柄を書いた本はないのに、いつのまにか書店・古本屋から姿を消して、古書は1万円以上の値が付く状態。

そんな本がようやくこの4月13日に復刊されることになりました。
題して、藤田田『
ユダヤの商法(新装版)

本当に嬉しいことです。

また、勝てば官軍(新装版)〝Den Fujitaの商法 〟シリーズも新装版が同時発売となります。

推薦文も幻冬舎社長 見城徹・SHOWROOM社長 前田裕二・AMF社長 椎木里佳・オリエンタルラジオ 中田敦彦と藤田田の本が好きそうなメンツが寄せています。

どの本も、読んで絶対に損をすることはありませんので、おすすめします。
『ユダヤの商法』と『勝てば官軍』が1,588円。
〝Den Fujitaの商法〟が各994円。

ハッキリ言って、書いてある内容に比べたら安すぎます。

特に『ユダヤの商法』は久留米大学附設高等学校に在学中だった、当時16歳のソフトバンクグループの孫正義を感激させ、どうしても藤田田に会いたいと電話を掛け続けるも、会ってもらえなかった為、アポなしで九州から東京へ飛行機で向かい、秘書との激しいやりとりの末に、ようやく藤田田本人との面会が叶い、

孫正義が放った「これからアメリカへ行って勉強してくるが、何を勉強したらいいか?」との質問に、

藤田田が「コンピュータだ。私が君の歳ならコンピュータをやる。これからコンピュータはどんどん小さくなっていく、その過程で絶対に儲かるチャンスがある」と答えたエピソードは有名です。

後日談として、ソフトバンクを成長させ、株式を店頭公開(現在のJASDAQ上場)を果たした孫正義が藤田田を訪ねると、藤田田は「あのときの少年か!」と感激して、早速ソフトバンクの300台のパソコンを発注したというええ話もあります。

ソフトバンクについては、後に孫正義の誘いに応じて社外取締役に就任しました。

藤田田の任期が終わったあと、社外取締役の後任となったのがファーストリテイリングの柳井正でした。挨拶に来た柳井に、藤田は「君が柳井君か。ええもんをやろう」といって手渡したのは、ハンバーガーの無料券数枚でした。

また、ユニクロの柳井正や少年時代の宇野康秀が愛読していたりと、現在活躍している実業家・経済人がむさぼり読んだ本として知られています。

藤田田(デンと発音して下さい)って誰?

まず、「藤田田(デンと発音して下さい)って誰?」という方のために、Wikipediaより高い精度のプロフィールを。

藤田田は1926年3月13日に大阪府大阪市に生まれました。(城東区生まれと淀川区生まれとふたつの記述があります)
父親はイギリス企業の日本支社で働く電気技師。母親は敬虔なクリスチャンでした。
3歳で吹田市千里山に転居して、小学校時代を過ごしますが、旧制中学受験に失敗。1年間の浪人生活を送る羽目になります。

1年後、再受験で旧制北野中学に入学。北野中には1年違いで手塚治虫が在籍していました。
北野中学を経て旧制松江高校に入学。ここで英語とドイツ語をマスターします。
卒業後は、東京大学に進学。

そして1945年8月、日本は敗戦を迎えます。
焼け野原の東京でひとりぼっち。

しかし、藤田田には感傷に浸っている暇はありませんでした。
戦時中に父親が亡くなり、学生でありながら残った家族に仕送りをしなければならない立場になったのです。

当時の東大生のアルバイトは家庭教師が中心でしたが、それでは自分の生活費と家族への仕送りはまかなえません。
そこで藤田は英字新聞で見つけたGHQの通訳募集の求人に臨んで、試験に合格します。

ところが、実際にアメリカ兵が使っている英語は学校で習ったものとまったく違うもの。
困った藤田は、将校に頼んで泊まり込みで実地の英語を勉強します。
半年ほどすると、英語が解り出します。

