早慶

2020年度(2020年4月入学)偏差値データ

【2020年度】2020年4月入学 大学入試主要私立大学偏差値一覧表

2020年度大学入試主要私立大学偏差値一覧表

はる坊です。
2020年度入試(2020年4月大学入学)に向けた受験勉強も追い込みを迎えています。
受験生の皆さんは不安も大きいと思いますが、第一志望合格に向けて、体調を整えてインフルエンザなどに罹らず、勉強が進むことを願っています。
今回ご紹介するのは駿台予備学校の合格ライン80%の主要私立大学偏差値一覧表です。

2020年度私立大学入試は、難関大学に少し入りやすくなる。その理由は?

2016年度入試から、【定員管理厳格化】によって、入学定員の超過率を解消するため、合格者が従来より絞られ、私立大学の倍率アップが始まりました。

例を挙げますと、早稲田大学の場合、2015年度の倍率は5.7倍でしたが、2019年度には7.6倍になっています。
他大学においても、1~1.5倍の倍率アップとなり、以前なら合格できていた受験生が不合格通知を受けとるケースが見受けられ、受験生のあいだでは、ご両親や高校側の考えもあり、志望校のレベルを下げる傾向が続きました。

しかし、2019年度入試においては、合格者を前年並みに維持、または、合格者を増加させる大学がでてきました。
これは、定員超過率の抑制が目標値を達成したことが原因です。

よって、2019年度入試では2018年度入試より、早稲田大学・慶應義塾大学・上智大学、明治大学・青山学院大学・立教大学・中央大学・法政大学(MARCH)と関西学院大学・関西大学・同志社大学・立命館大学(関関同立)といった、最難関私立大学・難関私立大学の志望倍率が、全ての大学において、下回っています。

2020年度の私大入試においても、合格者数の絞り込みをしない方向が受験関係者のあいだでは予測されています。
志望校のレベルを下げる、いわゆる安全志向によって難関大学の志願者数が減少すれば、倍率が下がる学部が多くなり、実際の難易度は、志願者数にかかわらず2015年度からあまり変化をしていないので、ひとつ上のランクにチャレンジしてみるのは、決して無謀なことではなく、価値のあることだと考えます。

ただし、注意しておくべき点は、中堅私立大学です。

2020年度私立大学入試において、中堅私立大学は難易度がアップする?

日本大学・東洋大学・駒澤大学・専修大学(日東駒専)
京都産業大学・近畿大学・甲南大学・龍谷大学(産近甲龍)

では、2019年度の志願倍率は、2018年度より上がっています。
従来、この大学群より上のレベルを狙っていた受験生が、安全策をとって、ここに流れてきた影響が大きいのです。
それにより、偏差値も上昇傾向にあります。

大東亜帝国・摂神追桃クラスも難易度が上がる?

また、大東文化大学・東海大学・亜細亜大学・帝京大学・国士舘大学(大東亜帝国)
摂南大学・神戸学院大学・追手門学院大学・桃山学院大学(摂神追桃)

