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直木賞

【芥川賞直木賞全読予想!】第174回芥川龍之介賞・直木三十五賞 候補作と候補作家の経歴(プロフィール)と作品 まとめページ

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第174回(2025年下半期)芥川龍之介賞候補者経歴(プロフィール)と候補作 これまでの作品をまとめました

こんにちは、はる坊です。

2026年1月14日に第174回芥川龍之介賞と直木三十五賞の選考会が、築地の料亭「新喜楽」で開かれ、

受賞者と受賞作が決定します。

選考会がおこなわれるのは、築地の料亭「新喜楽」です。

この新喜楽では芥川賞と直木賞が決まる日(今回は2026年1月14日)に、1階で芥川賞の選考会が、そして2階で直木賞の選考会がおこなわれます。

このページでは芥川賞・直木賞の候補者と候補作を取り上げ、候補作家がどのような人物かもまとめた各ページへのリンクページとなっています。

各候補者の生年月日・年齢・出身地・学歴・経歴・デビュー作・これまでの文学賞受賞・候補歴・今回の候補作以外の作品を取り上げてご紹介しています。

また、各候補者へのインタビューや対談記事のリンクもご紹介しています。

各賞の候補者と候補作は、次の通りです。

第174回芥川龍之介賞 候補者と候補作の一覧

久栖 博季さん  『貝殻航路』 (文學界 2025年12月号掲載)

坂崎 かおるさん 『へび』 (文學界 2025年10月号掲載)

坂本 湾さん   『BOXBOXBOXBOX』(文藝 2025年冬季号掲載)

鳥山 まことさん 『時の家』 (群像 2025年8月号掲載)

畠山 丑雄さん  『叫び』(新潮 2025年12月号掲載)

久栖博季さん『貝殻航路』/坂崎かおるさん『へび』紹介ページはこちらから[新しいタブで開きます]

【最後に芥川賞受賞予想あり】坂本湾さん『BOXBOXBOXBOX』/鳥山まことさん『時の家』/畠山丑雄さん『叫び』 紹介ページはこちらから[新しいタブで開きます]

芥川賞選考委員

小川洋子さん、奥泉光さん、川上弘美さん、

川上未映子さん、島田雅彦さん、平野啓一郎さん、

松浦寿輝さん、山田詠美さん、吉田修一さん(五十音順)の9名です。

第174回直木三十五賞 候補者と候補作の一覧

嶋津 輝さん  『カフェーの帰り道』 2025年11月 東京創元社刊

住田 祐さん  『白鷺立つ』 2025年9月 文藝春秋刊

大門 剛明さん 『神都の証人』 2025年6月 講談社刊

葉真中 顕さん 『家族』 2025年10月・文藝春秋刊

渡辺 優さん 『女王様の電話番』 2025年8月・集英社刊

嶋津輝さん『カフェーの帰り道』/住田祐さん『白鷺立つ』 紹介ページはこちらから[新しいタブで開きます]

大門剛明さん『神都の証人』紹介ページはこちらから[新しいタブで開きます]

【最後に直木賞受賞予想あり】葉真中顕さん『家族』/渡辺優さん『女王様の電話番』紹介ページはこちらから[新しいタブで開きます]

直木三十五賞選考委員

浅田次郎さん、角田光代さん、京極夏彦さん、

桐野夏生さん、辻村深月さん、林真理子さん、

三浦しをんさん、宮部みゆきさん、米澤穂信さん(五十音順)の9名です。

芥川賞と直木賞はどうやって決まる?

日本文学振興会公式サイトの よくあるご質問 では、このように回答されています。

Q. 芥川賞・直木賞はどのように選ばれるのですか?
A. 両賞の選考会は年2回(上半期は7月、下半期は翌年1月)行われます。両賞とも、対象期間中に刊行された作品の中から、数度の予備選考委員会を経て最終候補作が選ばれ、選考委員の討議によって受賞作(1作または2作)が決定します。「受賞作なし」となることもあります。”