そして、ユダヤ人との付き合いも始まり、彼らにビジネスを教わります。

藤田田の東大時代は忙しいものでした。
朝は東大。
昼は銀座2丁目で始めたフジタ&カンパニーの仕事。
夜は進駐軍の通訳。

進駐軍の通訳の仕事は収入が良く、国家公務員の給与が1000円~2000円だった当時、月額1万円でした。

当時、三鷹に住んでいた太宰治との交遊も有名で、太宰治が玉川上水で入水を遂げた夜も一緒に飲んでおり、後年まで「あれは自殺ではなく、事故だった」と主張していました。

1950年に藤田商店を設立。(法人化は1960年)
国家公務員試験(高等文官試験行政科)を受け、大蔵省に合格しますが、辞退をして、1951年3月に東京大学法学部を卒業すると、実業の世界に飛び込んでいきます。

日本マクドナルドを始めるまで、藤田田が手掛けたのは高級雑貨の輸出入業でした。
クリスチャン・ディオールの正規輸入代理店を長く手掛け、東京タワーの蝋人形館も藤田田が手掛けた仕事のひとつです。

そして1971年渡米した際に、アメリカマクドナルドの創設者 レイ・クロック氏に会うことを勧められた藤田田は、50:50の合弁会社ならやるといい、レイ・クロックと合意します。

そして1971年三越銀座店の一角に日本マクドナルド一号店が開店。
瞬く間に大人気となり、1976年には100号店達成。
1979年に200号店達成。
1982年に300号店達成。
1984年に売上高1,000億円を突破。
1985年に500号店達成。
1987年に600号店達成。
1989年に700号店達成。
1993年に1000号店達成。
1996年に2000号店達成。
1999年に3000号店達成。

〝ハンバーガー王〟〝外食王〟と呼ばれるようになっていきました。

“「頭の悪い奴は損をする」”と断言した藤田田の凄さ

藤田田は生前、“「人生はカネや」”と公言していました。
しかし、金儲けだけの人間ではありませんでした。

現在、日本マクドナルドでは創業者である藤田田の影響力やイメージは消し去られてしまいました。
ここに『日本マクドナルド20年のあゆみ』に収められている「藤田田物語」には、真っ正直な藤田田の本音が綴られています。

“肉親の死を始め、同時代人の多くの死にも立ち会ってきました。そういった経験から、確信をもっていえることは、人間には裸で生まれて裸で死んでゆくという単純な事実しかないということでした。そうであるならば、今現在を精一杯生きてゆくこと、それが人生で一番大切なことではないかと思います。それが結果として金儲けにつながるのかもしれませんが、金儲けというのは結局は目的ではなく、チャンスを得るための手段ではないかと思います。(中略します)要は、目的を持って、1日1日を粘り強く生きていくことに、金儲けの本質があるのではないでしょうか”

お読みになっていかがだったでしょうか?

露悪的で、金の亡者的な発言や文章を残している藤田田ですが、本当は繊細で優しく、そして誰よりも勁い人間だったのではないかと思えてきます。
学生の身で父親を亡くし、学びながら家族を養ったこと。
東大法学部在学中に、光クラブ事件の山崎晃嗣や太宰治の死に出会ったこと。
そんななかでユダヤ人のたくましい生き方に出会い、やがては、“銀座のユダヤ人”を自称するまでになります。

藤田田の商法は、完全な合理主義と義理人情のバランスをうまく取るものでした。
そんな藤田田の名言を集めました

藤田田の名言集

・物事をひとつの角度からしか眺められない人間は、人間として半人前だが、商人としても失格だ。

・不況なんてみんな同じ。その中でどうすれば勝てるかや! 考えろ!考えろ!

・1円にこだわれ!もっと粘れ

・人間は忘れる生き物だから、24時間メモを取れ。

・その国の教育と商売はリンクして進まないといけない。早すぎても、遅すぎても駄目なんだ。

・人件費は投資。設備投資と同じで、絞れば会社は弱くなる。

・高い給料でも儲かる仕組みを作るのが社長の仕事。人件費を下げて利益を出したら社長とは言えん。
-藤田田が社長を務めていた1998年当時、マクドナルドの店長の平均年収は819万円。
20代後半の店長も少なくなかった。
もちろん、外食産業の中では際だって高い給与水準だった。

そして・・・

・凡眼には見えず、心眼を開け、好機は常に眼前にあり

総資産数千億といわれた大富豪・藤田田

藤田田は2004年4月21日、心不全のため78歳で亡くなります。
(70代を迎えても元気に、マクドナルドの社長・会長業に励んでいましたが、実は糖尿病と心臓に病を抱えていたようです)
2005年3月に遺産総額が公示されました。
その額491億円。
歴代6位の遺産額でした。
(ちなみに歴代1位はパナソニック創業者・松下幸之助氏です。2,450億円でした。)

