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はる坊のグルメ話

【2024月4月 おすすめ最新版】コスパ最強!ワンコイン500円もあり 新大阪 西中島南方の本当に価値のあるランチを6選+パン・スイーツ2選

新大阪・西中島南方界隈で価格以上の価値があるランチ5選+パン・スイーツ2選

はる坊です。

私は考えるのです。

昼休みのランチにおいて、800円なら800円以上の価値を、
1000円なら1000円以上の価値を、そのランチに見出せない限り、
食後に根深い不満が残るのではないかと。

ランチは空腹を満たすだけのものではありません。
食後には心も満たされて、束の間の幸福を感じてこそ、充実した昼休みとなるのです。

よって、ここに私の独断と偏見による西中島界隈ランチ推薦店をご披露いたします。
これは、私の自由で孤独でいかがわしい徘徊の結果によるものです。
「知ってる知ってる。全部知ってる」「飽きるほど行ったから飽きた」
「行ったけど大したことなかった」等ございましたら、何卒ご容赦を。

しかし、自信のあるオススメであることには変わりありません。

はる坊が独断と偏見で選ぶ!西中島界隈でランチにおすすめなお店

◎ティーパン(中華) 500円ランチあり!

大阪市淀川区西中島6-4-3
☆おすすめ
中華丼600円
しょうゆラーメン(450円)

おすすめポイント
とにかく安い!コスパと接客の良さが高評価の町中華。
飯類は100円プラスすると大盛りにできるが、ボリュームは並の2倍にはなる。
麺類も味噌ラーメン(550円)チャーシューメン(600円)と安くて味がまあまあ。
120円プラスでワンタン入りになるが試したことはない。
また、頼んでいる客を見たことがない。
店としては、常に麻婆丼(600円)を推している模様だが、正直あまり美味しくないメニューだと思う。
ちなみに店名のティーパンとは(Tea&Bread)の略らしい。

◎太郎坊寿し(寿司)

淀川区西中島4-7-8 サンコープラザ1F
☆おすすめ
にぎり寿司800円(赤だし付)

おすすめポイント
頼んだことはないが、にぎり寿司は大盛り(1080円)もあり。
親子(80歳くらい?と50歳代?)が板場に立つ。

◎華Sansyou学(四川料理)

淀川区西中島3-22-20
☆おすすめ
四川麻婆豆腐セット(ライスor麺) 900円

おすすめポイント
本格的で少しオイリーな四川麻婆豆腐が美味しいお店。
ライス・麺ともに大盛無料。
行列ができていることがあるが、回転は早い。
時間的に11時45分に着ければ、まずは大丈夫。

◎旬彩 西むら(和食)

淀川区西中島4-2-12
☆おすすめ 
旬彩弁当(1050円)
日替わり定食(880円)

おすすめポイント
料理人のご主人が丁寧な仕事をされていて、好感が持てる。
日本料理店の揚げ方をされていたのではないかと、個人的に思っている。
旬彩弁当は1050円と値が張るが、造り(2種類)・天ぷら(海老2本と野菜)・野菜の煮物・焼物(豚・鶏or魚)・
白飯・味噌汁・デザートのバランスが良く、相応に良い食材を使っているのがわかる。
ただ、一品一品のおかずの量が少なく感じられるので、おかずを少しずつ味わいながら、
食べ進めることをお勧めする。
白飯と味噌汁はおかわり自由。

◎ダンディ(洋食)

淀川区西中島6-9-4
☆おすすめ
日替わりランチ(900円)←2022年1月から100円値上げ

おすすめポイント
老夫婦が切り盛りする日替わりランチが売りの洋食屋。
朝はモーニングもしているらしい。
毎週金曜日は、ビーフステーキランチになるので、客が増える。
日替りと言っても、
月曜:ハンバーグ 火曜:若鶏(若鶏モモ肉の鉄板焼き等) 水曜:エビフライ 木曜:カツ(ポークカツ・ビーフカツ)
金曜:ビーフステーキ とメニューは決まっている。
自家製のサラダドレッシングが自慢らしいが、ただ酸っぱいだけなので、
「サラダドレッシングなし」で注文するのが賢明。
シェフの親父さんの手付きがあやしいので、スープはテーブルに運ばれる前にこぼれている場合があり、客によって量が違うのはご愛敬。
特製カレー(800円)もあるが、頼んでいる客を見たことがない。

◎ココロベーカリー(パン)

淀川区西中島4-2-3
http://cocoronobakery.com/index.php
☆おすすめ
菓子パン・総菜パン各種 150~250円内

おすすめポイント
間違いなくこの近辺ではトップのパン屋さん。
広くない店内だが、お洒落で美味しい総菜パンが並んでいる。
接客も素晴らしい。
クリームパン等オーソドックスなパンを2種ほど、日替わりで値下げをしている。

◎パティスリー・ジョナ(ケーキ・洋菓子)

淀川区西中島4-8-27
http://www.jonajona.com/
☆おすすめ
チーズサブレ4枚入り(210円)
ショコラアマンド1箱(420円)

おすすめポイント
優しく良い素材を使用してケーキ・洋菓子を作っているお店。
ケーキは午後早くに売り切れてしまうことも多い。
焼き菓子の種類が豊富で、上品な風味が食べる者を飽きさせない。

はる坊の雑記

【2021年版】フォーブス世界長者番付から見る これが日本のお金持ち・個人資産ベスト50

はる坊です。

今回は、アメリカの有名経済誌『フォーブス』が発表した〝日本の富豪50人 2021年版
を整理して、日本で個人資産を多く持つ人物をまとめてみました。

ケタ違いの資産額が並んでいますが、ほぼすべてが上場企業の創業者・オーナー経営者だとわかります。
かつては、西武グループの堤義明氏・新日本観光グループの糸山英太郎氏・丸源ビルの川本源司郎氏などがランクインしていましたが、
現在は、お名前が見受けられません。
時代とともに、長者番付も変化していくということでしょう

会社を設立して、株式上場に漕ぎ着け、好業績を上げ続けることにより、自らそして資産管理会社の保有株が多ければ多いほど、
多くの資産を有しているとフォーブスは計算しているようです。

保有株が多ければ、株式配当金も巨額になるわけですが。

それでは、ベスト50をご覧ください。

【2021年版】フォーブス世界長者番付から見る これが日本のお金持ち・個人資産ベスト50

1位  孫正義 ソフトバンク 63歳 4兆7,952億円
    (大野優美)

2位  柳井正 ファーストリテイリング(ユニクロ) 72歳 4兆5,360億円
    (柳井照代・柳井一海・柳井康治)

3位  滝崎武光 キーエンス 75歳 2兆7,864億円
    (滝崎美弥子・滝崎武史)

4位  佐治信忠 サントリー 75歳 1兆0,476億円

5位  永守重信 日本電産 76歳 9,720億円
(永守寿美子・永守貴樹・永守知博)

6位  高原豪久 ユニ・チャーム 59歳 8,640億円

7位  三木谷浩史 楽天 56歳 8,100億円

8位  似鳥昭雄 ニトリ 77歳 5,616億円

9位  重田康光 光通信 56歳 5,508億円
(重田哲夫・重田将光・重田光時)

10位  毒島秀行 三共(SANKYO) 68歳 4,752億円

11位 野田順弘・野田みずき オービック 82歳 4,644億円

12位 伊藤雅俊 セブン&アイ 96歳 4,428億円

13位 安田隆夫 ドン・キホーテ 71歳 4,320億円

14位 森章 森トラスト 84歳 4,212億円

15位 土屋嘉雄 ベイシアグループ 88歳 4,104億円

16位 三木正浩 ABCマート 65歳 3,996億円

17位 小林一族 コーセー 3,888億円
小林保清・小林和夫・小林一俊・小林孝雄・小林正典・小林勇介

18位 襟川陽一・恵子 コーエーテクモ 3,564億円

19位 宇野正晃 コスモス薬品 74歳 3,456億円

20位 大塚祐司 大塚商会 67歳 3,348億円

21位 木下(一族) アコム 2,808億円

22位 多田勝美 大東建託 75歳 2,495億円

23位 荒井正昭 オープンハウス 55歳 2,484億円

24位 栗和田榮一 佐川急便 74歳 2,430億円

25位 山田進太郎 メルカリ 43歳 2,376億円

26位 福嶋康博 スクウェア・エニックス 73歳 2,268億円
(福嶋企画)