では、志願者が年々、増加傾向にあります。

「Fランク大学に行きたくない」

「せめて、名前が知られている大学へ行きたい」

「一流企業は無理でも、就職戦線でそれなりの企業へ、ギリギリ学歴フィルターで弾かれない大学へ行きたい」

という心理が受験生にあり、志願者数は右肩上がり。

2015年度からの偏差値をみてみますと、かなり上昇しています。

よって、甘く見るのは禁物です。

※学部名のみになっていますが、2つ以上の学科がある場合は、募集人数を多く一番多く設けている学科・日程・受験方式の難易度。

それでは、みていきましょう。

法学部系統

偏差値69

慶應義塾大学法学部

偏差値68

早稲田大学法学部

偏差値67

上智大学法学部

偏差値65

中央大学法学部
上智大学法学部

偏差値63

明治大学法学部

偏差値62

立命館大学法学部

偏差値61

立教大学法学部

偏差値60

青山学院大学法学部
法政大学法学部
関西学院大学法学部

偏差値58

学習院大学法学部
関西大学法学部

偏差値57

成蹊大学法学部

偏差値56

日本大学法学部
明治学院大学法学部
京都女子大学法学部

偏差値55

國學院大学法学部
専修大学法学部
龍谷大学法学部

偏差値54

駒澤大学法学部
専修大学法学部
龍谷大学法学部

偏差値52

東洋大学法学部
甲南大学法学部

偏差値51

京都産業大学法学部

昔の大学偏差値&学費

1983年【昭和58年】大学入試 私立大学学部系統別偏差値一覧表

1983年【昭和58年】大学入試 私立大学学部系統別偏差値一覧表をお送りします

はる坊です。

今回は、1982年(昭和57年)8月に、河合塾が発表した1983年私立大学入試の学部系統別の偏差値一覧表です。

法律・政治学系

偏差値69.9~67.5

早稲田大学政治経済学部政治学科

偏差値67.4~65.0

慶應義塾大学法学部法律学科

上智大学法学部法律学科

早稲田大学法学部

偏差値62.4~60.0

中央大学法学部法律学科

同志社大学法学部法律学科

偏差値59.9~57.5

青山学院大学法学部

学習院大学法学部法律学科

立教大学法学部

南山大学法学部

立命館大学法学部

関西大学法学部

関西学院大学法学部

偏差値57.4~55.0

青山学院大学国際政治経済学部国際政治学科

成蹊大学法学部政治学科

成城大学法学部

法政大学法学部政治学科

甲南大学法学部

西南学院大学法学部

偏差値54.9~52.5

成城大学法学部

日本大学法学部

明治学院大学法学部

愛知大学法経学部法学科

偏差値52.4~50.0

獨協大学法学部

國學院大學法学部

創価大学法学部

京都産業大学法学部

龍谷大学法学部

近畿大学法学部法律学科

福岡大学法学部法律学科

偏差値49.9~47.5

東北学院大学法学部

駒沢大学法学部法律学科

東海大学政治経済学部政治学科

神奈川大学法学部

名城大学法学部

偏差値47.4~45.0

北海学園大学法学部

大東文化大学法学部

東洋大学法学部経営法学科

近畿大学法学部経営法学科

神戸学院大学法学部

偏差値44.9~42.5

亜細亜大学法学部

東海大学政治経済学部地方行政学科

立正大学法学部

中京大学法学部

偏差値42.4~40.0

明治学院大学法学部第二部法律学科

偏差値39.9~37.5

国士舘大学政治経済学部政治学科

帝京大学法学部

日本文化大学法学部

経済学系

偏差値69.9~67.5

早稲田大学政治経済学部経済学科

偏差値64.9~62.5

慶應義塾大学経済学部

偏差値62.4~60.0

上智大学経済学部経済学科

同志社大学経済学部経済学科

関西学院大学経済学科

偏差値59.9~57.5

青山学院大学経済学部

学習院大学経済学部経済学科

明治大学政治経済学部経済学科

立教大学経済学部経済学科

立命館大学経済学部

関西大学経済学部

偏差値57.4~55.0

青山学院大学国際政治経済学部国際経済学科

成蹊大学経済学部経済学科

成城大学経済学部経済学科

中央大学経済学部経済学科

法政大学経済学部

関西大学社会学部

西南学院大学経済学部

偏差値54.9~52.5

國學院大學経済学部

専修大学経済学部

明治学院大学経済学部経済学科

愛知大学法経学部経済学科

南山大学経済学部

甲南大学経済学部

偏差値52.4~50.0

駒沢大学経済学部経済学科

東海大学経済学部

日本大学経済学部経済学科

武蔵大学経済学部経済学科

神奈川大学経済学部経済学科

京都産業大学経済学部

龍谷大学経済学部

福岡大学経済学部経済学科

偏差値49.9~47.5

東海大学政治経済学部経済学科

東京経済大学経済学部

日本福祉大学経済学部

大阪経済大学経済学部

近畿大学商経学部経済学科

偏差値47.4~45.0

東北学院大学経済学部経済学科

獨協大学経済学部経済学科

創価大学経済学部

名城大学商学部経済学科

神戸学院大学経済学部

松山商科大学経済学部

偏差値44.9~42.5

北海学園大学経済学部

亜細亜大学経済学部経済学科

大東文化大学経済学部経済学科

立正大学経済学部

桃山学院大学経済学部

広島経済大学経済学部経済学科

偏差値42.4~40.0

北星学園大学経済学部

関東学院大学経済学部経済学科

追手門学院大学経済学部経済学科

医学・薬学・保険学系

偏差値72.4~70.0

慶應義塾大学医学部

偏差値67.4~65.0

自治医科大学医学部

偏差値62.4~60.0

東京慈恵会医科大学医学部

日本医科大学医学部

大阪医科大学医学部

偏差値59.9~57.5

昭和大学医学部

東京医科大学医学部

東京理科大学薬学部薬学科

日本大学医学部医学科

近畿大学医学部

偏差値57.4~55.0

東邦大学医学部

久留米大学医学部

偏差値54.9~52.5

岩手医科大学医学部

順天堂大学医学部

東京女子医科大学医学部

聖マリアンナ医科大学医学部

近畿大学薬学部

兵庫医科大学医学部

福岡大学医学部

偏差値52.4~50.0

東海大学医学部

東京歯科大学歯学部

東京薬科大学薬学部

日本大学歯学部

星薬科大学薬学部

名古屋保健衛生大学医学部

京都薬科大学薬学部薬学科

大阪歯科大学歯学部

福岡大学歯学部

偏差値49.9~47.5

岩手医科大学歯学部

獨協医科大学医学部

埼玉医科大学医学部

共立薬科大学薬学部

聖路加看護大学衛生看護学部

神戸学院大学薬学部

川崎医科大学医学部

偏差値47.4~45.0

杏林大学医学部

昭和大学歯学部

東邦大学薬学部薬学科

鶴見大学歯学部

金沢医科大学医学部

名城大学薬学部薬学科

偏差値44.9~42.5

東北歯科大学歯学部

城西歯科大学歯学部

昭和大学薬学部

日本大学理工学部薬学科

松本歯科大学歯学部

愛知医科大学医学部

武庫川女子大学薬学部

福岡歯科大学歯学部

理学系

偏差値64.9~62.5

早稲田大学理学部物理学科

偏差値62.4~60.0

早稲田大学理工学部数学科

東京理科大学理学部数学科

早稲田大学教育学部理学科数学専修

偏差値59.9~57.5

慶應義塾大学理工学部1系

国際基督教大学教養学部理学科

上智大学理工学部物理学科

東京女子大学文理学部数理学科

関西学院大学理学部物理学科

偏差値57.4~55.0

学習院大学理学部化学科

慶應義塾大学理工学部2系

津田塾大学学芸学部数学科

東京理科大学理学部応用物理学科

立教大学理学部物理学科

偏差値54.9~52.5

学習院大学理学部化学科

上智大学理工学部化学科

中央大学理工学部数学科

東京理科大学理工学部数学科

立教大学理学部化学科

京都産業大学理学部計算機科学科

偏差値52.4~50.0

青山学院大学理工学部物理学科

日本大学文理学部数学科

中央大学理工学部物理学科

京都産業大学理学部数学科

立命館大学理工学部数学物理学科

甲南大学理学部第1類

偏差値49.9~47.5

東邦大学理学部物理学科

立命館大学理工学部化学科

福岡大学理学部応用数学科

偏差値47.4~45.0

日本大学文理学部物理学科

名城大学理工学部数学科

近畿大学理工学部数学科

福岡大学理学部化学科

偏差値44.9~42.5

東海大学理学部数学科

日本大学物理学部応用地学科

東京理科大学第二部化学科

偏差値42.4~40.0

東京電機大学理工学部数理学科

東海大学理学部化学科

岡山理科大学理学部数学科

偏差値39.9~37.5

城西大学理学部数学科

岡山理科大学理学部化学科

電気・電子工学系

偏差値62.4~60.0

早稲田大学理工学部電気工学科

東京理科大学工学部電気工学科

偏差値59.9~57.5

慶應義塾大学理工学部1系

偏差値57.4~55.0

上智大学理工学部電気電子工学科

東京理科大学理工学部電気工学科

武蔵工業大学工学部電子通信学科

偏差値54.9~52.5

青山学院大学理工学部電気電子工学科

明治大学工学部電子通信工学科

同志社大学工学部電子工学科

偏差値52.4~50.0

芝浦工業大学工学部工学部電子工学科

成蹊大学工学部電気工学科

中央大学理工学部電気工学部

東京電機大学理工学部電子工学科

法政大学工学部電気電子工学科

立命館大学理工学部電気工学科

関西大学工学部電気工学科

偏差値49.9~47.5

名城大学理工学部電気工学科

大阪工業大学工学部電子工学科

関西大学工学部電子工学科

福岡大学工学部電気工学科

偏差値47.4~45.0

工学院大学工学部電気工学科

日本大学理工学部電気工学科

近畿大学理工学部電気工学科

偏差値44.9~42.5

千葉工業大学工学部電気工学科

東海大学工学部電子工学科

東洋大学工学部電気工学科

日本大学理工学部電子工学科

神奈川大学工学部電気工学科

広島工業大学工学部電子工学科

偏差値42.4~40.0

東北学院大学工学部電気工学科

玉川大学工学部電子工学科

日本大学生産工学部電気工学科

関東学院大学工学部電気工学科

福井工業大学工学部電気工学科

愛知工業大学工学部電子工学科

大阪電気通信大学工学部通信工学科

摂南大学工学部電気工学科

長崎総合科学大学工学部電気工学科

偏差値39.9~37.5

国士舘大学工学部電気工学科

東海大学工学部電気工学科

明星大学理工学部電気工学科

東京工芸大学工学部電子工学科

中部工業大学工学部電子工学科

福山大学工学部電気電子工学科

九州産業大学工学部電子工学科

福岡工業大学工学部電子工学科

最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。

昔の大学偏差値&学費

1979年【昭和54年】全国主要私立大学偏差値一覧表

1979年主要私立大学文科系偏差値・難易度表一覧

偏差値65.0以上

早稲田大学政治経済学部

早稲田大学法学部

早稲田大学商学部

早稲田大学第一文学部

慶應義塾大学経済学部

慶應義塾大学文学部国文学専攻

上智大学法学部

上智大学外国語学部英米語学科

偏差値62.5以上

中央大学法学部法律学科

上智大学経済学部経営学科

上智大学文学部英文学科

上智大学外国語学部ドイツ語学科

上智大学文学部仏文科

国際基督教大学(ICU)教養学部言語学科

早稲田大学教育学部英語英文学科

早稲田大学教育学部教育心理学科

同志社大学文学部心理学専攻

偏差値60.0以上

早稲田大学教育学部国語国文学科

上智大学文学部史学科

上智大学文学部国文学科

上智大学外国語学部比較文化学科

上智大学経済学部経済学科

青山学院大学文学部史学科

青山学院大学文学部英米文学科

中央大学法学部政治学科

学習院大学法学部法律学科

立教大学法学部法律学科

国際基督教大学(ICU)教養学部人文科学科

同志社大学文学部史学科

同志社大学文学部英文学科

同志社大学文学部国文学科

同志社大学法学部法律学科

立命館大学文学部日本史学科

立命館大学文学部英米文学科

関西学院大学経済学部

偏差値57.5以上

慶應義塾大学商学部

慶應義塾大学法学部法律学科

学習院大学経済学部経済学科

学習院大学文学部仏文学科

学習院大学文学部国文学科

学習院大学文学部心理学科

立教大学経済学部経済学科

立教大学社会学部産業関係学科

立教大学文学部英米文学科

立教大学文学部日本文学科

立教大学文学部心理学科

青山学院大学経済学部

青山学院大学法学部

青山学院大学文学部日本文学科

明治大学政治経済学部経済学科

明治大学法学部政治学科

明治大学文学部東洋史学科

上智大学文学部哲学科

中央大学文学部心理学科

東京女子大学文理学部文系

成城大学文芸学部国文学科

國學院大學文学部史学科

南山大学外国語学部英米語学科

南山大学文学部国語国文学科

同志社大学経済学部

同志社大学法学部政治学科

同志社大学文学部新聞学専攻

関西大学経済学部

関西大学法学部法律学科

関西大学文学部史学科

関西学院大学商学部

関西学院大学法学部

関西学院大学文学部

立命館大学文学部日本文学科

偏差値55.0以上

中央大学経済学部経済学科

中央大学商学部会計学科

中央大学文学部英文学科

学習院大学文学部独文科

明治大学商学部

明治大学文学部仏文科

明治大学文学部西洋史学科

成城大学法学部

成城大学文芸学部

法政大学法学部

法政大学文学部英文学科

法政大学文学部史学科

明治学院大学文学部英文学科

立教大学文学部教育学科

國學院大學文学部日本文学科

日本女子大学文学部国文学科

南山大学文学部仏文学科

南山大学法学部

立命館大学経済学部経済学科

立命館大学文学部中国文学科

関西大学商学部

関西大学法学部政治学科

関西大学文学部英文学科

関西大学文学部国文学科

関西学院大学社会学部

同志社大学文学部哲学・倫理専攻

京都女子大学文学部英文学科

偏差値52.5以上

中央大学経済学部国際経済学科

中央大学商学部経営学科

中央大学文学部仏文科

早稲田大学教育学部体育学科

早稲田大学社会科学部

法政大学経営学部

法政大学文学部日本文学科

成城大学経済学部経済学科

成蹊大学経済学部経済学科

成蹊大学法学部法律学科

成蹊大学文学部日本文学科

成蹊大学文学部英米文学科

明治学院大学法学部

明治学院大学文学部仏文科

明治大学文学部演劇学科

駒沢大学文学部史学科

専修大学経済学部

専修大学文学部人文学科

愛知大学法経学部法学科

愛知大学文学部英文学科

南山大学文学部哲学科

甲南大学経済学部

甲南大学法学部

京都産業大学経済学部

京都産業大学外国語学部

同志社大学商学部

関西大学文学部仏文科

関西大学文学部哲学科

西南学院大学経済学部

偏差値50.0以上

早稲田大学第二文学部

中央大学法学部第二部

明治大学政治経済学部第二部

日本大学法学部法律学科

日本大学文理学部心理学科

青山学院大学第二経済学部

専修大学商学部商学科

専修大学法学部

専修大学文学部英米文学科

明治学院大学経済学部経済学科

明治学院大学社会学部社会学科

國學院大學経済学部

國學院大學文学部哲学科

駒沢大学経済学部経済学科

武蔵大学経済学部経済学科

武蔵大学人文学部社会学科

創価大学法学部

東洋大学文学部国文学科

神奈川大学経済学部経済学科

愛知大学法経学部経済学科

南山大学経営学部

龍谷大学経済学部

甲南大学文学部

同志社大学経済学部第2部

西南学院大学商学部商学科

京都産業大学法学部

関西学院大学神学部

魔界都市〈新宿〉の創世主・ライトノベルの始祖 菊地秀行

魔界都市〈新宿〉の創世主・ライトノベルの始祖 菊地秀行 第1回

伝奇アクション・ファンタジー・SF小説家・菊地秀行について

はる坊です。

まずは、このふたつのエッセイの一部分を読んでいただきたいと思います。

まず、大学卒業を控えた時期のことを。

「会社員になれるとは思っていなかったが、かといって、所属せず生きていける自信もなかった。(中略)要するに誰と関わることもなく、最低の生活費を稼いでゴロゴロしていたかったのである。人生と戦うなんて真っ平であった(以下略)」
(週刊小説1986年2月21日号 「十五年前の私」 『人生と戦いたくなかった』より)

大学卒業後から作家デビューまでの10年間を振り返って。

「いつまでも忘れられない事実がある。一〇〇万円貯まらなかった。一〇年近い、ルポライター時代を通してである。当時の貯金通帳はないが、記憶によれば、七十万円がリミットであった。一〇年で貯金が一〇〇万円に遠い。私のルポライター時代を、寒々と象徴する事実である」”
(小説春秋 1987年6月号 『作家になるまえ』より)

このエッセイは、菊地秀行が作家となり、爆発的に人気を得た頃に書かれたものです。

1982年(昭和57年)10月に『魔界都市〈新宿〉』(朝日ソノラマ)で小説家としてデビューを果たし、『吸血鬼ハンター”D”』シリーズ 『トレジャー・ハンター(エイリアン)』シリーズで人気を得た菊地は、

1984年(昭和59年)2月に、祥伝社 ノン・ノベルからサイコダイバー・シリーズ『魔獣狩り 淫楽編』、続いて同年7月に『魔獣狩り 暗黒編』徳間書店 トクマ・ノベルスから『闇狩り師』、12月の『魔獣狩り 鬼哭編』を発表して、一躍ベストセラー作家の仲間入りを果たした夢枕獏に続いて、

1985年3月に祥伝社ノン・ノベルから刊行された『魔界行』

同年5月に光文社カッパノベルスから刊行された『妖魔シリーズ』の第1作『妖魔戦線』

同年7月に徳間書店 トクマ・ノベルスから刊行された『妖獣都市』で一躍、超人気作家の仲間入りを果たします。

『魔界行』『妖魔戦線』はすぐに10万部を突破、そして『妖獣都市』は一気に20万部を発行するヒット作になります。

1985年には15冊(原作担当のゲームブック『魔群の都市』・イラストノベル『夢幻境戦士エリア』を除く)。

1986年には17冊。

1987年には21冊(映画エッセイ集『魔界シネマ館』を含む)。

1988年には17冊。

1989年から2002年まで多い年には18冊、少ない年でも12冊を、ノベルスを中心に刊行し続け、2003年以降も旺盛な執筆量で作品を発表し続け、2017年2月に祥伝社 ノン・ノベルから上梓された『魔界都市ブルース 霧幻の章』で著作数は400冊となりました。

作家・菊地秀行の半生を振り返っていきます

2000年代中頃から、書店では菊地が作品発表の主戦場としてきた〝ノベルス〟の棚やスペースが縮小されていき(2019年現在においてノベルスは、少年ジャンプ人気作品のノベライズ版ジャンプ ジェイ ブックス(JUMP j BOOKS)が主流になりましたね)、それにつれて菊地秀行の名前を知らない、若い読書好きの方も増えているように感じます。

しかし、『涼宮ハルヒ』シリーズの谷川流

『空の境界』の奈須きのこは、

菊地秀行からの影響を公言していますし、意識をするしないに関係なく、菊地が1980年代後半から現在までのライトノベルコミックに与えた影響は多大です。

前述したエッセイと作家生活に入ってからのコントラストには驚かされるばかりですが、今回は、伝奇バイオレンス・ホラー・ファンタジー小説家として大きな足跡を残している菊地秀行の半生を振り返ってみたいと思います。

下記から、文体が変わりますが、お気になさらないでください。

港町・銚子

菊地秀行は1949年(昭和24年)9月25日千葉県銚子市に生まれた。
父は徳太郎・母は知可子。長男であった。
実家は、当時、歓楽街であった観音町で、昼間は食堂、夜は大衆割烹の呑み屋を経営していた。

徳太郎はこの店の三代目にあたり、当時は、祖父・源太郎が店のいっさいを仕切っていた。
母も寿司屋の長女として産まれており、飲食業に縁の深い一家、夫婦だったといえるだろう。

幼い頃の菊地は身体が弱かった。扁桃腺炎で週に一度は熱を出し、小学校を休むことが多かった。家で漫画雑誌を読むのを何よりの楽しみとしていた。

当時は、街に貸本屋があったが、銚子にはそれはなく、菊地は幼い頃から本屋ではいっぱしの顔であり、両親も、菊地が欲しがるものは何でも買い与えた。

そして、映画館。

店舗兼自宅近くに新東宝の映画館があり、菊地が店の手伝いで出前を持っていくことで、映画館主に顔を知られていた菊地は、タダで映画を見ることができた。
毎年夏に上映される怪奇・化物映画は菊地のホラー趣味を育んだ。

父・徳太郎もホラー映画が好きであった。
身体は弱いが、自分と同じ嗜好を持ちつつある息子・秀行を好もしく思っていたのではないだろうか。
ただ、同じ恐怖映画でも、菊地が好んだのは洋画であり、情念の世界である邦画のホラー物は肌に合うものは少なかった。

小学校高学年で扁桃腺切除手術をおこない、病弱さからは抜けだしたが、慣れ親しんだ趣味からは離れられなかった。漫画・SF小説、そして、映画に耽溺した。

また、実家が客商売をしていたこともあって、1953年(昭和28年)にはじまったテレビ放映後まもなく、テレビが店に置かれた。
一家に一台テレビがあるという状況から程遠い時代だった。
人々は、街頭テレビに熱狂した。
そんな時代からテレビで放送される番組に触れられたことも、のちの作家活動に影響を与えただろう。

菊地は『宇宙船エンゼル号の冒険』(1957年 日本テレビ)『海底人8823』(1960年 フジテレビ)『宇宙船シリカ』(1960年 NHK)『恐怖のミイラ』(1961年 日本テレビ)などを、記憶に残った番組だ、と後に語っている。

1960年、小学校5年生のとき、菊地は人生を決定づける映画に遭遇することになる。
ハマー・フィルム・プロダクション製作『吸血鬼ドラキュラ』(英・1958年)である。
実は、この映画が銚子で上映されるのは二度目だった。最初に上映されたのは、封切られた1958年か翌年の1959年だろう。

ただしこの時、菊地はこの映画を観ていない。
もし、菊地が少年時代にこの映画を観ていなかったら、もし観ていたとしても、もっとのちのことだったら、菊地の人生は変わっていたのかも知れない。

菊地の映画館通いは、銚子第三中学校に上がると、職員会議で問題になるほどだった。
学校では、中学生の映画館通いは禁止されていたのだ。
にも関わらず、堂々とひとりで行く。
菊地は勉強もキチンとしていた。そのアンバランスさが教師の目には余計に奇異に映ったのかも知れない。
菊地がどう言い逃げたかは定かではないが、教師の指導・注意だけで映画館通いが止まることはなかった。

上映後、菊地は海沿いを歩きながら、「俺だったら、あそこはああじゃなくて、こうするのにな」と想像に耽るのが楽しみでもあった。

当時の日本では西部劇がブーム(ウエスタンブーム)だった。
銚子の映画館で上映された『シェーン』(1958年米)『駅馬車』(1939年米)『荒野の決闘』(1954年米)『ヴェラクルス』(1954年米)『OK牧場の決斗』(1957年米)などの西部劇映画を菊地も楽しんだ。

また、漫画では横山光輝『伊賀の影丸』、そして小説では山田風太郎に熱中した。

実弟・菊地成孔の誕生

1963年(昭和38年)6月14日に弟の菊地成孔が誕生している。
菊地の兄弟は成孔だけだ。
だが、14歳も歳の離れた成孔の誕生は、〝恥かきっ子〟というわけではない。

現在、ジャズミュージシャン・文筆家として活躍している成孔がメディアで語っているので記すことにするが、菊地と成孔のあいだには4人の子どもがいた。

しかし、何の因果か全員が死産であった。

父・徳太郎は6人きょうだいの長男、母・知可子は9人きょうだいの長女という当時としてはあたりまえの大きょうだいと共に成長した。
自分たちも、多くの子どもを儲けることが当然だという考えもあったのだろう。
だが、現実はあまりに哀しいものだった。