実際は、どのように決まるのかをある芥川賞選考委員と直木賞選考委員が語り、書いたものを元にご説明します。

受賞=選考会で過半数の票を獲得する。

選考委員はそれぞれ、○・・・1点(積極的に授賞に賛成) △・・・0.5点(消極的に授賞に賛成) ×・・・0点(授賞には反対)の票を持っています。

今回、芥川賞・直木賞ともに選考委員は9名ですので、5票以上の支持を得た作品が授賞になります。

まず、第1回目の投票で、各候補作に投票がおこなわれます。
ここで、多くの○を獲得した作品が授賞する、と思いがちですが、授賞に賛成する委員もいれば反対する委員もいるので、討議によって○が△に変わり、最終的に授賞を逃すこともあるようです。

最初は、全候補作が討議の対象になりますが、支持の多い作品、または強く授賞を推す委員が複数いる作品が残っていきます。

そして、後半の投票(最終投票)で1作品、または2作品が授賞作に決定します。

1作品の授賞が決定したあと、同時授賞作の可能性も探られ、過半数の支持を得られれば、2作同時授賞となります。

しかし、困ったことになる選考会もあります。

芥川賞・直木賞ともに受賞者がいなかった第173回のような例です。

芥川賞選考委員の川上弘美さんは、該当作なしについて会見で次のように述べました。

選考委員の川上弘美氏は「それぞれ心がひかれるものはありながら、何かが足りなかった」と指摘。「芥川賞は何らかの新しい試みや視点がある作品に、という願いがある。今回はもうひと踏ん張りしてほしいところだった」と述べ、該当作なしとした理由を説明した。”

また、直木賞選考委員の京極夏彦さんも次のように述べています。

直木賞候補は6作品。選考委員の京極夏彦氏は「レベルが拮抗しており、突出して票を集めた作品がなかった」と振り返った。「次回作では化けるだろう、この人ならばもっと傑作を出すだろうという議論も出た」と語り、候補となった作家が今後、受賞にふさわしい作品を執筆することに期待した。

【芥川賞・直木賞ともに該当作なし 27年ぶり、選考委員「何かが足りず」】日本経済新聞 2025年7月16日より引用

選考委員の支持がする作品が割れて、全候補作が過半数に届かない。
また、選考委員が強く推す作品自体が、候補作中から出てこない。

というケースです。

今回の第174回芥川賞・直木賞の選考会では活発な討議がおこなわれ、授賞作が発表されることを心より期待しています。

寒い日が続きますので、風邪などひかぬよう温かく過ごしながら1月14日を迎えたいと思います。



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芥川賞・直木賞と本屋大賞

さて、芥川賞・直木賞とともに、世間に知られている文学賞に本屋大賞があります。

正直なところ、芥川賞・直木賞受賞作よりも本屋大賞を受賞した作品のほうが、

世間に受け入れられ、売上も多く、ベストセラーになっています。

有名ベテラン作家が選考委員を務める芥川・直木賞と違い、

本屋大賞は、全国の書店員が「いま一番売りたい本」を選ぶ賞です。

最近の受賞作を紹介すると、

2024年の本屋大賞受賞作は、宮島未奈さんの『成瀬は天下を取りにいく』でした。
続編の『成瀬は信じた道をいく』『成瀬は都を駆け抜ける』を合わせると200万部以上の大ベストセラーになっています。


また、コミカライズもされており、「くらげバンチ」に連載され、バンチコミックスから3巻までコミックスと電子書籍の両方で出版されています。

『今日、駅で見た可愛い女の子』の さかなこうじさんが構成を、小畠泪さんが作画を担当され、原作小説の読者からも非常に高い評価を受けている、見事なコミカライズ作品に仕上がっています。

2025年の本屋大賞受賞作は阿部暁子(あべ あきこ)さんの『カフネ』でした。

カフネ』は、2025年中に最も売れた小説となり、紙と電子書籍累計は40万部に達しました。

また、講談社の漫画雑誌「BE・LOVE 2026年2月号」より、本多モコさん作画によるコミカライズ連載もスタートしています。

芥川賞・直木賞にも頑張って欲しいところです。

芥川賞と直木賞の選考が、築地の料亭「新喜楽」でおこなわれるのは、なぜ?

毎年1月と7月の年2回、芥川賞と直木賞の選考会がおこなわれるのが築地の料亭「新喜楽」です。

では、なぜ選考会が、築地の料亭「新喜楽」でおこなわれるのか?