27位 内山(一族)レーザーテック  2,214億円

28位 多田(兄弟) サンドラッグ  2,160億円

29位 武井博子 武富士 2,063億円

30位 前澤友作 ZOZO 45歳 2,052億円

31位 岡田和生 ユニバーサルエンターテインメント(アルゼ) 78歳 2,030億円

32位 飯田和美 飯田グループ 81歳 1,998億円

33位 藤田晋 サイバーエージェント 47歳 1,944億円

34位 小川賢太郎 ゼンショー 72歳 1,836億円

35位 韓昌祐 マルハン 90歳 1,825億円

36位 上月景正 コナミ 80歳 1,782億円

37位 島村恒俊 しまむら 95歳 1,728億円

38位 松井千鶴子・道夫 松井証券 - 1,706億円

39位 和田成史・弘子 オービックビジネスコンサルタント 68歳 1,674億円

40位 谷村格 M3(エムスリー) 56歳 1,534億円

41位 杉浦広一 スギホールディングス 70歳  1,523億円

42位 鈴木郷史 ポーラ 67歳 1,512億円

43位 新井隆司(隆二) ビックカメラ 74歳 1,404億円

44位 森佳子 森ビル 80歳 1,393億円

45位 中村崇則 ラクス 48歳 1,361億円

46位 和佐見勝 丸和運輸機関 75歳 1,350億円

47位 寺下史郎 IR Japan 62歳 1,339億円

48位 増田宗昭 カルチュア・コンビニエンス・クラブ(TSUTAYA) 70歳 1,318億円

49位 元榮太一郎 弁護士ドットコム 45歳 1,296億円

50位 里見治 セガサミー 79歳 1,242億円

最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。
心より御礼申し上げます。

はる坊拝

【モンスター企業】キーエンスと創業者・滝崎武光氏のまとめ

社員の最高平均年収2,279万円!資産約3兆1700億円 キーエンス創業者・滝崎武光氏はどこまでもミステリアス③

はる坊です。

引き続き、キーエンスと創業者・滝崎武光さんの足跡を追っていきます。

怒濤の急成長を遂げた1980年代のリード電機(キーエンス)

リード電機が急成長を遂げたのは、1980年(昭和55年)4月から光電センサの分野に進出してからです。

いままでの自動車業界や弱電業界だけではなく、一般の工場でも導入できる製品の開発販売を手掛け始めました。
1981年(昭和56年)には本社を大阪府吹田市に移転。

1982年(昭和57年)に自動線材切断機事業を売却しています。

この事業は年間売上高の10%を占め、経常利益率も20%ありました。

普通なら、この利益率に満足するところですが、滝崎氏は利益率が低いと感じ、将来性も薄いと判断してこの事業を売却します。そして得た売却益を、電子部品業界向けのセンサ事業につぎ込みます。

センサ事業を軸としたリード電機は、翌1983年(昭和57年)には年間売上高13億円を超え、経常利益率は37%台に伸びます。

この年以降、売上高は25億円(1984年3月期分)⇒42億円(1985年3月期分)⇒60億円(1986年3月期分)⇒73億円(1987年3月期分)と急激に伸び、経常利益率も38~40%をキープし続けます。

上場を1年後に控えた1986年秋の時点で、取引先企業は、NEC・日立製作所・東芝・新日本製鐵(当時)・武田薬品工業などの大企業から中小零細企業まで1万社を数え、

営業拠点は、東京・名古屋・広島・福岡など全国に12拠点を擁して、従業員は330名。
そのうち100名が営業マンでした。

当時、センサ業界で先行していたのは、横河北辰電機(現:横河電機)・山武ハネウエル(現:アズビル)・立石電機(現:オムロン)でしたが、

先行メーカーの製品が、液体や粉体の計測を主としていたのに対して、リード電機の製品は、FA(ファクトリー・オートメーション)センサー、つまりは、主に検査・組立ラインに設置されるものでした。

なかでも注目すべきは、当時から〝業界初のオリジナル製品〟が売上の90%を占め、独占商品が70%を占める状態であったことです。

他の企業が参入してこない分野であれば、リード電機の商品が自動的にプライスリーダーになれます。

このことで、

〝キーエンスはニッチ商品を開発して成長した〟

と言われることになるのですが、この時代から、基本的に製造は外注でおこない、販売方法も直販のコンサルティング営業で、顧客側から、

「こういうものを作って欲しい」

「こういう風にできないか?」

と提案をされてから応えるのではなく、顧客の潜在需要を拾い上げる考え方を重要視していました。

顧客の現場で、営業マンが顧客の潜在需要を拾い集めて、会社に持ち帰ります。

顧客より先回りして、

「こういう商品が必要になるのではないか?」

と予測を立てて、それを精度の高いものにした上で、

キーエンスが100%リスクを負って

商品開発と製造をおこなって、顧客にその製品を提案して販売していくやり方です。

直販方式なのは、キーエンスが扱う先端技術商品は、商社を使って販売するとそのマージンが非常に高かったこと、そして製品の価値がうまく顧客に伝わらないと滝崎氏が考えた為ですが、結果的に、製品の価値を顧客に直接PR可能で、また、現場での潜在需要を拾い上げることもでき、営業利益を大きく取れるスタイルとして確立したといえるでしょう。

キーエンスは、メーカーでありながらセンサ事業で注目され始めた頃には、すでにファブレス経営に徹しています。
これはなぜなのか、滝崎氏の答えは明解です。

(生産を外部に委託するやり方のままで、会社を大きくしていくことに不安はないか)との問いに、

“「いいえ、設備投資をしたら、その設備を遊ばないようにしなくてはならない。そういう理由から、本当に有名な会社が「キーエンスさん、仕事ないですか」と言ってこられることもあるんですよ。自分で設備を持つ方がずっと大変ですね」”

キーエンス 設立13年で上場企業に

1987年10月29日大阪証券取引所第2部上場

1984年(昭和59年)11月には、本社を大阪府高槻市に移転。

1985年(昭和60年)3月には、米カリフォルニア州にキーエンス・コーポレーション・オブ・アメリカ(KEYENCE CORPORATION OF AMERICA)を設立。
(KEYENCEはリード電機時代から商品のブランド名でした。米国子会社は先駆けて商号をKEYENCEにしたわけです)

同年9月には製造子会社として、本社と同じ高槻市にクレポ株式会社(現:キーエンスエンジニアリング)を設立します。

ちなみに、このクレポという商号は〝クイックレスポンス〟の略で、滝崎氏の思考が堂々と表れている社名だと思います。
キーエンスエンジニアリングでは、協力会社に依頼することの出来ない極めて機密性の高い商品を開発・製造しています。

1986年(昭和61)年10月には、リード電機 株式会社から、商品ブランド名との統一を図るために、商号を株式会社 キーエンスに変更します。

そして、1987年10月29日キーエンスは大阪証券取引所第2部に上場します。一株の公募価格は5540円。上場初値は6800円でした。

会社設立から13年。滝崎武光氏は42歳でした。

株式上場については、滝崎氏は早い段階から考えており、まだ零細企業に過ぎなかった会社設立6年目で、

「会社らしい会社をつくりたい。株式上場をするためには、組織や財務体質をどうしたらいいのか?」

と自ら証券会社を訪ねていった経験をもっています。

上場初となる1988年3月期決算では売上高101億4800万円(前年比38.6%増)

営業利益40億1300万円(前年比58.0%増)経常利益35億5900万円(前年比36.6%増)