また、父。徳太郎の女性問題もあった。
菊地も弟・成孔も母・知可子似である。

父は実業家然とした梅宮辰夫風の偉丈夫だった。
食堂兼大衆割烹料理の経営者・花板である父は、常に仕事姿を客に見られる立場にあった。
そして、酒を出す店という部分もあったのだろう。
彼に惹かれる女性は数多くいたようだ。
母・知可子は、そんな夫を責めたりはしなかった。代わりに夫に付きっきりとなり、他の女性を寄せつけない法を選んだ。

そんな現実も、少年の心に暗い影を落とし、漫画やSF小説、そして映画への耽溺を深くしたのではないだろうか。

このエピソードと語るにはあまりに酷な体験であったことは間違いない。

そして、『魔界都市ブルース』『吸血鬼ハンター〝D〟』シリーズなどに流れる菊地作品独特の哀切感も、この時代に観た映画の影響とともにこの体験から生まれた部分も少なからずあるのではないだろうか。

1965年(昭和40年)銚子市立銚子高等学校に入学した菊地は、ますます映画とともにSF小説に没頭していく。
ウィルマー・H・シラス『アトムの子ら』シオドア・スタージョン『人間以上』ロバート・A・ハインライン『夏の扉』、そして、レイ・ブラッドベリの『火星年代記』。
なかでも、ブラッドベリは菊地がもっとも影響を受け、作品に憧れる作家だった。

上京・大学進学

1968年(昭和43年)3月 銚子市立銚子高等学校を卒業した菊地は、東京で一年間の浪人生活を送ることになる。

父・徳太郎との約束は「法学部に入ること」だった。
これは、「法学部はつぶしが効く」といった理由ではない。
徳太郎は、自らが水商売に向いていないことを知悉していた。
本人は、「人を助け、ありがたがられる仕事がしたい。薬剤師になりたい。先生と呼ばれたい」と漏らしていた。

息子が法学部へ進学すれば、法曹への道があると思ったのだろう。
司法試験に合格して弁護士になるか、司法書士になって銚子に戻ってくれれば、「菊地先生」と呼ばれる息子の姿を見ることができる。
徳太郎は、そんな未来を想像していたのかもしれない。

徳太郎の「先生と呼ばれたい」という夢は、父が想像もしない形で息子ふたりが叶えることとなる。

1969年(昭和44年)4月 菊地は青山学院大学法学部に入学する。
法学部をいろいろ受けた結果、青学に滑り込んだ形だった。

入学後、菊地は推理小説研究会に入会し、その博識ぶりで会員たちを驚かせる。
菊地は、銚子時代に自分の趣味嗜好を話せる友人・仲間がいなかった。
だが、青山学院大学推理小説研究会においては、菊地は〝水を得た魚〟だった。

才能は自然と集まるものなのだろうか。研究会の同期には、『風の大陸』シリーズ『巡検使カルナー』シリーズで人気作家となった竹河聖(文学部史学科)、一年後輩には、在学中からSF作品の翻訳を手掛け、小説家として『幽霊事件』シリーズを執筆した風見潤(法学部卒業後、文学部英米文学科に再入学・中退)がいた。

菊地は、研究会の機関誌『A・M・マンスリー』において、〝きくち れい〟の名で作品を発表し始める。

意外なことだが、評論が中心で、創作も叙情的なショートショートだった。

また、行動力に富み、3年次には同会の会長に就任した頃には、研究会の顧問に山村正夫を迎え、新入生の勧誘、歓迎ハイキングにコンパ、そして夏季合宿と秋の学園祭の催しを率先しておこない会長職を全うした。

菊地の下宿は原宿にあった。六畳一間で家賃は1万円。

実家からの仕送りは4万円で、そのうち1万円は家賃に消えるので、自由に使える金は3万円ということになるが、菊地の大学在学中(1969年~1973年)の大卒初任給は、インフレ経済下で大きく上昇しているが(1969年 34,100円 1970年 39,900円 1971年 46,400 1972年 52,700円 1973年 62,300円[年次統計より引用])、決して、苦学生というわけではなかった。

菊地は、この頃から本格的に国内外のミステリー・ハードボイルド・SFを体系的に読み進めていく。
上京して、青学推理小説研究会を通じて、銚子では手に入らなかった作品、興味を持っていなかった作品にも出会うことになり、菊地の視野も広がったと考えられる。

大学に程近い場所にあった菊地の下宿は、研究会会員のあいだで〝菊地ホテル〟と呼ばれ、夕方から呑んで帰れなくなった会員たちの泊まり場となっていた。
菊地はこの頃から現在に至るまでアルコールを口にしないが、飲み会には積極的に参加して、ジュース片手に冗談を飛ばしながら、談笑していた。

この菊地ホテルに数度世話になったことがあるかもしれないとのちに語った竹河聖によると、

「菊池氏は厭な顔ひとつせずに彼等を泊め、時には夜食や朝食を振舞うのだった。毎日とは言わないが、かなり頻繁に、入れ替わり立ち替わりなのである。しかも下戸の菊池氏が酔っ払いを泊めるのだ。(中略)几帳面な菊池氏は、いつも部屋を清潔にしていたが、部屋に入ると、まず大きな本棚が目に付いた。おまけに、それには本が二重に詰り、はみ出したものもある。(中略)ブラッドベリとウールリッチをこよなく愛していた菊池氏の本棚には、私が未だ読んでいなかったものが数多く並べられていた。ここでも〝ムムッ、やるな〟である。」”
(『小説現代臨時増刊 菊地秀行スペシャル 新妖戦地帯+劇画・妖戦地帯&All ABOUT秀行』 竹河聖 『菊地秀行氏のこと あのころ、あるいは〝菊地ホテル〟』1986年10月15日 講談社より引用)

まだ、若者文化の発信地は渋谷ではなく新宿だった。
菊地は、当時の原宿を気に入ったのか、大学卒業後、3,4年のあいだ、この部屋で暮らしている。



菊地秀行 ルポライター時代

菊地は、就職をしなかった。
1社だけ創元新社を受けたが、倍率は100倍。敢えなく不合格となった。

ゼミは刑法だった。
入学当初は、父が希望したとおりの法律関係の職に就くことを考えていたのかも知れない。
ちなみに卒論は、“「犯罪の素質のある奴を早めに手をうってどうこうしちゃうのは是か非かっていうテーマでしたね。必死に捜したんですよ、趣味が出せる奴を。もう法律やる気なんかなかったですからね」
というものだったようだ。

大学卒業後、就職もせず、法律関係の専門職を目指すそぶりも見せない息子に、父・徳太郎はひとつの提案をおこなう。

「食堂兼大衆割烹料理店をやめるから、喫茶店にして、店を継げ。喫茶学校で勉強する金は出す」

菊地はその言葉に従って、喫茶学校に通ったが、途中で父と諍いが起こったことで、この学校に通うのを途中でやめてしまう。
以降、しばらくのあいだ実家とは気まずい関係が続いた。

菊地を心配したアパートの大家の紹介で、皿洗いのアルバイトを経て、大学の先輩が経営していた喫茶店の手伝いをしていた頃、別の先輩から、「ルポライターをやってみないか?」と声が掛かった。

菊地は、ライターの事務所に所属して、週刊誌のデータマンとして取材に駆け回った。

講談社が発行していた女性週刊誌『ヤングレディ』が主戦場だった。
集英社の『週刊プレイボーイ』や小学館の『GORO』の仕事もしていたようだが、講談社の仕事がメインだった。

『ヤングレディ』編集部で、菊地は意外な出会いをしている。
のちに芸能リポーターとして有名になる梨元勝と出会ったのだ。
梨本は、菊地に親しく声を掛けてくれたという。
当時、梨本は『ヤングレディ』の契約記者だったが、菊地は梨本を“「編集長だと思っちゃった」”と述懐している。

菊地は、この出会いに温かいものを感じたのだろうか。

作家デビューを果たし、1983年5月に上梓された、トレジャーハンターシリーズの第1作『エイリアン秘宝街』では、主人公・八頭大とコンビを組む太宰ゆきにこんなセリフを吐かせている。

「不潔。梨本さんに言いつけてやるから!」

しかし、菊地が小説家として独り立ちするまでには、まだまだ時間が必要だった。

最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。

第2回に続きます。

参考文献・一部引用

菊地秀行『幻妖魔宴』(1987年8月25日 角川文庫

菊地秀行『夢みる怪奇男爵』(1991年1月30日 角川書店)

週刊小説1986年2月21日号 「十五年前の私」 『人生と戦いたくなかった』

小説春秋 1987年6月号 『作家になるまえ』

『小説現代臨時増刊 菊地秀行スペシャル 新妖戦地帯+劇画・妖戦地帯&All ABOUT秀行』(1986年10月15日 講談社)

『SFアドベンチャー増刊 夢枕獏VS.菊池秀行ジョイント・マガジン 妖魔獣鬼譚』
(1986年11月15日発行 徳間書店)

全日本菊地秀行ファンクラブ・編 菊地秀行学会・協力 菊地秀行・監修『菊地秀行解体新書』
(1996年4月15日発行 スコラ)

昔の大学偏差値&学費

1965年【昭和40年】東京大学・京都大学・北海道大学・東北大学・名古屋大学・大阪大学・九州大学 高校別合格者数一覧表

東大・京大・北大・東北大・名大・阪大・九大 高校別合格者数一覧表です。

はる坊です。

今回は、1965年(昭和40年)の東京大学・京都大学・北海道大学・東北大学・名古屋大学・大阪大学・九州大学、いわゆる旧帝国大学の高校別合格者数をご紹介します。
東京大学合格者のベスト20校においては、現役生・浪人生別の人数もあります。

合格者の出身高校を見てみますと、現在でも偏差値の高い名門・伝統校が並んでいますが、私立高校よりも国公立高校出身者が多いことが判ります。

当時の大学進学率は17.0%(引用元『年次統計』)でしたが、地元の公立高校から一番近い難関国公立大学を目指すというのが、当時の大学進学のスタイルだったのではないでしょうか。

理由は、学費にあります。

1965年のサラリーマンの平均月給は30,300円でした。(引用『年次統計』より)

東大と早大・慶大の入学初年度学費を比べてみましょう。

東京大学

受験料:1,500円
入学金:1,500円
授業料:12,000円
施設費:0円
実習費:300円
諸会費:5,700円
入学初年度学費合計:21,000円

早稲田大学

受験料:5,000円
入学金:30,000円
授業料:50,000円
施設費:50,000円
実習費:0円
諸会費:5,200円
入学初年度学費合計:140,200円

慶應義塾大学

受験料:5,000円
入学金:70,000円
授業料:80,000円
施設費:25,000円
実習費:1,500円
諸会費:5,100円
入学初年度学費合計:186,600円

現在以上の差があることがわかります。

他の国公立大学も見てみましょう。
(音楽大学・美術大学は除きますが、医学部を含みます)

受験料:1,500円~2,000円
入学金:1,500円~8000円
授業料:12,000円
施設費:0円~24,000円
実習費:0円~4,000円
諸会費:0円~23,000円

他の私立大学も見てみましょう。

(音楽大学・美術大学・医学部は除きます)
受験料: 3,000円~8,000円
入学金: 15,000円~70,000円
授業料: 38,000円~90,000円
施設費: 0円~80,000円
実習費: 0円~20,650円
諸会費: 0円~28,650円

私立大学医学部はどうだったのか?

東京女子医科大学と久留米大学を見てみましょう。

東京女子医科大学

受験料:10,000円
入学金:150,000円
授業料:150,000円
施設費:350,000円
実習費:20,000円
諸会費:24,500円
入学初年度学費合計:704,500円

久留米大学医学部

受験料:10,000円
入学金:150,000円
授業料:150,000円
施設費:200,000円
実習費:10,500円
諸会費:42,100円
入学初年度学費合計:562,600円

1968年に廃止されましたが、インターン(〝診療実施修練〟)を終え医師国家試験に合格すれば、一人前の医師としてのスタートを切れますが、この学費は到底一般家庭では支払えるものではありませんね。

それでは、旧帝国大学の高校別合格者数を見ていきましょう。

数は少ないですが、名門校だけではなく、大学検定合格者・実業校(工業高校・商工高校)出身者もいます。

東京大学

日比谷高校・・・181名
(現役生:77名 浪人生:104名)

西高校・・・127名
(現役生:63名 浪人生:64名)

戸山高校・・・110名
(現役生:44名 浪人生:66名)

麻布高校・・・88名
(現役生:55名 浪人生:33名)

東京教育大学附属高校・・・87名
(現役生:55名 浪人生:32名)

新宿高校・・・71名
(現役生:29名 浪人生:42名)

東京教育大学附属駒場高校・・・69名
(現役生:53名 浪人生:16名)

灘高校・・・66名
(現役生:55名 浪人生:11名)

小石川高校・・・63名
(現役生:30名 浪人生:33名)

開成高校・・・55名
(現役生:35名 浪人生:20名)

浦和高校・・・52名
(現役生:24名 浪人生:28名)

湘南高校・・・51名
(現役生:25名 浪人生:26名)

旭丘高校・・・49名
(現役生:34名 浪人生:15名)

栄光学園高校・・・46名
(現役生:32名 浪人生:14名)

小山台高校・・・46名
(現役生:23名 浪人生:23名)

両国高校・・・42名
(現役生:21名 浪人生:21名)

上野高校・・・40名
(現役生:10名 浪人生:30名)

鹿児島ラ・サール高校・・・38名
(現役生:26名 浪人生:12名)

広島大学附属高校・・・34名
(現役生:23名 浪人生:11名)