そんな藤田田の資産は生前、1,500億円とも3,210億円とも伝えられていました。

一番大きかったのは、日本マクドナルド株ですが、長年に渡って、そのマクドナルドの売上の1%が契約役務・コンサルタント料として、藤田商店に入る仕組みになっていました。

またポテトの納入元が藤田田のファミリーカンパニーだったりと、個人で保有していた株式の他にも、現金が手元に流れ込む仕組みを作っていたことから、資産が膨大な額だと目され、また、日本マクドナルドがあれほどの大企業なのに東証1部ではなくJASDAQ上場となったのは、藤田田と日本マクドナルドの契約に不透明性があったからだと報じられました。

現在も、藤田商店は存在しており、息子さんが社長を務めていますが、デン・フジタやデン・フジタ興産といった無数にあったファミリー企業の多くは藤田商店に吸収合併されています。

息子さんは2人。藤田元(ゲンと発音して下さい)・藤田完(カンと発音して下さい)です。
元はジェネラル・将軍を意味する。
完はカーン・王様を意味する。

息子たちは、名前で得をするはずだ、と藤田田は生前に語っています。

ふたりとも成城大学出身という話がありますが、正確なところは、
どちらかが早稲田大学商学部卒業、そしてもうひとりが成城大学経済学部卒業。
日本マクドナルド2代目社長となった八木康行氏が成城大学出身だったのは、息子の友人であったことで藤田田と出会い、創業まもないマクドナルドに飛び込んだことが後の出世に繋がりました。

藤田田は、息子に日本マクドナルドを継がせることはありませんでした。
2003年に会長を退任するとき、取締役に就いていた息子も同時に退任しました。

日本マクドナルドは2000年にハンバーガーの価格を半額にして、一時は売上が好調に推移し、〝デフレの勝ち組〟ともて囃されました。
最安値でハンバーガー1個59円という時代がありました。

しかし、為替差損で2002年には初の赤字決算に陥り、ブランドイメージは落ち、決定的な打開策を見いだせないまま、2003年に藤田田は日本マクドナルドを去りました。

実は、この値下げ商法は自著『ユダヤの商法』に反したものでした。
彼自身が著書の中に安売り商法はしてはいけないと断じていたのです。
慢心したのか、それともこの時代は値下げしてモノを売る方法しかないと思ったのか・・・
永遠の謎ですが、現代に生きる私たちは『ユダヤの商法』を読んで、〝藤田田 金儲けの教え〟について学ぶべきところはしっかりと学ぶべきだと思います。

人物伝

日本マクドナルド社長・日色保氏とは? 2019年も9月4日(水)から月見バーガー・黄金の月見バーガー・月見パイが味わえる季節がやってきましたよ。

日本マクドナルド新社長 日色保氏とは?

はる坊です。
日本マクドナルドホールディングスが、事業会社の日本マクドナルド社長に、同社の上席執行役員である日色保(ひいろ たもつ)氏をあてることを発表しました。社長就任は、2019年3月27日開催予定の株主総会後の取締役会で正式に決定される予定です。

これまで同社社長を務めてきたサラ・エル・カサノバ氏は、同社の代表取締役会長に就任予定です。

日本マクドナルド新社長 日色保氏のプロフィール

日色 保(ひいろ たもつ)氏は、1965年生まれで現在54歳です。

1988年に静岡大学人文学部法学科を卒業後、1988年静岡大学卒業後、ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)に入社されています。
医療機器の営業やマーケティング、トレーニングを担当されたのち、外科用器材部門と糖尿病関連事業部門の事業部長を経験。
2005年には、J&Jのグループ会社であるオーソ・クリニカル・ダイアグノスティックス株式会社の代表取締役社長に就任されています。
グループ会社とはいえ、40歳で社長就任はすごいですね。
2008年には、同社のアジアパシフィックの事業も統括。
2010年にジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社 メディカル カンパニー 成長戦略担当副社長 シニアバイスプレジデントに就任。
2018年9月に日本マクドナルドの上席執行役員 CSO(チーフ・サポート・オフィサー)に就任されて、それから半年で社長就任となる訳です。