と極めて高い成長を見せ、売上高に対する営業利益は39.5%となります。

翌1989年(平成元年)3月期決算では、売上高146億6300万円(前年比44.5%)
営業利益62億9700万円(前年比57.0%増)
経常利益64億1000万円(前年比80.1%)

となり、営業利益率は42.9%と40%台に突入します。

同年12月25日には、東京証券取引所第2部に上場します。

1990年10月 東証・大証1部上場企業に

1990年10月には東京証券取引所第1部・大阪証券取引所第1部に上場。

名実ともに1部上場企業の仲間入りを果たしました。

時に滝崎氏は45歳の若さでした。

この時代、創業社長でも45歳で東証1部上場企業の社長は最年少に近かったのではないでしょうか。

そして、翌1991年4月下旬には、任天堂を抜いて株価日本一を記録します。

しかし、滝崎氏は株価にはあくまでもクールな姿勢を保っていました。

インタビューを受けても

“「株価はしょせん人気指標。知名度が上がるのはありがたいのですが、浮かれることはありません」”

と株価にはそっけない対応に終始します。

滝崎氏が、

“「株価日本一なんかより、こっちのほうが自慢なんですよ」”

と言ったのは、やはり、売上高に対する営業利益率の高さでした。

“「これ(営業利益率)なんか、社員1人1人が付加価値の高い、いい仕事をした証でしょ。こっちのほうが私としてはうれしいですね。(中略)何年かしたら、30歳で1000万円は超せる給料を出せると思います。そしてゆくゆくは給料でも日本一にしたいと思ってるんですよ」”

何よりも付加価値の高い仕事をすることが大切だという滝崎氏の考えが率直に表れています。

また、すでに20代で高給が得られる会社という噂は立っており、1991年時点には、30歳で平均年収900万円。

その後、この発言のとおり、

“30歳で年収1000万円超え”

“給料(年収)日本一”も達成したのですから、すごいものだと感じます。

ここで1990年~1994年の決算を見てみましょう。

1990年(平成2年)3月期決算
売上高187億7700万円 営業利益 77億1000万円 経常利益 86億5600万円(営業利益率41.0%)

1991年(平成3年)3月期決算
売上高262億6700万円 営業利益108億7300万円 経常利益129億2800万円(営業利益率41.4%)

1992年(平成4年)3月期決算
売上高301億4500万円 営業利益120億5600万円 経常利益106億4300万円(営業利益率40.0%)

1993年(平成5年)3月期決算
売上高298億9300万円 営業利益102億4300万円 経常利益116億1600万円(営業利益率34.2%)

1994年(平成6年)3月期決算
売上高313億0700万円 営業利益115億5400万円 経常利益124億3000万円(営業利益率36.9%)

1992年下半期から1993年上半期にかけては、国内企業の設備投資圧縮のあおりを受けて、1993年3月期決算においては、キーエンスも厳しい年も経験しています。

しかし、この経験を糧に、海外部門を強化する重要性に気付き、アメリカ・オハイオ州に営業拠点を設けています。

この時代、売上高・営業利益の海外比率は9~10%でした。
現在は53%です。

これほど急速に確実性を持って成長した企業があるでしょうか?
わたしは、正直なところ奇跡的にすら感じます。

また、この間に私が注目したいのは、従業員の給与についてです。

1992年9月時点では、従業員は855名 平均年齢は28.1歳 平均賃金は諸手当を含んで339,166円で、30歳のモデル賃金が439,000円でした。

これが1994年9月時点では、従業員832名 平均年齢28.5歳と1992年の時点とあまり変わりがないのですが、
諸手当を含む平均賃金は400,283円と大幅にアップしています。

キーエンス高成長の理由

さて、お話をキーエンス高成長の理由に戻したいと思います。

〝キーエンスはニッチ商品を開発して成長したと言われた〟

と前述しましたが、滝崎氏は1991年のインタビューで高成長ができた理由を次のように語っています。

“「巷間、キーエンスは隙間商品を開発して伸びた、と言われていますが、私は市場創造ができたからだと思っています。われわれの商品政策は、従来からある商品でも非常に精度を高くするとか、精度は同じでも非常に小さい商品にするとか、はっきり特徴を出すやり方であり、こうして付加価値の高い商品を開発し、それを汎用品として売る力があるからこそ、高い成長力を維持できるのです」”

ちなみに、大阪証券取引所第2部に上場した際、キーエンスの発行済株式は1820万株でした。
以後、公募もありましたが、無償株式分割・株式無償割当ては何度もおこなわれて、現在の発行済株式は12160万株です。
その時にキーエンス株を100万円分買っておけば、今頃はどうなったでしょうか。

最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。

何かございましたら、こちらまでお願いいたします。

はる坊 @harubou_room Twitter(新しいタブが開きます)

メール:http://info*harubou-room.com (*を@にご変更いただきますようお願いいたします)

元キーエンス従業員の方が書かれた本で、最もオススメしたいのがこちらです。

次にオススメしたい、充分に一読の価値があるのがこちらです。

【2018年11月に出版】キーエンスでの経験を生かしたサイト運営について普遍的で重要な事柄が凝縮された一冊。
キーエンスの社内ベンチャー・イプロスでウェブサイト作成・運営に携われた方の本です。

「心に触れるホームページをつくる」

筆者の秋山典丈さんは、キーエンスの社内ベンチャー・イプロスで『製造業向けマッチングサイト』を企画された方です。

東京工業大学大学院理工学研究科情報工学専攻修士課程修了後、1995年にキーエンスに入社。

2000年にキーエンスの社内ベンチャーとしてスタートしたイプロス(株式会社 イプロスとして法人設立は2001年)の立ち上げに参画され、「徹底的に受け手の身になってサイトを作る」ことに向き合われた経験を生かして書かれた本です。

秋山さんは2003年に独立され、現在はシステム開発とサイトコンサルティング・商品企画コンサルティングに携わる株式会社 レクタスの代表取締役を務められています。

この本では、個人でも法人でも、また初心者から上級者までサイト作成・運営にとって重要なことが満載されています。

私も折に触れて読み返しています。

サイト作成に関する本は多く出版されていますが、ここまで普遍的で重要な事柄が凝縮されている本はめったにありません。

キーエンスに興味のない方でも、ご自分のブログやサイト、そしてSNSで見る人の心をガッチリ掴みたいと少しでも思われている方なら、ぜひお読みになってください。

一橋大学イノベーション研究センターとキーエンスに長年在籍した方による共著です。
キーエンスの内部を知るには最もわかりやすいと思います。

ただ、『キーエンス~驚異的な業績を生み続ける経営哲学』というタイトルですが、『経営哲学』はどこにも書かれていません。

『経営哲学』を『経営目標』『経営手法』と読み替えるのが正しいと思います。
Kindle版しかありませんが、こちらもオススメできます。

また、もう一冊だけ、現在紙の書籍で入手することは困難ですが、機会があればぜひ読んでいただきたい本があります。

キーエンスに1986年に新卒で入社され、アンリツを経て、現在は立石シゲオ中小企業診断士事務所代表として活躍されている、経営コンサルタント・立石茂生氏が2014年に書かれた、

新規事業の競争戦略 高い利益を獲得するスピード経営: キーエンスに新卒入社、ライバル会社に転職後独立したコンサルタントのノウハウ公開

という書籍です。

キーエンスで得られたノウハウを含めて、高収益企業を実現する経営指南書で示唆に富んだ良書中の良書なのですが、残念ながら古書でも手に入れるのは難しい状態です。

立石氏のホームページによると、2016年9月の時点で30,000円で古書がネット上で販売されていたようです。
これには、著者の立石氏も戸惑われたようですが、この本にそれだけの価値があると認められていることも、また事実でないかと私は思っております。