東京学芸大学附属高校・・・33名
(現役生:16名 浪人生:17名)

武蔵高校・・・33名
(現役生:15名 浪人生:18名)

立川高校・・・29名
(現役生:10名 浪人生:19名)

高松高校・・・27名
(現役生:19名 浪人生:8名)

修猷館高校・・・24名
(現役生:12名 浪人生:12名)

天王寺高校・・・23名
(現役生:15名 浪人生:8名)

朝日高校・・・22名
(現役生:17名 浪人生:5名)

松本深志高校・・・21名
(現役生:12名 浪人生:9名)

小倉高校・・・20名
(現役生:13名 浪人生:7名)

長野高校・・・20名
(現役生:15名 浪人生:5名)

広島大学附属福山高校・・・19名

九段高校・・・18名

静岡高校・・・17名

前橋高校・・・16名

平塚江南高校・・・16名

富山中部高校・・・15名

金沢大学附属高校・・・15名

甲府高校・・・15名

岐阜高校・・・15名

合格者数:14名~12名

水戸第一高校

千葉高校

桐朋高校

愛光高校

舞鶴高校

熊本高校

甲府第一高校

神戸高校

操山高校

宇都宮高校

熊谷高校

浜松北高校

大手前高校

合格者数:11名~9名

盛岡第一高校

お茶の水女子大学附属高校

横須賀高校

上田高校

修道高校

鶴丸高校

新潟高校

富山高校

高崎高校

東海高校

住吉高校

北野高校

宇部高校

城南高校

大分上野丘高校

沼津東高校

高岡高校

時習館高校

甲陽学院高校

鳥取西高校

丸亀高校

土佐高校

甲南高校

合格者数:8名~6名

札幌北高校

仙台第一高校

福島高校

東京都立大学附属高校

成蹊高校

藤島高校

長崎東高校

大泉高校

横浜翠嵐高校

小田原高校

岡崎高校

明和高校

奈良女子大学文学部附属高校

今治西高校

久留米大学附設高校

芝高校

飯田高校

六甲高校

甲陽学院高校

淳心学院高校

明善高校

合格者数5名~4名

磐城高校

安積高校

長生高校

青山高校

長岡高校

津高校

広島高校

下関西高校

佐賀高校

長崎西高校

宮崎大宮高校

秋田高校

高田高校

太田高校

土浦第一高校

佐原高校

北園高校

豊多摩高校

駒場東邦高校

希望ヶ丘高校

川崎高校

聖光学院高校

豊中高校

高津高校

大手前高校

加古川東高校

出雲高校

浜田高校

徳山高校

合格者数3名以下(都道府県順)

【北海道】

札幌南高校

旭川北高校

室蘭栄高校

紋別高校

藤女子高校

帯広三条高校

砂川北高校

札幌第一高校

函館北高校

函館中部高校

北海道ラ・サール高校

札幌東高校

月形高校

釧路湖陵高校

美唄東高校

長沼高校

旭川東高校

苫小牧東高校

【青森県】

青森高校

弘前高校

八戸高校

三本木高校

【秋田県】

能代高校

横手高校

角館高校

大館鳳鳴高校

【岩手県】

水沢高校

花巻北高校

【山形県】

山形東高校

酒田東高校

【宮城県】

古川高校

角田高校

白石高校

石巻高校

【栃木県】

栃木高校

足利高校

佐野女子高校

栃木女子高校

佐野高校

大田原高校

茂木高校

真岡高校

烏山高校

【群馬県】

桐生高校

沼田高校

渋川高校

富岡高校

前橋女子高校

【茨城県】

竜ヶ崎第一高校

下妻第一高校

日立第一高校

【千葉県】

成東高校

匝瑳高校

木更津高校

安房高校

銚子高校

麗澤高校

市川高校

大学検定合格者

【埼玉県】

春日部高校

川越高校

不動丘高校

川越工業高校

【東京都】

富士高校

都立武蔵高校

成城高校

明正高校

広尾高校

北高校

駒場高校

三田高校

田園調布高校

暁星高校

武蔵丘高校

学習院女子高校

忍岡高校

城南高校

石神井高校

桜蔭高校

大崎高校

鷺宮高校

北野高校

隅田川高校

明星高校

東京大学教育学部附属高校

千歳高校

京華高校

北豊島高校

江北高校

自由学園高等科

桜町高校

法政大学第一高校

松原高校

国立高校

小松川高校

玉川高校

杉並高校

学習院高等科

千歳丘高校

【神奈川県】

関東学院六浦高校

浅野高校

鶴見高校

桜丘高校

金沢高校

横浜平沼高校

厚木高校

慶應義塾高校

横浜緑ケ丘高校

戸塚高校

フェリス女学院高校

神奈川商工高校

多摩高校

【新潟県】

柏崎高校

三条高校

佐渡高校

村上高校

新津高校

巻高校

六日市高校

【山梨県】

甲府高校

日川高校

石和高校

吉田高校

【長野県】

諏訪清陵高校

伊那北高校

【静岡県】

清水東高校

韮山高校

磐田南高校

榛原高校

掛川西高校

富士高校

浜松工業高校

【富山県】

桜井高校

砺波高校

新湊高校

魚津高校

【石川県】

輪島高校

小松高校

泉丘高校

大聖寺高校

津幡高校

七尾高校

【岐阜県】

大垣北高校

大垣南高校

【愛知県】

国府高校

半田高校

瀬戸高校

刈谷高校

一宮高校

滝高校

【福井県】

若狭高校

武生高校

【滋賀県】

彦根東高校

虎姫高校

膳所高校

【京都府】

日吉ヶ丘高校

洛星高校

洛北高校

洛西高校

同志社高校

鴨沂高校

綾部高校

朱雀高校

堀川高校

【大阪府】

大阪学芸大学附属高校池田校舎

三国丘高校

高槻高校

生野高校

寝屋川高校

富田林高校

大阪学芸大学附属高校天王寺校舎

市岡高校

八尾高校

【三重県】

四日市高校

伊勢高校

上野高校

【和歌山県】

桐蔭高校

星林高校

新宮高校

海南高校

田辺高校

橋本高校

南部高校

【奈良県】

奈良高校

天理高校

【兵庫県】

長田高校

姫路西高校

西宮高校

篠山鳳鳴高校

龍野高校

兵庫高校

小野高校

赤穂高校

三木高校

明石高校

尼崎高校

甲陽学院高校

【岡山県】

総社高校

高梁高校

倉敷青陵高校

津山高校

金光学園高校

児島高校

倉敷天城高校

岡山工業高校

【鳥取県】

倉吉東高校

鳥取東高校

米子東高校

【島根県】

益田高校

平田高校

松江南高校

【広島県】

呉宮原高校

呉三津田高校

尾道北高校

大柿高校

因島高校

広高校

広島学院高校

忠海高校

国泰寺高校

【山口県】

下松高校

山口高校

防府高校

豊北高校

豊浦高校

萩高校

柳井高校

大津高校

熊毛南高校

【香川県】

観音寺第一高校

三本松高校

坂出高校

善通寺第一高校

【愛媛県】

新居浜西高校

松山東高校

松山南高校

今治北高校

松山北高校

【高知県】

高知学芸高校

高知高校

【福岡県】

嘉穂高校

福岡高校

豊津高校

宗像高校

門司高校

伝習館高校

【佐賀県】

鹿島高校

武雄高校

伊万里高校

【長崎県】

大村高校

島原高校

佐世保北高校

佐世保南高校

諫早高校

長崎高校

長崎南高校

【大分県】

中津北高校

鶴崎高校

佐伯鶴城高校

中津南高校

鶴見丘高校

津久見高校

【宮崎県】

延岡高校

妻高校

真鍋高校

【熊本県】

天草高校

熊本マリスト学園高校

人吉高校

済々黌高校

【鹿児島県】

玉龍高校

加治木高校

【アメリカ】

キンガム高校

ワバッシュ高校

合格者総数:2827名(うち女子92名)

京都大学

天王寺高校・・・98名

大手前高校・・・76名

洛星高校・・・66名

北野高校・・・55名

神戸高校・・・55名

灘高校・・・53名

旭丘高校・・・51名

甲陽学院高校・・・51名

膳所高校・・・48名

高津高校・・・45名

姫路西高校・・・40名

住吉高校・・・37名

豊中高校・・・35名

鴨沂高校・・・34名

紫野高校・・・33名

茨木高校・・・27名

朝日高校・・・27名

岐阜高校・・・25名

高松高校・・・23名

堀川高校・・・22名

三国丘高校・・・22名

藤島高校・・・21名

嵯峨野高校・・・21名

桃山高校・・・21名

操山高校・・・21名

小倉高校・・・21名

朱雀高校・・・20名

東海高校・・・19名

静岡高校・・・18名

修猷館高校・・・18名

合格者15名~17名

金沢大学附属高校

修道高校

彦根東高校

六甲高校

桂高校

山城高校

市岡高校

長田高校

城南高校

熊本高校

合格者:14名~12名

広島学院高校

広島大学附属福山高校

丸亀高校

土佐高校

津高校

広島大学附属高校

松本深志高校

淳心学院高校

桐蔭高校

合格者:11名~10名

高岡高校

明和高校

奈良女子大学文学部附属高校

愛光学園高校

洛東高校

大阪学芸大学附属高校

合格者総数:2,310名

北海道大学

札幌南高校・・・126名

札幌西高校・・・113名

札幌北高校・・・107名

札幌旭丘高校・・・83名

小樽潮陵高校・・・79名

札幌東高校・・・49名

小樽桜陽高校・・・48名

旭川東高校・・・34名

旭川北高校・・・31名

函館中央高校・・・27名

北海道ラ・サール高校・・・26名

旭川西高校・・・26名

帯広三条高校・・・25名

岩見沢東高校・・・25名

江別高校・・・24名

帯広柏葉高校・・・24名

月寒高校・・・20名

岩見沢西高校・・・19名

滝川高校・・・19名

苫小牧東高校・・・17名

深川西高校・・・15名

函館西高校・・・15名

室蘭栄高校・・・14名

室蘭清水ヶ丘高校・・・14名

小樽千秋高校・・・14名

小樽緑陵高校・・・14名

函館東高校・・・13名

釧路湖陵高校・・・13名

合格者:12名~10名

北見柏陽高校

藤女子高校

留萌高校

芦別高校

合格者総数 1,880名

東北大学

仙台第一高校・・・166名

仙台第二高校・・・73名

山形東高校・・・48名

宮城第一女子高校・・・38名

盛岡第一高校・・・36名

秋田高校・・・31名

福島高校・・・30名

宇都宮高校・・・29名

水戸第一高校・・・29名

長野高校・・・29名

沼津東高校・・・27名

富山中部高校・・・26名

松本深志高校・・・25名

土浦第一高校・・・25名

八戸高校・・・24名

石巻高校・・・23名

静岡高校・・・23名

安積高校・・・22名

磐城高校・・・21名

古川高校・・・21名

合格者19名~15名

会津高校

東北学院高校

青森高校

高岡高校

大田原高校

前橋高校

熊谷高校

合格者14名~10名

甲府第一高校

浜松北高校

新潟高校

上田高校

栃木高校

北海道ラ・サール高校

弘前高校

酒田東高校

大館鳳鳴高校

鶴岡南高校

栄光学園高校

飯田高校

湘南高校

長岡高校

諏訪清陵高校

白石高校

合格者総数 1,867名

名古屋大学

旭丘高校・・・160名

明和高校・・・160名

東海高校・・・100名

岐阜高校・・・96名

時習館高校・・・68名

瑞陵高校・・・62名

刈谷高校・・・49名

岡崎高校・・・40名

大垣北高校・・・38名

一宮高校・・・38名

向陽高校・・・31名

四日市高校・・・26名

半田高校・・・25名

津高校・・・23名

桜台高校・・・23名

名古屋西高校・・・21名

横須賀高校・・・20名

合格者13名~10名

西尾高校

南山高校

熱田高校

岐阜北高校

滝高校

豊橋東高校

合格者総数:1346名

大阪大学

住吉高校・・・82名

大手前高校・・・78名

天王寺高校・・・75名

北野高校・・・70名

神戸高校・・・68名

豊中高校・・・55名

高津高校・・・50名

茨木高校・・・37名

甲陽学院高校・・・30名

灘高校・・・30名

大阪学芸大学附属高校・・・29名

奈良高校・・・28名

八尾高校・・・23名

高松高校・・・23名

畝傍高校・・・23名

三国丘高校・・・22名

兵庫高校・・・22名

池田高校・・・21名

市岡高校・・・19名

桐蔭高校・・・18名

藤島高校・・・17名

長田高校・・・16名

城南高校・・・15名

六甲高校・・・14名

合格者:13名・12名

新居浜西高校

東淀川高校

丸亀高校

修道高校

合格者:11名~7名

加古川東高校

淳心学院高校

今治西高校

愛光高校

今宮高校

土佐高校

県立西宮高校

伊勢高校

桃山高校

静岡高校

尼崎北高校

県立芦屋高校

広島大学附属福山高校

合格者総数:1,675名

九州大学

修猷館高校・・・183名

福岡高校・・・159名

大分舞鶴高校・・・54名

小倉高校・・・54名

明善高校・・・51名

上野丘高校・・・49名

鶴丸高校・・・46名

佐賀高校・・・43名

久留米大学附設高校・・・36名

宮崎大宮高校・・・30名

八幡高校・・・28名

筑紫丘高校・・・27名

甲南高校・・・27名

熊本高校・・・26名

別府鶴見丘高校・・・26名

東筑高校・・・24名

佐世保北高校・・・22名

門司高校・・・22名

若松高校・・・22名

宇部高校・・・21名

戸畑高校・・・21名

合格者:20名~15名

長崎東高校

嘉穂高校

長崎西高校

豊津高校

京都高校

玉龍高校

鹿児島ラ・サール高校

山口高校

徳山高校

下関西高校

済々黌高校

長崎南高校

田川高校

唐津東高校

合格者:14名~10名

伝習館高校

延岡高校

八幡中央高校

鞍手高校

武雄高校

三池高校

山門高校

大牟田北高校

加治木高校

築上中部高校

杵築高校

中津北高校

島原高校

山田高校

西南学院高校

福岡中央高校

宗像高校

合格者総数:1,768名

参考・引用元

『婦人倶楽部』(講談社 1965年6月)