新社長の手腕に期待したいところです。

日色保 新社長就任後の日本マクドナルドの役員体制

日本マクドナルドホールディングス株式会社
取締役会長:ロバート D.ラーソン
代表取締役社長兼 CEO:サラ L.カサノバ(日本マクドナルド 代表取締役会長兼CEO
代表取締役副社長兼 COO:下平 篤雄(日本マクドナルド 代表取締役副社長兼COO)
代表取締役 上席執行役員:佐藤 仁志
取締役 執行役員:宮下 建治
取締役:アンドリュー V.ヒプスレイ
取締役:アローシャ・ウィジェムニ
取締役:日色 保(日本マクドナルド 代表取締役社長兼COO)
社外取締役:川村 明
社外取締役:上田 昌孝
※社外取締役の川村 明 氏は弁護士で、アンダーソン・毛利・友常法律事務所の顧問。
※社外取締役の上田 昌孝 氏は実業家で、アメリカンホーム保険会社の代表取締役会長やセシール代表取締役会長、そして、フジ・ダイレクト・マーケティング代表取締役社長、ディノス・セシール代表取締役会長を歴任されてきた人物です。
また、子供向けの職業体験施設であるキッザニアのエグゼクティブ・アドバイザーを務められています。

日本マクドナルド株式会社
代表取締役会長兼CEO:サラ・エル・カサノバ
代表取締役社長兼COO:日色 保
代表取締役副社長兼COO:下平 篤雄
取締役 上席執行役員:アンドリュー R.ブラフ
社外取締役:高橋 鉄

取締役 石渡 勲 氏は退任されるようですね。

日本マクドナルド代表取締役副社長COO下平 篤雄 氏って?

さて、ここで気になるのは、
日本マクドナルドホールディングスと日本マクドナルドで代表取締役副社長COOを務められている下平 篤雄 氏の存在です。
下村篤雄 氏のプロフィールを紹介しますと、
1953年東京都生まれ。1976年國学院大学法学部卒業。1978年日本マクドナルド入社。中央地区本部長・コーポレートリレーション本部長・営業推進本部長などを経て、2005年に日本マクドナルド代表取締役。
2009年大手フランチャイズ・チェーンのクオリティーフーズ(新潟市)に出向・入社。
2015年本社に戻り、上席執行役員フィールドオペレーション本部長を経て、2015年3月から現職。
という経歴です。
創業者・藤田田時代からの生え抜きですね。
社長を務められるには、年齢が66歳とちょっと長期政権のトップでは難しかったのかもしれません。

ちなみに、一時期、出向・入社されていたクォリティフーズ株式会社は、1990年2月5日に設立され、現在118店舗のマクドナルドを運営している企業です。

1970年代の話

1976年(昭和51年)私立大学偏差値一覧表

1976年度の私立大学入試の偏差値(難易度)をご紹介します

はる坊です。
以前に1972年度の大学偏差値をご紹介しました。

今回はその4年後、1976年度の私立大学入試の偏差値をご紹介します。
データは1975年11月に行われた代々木ゼミナールの公開模試に基づいたものです。

1976年度大学入試私立大学偏差値表

滑り止めに合格しても素直に喜べなかった入学金制度

今回ご紹介する偏差値表では、

○○大学○○学部・・・偏差値○○

という形ではなく、合格可能圏偏差値として、○○~○○という数値が並びます。

これには理由があります。

1975年以前では、私立大学は合格発表後から一週間前後には入学手続きをとり、入学金・授業料・施設料などをまとめて徴収して、その後、別の私立大学や国公立大学の入試に合格しても、一度支払われた入学費用は、一切返還されないという形がとられていました。

国公立大学を狙う受験生の場合、浪人覚悟の場合や「国公立1本で大丈夫。必ず合格する」という自信満々の受験生はともかく、大半の受験生は、私大を滑り止めとして受けて、うち一校に、入学金・授業料・施設料などの入学時納入金額を収めた上で、第一志望を受験していました。