そのような状況が長く続きましたが、2020年8月にアマゾンKindleにて、この本が第2刷として出版されました。

Kindle Unlimited 会員の方は、このタイトルを追加料金なし(¥0円)でお読みになれます。

ご一読をおすすめいたします。

他にも元キーエンスの方が書かれた本があります。
参考にはなりますが、あえてこの場でおすすめするのは、控えさせていただきます。

一部引用・参考文献:
サンデー毎日 1991年7月 株価日本一「キーエンス」社長の倒産歴
週刊ダイヤモンド1997年 編集長インタビュー 滝崎武光氏(キーエンス社長)大企業の悪い面に学ぶ 将来考えぬ役員が規律乱す
Will 1991年 株価日本一「キーエンス」の秘密



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【モンスター企業】キーエンスと創業者・滝崎武光氏のまとめ

社員の平均年収2,279万円!資産約3兆1700億円 キーエンス創業者・滝崎武光氏はどこまでもミステリアス②

はる坊です。

前回に引き続き、キーエンス創業者 名誉会長の滝崎武光氏の足跡を追ってみたいと思います。

外資系企業に就職。24歳で独立するも2度失敗!キーエンス(KEYENCE)創業までの苦闘

ちょうど、東京オリンピックが開かれた1964年、尼崎工業高等学校を卒業した滝崎氏が就職先に選んだのは外資系計装企業であるロックウェル・リパブリック社でした。

この当時、学校を出てすぐに新卒で外資系企業に勤めるという方は少なかったのですが、滝崎氏はこの会社を選んだ理由について、

“「最初から独立を念頭に置いていたので、この会社では技術を覚えるのが目的でした」”

と語っています。

滝崎氏は、オートメーション化された機械をコントロールするプロセス制御の仕組みを作るシステムエンジニアとして働きます。

そしてこの頃までに、“フォードIBM経営手法を含めて、本をたくさん読みましたね」”とインタビューで語っています。

そして、6年後の1970年(昭和45年)に若干24歳にして独立。

まず、共同経営の会社を設立します。
この当時に手掛けた仕事に、毎日放送制作の人気番組だった『アップダウンクイズ』のゴンドラの電気制御装置の製作(YouTubeに動画がありましたので載せます)があります。
[embed]https://www.youtube.com/watch?v=AiWFgkOsh7k[/embed]
(小池清やロイ・ジェームスが懐かしいですね)

これ以外にも、独立してまもない時期に手掛けた事業には、日清食品の日清カップヌードルの工場ラインの電気系統設計がありますが、請負の受注仕事は順調に行かず、共同会社の会社を含めて2つの会社は短期間のうちに畳むことになります。

実際、上からの受注に頼るだけの請負仕事では、ずっと下請けに甘んじることになります。

おそらく、一旦、そこに嵌まり込むとなかなか抜け出せなくなることに、滝崎氏は気付いたのではないでしょうか。

26歳のとき、たったひとりでキーエンス(KEYENCE)の前身リード電機を創業

電子制御機器の将来性に注目していた滝崎氏は、1972年(昭和47年)3月に兵庫県伊丹市内においてリード電機を創業します。
このリード電機が現在のキーエンスになるのですが、スタート時は法人ではなく、たったひとりの個人事業でした。

滝崎氏は高付加価値の生産財を作り、人々の生活の役に立つことを目標に、滝崎氏は磁気応用センサの研究・開発に没頭します。

現在でも、磁気応用センサを活用した製品はこのように数多く、私たちの生活に関わっています。

この頃に滝崎氏は忘れられない経験をしています。
それはオイルショックでのことです。

滝崎氏が衝撃を受けたのは、オイルショックを受けて全国に伝播したトイレットペーパーの買い占め騒動ではなく、土日のマイカー規制でした。
マイカー使用の自粛要請においては、ガソリンスタンドも休んでしまう始末。

他にも深夜テレビ放送やプロ野球のナイター短縮、街のネオンまで規制や自粛する騒ぎになりました。

しかし、大手鉄鋼メーカーの工場は稼働していたのです。
滝崎氏は、鉄を生産している鉄工所のほうが重要で、自由に自分のクルマにも乗れないとは何事かと思い、工業製品を作る資源が無間ではなく有限であることから、これからこの状態が長引けば統制経済になるのではないかと考え、首筋が寒くなる経験をしたと語っています。

しかし、1年が経つとこのような騒ぎも潮を引いたように収まっていきました。その様子を見て滝崎氏は、

「資源は有限ではない、だが市場原理は有効なんだ」

という結論に達し、研究開発を進めます。

この頃プライベートでは、3歳年下の奥様・美彌子さんとのあいだに、長男の武史さんが誕生しています。

ご家族は奥様と息子さんだけのようですが、奥様は、滝崎氏が独立して悪戦苦闘していた時期から滝崎氏を支えてきた糟糠の妻といえるでしょう。

長男の滝崎武史氏については、資産管理会社の株式会社ティ・ティを通じた1500億円の贈与が申告漏れであると国税局に否認され、300億円の追徴課税を受けて、名前が挙がりました。

現在、武史氏は、定款にホテル・旅館の経営も目的としている別の資産管理会社の役員を務めていますが、滝崎武光氏自らが先頭に立って、コネ採用・縁故採用を排除しているキーエンスの役員や社員ではありません。

ホテル経営については、2003年にキーエンスが大阪にあるホテルを買収すると報じられましたが、滝崎氏自らがインタビューの中で、キーエンスの事業として行うつもりは一切ない、あくまで個人としての事業のテーマとして関心があるという姿勢に留めています。

さて、1973年(昭和48年)4月、滝崎氏は、完成させた磁気応用センサ「金属板二枚送り検出器」をトヨタ自動車に売り込み成功します。

これは自動車工場で使用される高価なプレス金型の損傷を予防する為の安全装置でした。
早速、元町工場で採用されることになります。翌年には、このセンサがトヨタ自動車の全工場に導入されることになりました。

滝崎氏は拠点を兵庫県尼崎市に移して、リード電機を法人化します。
1974年(昭和49年)5月 リード電機 株式会社 代表取締役社長 滝崎 武光 の誕生です。

会社設立2年目から、現在の給与&ボーナスシステムを実行していた!

営業利益の一部から半分を毎月の給与に加算、残りの半分をボーナスに加算

1974年5月27日に兵庫県尼崎市で設立されたキーエンスの前身、リード電機 株式会社ですが、滝崎氏自らが開発して売り込んだ『金属板二枚送り検出器』という磁気応用のセンサーがトヨタ自動車の全工場を始め、日産自動車の工場でも採用されたことで、会社設立2年(1976年3月期決算)で黒字となりました。

この年から、毎月の基本給や年2回の賞与とは別枠で、営業利益の一部を従業員に還元していくのですが、一般的な企業がするように剰余金が出たり、目標を達成したもしくは超えたから、決算ボーナスを出すような形ではありません。

営業利益の一部から半分を毎月の給与に加算して、残りの半分をボーナスに加算する方式を採りました。
これは現在まで引き継がれている従業員への利益還元方法
です。

キーエンスは営業利益率が高く、またその額が年々大きなものになってきたことで、毎月加算されるインセンティブもボーナスに加算される分も多くなってきたわけです。

現在に至って、キーエンスの従業員が平均年収2000万円を超えるようになった仕組みを会社が黒字化して1年目から、すでに考案して、実行していたのは凄いと同時に素晴らしいことです。

滝崎氏はリード電機設立までに、事業を2度、短期間で畳んだ経験を持つ人物だということは、①でも書きましたが、この失敗から、

“「会社を続けるためには、会社にかかわりのある人にメリットがなけりゃダメなんですよ。取引先や社員を含めてね」”

という教訓を得ていますが、従業員がキーエンスで働く上でのメリットも、理詰めで考え抜かれたのだと思います。

とはいえ、キーエンスは創業当初から急成長をした訳ではありません。

他社との差別化を図るために特殊な用途や高い精度を必要とする磁器センサーのオリジナル製品を開発して、自動車業界や弱電業界に売り込み、三菱自動車、本田技研工業、富士重工、そしてオートバイメーカーに顧客を拡げていきますが、年間売上高1億円に達成したのは1979年(昭和54年)3月期決算でのこと。