新喜楽は「日本二大料理屋」(もう1店舗は金田中)
または、「日本三大料亭」(他の2料亭は金田中・吉兆)にも数えられている老舗有名料理屋であり、料亭です。

理由としては、

①名の知られた東京の老舗料亭であること。
➁政財界のトップがよく利用しており、店側の口が堅いことで有名。

が挙げられると考えられます。

文藝春秋新社の初代社長(文藝春秋は菊池寛が創業・社長を務めましたが、1946年に戦争協力をしたとのことで菊池は公職追放。同社解散に追い込まれています。)の佐々木茂索が、新喜楽の応援団的存在である「新喜楽後援会」メンバーだったこともあるのでしょう。

また、これは私見ですが、1961年(昭和36年)から、長年に渡って選考会場になっていますので、店側もいろいろと心得ていて、賞を主催する日本文学振興会(文藝春秋)も使い勝手がいいと感じているのかもしれません。
さらに、名のある老舗の料亭で選考会を開くことによって、芥川賞と直木賞のブランド力を維持しようという目的もあると思います。

意外ですが、“実名口コミグルメサービスNO.1”のRetty
で【築地 新喜楽】と検索してみると、ランチ営業もされており(現在の営業日・営業時間は不明)、ランチに関してはかなりリーズナブルです。



最後までお読みいただき、ありがとうございました。
心より御礼申し上げます。
何かありましたら、こちらまで。はるぼう Xアカウント

はる坊 拝

はる坊の雑記

【2026年1月14日発表】第174回直木三十五賞 候補作と候補作家のプロフィール② 大門剛明さん編

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【2026年1月14日発表】第174回直木三十五賞 候補作と候補作家のプロフィール 大門剛明さん編

こんにちは、はる坊です。

その①に引き続き、第174回直木三十五賞 候補作と候補作家のプロフィールをご紹介します。

『神都の証人』が候補作の大門 剛明(だいもん たけあき)さんです。

『神都の証人』は、「小説現代」に2023年11月号 2024年8・9月合併号 12月号、2025年1・2月合併号に連載され、加筆・修正の上、2025年6月30日に講談社よりハードカバーで刊行されました。

2025年10月20日には、遠田潤子さん『ミナミの春』(2025年3月 文藝春秋刊)と同時受賞で、第16回山田風太郎賞を受賞されました。

選考委員を代表して、直木賞作家の桜木紫乃氏さんが選評を述べられましたが、選評は「圧倒的な面白さ。圧倒的な技量。この2作品(大門剛明さん『神都の証人』・遠田潤子さん『ミナミの春』)を比較して、どちらも山田風太郎賞にふさわしかった。」と2作品を受賞作とした理由を述べられました。
激賞ですね。

山田風太郎賞はこういう賞です

山田風太郎賞は、『甲賀忍法帖』にはじまり映画化もされた『魔界転生』などの忍法帳シリーズやミステリー、時代小説、伝奇小説、ホラー小説、ユーモア小説、そしてエッセイなど、幅広い分野で長年に渡って活躍したエンターテインメント作家・山田風太郎(やまだ ふうたろう、1922年1月4日~2001年7月28日)氏の独創的で膨大な作品群と、孤高の作家としての姿勢に対する敬意を礎として、有望な作家を発掘して、顕彰するために創設された文学賞です。