昔の大学偏差値&学費

1962年【昭和37年】東京大学・一橋大学・東京工業大学・お茶の水女子大学・東京教育大学・早稲田大学・慶應義塾大学・東京女子大学合格・進学者高校別一覧表まとめ

1962年(昭和37年)4月 首都圏著名大学進学者を高校別にまとめたデータをご紹介します

はる坊です。

今回は、1962年(昭和37年)4月 首都圏著名大学進学者を高校別にまとめたデータをご紹介します。

現役生で、1943年(昭和18年)4月2日~1944年(昭和19年)4月1日生まれの方ですね。

現在、75歳~76歳。
〝後期高齢者〟の仲間入りを果たされてどう思われているのでしょうか。

過去何十年にも遡って東大合格者をまとめているところは多いですが、それ以外の大学進学者の出身高校のデータは、少し珍しいのではないかと思います。

東京都立高校の〝学校群制度〟導入前になりますので、私立高校より旧制中学校・旧制高等女学校(ナンバースクール)の流れを引く都立高校の強かったことがハッキリとわかります。

それでは見ていきましょう。

東京大学

日比谷高校・・・184名

西高校・・・121名

戸山高校・・・105名

新宿高校・・・92名

小石川高校・・・73名

麻布高校・・・72名

開成高校・・・67名

東京教育大学附属高校・・・60名

両国高校・・・58名

一橋大学

立川高校・・・20名

西高校・・・18名

小山台高校・・・11名

開成高校・・・9名

新宿高校・・・8名

上野高校・・・8名

桐朋高校・・・8名

両国高校・・・7名

豊多摩高校・・・7名

東京工業大学

小山台高校・・・38名

新宿高校・・・18名

立川高校・・・17名

開成高校・・・16名

上野高校・・・14名

両国高校・・・12名

麻布高校・・・11名

北園高校・・・11名

戸山高校・・・10名

小石川高校・・・10名

お茶の水女子大学

お茶の水女子大学附属高校・・・23名

女子学院高校・・・14名

駒場高校・・・9名

西高校・・・7名

三田高校・・・7名

東京学芸大学附属高校・・・6名

白鴎高校・・・6名

東京教育大学附属高校・・・5名

富士高校・・・5名

新宿高校・・・4名

竹早高校・・・3名

日比谷高校・・・3名

大泉高校・・・3名

東京教育大学

立川高校・・・15名

大泉高校・・・14名

小石川高校・・・12名

北園高校・・・12名

西高校・・・11名

両国高校・・・11名

豊多摩高校・・・10名

東京教育大学附属駒場高校・・・10名

千歳高校・・・9名

上野高校・・・9名

白鴎高校・・・8名

早稲田大学

早稲田大学高等学院・・・511名

小石川高校・・・79名

新宿高校・・・77名

立川高校・・・62名

戸山高校・・・56名

両国高校・・・54名

大泉高校・・・53名

西高校・・・53名

成城高校・・・51名

早稲田高校・・・50名

開成高校・・・50名

上野高校・・・49名

青山高校・・・48名

慶應義塾大学

慶應義塾高校・・・960名

慶應義塾志木高校・・・199名

慶應義塾女子高校・・・127名

麻布高校・・・103名

日比谷高校・・・82名

開成高校・・・74名

新宿高校・・・66名

西高校・・・63名

東京教育大学附属高校・・・53名

戸山高校・・・52名

小山台高校・・・52名

小石川高校・・・47名

東京女子大学

駒場高校・・・18名

女子学院高校・・・10名

富士高校・・・10名

西高校・・・9名

雙葉高校・・・8名

お茶の水女子大学附属高校・・・7名

桜蔭高校・・・6名

白鴎高校・・・5名

新宿高校・・・5名

三田高校・・・5名

日比谷高校・・・4名

戸山高校・・・4名

参考文献

『都立高校のすべてがわかる本』(山崎謙著 山下出版)

昔の大学偏差値&学費

1968年【昭和43年】主要国公立・私立大学入試難易度 偏差値代わりの難易度別18分類一覧表まとめ

1968年(昭和43年)大学入試難易度 偏差値に代わりに18分類一覧表をまとめました

はる坊です。

これまで、大昔の大学入試偏差値について、1972年(昭和47年)と1976年(昭和51年)の大学偏差値一覧表を掲載しました。
(各年のリンクを一番下に設けております)

今回ご紹介するのは、1968年(昭和43年)入試の大学難易度です。
残念ながら、偏差値ではなく18分類で難易度が示されています。

難易度は、1上位~6下位まで18段階です。

ニュースソースは、新宿高等予備校・駿台高等予備校・一橋学院・武蔵高等予備校・代々木ゼミナール・早稲田ゼミナール・早稲田予備校・大阪アベノYMCA学院大学予備校・近畿予備校などのデータから抽出されたものです。

当時の受験生は、現役生で1949年(昭和24年)~1950年(昭和25年)生まれの方になります。
現在は69~70歳。

ギリギリで『団塊の世代』に掛かっています。

ちょっと、頭の片隅に入れておきたいデータ

この年の18歳人口は236万人(出典:18歳人口と高等教育機関への進学率等の推移 – 文部科学省)

このうち大学進学率は19.2%。
現役生・浪人生を併せて、大学受験に臨んだのは83万人といわれています。

お金のほうに目を移しますと、国立大学の年間授業料は12,000円
対する私立大学の年間授業料は、平均ですが文系で74,100円、理系で99,800円
随分と差があります。(出典:年次統計)

国公立大学の難易度が私立大学に比べて格段に高い理由は頷けます。
国公立大学が絶対的に優位な時代だったことが読み取れます。

私立大学の動きとしては、早稲田大学・慶應義塾大学に次いで上智大学が人気を集め、学生運動が華やかな頃であった為、学生運動にあまり関わりの少なかった成蹊大学や武蔵大学といったごぢんまりとした大学が見直された時期でもあるようです。

また、関西では学費の安さを武器に立命館大学の人気が上がってきた頃でもあります。

1968年の社会で身近な出来事としては、

・日清食品が『出前一丁』を、大塚食品が『ボンカレー』を、明治製菓『カール』をサンヨー食品が『サッポロ一番 みそラーメン』をそれぞれ発売開始。

・『ビッグコミック』『週刊少年ジャンプ』創刊。

・トヨタ自動車がコロナマークIIを発売開始。

・いすゞ自動車が117クーペを発売開始。

・川端康成がノーベル文学賞を受賞。

・東京都府中市で、迷宮入りとなった三億円強奪事件が発生。
・和田アキ子デビュー。

という年でした。

それでは、1968年の大学難易度ランキング表をご覧ください。

1968年(昭和43年)入試 国公立文科系大学難易度ランク一覧表

国公立大学文科系難易度 1上位ランク

東京大学文科一類 

東京大学文科二類 

国公立文科系難易度 1中位・下位ランクとも該当なし

国公立大学文科系難易度 2上位ランク

東京大学文科三類

一橋大学商学部

一橋大学大学経済学部

一橋大学法学部

お茶の水女子大学文教育学部

京都大学法学部

京都大学経済学部

国公立大学文科系難易度 2中位ランク

東京外国語大学外国語学部

大阪大学法学部

大阪大学経済学部

国公立大学文科系難易度 2下位ランク

東北大学法学部

東北大学経済学部

一橋大学社会学部

お茶の水女子大学家政学部

京都大学文学部

九州大学法学部

九州大学経済学部

国公立大学文科系難易度 3上位ランク

北海道大学文類

東京教育大学教育学部

横浜国立大学経済学部

横浜国立大学経営学部

名古屋大学経済学部

大阪外国語大学外国語学部

神戸大学経済学部

国公立大学文科系難易度 3中位ランク

千葉大学文理学部

東京教育大学文学部

東京都立大学人文学部一部

東京都立大学法学部一部

東京都立大学経済学部一部

横浜市立大学商学部

横浜市立大学文理学部

神戸大学経営学部

国公立大学文科系難易度 3下位ランク

小樽商科大学商学部

埼玉大学経済学部

神戸大学法学部

国公立大学文科系難易度 4上位ランク

滋賀大学経済学部

神戸商科大学商経学部

国公立大学文科系難易度 4中位ランク

大阪市立大学経済学部一部

国公立大学文科系難易度 4下位ランク

大阪市立大学法学部一部

1968年(昭和43年)入試 国公立理工科系大学難易度ランク一覧表

国公立大学理工科系難易度 1上位ランク

東京大学理科一類

東京大学理科二類

東京大学理科三類

国公立大学理工科系難易度 1中位ランク

京都大学医学部

国公立大学難易度 1下位ランク

京都大学工学部

国公立大学理工科系難易度 2上位ランク

東北大学医学部医学科

東京医科歯科大学医学部

東京工業大学工学部

東京工業大学理学部

京都大学理学部

大阪大学医学部

国公立大学理工科系難易度 2中位ランク

北海道大学医学部進学課程

東北大学工学部

千葉大学医学部

千葉大学工学部

お茶の水女子大学理学部

大阪大学理学部

九州大学医学部

国公立大学理工科系難易度 2下位ランク

北海道大学理類

東京教育大学理学部

横浜市立大学医学部

新潟大学医学部進学課程

京都大学農学部

岡山大学医学部進学課程

九州大学工学部

国公立大学理工科系難易度 3上位ランク

群馬大学医学部進学課程

東京都立大学理学部一部

東京都立大学工学部一部

横浜国立大学工学部

金沢大学医学部進学課程

名古屋大学工学部

大阪大学基礎工学部

大阪大学工学部

広島大学医学部進学課程

国公立大学理工科系難易度 3中位ランク

埼玉大学理工学部

電気通信大学電気通信学部

東京農工大学工学部

京都工芸繊維大学工芸学部

国公立大学理工科系難易度 3下位ランク

東京医科歯科大学歯学部

新潟大学工学部

金沢大学工学部

奈良女子大学理学部

広島大学工学部

国公立大学理工科系難易度 4上位ランク

茨城大学工学部

群馬大学工学部

東京農工大学農学部

1968年(昭和43年)私立大学文科系難易度 ランク一覧表

※3上位ランクからスタートです。

私立大学文科系難易度 3上位ランク

慶應義塾大学経済学部

早稲田大学政治経済学部

3中位ランクに該当する大学はありません

私立大学文科系難易度 3下位ランク

上智大学外国語学部

国際基督教大学(ICU)教養学部

津田塾大学学芸学部

私立大学文科系難易度 4上位ランクに該当する大学はありません

私立大学難易度 4中位ランク

慶應義塾大学法学部

早稲田大学法学部

早稲田大学商学部

私立大学文科系難易度 4下位ランク

慶應義塾大学文学部

慶應義塾大学商学部

上智大学外国語学部

早稲田大学第一文学部

東京女子大学文理学部

同志社大学法学部

同志社大学経済学部

関西学院大学経済学部

私立大学文科系難易度 5上位ランク

上智大学経済学部

中央大学法学部

早稲田大学教育学部

同志社大学文学部

同志社大学商学部

関西学院大学法学部

私立大学文科系難易度 5中位ランク

上智大学法学部

明治大学商学部

立教大学経済学部

立命館大学法学部

関西学院大学文学部

関西学院大学社会学部

関西学院大学経済学部

私立大学文科系難易度 5下位ランク

青山学院大学文学部

青山学院大学経済学部

青山学院大学法学部

学習院大学経済学部

中央大学商学部

法政大学経済学部

明治大学政治経済学部

私立大学文科系難易度 6上位ランク

青山学院大学経営学部

学習院大学法学部

学習院大学文学部

中央大学経済学部

明治大学法学部

立教大学文学部

武蔵大学経済学部

日本女子大学文学部

日本女子大学家政学部

私立大学文科系難易度 6中位ランク

成蹊大学政治経済学部

立教大学社会学部

立教大学法学部

1968年(昭和43年)私立大学理工科系難易度 ランク一覧表

※2上位ランクからのスタートです。

私立大学理工科系難易度 2上位ランク

慶應義塾大学医学部

私立大学理工科系難易度 2中位ランク

早稲田大学理工学部

私立大学理工科系難易度 2下位ランク

該当大学なし

私立大学理工科系難易度 3上位ランク

慶應義塾大学工学部

私立大学理工科系難易度 4上位ランク

東京医科大学医学部進学課程

日本医科大学医学部

同志社大学工学部

関西学院大学理学部

私立大学理工科系難易度 4中位ランク

上智大学理工学部

東京女子医科大学医学部進学課程

東京歯科大学歯学部進学課程

私立大学理工科系難易度 4下位ランク

立命館大学理工学部

私立大学理工科系難易度 5上位ランク

該当大学なし

私立大学理工科系難易度 5中位ランク

成蹊大学工学部

中央大学理工学部

日本大学理工学部

私立大学理工科系難易度 5下位ランク

青山学院大学理工学部

明治大学工学部

1970年代の話

1976年【昭和51年】私立大学偏差値一覧表

1976年度の私立大学入試の偏差値(難易度)をご紹介します

はる坊です。
以前に1972年度の大学偏差値をご紹介しました。

今回はその4年後、1976年度の私立大学入試の偏差値をご紹介します。
データは1975年11月に行われた代々木ゼミナールの公開模試に基づいたものです。

1976年度大学入試私立大学偏差値表

滑り止めに合格しても素直に喜べなかった入学金制度

今回ご紹介する偏差値表では、

○○大学○○学部・・・偏差値○○

という形ではなく、合格可能圏偏差値として、○○~○○という数値が並びます。

これには理由があります。

1975年以前では、私立大学は合格発表後から一週間前後には入学手続きをとり、入学金・授業料・施設料などをまとめて徴収して、その後、別の私立大学や国公立大学の入試に合格しても、一度支払われた入学費用は、一切返還されないという形がとられていました。