5年間かかっています。

この時代のことを滝崎氏はのちのインタビューで、

“「私もね、創業時の苦労はしましたから、今だから言えるとか言って、自慢話の一つもしたいですよ。

そういうことのお好きな社長さんもいらっしゃいますよね。

でも、そういうのって泥臭いでしょ。

ワンマン企業みたいで。若い社員もそんなこと言われたらかなわんでしょう。

会社のイメージにもマイナス。だから言わないんです」”

滝崎武光氏は当時46歳。このインタビューの答え方から、滝崎氏のお人柄や理詰めの思考回路が垣間見える気がします。

翌1980年3月期決算では売上高は3億円と、一気に3倍増に増えます。

1980年代に入るまで、リード電機は東京都目黒区に営業所を持つものの、尼崎市に本社を置く資本金1800万円の零細企業にしか映りませんでした。

しかし、1980年代に突入すると、この会社は驚異的な成長を見せます。

最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。

滝崎武光氏は、事業の柱をセンサ事業に集約させ、現在のキーエンスに繋がる体制づくりをはかっていきます。その③に続きます。

資産約2兆円 キーエンス創業者・滝崎武光氏はどこまでもミステリアス③

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【2018年11月に出版】キーエンスでの経験を生かしたサイト運営について普遍的で重要な事柄が凝縮された一冊。
キーエンスの社内ベンチャー・イプロスでウェブサイト作成・運営に携われた方の本です。

「心に触れるホームページをつくる」

筆者の秋山典丈さんは、キーエンスの社内ベンチャー・イプロスで『製造業向けマッチングサイト』を企画された方です。

東京工業大学大学院理工学研究科情報工学専攻修士課程修了後、1995年にキーエンスに入社。

2000年にキーエンスの社内ベンチャーとしてスタートしたイプロス(株式会社 イプロスとして法人設立は2001年)の立ち上げに参画され、「徹底的に受け手の身になってサイトを作る」ことに向き合われた経験を生かして書かれた本です。

秋山さんは2003年に独立され、現在はシステム開発とサイトコンサルティング・商品企画コンサルティングに携わる株式会社 レクタスの代表取締役を務められています。

この本では、個人でも法人でも、また初心者から上級者までサイト作成・運営にとって重要なことが満載されています。

私も折に触れて読み返しています。

サイト作成に関する本は多く出版されていますが、ここまで普遍的で重要な事柄が凝縮されている本はめったにありません。

キーエンスに興味のない方でも、ご自分のブログやサイト、そしてSNSで見る人の心をガッチリ掴みたいと少しでも思われている方なら、ぜひお読みになってください。

一橋大学イノベーション研究センターとキーエンスに長年在籍した方による共著です。
キーエンスの内部を知るには最もわかりやすいと思います。

ただ、『キーエンス~驚異的な業績を生み続ける経営哲学』というタイトルですが、『経営哲学』はどこにも書かれていません。

『経営哲学』を『経営目標』『経営手法』と読み替えるのが正しいと思います。
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キーエンスに1986年に新卒で入社され、アンリツを経て、現在は立石シゲオ中小企業診断士事務所代表として活躍されている、経営コンサルタント・立石茂生氏が2014年に書かれた、

新規事業の競争戦略 高い利益を獲得するスピード経営: キーエンスに新卒入社、ライバル会社に転職後独立したコンサルタントのノウハウ公開

という書籍です。

キーエンスで得られたノウハウを含めて、高収益企業を実現する経営指南書で示唆に富んだ良書中の良書なのですが、残念ながら古書でも手に入れるのは難しい状態です。

立石氏のホームページによると、2016年9月の時点で30,000円で古書がネット上で販売されていたようです。
これには、著者の立石氏も戸惑われたようですが、この本にそれだけの価値があると認められていることも、また事実でないかと私は思っております。

そのような状況が長く続きましたが、2020年8月にアマゾンKindleにて、この本が第2刷として出版されました。

Kindle Unlimited 会員の方は、このタイトルを追加料金なし(¥0円)でお読みになれます。

ご一読をおすすめいたします。

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最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。
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【モンスター企業】キーエンスと創業者・滝崎武光氏のまとめ

社員の平均年収2,279万円!資産約3兆1700億円 キーエンス創業者・滝崎武光氏はどこまでもミステリアス①

※本ページはアフィリエイト広告を利用しています

はる坊です。

今回は、フォーブス誌の2021年日本人長者番付で、2020年に引き続き第3位にランクインしているキーエンス創業者で同社名誉会長・滝崎武光氏に迫っていきたいと思います。

キーエンス創業者で同社名誉会長・滝崎武光氏の総資産3兆1,700億円!

米フォーブス誌によると、滝崎氏の資産は滝崎武光氏個人、そして、妻の滝崎美弥子氏が代表取締役を務める滝崎氏の資産管理会社・株式会社ティ・ティが保有するキーエンス株の合計で、3兆1,700億円に上ります。

2017年では1兆3880億円でしたから、6年間で約2.3倍も資産を増やしたことになります。

ちなみに、日本人長者番付のトップ3は、

ユニクロを率いるファーストリテイリングの柳井正 代表取締役会長兼社長

本記事でご紹介するキーエンスの滝崎武光 取締役名誉会長

ソフトバンクグループの孫正義 代表取締役会長兼社長。

の順です。

上位には滝崎氏とともに、サントリーホールディングスの佐治信忠会長やユニチャームの高原豪久会長など、日本人の日常生活に欠かせないモノを手掛ける企業のトップが名を連ねています。

米フォーブス誌日本版で発表された2015年からの滝崎氏の資産推移を見てみましょう

2015年 第5位 資産額:1兆0472億円

2016年 第4位 資産額:  9379億円

2017年 第4位 資産額:1兆3880億円

2018年 第4位 資産額:1兆8430億円

2019年 第3位 資産額:2兆0670億円

2020年 第3位 資産額:2兆1190億円

2021年 第3位 資産額:2兆8420億円

2022年 第2位 資産額:2兆9,700億円

2023年 第2位 資産額:3兆1,700億円

すっかり、ファーストリテイリングの柳井正氏、ソフトバンクグループの孫正義氏、サントリーホールディングスの佐治信忠氏と並んで、日本人トップの資産を保有する人物として定着している感があります。

滝崎氏が、ここに挙げた3名の方と違うのは、滝崎武光氏は資産家・実業家の子息として生を受けたわけではなく、サラリーマン家庭に生まれ育ち、学歴も高卒であること。

約6年間のサラリーマン生活を経て共同経営の会社を設立するも、短期間で倒産させ、再度のチャレンジでも上手くいかず、20代後半までに結局2度の会社倒産を経験している人物であること。

3度目に正直となったキーエンスも、最初はリード電機という滝崎氏ただひとりの個人事業に過ぎない時点からスタートしているところでしょう。

まさに立志伝中の人物といえます。

この記事を読み進めていただくとお分かりいただけると思うのですが、滝崎氏ご本人は、この2兆円を超える資産のことは、必要以上に誇っているようには思えません。

もし、滝崎氏に現在の資産額について尋ねたら、

「資産といっても、私個人や家族、資産管理会社で保有している株式が大半です。

株価は必ずしも、会社の業績に比例して上下するものではなく不確かなもの。

ですから、あてにはなりません。

私は株や不動産売買で利益を出そうとする〝財テク〟はしてはいけないという考えです。

それよりも高付加価値の仕事をすること、会社の営業利益のほうが大切ですよ。

私は売上高には目を向けません。

いくら売上があっても低い利益率では、従業員を含めて企業に関わる人々がメリットを享受できませんから、意味がありません。

現在、キーエンスの営業利益率は売上高の54%強です。

この数字は社員ひとりひとりが、付加価値の高い良い仕事をしてくれていることの証だと思います。

私はそちらを誇りたいです」

きっと、そんな答えが返ってくるような気がします。

それでは、キーエンスと滝崎武光氏の足跡を追っていきましょう。

株式会社 キーエンスとは?