『甲賀忍法帖』を原作とした、『バジリスク 〜甲賀忍法帖〜』がコミック化・アニメ化などメディアミックス化されており、世代を超えて作品が有名な作家でもあります。

山田風太郎賞受賞者への正賞は、名入り万年筆。賞金は100万円(2名同時受賞となった場合は、50万円ずつ折半)です。

2025年の選考委員は、朝井まかてさん、貴志祐介さん(欠席)、桜木紫乃さん、馳星周さんでした。

候補作は、ミステリー、歴史小説・時代小説、SFなど、ジャンルを問うことなく、賞の対象期間に発表され、最も面白いと評価された作品に贈られています。

歴代受賞作と受賞者は、

2010年 第1回  貴志祐介『悪の教典』※第144回直木賞候補
2011年 第2回  高野和明『ジェノサイド』※第145回直木賞候補
2012年 第3回  窪美澄『晴天の迷いクジラ』
2012年 第3回  冲方丁『光圀伝』
2013年 第4回  伊東潤『巨鯨の海』第149回直木賞候補
2014年 第5回  荻原浩『二千七百の夏と冬』
2015年 第6回  佐藤正午『鳩の撃退法』
2016年 第7回  塩田武士『罪の声』※第38回吉川英治文学新人賞候補
2017年 第8回  池上永一『ヒストリア』
2018年 第9回  真藤順丈『宝島』※第160回直木賞とW受賞
2019年 第10回 月村了衛『欺す衆生』
2020年 第11回 今村翔吾『じんかん』※第163回直木賞候補
2021年 第12回 米澤穂信『黒牢城』※第166回 直木賞とW受賞
2022年 第13回 小川 哲『地図と拳』※第168回 直木賞とW受賞
2023年 第14回 前川ほまれ 『藍色時刻の君たちは』
2024年 第15回 蝉谷めぐ実 『万両役者の扇』

とエンターテインメント小説界を代表する方ばかりです。

また、最近では直木賞とのW受賞をする受賞者が登場しており、
のちに、他の作品で直木賞を受賞された山田風太郎賞受賞者には、窪美澄さん『夜に星を放つ』、荻原浩さん『海の見える理髪店』、佐藤正午さん『月の満ち欠け』、今村翔吾さん『塞王の楯』がおられます。

このように、山田風太郎賞は、直木賞受賞の登竜門的存在でもあります。

今回、大門さんと遠田さんが受賞された第25回の他候補作も、

朝比奈あすかさん『普通の子』
荻堂顕さん『飽くなき地景』
櫻田智也さん『失われた貌』
新川帆立さん『目には目を』

と、Amazonのレビューでも高評価が並ぶ話題作、ベストセラー作揃いでした。

大門 剛明(だいもん たけあき)さん の経歴・プロフィールと作品

それでは、大門剛明さんの経歴・プロフィールと作品群についてお話をしていきます。

生年月日:1974年9月25日(51歳)
出身地:三重県伊勢市出身
学歴:1993年 三重県立伊勢高等学校卒業。1997年 龍谷大学文学部哲学科卒業
経歴:大学卒業後は司法試験を目指す一方、作家デビュー前は、三重県内で派遣社員として勤務。
三重県伊勢市在住。

作家デビュー:
2009年『雪冤』(『ディオニス死すべし』を改題)で第29回横溝正史ミステリ大賞大賞&テレビ東京賞をダブル受賞

文学賞受賞歴・候補歴:
2009年『雪冤』で、第29回横溝正史ミステリ大賞大賞&テレビ東京賞受賞。

2009年『雪冤』で、第29回横溝正史ミステリ大賞受賞により、龍谷奨励賞/伊勢市民文化賞受賞。

2011年『言うな地蔵』で、第65回日本推理作家協会賞[短編部門]最終候補
『ぞろりんがったん 怪談をめぐるミステリー』[2013年 実業之日本社/実業之日本社文庫]収録

2021年『手綱を引く』第75回日本推理作家協会賞[短編部門]最終候補
   『闇夜に吠ゆ 鑑識課警察犬係』(2023年文藝春秋/文春文庫)収録

2025年『神都の証人』で、第16回山田風太郎賞受賞

2026年『神都の証人』で、第174回直木三十五賞候補

インタビュー記事等へのリンク:

【文春オンライン/オール讀物】戦中から令和まで。冤罪との長き戦い…大門剛明『神都の証人』 第174回直木三十五賞、候補作家インタビュー #3

【小説丸】★編集Mの文庫スペシャリテ★『完全無罪』大門剛明さん

【龍谷人】横溝正史ミステリ大賞、テレビ東京賞をダブル受賞。 作家への道は、大宮図書館から始まった。作家 大門剛明さん

先に申し上げましたが、2025年に出版された『神都の証人』は、第16回山田風太郎賞を受賞されました。
今回、直木賞候補にもなり、直木賞とのW受賞がなるか?