国公立大学を狙う受験生の場合、浪人覚悟の場合や「国公立1本で大丈夫。必ず合格する」という自信満々の受験生はともかく、大半の受験生は、私大を滑り止めとして受けて、うち一校に、入学金・授業料・施設料などの入学時納入金額を収めた上で、第一志望を受験していました。

そして第一志望の国公立に合格しても、前もって滑り止めに支払った入学時納入金は一切返還されないのが決まりでした。

私立大学専願の受験生でも、第一志望の受験日が遅い時期であれば、早い時期に合格した滑り止めに入学金等を支払わなければなりませんでした。

その額、私立文系で20万円~35万円。

年次統計によると大卒初任給89,300円だった時代です。
これは受験生を抱える家庭にとっては、大きな負担だと考えられていました。

この状況に対して、受験生やその父兄からは、「私立大のタダ取り」ではないかという指摘が数多くあり、この年からは大半の私立大学において、入学申込金(入学金)や〝登録料〟と呼ばれる費用を合格後に納めれば、一定期間(国公立大学の入試合否判明まで等)、費用の延納を認めたり、一旦、入学時納入金は納めるものの、あとで手続きをすれば、入学金以外は受験生側に返金するというシステムがつくられました。

その為、この年からは私立大学の併願数が増加するのでは?

という予測がされたのですが、実際に、併願数が増加するかはこの時点ではわからず、

偏差値○○~○○が、○○大学○○学部の合格可能圏偏差値

と発表されたのでした。

それでは、発表された大学の難易度を見ていきましょう。

1976年(昭和51年)大学合格可能偏差値

岩手医科大学
医学部・・・・・55~57
歯学部・・・・・51~57

早稲田大学
政治経済学部・・・・・・58~63
法学部・・・・・・・・・58~60
商学部・・・・・・・・・58~60
第一文学部・・・・・・・58~60
教育学部・・・・・・・・55~60
理工学部(建築)・・・・58~63
理工学部(その他)・・・58~60

慶應義塾大学
法学部・・・・・・・・・55~60
経済学部・・・・・・・・55~60
文学部・・・・・・・・・58~60
商学部・・・・・・・・・55~60
工学部・・・・・・・・・58~60
医学部・・・・・・・・・64~67

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明治大学
法学部・・・・・・・・・55~57
商学部・・・・・・・・・55~57
政治経済学部(政治)・・51~57
政治経済学部(経済)・・51~57
経営学部・・・・・・・・51~57
工学部(建築)・・・・・55~60
工学部(その他)・・・・55~57
文学部・・・・・・・・・55~57
農学部・・・・・・・・・40~50

立教大学
経済学部・・・・・・・・55~60
法学部・・・・・・・・・55~60
文学部Ⅰ・・・・・・・・58~60
文学部Ⅱ・・・・・・・・55~60
理学部・・・・・・・・・51~60
社会学部・・・・・・・・51~57
※文学部Ⅰ・Ⅱは専攻によって分けられていたものと思われる。

法政大学
工学部・・・・・・・・・48~54
法学部・・・・・・・・・51~54
経済学部・・・・・・・・51~57
経営学部・・・・・・・・48~54
社会学部・・・・・・・・51~54
文学部・・・・・・・・・51~54

中央大学
法学部(法律)・・・・・58~60
法学部(政治)・・・・・55~60
経済学部・・・・・・・・51~57
商学部・・・・・・・・・51~57
理工学部・・・・・・・・55~60
文学部・・・・・・・・・51~57

上智大学
外国語学部・・・・・・・58~63
文学部Ⅰ(文学)・・・・58~60
文学部Ⅱ(その他)・・・58~60
理工学部Ⅰ・・・・・・・55~60
理工学部Ⅱ・・・・・・・58~60
経済学部・・・・・・・・55~60
法学部・・・・・・・・・55~60
※理工学部Ⅰ・Ⅱは専攻によって分けられていたものと思われる。

津田塾大学
学芸学部(国際)・・・・・58~60
学芸学部(英文)・・・・・58~60
学芸学部(数学)・・・・・58~60

青山学院大学
文学部(英文)・・・・・・58~60
文学部(仏文)・・・・・・55~60
文学部(史学)・・・・・・55~60
文学部(教育)・・・・・・55~57
文学部(日本文学)・・・・55~60
経済学部・・・・・・・・・51~57
経営学部・・・・・・・・・48~54
法学部・・・・・・・・・・51~57
理工学部・・・・・・・・・48~54

学習院大学
法学部・・・・・・・・・・55~57
経済学部・・・・・・・・・51~57
文学部・・・・・・・・・・55~60
理学部(化学)・・・・・・51~57
理学部(その他)・・・・・55~60

国際基督教大学
教養学部・・・・・・・・・58~60

自治医科大学
医学部・・・・・・・・・・61~67

東京医科大学
医学部・・・・・・・・・・55~60

東京歯科大学
歯学部・・・・・・・・・・55~60

東京薬科大学
薬学部・・・・・・・・・・55~60

日本医科大学
医学部・・・・・・・・・・61~63

日本歯科大学
歯学部・・・・・・・・・・55~60

昭和大学
医学部・・・・・・・・・・51~57
歯学部・・・・・・・・・・51~54

順天堂大学
医学部・・・・・・・・・・55~60

東京女子医科大学
医学部・・・・・・・・・・55~60

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東京理科大学
理学部(数学)・・・・・・55~60
理学部(応用化学)・・・・55~60
理学部(物理)・・・・・・55~60
理学部(応用数学)・・・・55~60
理学部(化学)・・・・・・55~60
理学部(応用物理)・・・・55~60
工学部(建築)・・・・・・58~60
工学部(工業化学)・・・・55~60
工学部(経営工学)・・・・55~60
工学部(電気工学)・・・・55~60
工学部(機械工学)・・・・55~60
薬学部・・・・・・・・・・55~60
理工学部(数学)・・・・・51~57
理工学部(建築)・・・・・55~57
理工学部(電気工学)・・・51~57
理工学部(土木)・・・・・55~57
理工学部(物理)・・・・・51~57
理工学部(機械工学)・・・51~57
理工学部(経営工学)・・・51~57

芝浦工業大学
工学部(機械工学)・・・・48~54
工学部(通信工学)・・・・48~54
工学部(建築)・・・・・ 55~57
工学部(工業経営)・・・・48~54
工学部(工業化学)・・・・48~54
工学部(機械工学)・・・・48~54
工学部(土木)・・・・・・55~57
工学部(電子工学)・・・・48~54
工学部(金属工学)・・・・48~54
工学部(建築工学)・・・・48~54
工学部(電気工学)・・・・48~54

武蔵工業大学(現・東京都市大学)
工学部(電子通信)・・・・・55~57
工学部(経営工学)・・・・・51~57
工学部(電気工学)・・・・・55~57
工学部(土木工学)・・・・・55~60
工学部(機械工学)・・・・・51~57
工学部(建築)・・・・・・・55~60

成城大学
経済学部・・・・・・・・・・51~57
文芸学部・・・・・・・・・・51~57

成蹊大学
経済学部・・・・・・・・・・48~54
工学部・・・・・・・・・・・48~54
文学部・・・・・・・・・・・51~57
法学部・・・・・・・・・・・48~54

明治学院大学
文学部(英文)・・・・・・・51~57
文学部(その他)・・・・・・51~57
経済学部(商)・・・・・・・48~54
経済学部(経済)・・・・・・48~54
社会学部(社会福祉)・・・・51~54
社会学部(社会)・・・・・・51~54
法学部・・・・・・・・・・・51~54

日本女子大学
家政学部・・・・・・・・・・48~54
文学部・・・・・・・・・・・55~57

東京女子大学
文理学部・・・・・・・・・・58~60

共立女子大学
文芸学部・・・・・ ・・・・48~54
家政学部・・・・・・・・・・45~50

大妻女子大学
家政学部・・・・・・・・・・45~50
文学部・・・・・・・・・・・48~54

日本大学
法学部(法律)・・・・・・・45~50
法学部(政治経済)・・・・・45~50
法学部(新聞)・・・・・・・45~50
文理学部(理)・・・・・・・45~50
文理学部(文学)・・・・・・48~54
文理学部(社会・教育)・・・48~54
経済学部(経済)・・・・・・45~50
経済学部(産業経営)・・・・45~50
商学部(会計)・・・・・・・45~50
商学部(経営)・・・・・・・45~50
商学部(商業)・・・・・・・45~50
理工学部(物理)・・・・・・55~57
理工学部(数学)・・・・・・55~57
理工学部(建築)・・・・・・55~57
理工学部(土木)・・・・・・55~57
理工学部(その他)・・・・・48~54
生産工学部 ・・・・・・・・45~50
工学部・・・・・・・・・・・40~47
医学部・・・・・・・・・・・51~57
歯学部・・・・・・・・・・・51~57

東海大学
医学部・・・・・・・・・・・51~57

専修大学
経済学部・・・・・・・・・・・45~50
法学部・・・・・・・・・・・・48~54
経営学部・・・・・・・・・・・45~50
商学部・・・・・・・・・・・・45~50
文学部・・・・・・・・・・・・48~54

東洋大学
法学部・・・・・・・・・・・・45~50
経済学部・・・・・・・・・・・45~50
経営学部・・・・・・・・・・・45~50
文学部・・・・・・・・・・・・48~54
工学部・・・・・・・・・・・・48~50

東京電機大学
工学部・・・・・・・・・・・・48~54

神奈川大学
法学部・・・・・・・・・・・・45~50
外国語学部・・・・・・・・・・51~54
経済学部・・・・・・・・・・・45~50
工学部・・・・・・・・・・・・48~54

同志社大学
神学部・・・・・・・・・・・51~57
文学部・・・・・・・・・・・55~60
法学部・・・・・・・・・・・55~60
経済学部・・・・・・・・・・55~57
商学部・・・・・・・・・・・51~57
工学部・・・・・・・・・・・55~60

立命館大学
法学部・・・・・・・・・・・51~57
経済学部・・・・・・・・・・51~57
経営学部・・・・・・・・・・51~57
産業社会学部・・・・・・・・51~57
理工学部・・・・・・・・・・48~54
文学部・・・・・・・・・・・55~60

大阪医科大学
医学部・・・・・・・・・・・51~57

大阪薬科大学
薬学部・・・・・・・・・・・55~57

関西大学
法学部・・・・・・・・・・・51~57
文学部・・・・・・・・・・・48~54
経済学部・・・・・・・・・・48~54
商学部・・・・・・・・・・・48~54
社会学部・・・・・・・・・・48~54
工学部(電気・電子)・・・・48~50
工学部(その他)・・・・・・48~54

関西学院大学
文学部・・・・・・・・・・・55~60
社会学部・・・・・・・・・・51~57
法学部・・・・・・・・・・・55~57
経済学部・・・・・・・・・・55~57
商学部・・・・・・・・・・・51~57
神学部・・・・・・・・・・・51~57
理学部・・・・・・・・・・・55~57

1972年(昭和47年)の国公立・私立大学入試偏差値(難易度)はこちらから

1972年(昭和47年)の大学入試偏差値(難易度)を調べてみました。

全国の国公立・私立大学 国公立・私立高等学校(高専) 受験中学校の偏差値をまとめたページはこちらです。

⇒『はる坊の雑記』偏差値関連記事 整理ページです。

1970年代の話

1972年【昭和47年】の大学入試偏差値・難易度を調べてみました。

40年前や50年前の大学受験って、難易度とか偏差値ってどうだったんだろう?

1970年や1975年頃の大学って、今よりも難しかったのか?

はる坊です。
私が大学受験を経験したのも遙か昔のことになってしまいました。
ふと、「大昔の大学受験はどうだったのだろう?」という疑問が湧いてきて、調べてみました。

手に入ったのは、1972年(昭和47年)の大学入試難易度(偏差値)表です。

当時の受験生は、現役生で1953年(昭和28年)~1954年(昭和29年)生まれの方になります。現在は64~65歳、仕事の第一線からリタイアされた方、企業の役員を務められている方、専門職でバリバリ働きながら後進に指導をおこなっておられる方、いろいろな方がおられると思います。

ちなみに大学卒業時には、オイルショックに見舞われて、例年より就職に苦労した経験を持たれている世代でもあります。

民間企業への就職が狭き門となった為に、国家公務員中級職(国家公務員Ⅱ種を経て、現在の国家公務員一般職)や地方公務員に本格的に目を向けて、入庁、入職した最初の世代でもあります。(地方の役場では、それまで大卒が仕事をしていることは珍しかったところもあります)

私が大学受験に臨む頃や社会へ出てから、何かの拍子で「××大なんて、名前を書けば誰でも入れた」とか「○○大は難しかった」という話を、ホンネか冗談か真に受けることもなく聞いたことがありますが、今回のデータで「なるほどなあ」と思うものもありました。
世間の評価は時代によって移り変わっていくものですね。
もっとも、東大・京大と国公立医学部が最難関であることは変わりませんが。

【モンスター企業】キーエンスと創業者・滝崎武光氏のまとめ

社員の最高平均年収2,110万円!資産約2兆8420億円 キーエンス創業者・滝崎武光氏はどこまでもミステリアス①

はる坊です。

今回は、フォーブス誌の2020年日本人長者番付で、2019年に引き続き第3位にランクインしているキーエンス創業者で同社名誉会長・滝崎武光氏に迫っていきたいと思います。

キーエンス創業者で同社名誉会長・滝崎武光氏の総資産は何と2兆1190億円!