〝人件費は経費にあらず〟従業員の最高平均年収は何と2,279万3,975円。ボーナスは年4回

キーエンスは、創業者・滝崎武光氏が1972年3月に兵庫県伊丹市において、個人事業・リード電機として創業。

1974年5月に兵庫県尼崎市に移転するとともに法人化され、リード電機株式会社となります。

その後、FA(ファクトリーオートメーション)用センサーや計測器の開発・販売を手掛けて業績を伸ばし、1986年10月に商品ブランド名のキーエンス(KEYENCE)と商号の統一を図るために株式会社キーエンスに社名を変更。

ちなみにキーエンス(KEYENCE)とは、Key of Science-キー・オブ・サイエンス(科学の鍵)の略語です。

翌1987年10月には大阪証券取引所第2部に株式を上場。
株式上場準備に3年も4年もかかり、上場審査基準も厳しかった当時としては、かなりのスピードといえる会社設立から僅か13年で上場企業の仲間入りを果たします。

2年後の1989年12月には東京証券取引所2部にも重複上場。
1991年9月には、ついに東京証券取引所1部上場を果たします。

上場時から高収益企業・高株価企業として有名でしたが、

まれに見る高収益体質を維持したまま、現在まで成長を続け、

2023年3月期の連結決算では、

売上高:9,224億2,200万円 売上総利益:7,547億3,200万円 営業利益4,989億1,400万円を記録

粗利率は驚異の81.9% 営業利益率は何と54.1%です。

2024年3月期の連結決算数字がどうなるか、これから注視していきたいと思います。

キーエンスは、従業員の年収が高い企業としても有名ですが、〝人件費は経費にあらず〟というキーエンス独自の思考から、2023年6月に提出された有価証券報告書では従業員:2,788名(平均年齢35.8歳)の平均年収は2,279万3,975円となっています。

前述したように、ボーナスは(3月・6月・9月・12月)の年4回です。

2022年6月に提出された有価証券報告書では、従業員:2,599名(平均年齢36.1歳)の平均年収は2,182万7,204円となっていましたので、業績好調を受けて、従業員の平均年収もアップしています。

また、従業員の人数も単純計算で189名増加しています。
退職者もいるので、仔細は不明ですが、新卒・中途採用とも継続してかなりの人数を採っていることがわかります。

キーエンスの本社は東京ではなく大阪。JR新大阪駅の近く

キーエンスは、国内・海外(北米・欧州・南アフリカ・中国・アジア・中東・オセアニア)に営業拠点を張り巡らせていますが、本社・研究所は、大阪府大阪市東中島(JR新大阪駅の近くです)に構えています。

この社屋が建てられたのは1994年とかなり年月が経ってしまっているのですが、高さ111メートル・21階建てのビルは非常にスタイリッシュで、数々の賞にも輝き、現在でも古くささを感じさせません。

創業者の滝崎氏は2000年12月に、当時43歳だった生え抜きの佐々木道夫氏(明治大学政治経済学部卒業)に社長職を譲り、55歳で代表取締役会長に就任。
自身が会長に退いた理由を、

「創業当時から自分がいなくても、会社が回るようにずっと考えてきました。会長に退いたのも、私が半年1年いなくてもこの会社は回るなと思ったからです」”と語っています。
(引用元:2003年10月27日号 日経ビジネス 特集 利益率40% 驚異の経営 キーエンスの秘密 編集長インタビュー 滝崎武光氏[キーエンス会長] 会社に思い出は不要)より。

2012年12月からは、佐々木道夫氏は取締役特別顧問となり、当時45歳だった山本晃則氏(立命館大学理工学部卒業)が代表取締役社長が就任。

滝崎氏は引き続き会長職に就かれていましたが、2017年12月からは取締役名誉会長を務めておられます。

2019年12月には、山本晃則氏は取締役特別顧問となり、1974年生まれの中田有氏(関西学院大学法学部卒業)が代表取締役社長に就任しています。

そして、

キーエンス社長の年収・役員報酬は意外に低い

モンスター企業のキーエンスですが、意外に経営トップの年収はそこまで高くありません。

従業員の最高平均年収は約2,279万円ですが、

創業者の滝崎氏から数えて、4代目代表取締役社長を務められている中田有氏の年間役員報酬は2023年3月期の有価証券報告書によると、1億8,800万円

前社長で、現在は取締役 特別顧問を務められている山本晃則氏の年間役員報酬も1億1,300万円です。

社外取締役をのぞく、他の常勤取締役に1億円プレーヤーはいません。

これには理由があり、創業者の滝崎武光氏が社長在任時代に、自身の報酬を低めに設定していた伝統が残っているからです。

滝崎氏自身“「サラリーマン社長と同等にしている」”とインタビューで発言しており、役員だからといって、億単位の役員報酬をもらっていなかったのです。

現在、SHIFTの取締役副社長を務められている、キーエンス2代目社長・佐々木道夫氏の後継者として、

3代目社長を務められた山本晃則社長も、

年間役員報酬は、2018年3月期の有価証券報告書で1億3800万円。2019年3月期が1億5600万円でした。

そして、2019年に社長職を中田有氏にバトンタッチされ、取締役特別顧問となられた2020年3月期の有価証券報告書では1億5000万円。

2018年6月には、給付型奨学金を提供するキーエンス財団を設立

また、滝崎氏は2018年6月に、まだまだ日本では浸透していない大学進学者向けの給付型奨学金を提供する一般財団法人キーエンス財団を設立され、代表理事も務められています。

2019年4月大学新入学生を対象とするものですが、募集人数は125名程度で月額8万円を在学中の4年間支給する
(4年間の合計支給金額は384万円になります)

という返済の必要がない奨学金ではかなり規模の大きなものです。

現在の日本では経済的な理由で奨学金を利用して大学や専門学校に進学される方が多くなっていることは事実です。
ただ、その奨学金の大半は貸与型であり、卒業後に社会に出てから返済の必要があります。

若くして高収入が得られる職に就き、奨学金の返済を滞ることなく支払える方もおられるでしょうが、不安定な立場や低収入から返済をすることができず延滞金が上乗せされ、最悪の場合、自己破産に追い込まれ、人生に大きな狂いが生じている方も多く存在していることも事実です。

そんななかで、前途のある学生に返済不要の給付金を提供する財団を立ち上げられたのは素晴らしいことだと思います。

実は、滝崎氏が奨学金に目を向けたのは今回が初めてではありません。
1990年にアジアから学びに来る理工系の留学生の為に、私財3億円で奨学基金を設立していました。

さて、キーエンス財団の事務局も大阪府大阪市東中島キーエンス本社ビル内にあります。

これは公私の区別を厳しくしている滝崎氏らしいと思うのですが、普通、成功を収めた事業家などが奨学財団や文化・スポーツ振興財団を設立した際には、自分の苗字を財団名の頭に付けていたり、理事や評議員に親族が名を連ねているケースがほとんどです。

また、自らの人脈をアピールする目的もあるのか、財界や学界、専門分野のなかでも著名な人物や肩書きが立派な人物の名前が並んでいることもあるのですが、キーエンス財団の場合はそういったものがないように感じられます。

理事や評議員のなかに、滝崎氏の親族は誰ひとり名前がありません。

奨学金を給付する有能な学生を選考する為には、どのような人物を置けば一番効果的で合理的かという滝崎氏の哲学が、この財団にも表れているような気がしてなりません。

ミステリアスな滝崎武光氏の詳細なプロフィールをご紹介

さて、日本人長者番付2位の大資産家である滝崎武光氏ですが、その人物像はほとんど知られていません。
第一に滝崎氏自身がメディアに露出しないからです。

よって、ウェブ上では〝前半生が謎〟であるとか、〝来歴や家族関係は一切不詳〟と書かれているページすら見受けられます。
また、〝韓国〟というキーワードが検索されていますが、韓国に縁のある人物であるとは確認できません。