そして第一志望の国公立に合格しても、前もって滑り止めに支払った入学時納入金は一切返還されないのが決まりでした。

私立大学専願の受験生でも、第一志望の受験日が遅い時期であれば、早い時期に合格した滑り止めに入学金等を支払わなければなりませんでした。

その額、私立文系で20万円~35万円。

年次統計によると大卒初任給89,300円だった時代です。
これは受験生を抱える家庭にとっては、大きな負担だと考えられていました。

この状況に対して、受験生やその父兄からは、「私立大のタダ取り」ではないかという指摘が数多くあり、この年からは大半の私立大学において、入学申込金(入学金)や〝登録料〟と呼ばれる費用を合格後に納めれば、一定期間(国公立大学の入試合否判明まで等)、費用の延納を認めたり、一旦、入学時納入金は納めるものの、あとで手続きをすれば、入学金以外は受験生側に返金するというシステムがつくられました。

その為、この年からは私立大学の併願数が増加するのでは?

という予測がされたのですが、実際に、併願数が増加するかはこの時点ではわからず、

偏差値○○~○○が、○○大学○○学部の合格可能圏偏差値

と発表されたのでした。

それでは、発表された大学の難易度を見ていきましょう。

1976年(昭和51年)大学合格可能偏差値

岩手医科大学
医学部・・・・・55~57
歯学部・・・・・51~57

早稲田大学
政治経済学部・・・・・・58~63
法学部・・・・・・・・・58~60
商学部・・・・・・・・・58~60
第一文学部・・・・・・・58~60
教育学部・・・・・・・・55~60
理工学部(建築)・・・・58~63
理工学部(その他)・・・58~60

慶應義塾大学
法学部・・・・・・・・・55~60
経済学部・・・・・・・・55~60
文学部・・・・・・・・・58~60
商学部・・・・・・・・・55~60
工学部・・・・・・・・・58~60
医学部・・・・・・・・・64~67

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明治大学
法学部・・・・・・・・・55~57
商学部・・・・・・・・・55~57
政治経済学部(政治)・・51~57
政治経済学部(経済)・・51~57
経営学部・・・・・・・・51~57
工学部(建築)・・・・・55~60
工学部(その他)・・・・55~57
文学部・・・・・・・・・55~57
農学部・・・・・・・・・40~50

立教大学
経済学部・・・・・・・・55~60
法学部・・・・・・・・・55~60
文学部Ⅰ・・・・・・・・58~60
文学部Ⅱ・・・・・・・・55~60
理学部・・・・・・・・・51~60
社会学部・・・・・・・・51~57
※文学部Ⅰ・Ⅱは専攻によって分けられていたものと思われる。

法政大学
工学部・・・・・・・・・48~54
法学部・・・・・・・・・51~54
経済学部・・・・・・・・51~57
経営学部・・・・・・・・48~54
社会学部・・・・・・・・51~54
文学部・・・・・・・・・51~54

中央大学
法学部(法律)・・・・・58~60
法学部(政治)・・・・・55~60
経済学部・・・・・・・・51~57
商学部・・・・・・・・・51~57
理工学部・・・・・・・・55~60
文学部・・・・・・・・・51~57

上智大学
外国語学部・・・・・・・58~63
文学部Ⅰ(文学)・・・・58~60
文学部Ⅱ(その他)・・・58~60
理工学部Ⅰ・・・・・・・55~60
理工学部Ⅱ・・・・・・・58~60
経済学部・・・・・・・・55~60
法学部・・・・・・・・・55~60
※理工学部Ⅰ・Ⅱは専攻によって分けられていたものと思われる。

津田塾大学
学芸学部(国際)・・・・・58~60
学芸学部(英文)・・・・・58~60
学芸学部(数学)・・・・・58~60

青山学院大学
文学部(英文)・・・・・・58~60
文学部(仏文)・・・・・・55~60
文学部(史学)・・・・・・55~60
文学部(教育)・・・・・・55~57
文学部(日本文学)・・・・55~60
経済学部・・・・・・・・・51~57
経営学部・・・・・・・・・48~54
法学部・・・・・・・・・・51~57
理工学部・・・・・・・・・48~54

学習院大学
法学部・・・・・・・・・・55~57
経済学部・・・・・・・・・51~57
文学部・・・・・・・・・・55~60
理学部(化学)・・・・・・51~57
理学部(その他)・・・・・55~60