大注目しています。

大門剛明さんのこれまでの作品(ハードカバー・文庫・電子書籍)

大門剛明さんはいくつかのシリーズ作品を執筆されています。
まず、シリーズものをご紹介します。

読む順番にこだわらず、どれから読んでも楽しめる作品になっていますが、
発売順から読まれるのが一番いいと思います。

負け弁・深町代言シリーズ

2011年7月『ボーダー 負け弁・深町代言』中央公論新社/中公文庫

2011年10月『沈黙する証人 負け弁・深町代言』中央公論新社/中公文庫

2012年5月『有罪弁護 負け弁・深町代言』中央公論新社/中公文庫

『正義の天秤』シリーズ

2015年8月『JUSTICE』KADOKAWA刊
⇒文庫化にあたって『正義の天秤』に改題。2020年3月 角川文庫

2020年『正義の天秤 毒樹の果実』角川文庫

2020年『正義の天秤 アイギスの盾』角川文庫

ドラマ『正義の天秤』は、『正義の天秤』『正義の天秤 アイギスの盾』を原作として、
2021年と2023年にNHK総合・土曜ドラマ枠で放送されました。

主演は亀梨和也さんです。
共演は奈緒さん、北山宏光さん、大政絢さん、佐戸井けん太さん、大島優子さん、竹中直人さん、萩原聖人さん、
中村雅俊さん、山口智子さんです。

現在、DVD・Blu-ray化、動画配信サービスがされています。

『不協和音』シリーズ

2016年『不協和音 京都、刑事と検事の事件手帳』PHP研究所/PHP文芸文庫

2020年『不協和音2 炎の刑事vs.氷の検事』PHP研究所/PHP文芸文庫

2021年『不協和音3 刑事の信念、検事の矜持』PHP研究所/PHP文芸文庫

大門剛明さんシリーズ以外の作品(ハードカバー・文庫・電子書籍)

2009年『雪冤』角川書店刊⇒2011年角川文庫

2009年『罪火』角川書店刊⇒2012年角川文庫

2010年『確信犯』角川書店刊⇒2014年角川文庫

2010年『告解者』中央公論新社刊⇒2014年中公文庫

2011年7月『共同正犯』角川書店刊⇒文庫化に際して『優しき共犯者』に改題。2017年角川文庫

2012年6月『氷の秒針』双葉社刊⇒2016年双葉文庫

2012年8月『レアケース』PHP研究所刊⇒2014年PHP文芸文庫

2012年『父のひと粒、太陽のギフト』幻冬舎刊

2013年『海のイカロス』光文社刊⇒→2015年 光文社文庫

2013年『ぞろりんがったん 怪談をめぐるミステリー』実業之日本社/実業之日本社文庫
収録作:「序章」「座敷わらし」「言うな地蔵」《第65回日本推理作家協会賞[短編部門]候補》「河童の雨乞い」「吉作落とし」「チロリン橋」「ぞろりんがったん」

2013年『ねこ弁 弁護士・寧々と小雪の事件簿』幻冬舎/幻冬舎文庫

2013年『この雨が上がる頃』光文社刊

2014年『獄の棘(ひとやのとげ)』KADOKAWA刊⇒2017年 角川文庫

2014年『テミスの求刑』・中央公論新社刊⇒2017年 中公文庫

2017年『鍵師ギドウ』実業之日本社/実業之日本社文庫

2017年『婚活探偵』双葉社刊⇒2020年 双葉文庫

2017年『反撃のスイッチ』講談社/講談社文庫

2019年『完全無罪』講談社/講談社文庫

2019年『両刃の斧』中央公論新社/中公文庫

2019年『死刑評決』講談社/講談社文庫

2021年『罪人に手向ける花』角川春樹事務所/ハルキ文庫

2021年『この歌をあなたへ』祥伝社/祥伝社文庫

2021年『シリウスの反証』KADOKAWA刊⇒2025年 角川文庫

2023年『闇夜に吠ゆ 鑑識課警察犬係』文藝春秋/文春文庫
収録作:「手綱を引く」「首輪をつける」「堀を越える」「ほじくり返す」「闇夜に吠ゆ」

大門剛明作品は、ドラマ化されることが多いです

大門剛明さんの作品はTVドラマ化されることが多く、
先に挙げた『正義の天秤』以外にも、下記の作品が映像化されています。

DVD化・Blu-ray化、動画配信がされている作品がありますので、映像でも大門剛明さんの作品が楽しめます。

2010年『雪冤』(主演:橋爪功 原作:『雪冤』)