米フォーブス誌によると、滝崎氏の資産は滝崎武光氏個人、そして、妻の滝崎美弥子氏が代表取締役を務める滝崎氏の資産管理会社・株式会社ティ・ティが保有するキーエンス株で2兆1190億円に上ります。

2017年では1兆3880億円でしたから、3年間で50%以上も資産を増やしたことになります。

ちなみに、日本人長者番付のトップ2は、ユニクロを率いるファーストリテイリングの柳井正会長兼社長。ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長の順です。

滝崎氏を挟んでサントリーホールディングスの佐治信忠会長やユニチャームの高原豪久会長など、日本人の日常生活に欠かせないモノを手掛ける企業のトップが名を連ねています。

2020 米フォーブス誌 日本長者番付ベスト10

1位・・・柳井正(ファーストリテイリング 会長兼社長)資産額2兆3870億円 最終学歴:早稲田大学政治経済学部経済学科卒業

2位・・・孫正義(ソフトバンクグループ 会長兼社長)資産額2兆1940億円 最終学歴:カリフォルニア大学バークレー校経済学部卒業

3位・・・滝崎武光(キーエンス 名誉会長)資産額2兆1190億円 最終学歴:兵庫県立尼崎工業高校電子科卒業

4位・・・佐治信忠(サントリーホールディングス 会長)資産額1兆60億円 最終学歴:慶應義塾大学経済学部卒業 カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)経営大学院修了

5位・・・高原豪久(ユニ・チャーム 会長)資産額6320億円 最終学歴:成城大学経済学部卒業

6位・・・三木谷浩史(楽天 会長兼社長)資産額5780億円 最終学歴:一橋大学経済学部卒業 ハーバード大学経営大学院修了

7位・・・重田康光(光通信 会長) 資産額5030億円 最終学歴:巣鴨高校卒業 日本大学経済学部中退

8位・・・毒島秀行(SANKYO 会長)資産額4390億円 最終学歴:慶應義塾大学商学部卒業

9位・・・似鳥昭雄(ニトリホールディングス 会長)資産額4280億円 最終学歴:北海学園大学経済学部卒業

10位・・森章(森トラスト 会長)資産額4170億円 最終学歴:慶應義塾大学経済学部卒業

2019 米フォーブス誌 日本長者番付ベスト10

1位 柳井 正(ファーストリテイリング 会長兼社長)資産額2兆7670億円

2位 孫 正義(ソフトバンクグループ 会長兼社長) 資産額2兆6670億円

3位 滝崎武光(キーエンス 名誉会長)資産額2兆0670億円

4位 佐治信忠(サントリーホールディングス 代表取締役会長)資産額1兆2000億円

5位 三木谷浩史(楽天 会長兼社長)資産額6670億円

6位 重田康光(光通信 会長)資産額6000億円

7位 高原豪久(ユニ・チャーム 社長)資産額5770億円

8位 森 章(森トラスト 会長)資産額5220億円

9位 永守重信(日本電産 会長)資産額5000億円

10位 毒島秀行(SANKYO 会長)資産額4940億円

2018 米フォーブス誌 日本長者番付ベスト10

1位・・・孫正義(ソフトバンクグループ 会長兼社長)資産額2兆2930億円

2位・・・柳井正(ファーストリテイリング 会長兼社長)資産額2兆0210億円

3位・・・佐治信忠(サントリーホールディングス 会長)資産額1兆8850億円

4位・・・滝崎武光(キーエンス 名誉会長)資産額1兆8430億円

5位・・・森章(森トラスト 会長)資産額6910億円

6位・・・永守重信(日本電産 会長)資産額5760億円

7位・・・三木谷浩史(楽天 会長兼社長)資産額5660億円

8位・・・高原慶一朗(ユニ・チャーム 取締役ファウンダー)資産額5450億円

9位・・・似鳥昭雄(ニトリホールディングス 会長)資産額5030億円

10位・・毒島秀行(SANKYO 会長)資産額4820億円

※8位にランクインされているユニ・チャーム創業者の高原慶一朗氏は2018年10月3日に逝去されました。
謹んでご冥福をお祈りいたします。
社業はご長男の高原豪久氏が立派に継いでおられます。
私事ですが、高原氏は初めてお目にかかった財界人でした。
その謙虚さと周りを包み込むようなオーラに圧倒されたのを、今でも昨日のことのように記憶しています。

米フォーブス誌日本版で発表された2015年からの滝崎氏の資産推移を見てみましょう。

2015年 第5位 資産額:1兆0472億円

2016年 第4位 資産額:  9379億円

2017年 第4位 資産額:1兆3880億円

2018年 第4位 資産額:1兆8430億円

2019年 第3位 資産額:2兆0670億円

2020年 第3位 資産額:2兆1190億円

すっかり、ファーストリテイリングの柳井正氏、ソフトバンクグループの孫正義氏、サントリーホールディングスの佐治信忠氏と並んで、日本人トップの資産を保有する人物として定着している感があります。

滝崎氏が、ここに挙げた3名の方と違うのは、滝崎武光氏は資産家・実業家の子息として生を受けたわけではなく、サラリーマン家庭に生まれ育ち、学歴も高卒であること。

約6年間のサラリーマン生活を経て共同経営の会社を設立するも、短期間で倒産させ、再度のチャレンジでも上手くいかず、20代後半までに結局2度の会社倒産を経験している人物であること。

3度目に正直となったキーエンスも、最初はリード電機という滝崎氏ただひとりの個人事業に過ぎない時点からスタートしているところでしょう。

まさに立志伝中の人物といえます。

この記事を読み進めていただくとお分かりいただけると思うのですが、滝崎氏ご本人は、この2兆円を超える資産のことは、必要以上に誇っているようには思えません。

もし、滝崎氏に現在の資産額について尋ねたら、

「資産といっても、私個人や家族、資産管理会社で保有している株式が大半です。

株価は必ずしも、会社の業績に比例して上下するものではなく不確かなもの。

ですから、あてにはなりません。

私は株や不動産売買で利益を出そうとする〝財テク〟はしてはいけないという考えです。

それよりも高付加価値の仕事をすること、会社の営業利益のほうが大切ですよ。

私は売上高には目を向けません。

いくら売上があっても低い利益率では、従業員を含めて企業に関わる人々がメリットを享受できませんから、意味がありません。

現在、キーエンスの営業利益率は売上高の54%強です。

この数字は社員ひとりひとりが、付加価値の高い良い仕事をしてくれていることの証だと思います。

私はそちらを誇りたいです」

きっと、そんな答えが返ってくるような気がします。

それでは、キーエンスと滝崎武光氏の足跡を追っていきましょう。

株式会社 キーエンスとは?

〝人件費は経費にあらず〟従業員の最高平均年収は何と2110万6666円。ボーナスは年4回

キーエンスは、創業者・滝崎武光氏が1972年3月に兵庫県伊丹市において、個人事業・リード電機として創業。

1974年5月に兵庫県尼崎市に移転するとともに法人化され、リード電機株式会社となります。

その後、FA(ファクトリーオートメーション)用センサーや計測器の開発・販売を手掛けて業績を伸ばし、1986年10月に商品ブランド名のキーエンス(KEYENCE)と商号の統一を図るために株式会社キーエンスに社名を変更。

ちなみにキーエンス(KEYENCE)とは、Key of Science-キー・オブ・サイエンス(科学の鍵)の略語です。

翌1987年10月には大阪証券取引所第2部に株式を上場。
株式上場準備に3年も4年もかかり、上場審査基準も厳しかった当時としては、かなりのスピードといえる会社設立から僅か13年で上場企業の仲間入りを果たします。

2年後の1989年12月には東京証券取引所2部にも重複上場。
1991年9月には、ついに東京証券取引所1部上場を果たします。

上場時から高収益企業・高株価企業として有名でしたが、まれに見る高収益体質を維持したまま、現在まで成長を続け、2018年3月期の連結決算では売上高5268億4700万円 営業利益2929億円を記録、営業利益率は何と55.6%です。

また、2018年11月2日に公表された第2四半期報告書では、売上高2939億0200万円(前年比17.3%増)営業利益1613億9800万円(前年比16.6%増)と更に成長を続けています。

さらに、2019年2月1日に公表された第3四半期報告書では、売上高4405億8400万円(前年比15.5%増)営業利益2403億4800万円(前年比14.1%増)と絶好調です。

そして、2019年4月24日に発表された2019年3月期連結決算では

売 上 高:5870億9500万円(前年比11.4%増)
営業利益:3178億6800万円(前年比8.5%増)
経常利益:3198億6000万円(前年比7.0%増)

となりました。

営業利益率は54.1%と、前年に比べて1.5%のダウンですが、営業利益自体は増加しています。
2019年6月に提出予定の有価証券報告書では、従業員の年収が2100万円台という数字になるのは間違いないでしょう。

※(2019年6月29日追記)
2019年6月17日に提出された有価証券報告書を見ますと、従業員の平均年収は2110万6666円になりました。

2020年度の数字がどうなるか、これから注視していきたいと思います。

あくまでも私の予想ですが、第2四半期までは売上高も営業利益も好調に推移すると思います。
しかし、その後はどうだろうか・・・と。

キーエンスは、従業員の年収が高い企業としても有名ですが、〝人件費は経費にあらず〟というキーエンス独自の思考から、2019年6月に提出された有価証券報告書では従業員2388名(平均年齢35.8歳)の平均年収は2088万5270円となっています。ボーナスは(3月・6月・9月・12月)の年4回です。

2019年6月に提出された有価証券報告書では従業員2253名(平均年齢35.9歳)の平均年収は2088万5270円となっていましたので、業績好調を受けて、従業員の平均年収もアップしています。

また、従業員の人数も単純計算で135名増加しています。
退職者もいるので、仔細は不明ですが、新卒・中途採用とも継続してかなりの人数を採っていることがわかります。

元キーエンス従業員の方が書かれた本で、最もオススメなのはこちらです。

次にオススメしたい、充分に一読の価値がある本がこちらです。

一橋大学イノベーション研究センターとキーエンスに長年在籍した方による共著です。
キーエンスの内部を知るには最もわかりやすいと思います。

ただ、『キーエンス~驚異的な業績を生み続ける経営哲学』というタイトルですが、『経営哲学』はどこにも書かれていません。

『経営哲学』を『経営目標』『経営手法』と読み替えるのが正しいと思います。
Kindle版しかありませんが、こちらもオススメできます。

他にもキーエンスに在籍経験のある方が、営業手法などを披露されてる本がありますが、今回はあえてご紹介は控えさせていただきます。

また、もう一冊だけ、現在紙の書籍で入手することは困難ですが、機会があればぜひ読んでいただきたい本があります。

キーエンスに1986年に新卒で入社され、アンリツを経て、現在は立石シゲオ中小企業診断士事務所代表として活躍されている、経営コンサルタント・立石茂生氏が2014年に書かれた、

新規事業の競争戦略 高い利益を獲得するスピード経営: キーエンスに新卒入社、ライバル会社に転職後独立したコンサルタントのノウハウ公開

という書籍です。

キーエンスで得られたノウハウを含めて、高収益企業を実現する経営指南書で示唆に富んだ良書中の良書なのですが、残念ながら古書でも手に入れるのは難しい状態です。

立石氏のホームページによると、2016年9月の時点で30,000円で古書がネット上で販売されていたようです。
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そのような状況が長く続きましたが、2020年8月にアマゾンKindleにて、この本が第2刷として出版されました。

Kindle Unlimited 会員の方は、このタイトルを追加料金なし(¥0円)でお読みになれます。

ご一読をおすすめいたします。

キーエンスの本社は東京ではなく大阪。JR新大阪駅の近く

キーエンスは、国内・海外(北米・欧州・南アフリカ・中国・アジア・中東・オセアニア)に営業拠点を張り巡らせていますが、本社・研究所は、大阪府大阪市東中島(JR新大阪駅の近くです)に構えています。

この社屋が建てられたのは1994年とかなり年月が経ってしまっているのですが、高さ111メートル・21階建てのビルは非常にスタイリッシュで、数々の賞にも輝き、現在でも古くささを感じさせません。

創業者の滝崎氏は2000年12月に、当時43歳だった生え抜きの佐々木道夫氏(明治大学政治経済学部卒業)に社長職を譲り、55歳で代表取締役会長に就任。
自身が会長に退いた理由を、

「創業当時から自分がいなくても、会社が回るようにずっと考えてきました。会長に退いたのも、私が半年1年いなくてもこの会社は回るなと思ったからです」”と語っています。
(引用元:2003年10月27日号 日経ビジネス 特集 利益率40% 驚異の経営 キーエンスの秘密 編集長インタビュー 滝崎武光氏[キーエンス会長] 会社に思い出は不要)より。