国際基督教大学
教養学部・・・・・・・・・58~60

自治医科大学
医学部・・・・・・・・・・61~67

東京医科大学
医学部・・・・・・・・・・55~60

東京歯科大学
歯学部・・・・・・・・・・55~60

東京薬科大学
薬学部・・・・・・・・・・55~60

日本医科大学
医学部・・・・・・・・・・61~63

日本歯科大学
歯学部・・・・・・・・・・55~60

昭和大学
医学部・・・・・・・・・・51~57
歯学部・・・・・・・・・・51~54

順天堂大学
医学部・・・・・・・・・・55~60

東京女子医科大学
医学部・・・・・・・・・・55~60

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東京理科大学
理学部(数学)・・・・・・55~60
理学部(応用化学)・・・・55~60
理学部(物理)・・・・・・55~60
理学部(応用数学)・・・・55~60
理学部(化学)・・・・・・55~60
理学部(応用物理)・・・・55~60
工学部(建築)・・・・・・58~60
工学部(工業化学)・・・・55~60
工学部(経営工学)・・・・55~60
工学部(電気工学)・・・・55~60
工学部(機械工学)・・・・55~60
薬学部・・・・・・・・・・55~60
理工学部(数学)・・・・・51~57
理工学部(建築)・・・・・55~57
理工学部(電気工学)・・・51~57
理工学部(土木)・・・・・55~57
理工学部(物理)・・・・・51~57
理工学部(機械工学)・・・51~57
理工学部(経営工学)・・・51~57

芝浦工業大学
工学部(機械工学)・・・・48~54
工学部(通信工学)・・・・48~54
工学部(建築)・・・・・ 55~57
工学部(工業経営)・・・・48~54
工学部(工業化学)・・・・48~54
工学部(機械工学)・・・・48~54
工学部(土木)・・・・・・55~57
工学部(電子工学)・・・・48~54
工学部(金属工学)・・・・48~54
工学部(建築工学)・・・・48~54
工学部(電気工学)・・・・48~54

武蔵工業大学(現・東京都市大学)
工学部(電子通信)・・・・・55~57
工学部(経営工学)・・・・・51~57
工学部(電気工学)・・・・・55~57
工学部(土木工学)・・・・・55~60
工学部(機械工学)・・・・・51~57
工学部(建築)・・・・・・・55~60

成城大学
経済学部・・・・・・・・・・51~57
文芸学部・・・・・・・・・・51~57

成蹊大学
経済学部・・・・・・・・・・48~54
工学部・・・・・・・・・・・48~54
文学部・・・・・・・・・・・51~57
法学部・・・・・・・・・・・48~54

明治学院大学
文学部(英文)・・・・・・・51~57
文学部(その他)・・・・・・51~57
経済学部(商)・・・・・・・48~54
経済学部(経済)・・・・・・48~54
社会学部(社会福祉)・・・・51~54
社会学部(社会)・・・・・・51~54
法学部・・・・・・・・・・・51~54

日本女子大学
家政学部・・・・・・・・・・48~54
文学部・・・・・・・・・・・55~57

東京女子大学
文理学部・・・・・・・・・・58~60

共立女子大学
文芸学部・・・・・ ・・・・48~54
家政学部・・・・・・・・・・45~50

大妻女子大学
家政学部・・・・・・・・・・45~50
文学部・・・・・・・・・・・48~54

日本大学
法学部(法律)・・・・・・・45~50
法学部(政治経済)・・・・・45~50
法学部(新聞)・・・・・・・45~50
文理学部(理)・・・・・・・45~50
文理学部(文学)・・・・・・48~54
文理学部(社会・教育)・・・48~54
経済学部(経済)・・・・・・45~50
経済学部(産業経営)・・・・45~50
商学部(会計)・・・・・・・45~50
商学部(経営)・・・・・・・45~50
商学部(商業)・・・・・・・45~50
理工学部(物理)・・・・・・55~57
理工学部(数学)・・・・・・55~57
理工学部(建築)・・・・・・55~57
理工学部(土木)・・・・・・55~57
理工学部(その他)・・・・・48~54
生産工学部 ・・・・・・・・45~50
工学部・・・・・・・・・・・40~47
医学部・・・・・・・・・・・51~57
歯学部・・・・・・・・・・・51~57