さて、滝崎氏自身、社長職を退いて、会長となって以降はたった一度しかマスコミのインタビューに応じていません。

名誉会長に就任して、後進に会社を託すような形となった現在では、メディア露出の可能性は更に低くなったと思います。

東証1部上場企業の創業者ですが、財界活動にも全く興味を示さない人物ですので、世界に通じる日本有数の大富豪として一部の人だけに名前を知られた状態で、このままミステリアスなイメージを保っていくのではないでしょうか。

それでも、まだ1980年代、1990年代には、多少ではありますがマスコミの取材やインタビューに応じていました。そこで語られたエピソードを中心に、滝崎武光氏に迫ってみたいと思います。

滝崎武光氏は1945年兵庫県出身の78歳です

滝崎武光氏は1945年(昭和20年)6月10日兵庫県芦屋市で出生しています。

現在は大阪府豊中市に在住です。

芦屋市といえば、関西で一番富裕層が集い邸宅を構えているようなセレブなイメージがありますが、滝崎氏の父親はお金持ちでも経営者でもなく一介のサラリーマンでした。
しかし、真面目で働くことを美徳とする人物だったようで、モノ作り一筋の滝崎氏の人生にも大きな影響を与えている気がします。

その父親がメーカー勤務だったのかはあきらかにされていませんが、幼い頃、父親とともに住友金属工業(現在の新日鐵住金)和歌山製鉄所へ行ったときの思い出が滝崎氏には強く残っているようです。

当時、この製鉄所の中には、そこで働く人々を運ぶバスが運行されていました。

滝崎氏はこのときを振り返って、

“「理屈っぽい性格なので、これほど巨大な工場が何のためにあるのかを考え、自分の生活にも寄与しているんだと気が付いた」”

と語っています。

また、父親は機械の見本市にも武光少年を連れていったりもしています。

武光少年は小学校の卒業アルバムに『今度会うときにはテープレコーダーを作っているだろう』と寄せ書きしていたそうで、中学校時代には、友達から10円を集めて薬局でマグネシウムなどを購入して、実験をしていました。

モノづくりや電気いじり、科学実験好きの少年時代を過ごしたようです。

尼崎工業高校電子科時代、一流の事業家を志す

滝崎氏が中学校卒業後に進学したのは、兵庫県立尼崎工業高等学校電気通信科(在学中に電子科に名称変更)でした。

(尼崎工業高校の後輩にはダウンタウンの松本人志氏(機械科卒業)がおられますが、島田紳助氏と共演していたトーク番組『松本紳助』内で「賢いクラスがありましたねえ。電子科は賢かった」と発言していましたので、いくつかに分かれている科のなかでも、滝崎氏はレベルの高いクラスに在籍していたと思われます)

高校在学中、滝崎氏は自治会や生徒会の役員になります。

このとき、滝崎氏は先頭に立って市内5校で連合会を作っています。

ご本人は

“「(自身が通っていたのが女子生徒のいない工業高校だったので)女学生のいる学校に遊びに行きたかっただけかもしれません」”

と多少冗談めかしてはいますが、高校生にしてリーダーシップを取ることのできる人物だったことがわかります。

また、この経験からでしょうか

「人を組織することに興味を覚えた」

とのちに語っています。

時代はちょうど大学紛争の頃、自治会の役員をしていた滝崎氏は京都大学などで学生運動をしている人々と出会うことになります。

滝崎氏が、学生運動をしている年上の人々と知り合ったなかで、気が付いたのは、

思想というものは文学や芸術と同じで好き嫌いの世界

で、そういった客観的に測れないものは自分自身の性格上、相容れないものだということ。

そして、

経済というのは数字の世界だから客観性があり、企業の善し悪しも数字で対比すれば分かるもの

だということでした。

そして、滝崎氏は志を立てます。

自分は主観だけで判断するものには向いていない。

それなら、一流の事業家になろう。

それも、デザインや個人の趣味、趣向に左右される消費財ではなく、ユーザーの生産性を上げることに狙いを絞り込み、機能や性能に対して価格が安いか高いかで評価される生産財がいい

1964年(昭和39年)3月滝崎氏は、兵庫県立尼崎工業高校電子科を卒業すると、実社会に足を踏み入れます。

実社会に足を踏み入れた滝崎氏は、エンジニアとなり24歳で独立を果たしますが・・・

最後まで読んでくださってありがとうございました。
よろしければ、その②もお読みいただけるとありがたいです。

その②に続きます⇒社員の平均年収2,279万円!資産約3兆1700億円 キーエンス創業者・滝崎武光氏はどこまでもミステリアス②(新しいタブが開きます)

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元キーエンス従業員の方が書かれた本で、最もオススメしたいのがこちらです。


次にオススメしたい、充分に一読の価値があるのがこちらです。


【2018年11月に出版】キーエンスでの経験を生かしたサイト運営について普遍的で重要な事柄が凝縮された一冊

キーエンスの社内ベンチャー・イプロスでウェブサイト作成・運営に携われた方の本です。

「心に触れるホームページをつくる」


筆者の秋山典丈さんは、キーエンスの社内ベンチャー・イプロスで『製造業向けマッチングサイト』を企画された方です。

東京工業大学大学院理工学研究科情報工学専攻修士課程修了後、1995年にキーエンスに入社。

2000年にキーエンスの社内ベンチャーとしてスタートしたイプロス(株式会社 イプロスとして法人設立は2001年)の立ち上げに参画され、「徹底的に受け手の身になってサイトを作る」ことに向き合われた経験を生かして書かれた本です。

秋山さんは2003年に独立され、現在はシステム開発とサイトコンサルティング・商品企画コンサルティングに携わる株式会社 レクタスの代表取締役を務められています。

この本では、個人でも法人でも、また初心者から上級者までサイト作成・運営にとって重要なことが満載されています。

私も折に触れて読み返しています。

サイト作成に関する本は多く出版されていますが、ここまで普遍的で重要な事柄が凝縮されている本はめったにありません。

キーエンスに興味のない方でも、ご自分のブログやサイト、そしてSNSで見る人の心をガッチリ掴みたいと少しでも思われている方なら、ぜひお読みになってください。

一橋大学イノベーション研究センターとキーエンスに長年在籍した方による共著です。
キーエンスの内部を知るには最もわかりやすいと思います。


ただ、『キーエンス~驚異的な業績を生み続ける経営哲学』というタイトルですが、『経営哲学』はどこにも書かれていません。

『経営哲学』を『経営目標』『経営手法』と読み替えるのが正しいと思います。

Kindle版しかありませんが、こちらもオススメできます。

また、もう一冊だけ、現在紙の書籍で入手することは困難ですが、機会があればぜひ読んでいただきたい本があります。

キーエンスに1986年に新卒で入社され、アンリツを経て、現在は立石シゲオ中小企業診断士事務所代表として活躍されている、経営コンサルタント・立石茂生氏が2014年に書かれた書籍です。


キーエンスで得られたノウハウを含めて、高収益企業を実現する経営指南書で示唆に富んだ良書中の良書なのですが、残念ながら古書でも手に入れるのは難しい状態です。


立石氏のホームページによると、2016年9月の時点では30,000円で古書がネット上で販売されていたようです。
これには、著者の立石氏も戸惑われたようですが、この本にそれだけの価値があると認められていることも、また事実でないかと私は思っております。

そのような状況が長く続きましたが、2020年8月にアマゾンKindleにて第2刷として出版されました。

Kindle Unlimited 会員の方は、このタイトルを追加料金なし(¥0円)でお読みになれます。

ご一読をおすすめいたします。

他にも元キーエンスの方が書かれた本があります。
参考にはなりますが、あえてこの場でおすすめするのは、控えさせていただきます。

公務員

地方公務員は美味しい職業か? その4

市役所課長補佐級 年間給与+時間外手当=年収1574万円

元市役所勤務のはる坊です。

公務員=楽に加えて、
高給だという声があります。

正確に言えば、仕事内容に給与が見合っていないということだと思います。

これはニュースになりましたが、2012年関東某市の課長補佐級の職員が、1年間で、1873時間の時間外勤務をして、783万円の残業手当を受け取っていた事実が確認されました。