2012年12月からは、佐々木道夫氏は取締役特別顧問となり、当時45歳だった山本晃則氏(立命館大学理工学部卒業)が代表取締役社長が就任。

滝崎氏は引き続き会長職に就かれていましたが、2017年12月からは取締役名誉会長を務めておられます。

2019年12月には、山本晃則氏は取締役特別顧問となり、1974年生まれの中田有氏(関西学院大学法学部卒業)が代表取締役社長に就任しています。

そして、

キーエンス社長の年収・役員報酬は意外に低い

モンスター企業のキーエンスですが、意外にトップの収入はそれほど高くありません。
従業員の最高平均年収は約2100万円。

しかし、この時山本晃則社長の年間役員報酬は、前年度の1億3800万円よりアップしましたが、1億5600万円でした。

2019年に社長職を中田有氏にバトンタッチされ、取締役特別顧問となられた2020年3月期の有価証券報告書でみ1億5000万円。

他の役員に1億円プレーヤーはいません。

これには理由があり、創業者の滝崎武光氏が社長在任時代に、自身の報酬を低めに設定していた伝統が残っているからです。

滝崎氏自身“「サラリーマン社長と同等にしている」”とインタビューで発言しており、役員だからといって、億単位の役員報酬をもらっていなかったのです。

また2代目社長を10年間務められた佐々木道夫氏は、現在、東京エレクトロン、瑞光、SHIFTの社外取締役を務められる一方、

2017年には、日商岩井、キーエンス、THKで海外事業や新規事業で活躍された菅原伸昭氏らと共に、

ロボット制御を機械学習(AI)で行うソフトウェアを開発を目的とする株式会社イロハ(iROHA)を設立して、

取締役に就任されています。

2018年6月には、給付型奨学金を提供するキーエンス財団を設立

また、滝崎氏は2018年6月に、まだまだ日本では浸透していない大学進学者向けの給付型奨学金を提供する一般財団法人キーエンス財団を設立され、代表理事も務められています。

2019年4月大学新入学生を対象とするものですが、募集人数は125名程度で月額8万円を在学中の4年間支給する
(4年間の合計支給金額は384万円になります)

という返済の必要がない奨学金ではかなり規模の大きなものです。

現在の日本では経済的な理由で奨学金を利用して大学や専門学校に進学される方が多くなっていることは事実です。
ただ、その奨学金の大半は貸与型であり、卒業後に社会に出てから返済の必要があります。

若くして高収入が得られる職に就き、奨学金の返済を滞ることなく支払える方もおられるでしょうが、不安定な立場や低収入から返済をすることができず延滞金が上乗せされ、最悪の場合、自己破産に追い込まれ、人生に大きな狂いが生じている方も多く存在していることも事実です。

そんななかで、前途のある学生に返済不要の給付金を提供する財団を立ち上げられたのは素晴らしいことだと思います。

実は、滝崎氏が奨学金に目を向けたのは今回が初めてではありません。
1990年にアジアから学びに来る理工系の留学生の為に、私財3億円で奨学基金を設立していました。

さて、キーエンス財団の事務局も大阪府大阪市東中島キーエンス本社ビル内にあります。

これは公私の区別を厳しくしている滝崎氏らしいと思うのですが、普通、成功を収めた事業家などが奨学財団や文化・スポーツ振興財団を設立した際には、自分の苗字を財団名の頭に付けていたり、理事や評議員に親族が名を連ねているケースがほとんどです。

また、自らの人脈をアピールする目的もあるのか、財界や学界、専門分野のなかでも著名な人物や肩書きが立派な人物の名前が並んでいることもあるのですが、キーエンス財団の場合はそういったものがないように感じられます。

理事や評議員のなかに、滝崎氏の親族は誰ひとり名前がありません。

奨学金を給付する有能な学生を選考する為には、どのような人物を置けば一番効果的で合理的かという滝崎氏の哲学が、この財団にも表れているような気がしてなりません。

ミステリアスな滝崎武光氏の詳細なプロフィールをご紹介

日本人長者番付3位の大資産家である滝崎武光氏ですが、その人物像はほとんど知られていません。
第一に滝崎氏自身がメディアに露出しないからです。

よって、ウェブ上では〝前半生が謎〟であるとか、〝来歴や家族関係は一切不詳〟と書かれているページすら見受けられます。

滝崎氏自身、社長職を退いて、会長となって以降はたった一度しかマスコミのインタビューに応じていません。

名誉会長に就任して、後進に会社を託すような形となった現在では、メディア露出の可能性は更に低くなったと思います。

東証1部上場企業の創業者ですが、財界活動にも全く興味を示さない人物ですので、世界に通じる日本有数の大富豪として一部の人だけに名前を知られた状態で、このままミステリアスなイメージを保っていくのではないでしょうか。

それでも、まだ1980年代、1990年代には、多少ではありますがマスコミの取材やインタビューに応じていました。そこで語られたエピソードを中心に、滝崎武光氏に迫ってみたいと思います。

滝崎武光氏は1945年兵庫県出身の75歳です

滝崎武光氏は1945年(昭和20年)6月10日兵庫県芦屋市で出生しています。

現在は大阪府豊中市に在住です。

芦屋市といえば、関西で一番富裕層が集い邸宅を構えているようなセレブなイメージがありますが、滝崎氏の父親はお金持ちでも経営者でもなく一介のサラリーマンでした。
しかし、真面目で働くことを美徳とする人物だったようで、モノ作り一筋の滝崎氏の人生にも大きな影響を与えている気がします。

その父親がメーカー勤務だったのかはあきらかにされていませんが、幼い頃、父親とともに住友金属工業(現在の新日鐵住金)和歌山製鉄所へ行ったときの思い出が滝崎氏には強く残っているようです。

当時、この製鉄所の中には、そこで働く人々を運ぶバスが運行されていました。

滝崎氏はこのときを振り返って、

“「理屈っぽい性格なので、これほど巨大な工場が何のためにあるのかを考え、自分の生活にも寄与しているんだと気が付いた」”

と語っています。

また、父親は機械の見本市にも武光少年を連れていったりもしています。

武光少年は小学校の卒業アルバムに『今度会うときにはテープレコーダーを作っているだろう』と寄せ書きしていたそうで、中学校時代には、友達から10円を集めて薬局でマグネシウムなどを購入して、実験をしていました。

モノづくりや電気いじり、科学実験好きの少年時代を過ごしたようです。

尼崎工業高校時代、一流の事業家を志す

滝崎氏が中学校卒業後に進学したのは、兵庫県立尼崎工業高等学校電気通信科(在学中に電子科に名称変更)でした。

(尼崎工業高校の後輩にはダウンタウンの松本人志氏(機械科卒業)がおられますが、島田紳助氏と共演していたトーク番組『松本紳助』内で「賢いクラスがありましたねえ。電子科は賢かった」と発言していましたので、いくつかに分かれている科のなかでも、滝崎氏はレベルの高いクラスに在籍していたと思われます)

高校在学中、滝崎氏は自治会や生徒会の役員になります。

このとき、滝崎氏は先頭に立って市内5校で連合会を作っています。

ご本人は

“「(自身が通っていたのが女子生徒のいない工業高校だったので)女学生のいる学校に遊びに行きたかっただけかもしれません」”

と多少冗談めかしてはいますが、高校生にしてリーダーシップを取ることのできる人物だったことがわかります。

また、この経験からでしょうか

「人を組織することに興味を覚えた」

とのちに語っています。

時代はちょうど大学紛争の頃、自治会の役員をしていた滝崎氏は京都大学などで学生運動をしている人々と出会うことになります。

滝崎氏が、学生運動をしている年上の人々と知り合ったなかで、気が付いたのは、

思想というものは文学や芸術と同じで好き嫌いの世界

で、そういった客観的に測れないものは自分自身の性格上、相容れないものだということ。

そして、

経済というのは数字の世界だから客観性があり、企業の善し悪しも数字で対比すれば分かるもの

だということでした。

そして、滝崎氏は志を立てます。

自分は主観だけで判断するものには向いていない。

それなら、一流の事業家になろう。

それも、デザインや個人の趣味、趣向に左右される消費財ではなく、ユーザーの生産性を上げることに狙いを絞り込み、機能や性能に対して価格が安いか高いかで評価される生産財がいい

1964年(昭和39年)3月滝崎氏は、兵庫県立尼崎工業高校電子科を卒業すると、実社会に足を踏み入れます。

実社会に足を踏み入れた滝崎氏は、エンジニアとなり24歳で独立を果たしますが・・・

その②に続きます⇒資産約2兆円 キーエンス創業者・滝崎武光氏はどこまでもミステリアス②

最後まで読んでくださってありがとうございました。
よろしければ、その②もお読みいただけるとありがたいです。

何かございましたら、こちらまでお願いいたします。

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メール:http://info*harubou-room.com (*を@にご変更いただきますようお願いいたします)

元キーエンス従業員の方が書かれた本で、最もオススメしたいのがこちらです。

次にオススメしたい、充分に一読の価値があるのがこちらです。

【2018年11月に出版】キーエンスでの経験を生かしたサイト運営について普遍的で重要な事柄が凝縮された一冊。
キーエンスの社内ベンチャー・イプロスでウェブサイト作成・運営に携われた方の本です。

「心に触れるホームページをつくる」

筆者の秋山典丈さんは、キーエンスの社内ベンチャー・イプロスで『製造業向けマッチングサイト』を企画された方です。

東京工業大学大学院理工学研究科情報工学専攻修士課程修了後、1995年にキーエンスに入社。

2000年にキーエンスの社内ベンチャーとしてスタートしたイプロス(株式会社 イプロスとして法人設立は2001年)の立ち上げに参画され、「徹底的に受け手の身になってサイトを作る」ことに向き合われた経験を生かして書かれた本です。

秋山さんは2003年に独立され、現在はシステム開発とサイトコンサルティング・商品企画コンサルティングに携わる株式会社 レクタスの代表取締役を務められています。

この本では、個人でも法人でも、また初心者から上級者までサイト作成・運営にとって重要なことが満載されています。

私も折に触れて読み返しています。

サイト作成に関する本は多く出版されていますが、ここまで普遍的で重要な事柄が凝縮されている本はめったにありません。

キーエンスに興味のない方でも、ご自分のブログやサイト、そしてSNSで見る人の心をガッチリ掴みたいと少しでも思われている方なら、ぜひお読みになってください。

一橋大学イノベーション研究センターとキーエンスに長年在籍した方による共著です。
キーエンスの内部を知るには最もわかりやすいと思います。

ただ、『キーエンス~驚異的な業績を生み続ける経営哲学』というタイトルですが、『経営哲学』はどこにも書かれていません。

『経営哲学』を『経営目標』『経営手法』と読み替えるのが正しいと思います。
Kindle版しかありませんが、こちらもオススメできます。

また、もう一冊だけ、現在紙の書籍で入手することは困難ですが、機会があればぜひ読んでいただきたい本があります。

キーエンスに1986年に新卒で入社され、アンリツを経て、現在は立石シゲオ中小企業診断士事務所代表として活躍されている、経営コンサルタント・立石茂生氏が2014年に書かれた、

新規事業の競争戦略 高い利益を獲得するスピード経営: キーエンスに新卒入社、ライバル会社に転職後独立したコンサルタントのノウハウ公開

という書籍です。

キーエンスで得られたノウハウを含めて、高収益企業を実現する経営指南書で示唆に富んだ良書中の良書なのですが、残念ながら古書でも手に入れるのは難しい状態です。

立石氏のホームページによると、2016年9月の時点で30,000円で古書がネット上で販売されていたようです。
これには、著者の立石氏も戸惑われたようですが、この本にそれだけの価値があると認められていることも、また事実でないかと私は思っております。

そのような状況が長く続きましたが、2020年8月にアマゾンKindleにて、この本が第2刷として出版されました。

Kindle Unlimited 会員の方は、このタイトルを追加料金なし(¥0円)でお読みになれます。

ご一読をおすすめいたします。

他にも元キーエンスの方が書かれた本があります。
参考にはなりますが、あえてこの場でおすすめするのは、控えさせていただきます。

最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。
心より御礼申し上げます。



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また、最安値を調べてみても商品を取り扱っている業者が信用出来るのかどうか、という問題もあります。

しかし、このエマ・スリープ 快眠マットレスは、エマ・スリープ・ジャパン(Emma Sleep Japan)合同会社 (住所:東京都港区赤坂2-11-7 ATT新館11階)からのメーカー直販ですので、そのような問題は解決できます。

もし、100日のお試し期間中、使用してみてあなたの身体に合わなかったら、全額返金・返品無料。

これは自分に合わないと判断した場合は、エマ・スリープにメールを送れば回収費用も同社が負担して製品を受け取ってくれます。
追加の費用は、一切必要ありません。

それだけ、自社の製品に自信を持っていることの証明と言えます。

エマ・スリープは、他社同等の製品より、20~30%程度安い価格設定がなされています。

なぜ、他のプレミアムマットレスよりも安価なのか?
⇒これは世界25カ国での販売網を活かして、サプライチェーンマネジメントを精密化しているからです。

いわゆる、「安かろう、悪かろう」ではありません。
私も使用していますが、それまでに使用していたプレミアムマットレスよりも、

・通気性が良い。

・体圧を分散してくれて、背骨をまっすぐに保ってくれているのを体感できる。

・抵抗力が低くて、寝返りもしやすい。身体が楽。

・マットレスカバーは取り外して洗濯が可能。よって、常に清潔に保てる。

と、人間工学に基づいた非常に良い製品だと感じています。

⇒エマ・スリープの紹介動画です(新しいタブでYouTubeが開きます)

ぜひ、リスクフリー(お試し期間、送料無料、10年保証)で体験してください。

マットレスは圧縮梱包された状態で届きますので、届いてからの持ち運びも便利です。

ぜひ、3つのリスクフリーで

・100日のお試し期間

・送料無料

・返品時の引取手数料も全国無料

エマ・スリープ 快眠マットレス

を体験してください。