東海大学
医学部・・・・・・・・・・・51~57

専修大学
経済学部・・・・・・・・・・・45~50
法学部・・・・・・・・・・・・48~54
経営学部・・・・・・・・・・・45~50
商学部・・・・・・・・・・・・45~50
文学部・・・・・・・・・・・・48~54

東洋大学
法学部・・・・・・・・・・・・45~50
経済学部・・・・・・・・・・・45~50
経営学部・・・・・・・・・・・45~50
文学部・・・・・・・・・・・・48~54
工学部・・・・・・・・・・・・48~50

東京電機大学
工学部・・・・・・・・・・・・48~54

神奈川大学
法学部・・・・・・・・・・・・45~50
外国語学部・・・・・・・・・・51~54
経済学部・・・・・・・・・・・45~50
工学部・・・・・・・・・・・・48~54

同志社大学
神学部・・・・・・・・・・・51~57
文学部・・・・・・・・・・・55~60
法学部・・・・・・・・・・・55~60
経済学部・・・・・・・・・・55~57
商学部・・・・・・・・・・・51~57
工学部・・・・・・・・・・・55~60

立命館大学
法学部・・・・・・・・・・・51~57
経済学部・・・・・・・・・・51~57
経営学部・・・・・・・・・・51~57
産業社会学部・・・・・・・・51~57
理工学部・・・・・・・・・・48~54
文学部・・・・・・・・・・・55~60

大阪医科大学
医学部・・・・・・・・・・・51~57

大阪薬科大学
薬学部・・・・・・・・・・・55~57

関西大学
法学部・・・・・・・・・・・51~57
文学部・・・・・・・・・・・48~54
経済学部・・・・・・・・・・48~54
商学部・・・・・・・・・・・48~54
社会学部・・・・・・・・・・48~54
工学部(電気・電子)・・・・48~50
工学部(その他)・・・・・・48~54

関西学院大学
文学部・・・・・・・・・・・55~60
社会学部・・・・・・・・・・51~57
法学部・・・・・・・・・・・55~57
経済学部・・・・・・・・・・55~57
商学部・・・・・・・・・・・51~57
神学部・・・・・・・・・・・51~57
理学部・・・・・・・・・・・55~57

1972年(昭和47年)の国公立・私立大学入試偏差値(難易度)はこちらから

1972年(昭和47年)の大学入試偏差値(難易度)を調べてみました。

全国の国公立・私立大学 国公立・私立高等学校(高専) 受験中学校の偏差値をまとめたページはこちらです。

⇒『はる坊の雑記』偏差値関連記事 整理ページです。

1970年代の話

1972年(昭和47年)の大学入試偏差値・難易度を調べてみました。

40年前や50年前の大学受験って、難易度とか偏差値ってどうだったんだろう?

1970年や1975年頃の大学って、今よりも難しかったのか?

はる坊です。
私が大学受験を経験したのも遙か昔のことになってしまいました。
ふと、「大昔の大学受験はどうだったのだろう?」という疑問が湧いてきて、調べてみました。

手に入ったのは、1972年(昭和47年)の大学入試難易度(偏差値)表です。

当時の受験生は、現役生で1953年(昭和28年)~1954年(昭和29年)生まれの方になります。現在は64~65歳、仕事の第一線からリタイアされた方、企業の役員を務められている方、専門職でバリバリ働きながら後進に指導をおこなっておられる方、いろいろな方がおられると思います。

ちなみに大学卒業時には、オイルショックに見舞われて、例年より就職に苦労した経験を持たれている世代でもあります。

民間企業への就職が狭き門となった為に、国家公務員中級職(国家公務員Ⅱ種を経て、現在の国家公務員一般職)や地方公務員に本格的に目を向けて、入庁、入職した最初の世代でもあります。(地方の役場では、それまで大卒が仕事をしていることは珍しかったところもあります)

私が大学受験に臨む頃や社会へ出てから、何かの拍子で「××大なんて、名前を書けば誰でも入れた」とか「○○大は難しかった」という話を、ホンネか冗談か真に受けることもなく聞いたことがありますが、今回のデータで「なるほどなあ」と思うものもありました。
世間の評価は時代によって移り変わっていくものですね。
もっとも、東大・京大と国公立医学部が最難関であることは変わりませんが。