ちなみに、この課長補佐級の年間給与は791万円だったそうです。
(これは、基本給・役職手当・扶養手当・地域手当等の合計で、残業は一切ない場合の年間収入です)

年間給与+時間外手当=1574万円
地方公務員で一番給与が高いであろう、東京都庁の職員でも、この年収に達するのは、部長級以上。局長級でしょう。
地方の市役所だと首長(市長)で、これくらいの年収ですから。

話を続けます。
この関東某市の時間外手当が異常であるとして、ネット上でも話題になりました。
ほぼ100%が非難する内容でした。

まあ、そうでしょうね。

それが普通の感覚だと思います。

課長補佐(課長代理)クラスで年収1500万円以上って、パッと思いつくのは、誰でも知っている金融機関が商社、マスコミ関係くらいです。
キーエンスだと、役職は別として、全従業員の平均年収は2000万円ですが。

この職員が、どの部署にいたのかが問題

さて、この問題ですが、この職員がどの部署にいたのか、ということが不明です。

市のコメントは「大震災の影響」だったようですが、もし、危機管理・防災関係の部署に配属されていたとすれば、これは納得せざるを得ない額です。

他の自治体でも、同じように時間外勤務をして、たまたま問題に発展しなかったケースもあるでしょうし、基本給の安いヒラ職員(主事)だったら、同じ時間外勤務をしていても、その手当はグッと少なかったはずです。

課長補佐級という自治体によって、管理職扱いにしているか、そうではないかが分かれている微妙な役職であったこともあるでしょう。

管理職扱いであれば、この職員の年収は791万円+管理職員特別勤務手当(1日につき6,7000円。最大でも1万円にいかない)だった。

しかし、当時「大震災の影響」は、関東の自治体ではどこも大きかったのも事実です。

だからといって、課長補佐級だからと時間外勤務をここまでさせるのも変だと思います。

他の職員にうまく仕事を振り分ければ、こんな問題に発展することもなかったでしょう。

それも、半管理職といえる課長補佐級の仕事のうちです。

人件費のコスト感覚のなさが、露呈した事件だった。

そういえると思います。

米国MBA取得は遠い夢ではなくなりました

日本にいながらアメリカのマサチューセッツ州立大学MBA(経営学修士号)が最短2年で取得できます。
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まずは、卒業生(修了生)の声を聞いてみてください。

完全オンラインで米国MBAを取得 マサチューセッツ大MBA



公務員は高給か? 公務員の給与は基本的に年功序列です。

話は、最初に戻ります。
私がそう問われれば、「まあ、2000年過ぎまでは、そうでした」と答えます。

「給食のおばさんが年収800万円」

「みどりのおばさんが年収800万円」

こんな文句がネットに載っています。

私が知っている限り、
15年前、給食調理員にこれだけの年収があったのは事実です。

いや、むしろ+100万円くらいはありました。

いや給食調理員だけではありません。

まったく働かないおじさん職員にも、50歳で年収800万円以上が支払われていました。

公務員の給与は年功序列です。
職場に来ていれば、何の役に立たなくても、50代で年収800万円以上は、ヒラ職員でもあたりまえの数字でした。

ヒラ職員でもこれだけもらえるなら、課長や部長はもっとすごいんだろうと想像されるかもしれませんが、それがそうでもありませんでした。
課長で年収1000万円を超える程度。部長で年収1200万円ほど。

役所でもっとも責任がなく一番高収入だったのは、出世を望まないが有能で仕事を任されしっかりと残業代を稼ぎまくるヒラ職員でした。

現在は、給与に関しては、かなり是正されていますが、公務員批判が、現在に至るまで存在するのも、その理由として、過去に、民間とは大きく掛け離れた給与の配分があったことだけは、間違いのない事実だと思います。

公務員の給与について、さらに掘り下げます。

私は市役所を退職してから10数年が経過していますが、在職中に仲の良かった同期や先輩、後輩とは、まだ付き合いがあります。

また、在職中に知り合ったコッパンと呼ばれる国家一般職や国税専門官などとも付き合いがあります。
ですので、現在、公務員の給与や年収というものがどれくらいかは知っています。

公務員のボーナスについて 管理職は除く??

年に2回、公務員の金銭事情について、新聞やテレビ、ネットで報道がなされます。

ネットでは、国(多くの地方自治体もですが)が赤字なのに、公務員にボーナスを支給するのは許せないという冗談なのか本気なのかわかりませんが、やりきれなさをぶつけた書き込みを目にします。

その日は、6月30日と12月10日。
この日が土日祝日であれば、その直近の平日(金曜が多いです)にニュースが流れます。

「今日、国家公務員にボーナス(期末・勤勉手当)が支給されました。管理職を除く一般行政職(平均年齢)の平均支給額は○○万○○○○円で昨年の夏(昨年の冬)より○.○%アップ・・・・・・」

公務員に限らず、民間企業にお勤めの方も、

「報道しているアンタのほうが、もっともらってるだろ!」

と感じられるでしょうが、ちなみに、2018年12月の国家公務員のボーナスは約71万円

人事院勧告に従い、年間4.4ヶ月分から4.45ヶ月分にアップしましたが、平均年齢が下がった為、微減となりました。

基本給によりますが、同年4月から遡って追加支給される基本給引き上げ分と併せると、少なくとも、あと数万円は年収ベースでプラスでしょう。

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なぜ、公務員は管理職のボーナス支給額を公表しないのか? その理由は・・・

さて、報道される公務員のボーナス額ですが、管理職を除くとなっています。

これはなぜか?

これは、管理職を含めてしまうと大幅にアップした数字になることを恐れてのことでしょう。

当然、管理職のボーナス支給額は非管理職より大きくなります。

管理職のボーナスには、役職によって5%~20%の割増がなされます。

また、管理職手当がボーナスを計算する際に含まれます。(これは自治体によって含まないところもあります)

この場合、仮にボーナスが2ヶ月分だとしても、非管理職と管理職では次のように差が生まれます。

◎例ですので、基本給は2万円差・管理職手当は5万円・地域手当は10%で、家族手当はナシで計算します。

○非管理職のAさん

基本給280,000円+地域手当28,000円=308,000円

330,000×2.2ヶ月分=677,600円

○管理職のBさん

基本給300,000+管理職手当50,000+地域手当35,000円=385,000円

385,000×(2.2ヶ月分×10%割増)=931,700円

やはり、管理職も含めると、平均額が大幅に上がることだけは間違いなく、管理職も含んだボーナス額が報道されると、風当たりが一層キツくなりそうですね。

最後まで読んでいただいてありがとうございました。

最後に、あなたが公務員試験を受験しようとされている方なら、ここだけは聞いておいてください

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もし、あなたが公務員試験を受験しようとされているなら、しっかりと目標を見定めて実績のあるプログラムで勉強をしたほうが、しっかりと夢に近づけますよ。

やはり、ただの独学では得られない、長年蓄積されたノウハウや一番効率のいい教育プログラムとは無視することができないと感じます。

最近では、安い受講料と手軽な受講方法をうたう業者も増えていますが、実際の合格数を見るとまったく比較になりません。

公務員採用後に得られる収入を考えれば、多少高くともしっかりした学習方法で能率よく学習して、一発合格をするほうがよいにきまっています。

また、本気で公務員になりたい仲間と一緒に勉強できることは、あなたにとって大きな刺激になります。

さらに、合格後・採用後に、同じ自治体に一緒に勉強して気心が知れた仲間がいれば、心強いですよ。

あなたの『公務員になりたい!』という思いを、心から信じています。



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