2014年『レアケース 生活保護課の殺人事件簿』(主演:石塚英彦 原作:『レアケース』)

2014年『罪火』(主演:名取裕子 原作:『罪火』)

2015年『負け組法律事務所〜沈黙する証人〜』(主演:石塚英彦、原作:『負け弁・深町代言 沈黙する証人』)

2015年『テミスの求刑』(主演:仲里依紗 原作:『テミスの求刑』)

2017年『更生補導員・深津さくら「殺人者の来訪」〜告解者〜』(主演:貫地谷しほり 原作:『告解者』)

2017年『ヒトヤノトゲ〜獄の棘〜』(主演:窪田正孝、原作:『獄の棘』)

2020年『不協和音 炎の刑事 VS 氷の検事』(主演:田中圭 原作:『不協和音 京都、刑事と検事の事件手帳』)

2022年『両刃の斧』(主演:井浦新・柴田恭兵 原作:『両刃の斧』)

2022年『婚活探偵』(主演:向井理 原作:『婚活探偵』)

2024年『完全無罪』(主演:広瀬アリス 原作:『完全無罪』)

Amazon Prime Videoチャンネルで、大門剛明さん原作のドラマが配信されています

Amazon Prime Videoチャンネルでは、

テミスの求刑

婚活探偵

両刃の斧

がAmazonプライム会員なら、現在無料視聴が可能です。

その他の作品では、

ヒトヤノトゲ ~獄の棘~』
1話につき、165円でレンタルできます

ドラマSP 不協和音 炎の刑事 VS 氷の検事』
330円でレンタルできます。

プライムビデオを初めて利用される方は、14日間無料体験が可能です。

映画、TV番組、ライブTV、スポーツを観る【Amazon Prime Video】

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

その③

葉真中 顕さん 『家族』 2025年10月・文藝春秋刊

渡辺 優さん 『女王様の電話番』 2025年8月・集英社刊

編に続きます。

そして、2026年1月14日に行われる第174回(2025年下半期)芥川龍之介賞・直木三十五賞の受賞者発表を楽しみに待ちたいと思います。

はる坊拝

長者番付

印税だけで食べていける作家 長者番付・作家部門(1996年分~2004年分)

はる坊です。

個人情報保護の為、2005年(平成17年)以降は、発表が廃止された高額納税者(長者番付)の発表ですが、2004年(平成16)分までは毎年5月に世間の注目を集めたものでした。

ここでは1996年(平成8年)から2004年(平成16年)年分の長者番付・作家部門に名を連ねた方々を見ていきます。
毎年のベスト20までを列挙しています。
ソースは、当時の新聞報道・各年の『全国高額納税者名簿』(東京商工リサーチ刊)によるものです。

1996年分~1998年分の所得税率について

課税所得330万円以下・・・10%

課税所得330万円超~900万円以下・・・20%

課税所得900万円超~1800万円以下・・・30%

課税所得1800万円超~3000万円・・・40%

課税所得3000万円超・・・50%

参考までに、1996年分~1998年分の住民税の税率です。

課税所得200万円以下・・・5%

課税所得200万円超~700万円以下・・・10%

課税所得700万円超・・・15%

それでは、長者番付・作家部門(1996年分~2004年分)です

1996年(平成8年)分 長者番付・作家部門 所得税納税額

1位  内田康夫 1億4657万円

2位  西村京太郎 1億3351万円

3位  森村誠一 8222万円

4位  神坂一 8010万円

5位  津本陽 7450万円

6位  渡辺淳一 7327万円

7位  田中芳樹 6568万円

8位  椎名誠 6199万円

9位  石原慎太郎 6096万円

10位  斎藤栄 5933万円

11位  宮部みゆき 5291万円

12位  菊地秀行 5017万円

13位  五木寛之 4960万円

14位  群ようこ 4112万円

15位  童門冬二 3976万円

16位  宮本輝 3973万円

17位  荒巻義雄 3860万円

18位  赤川次郎 3805万円

19位  平岩弓枝 3795万円

20位  宮城谷昌光 3696万円

※赤川次郎首位陥落の理由
13年連続で長者番付・作家部門の1位を守り続けた赤川次郎氏が一気に18位まで順位を下げたのは、バブル期に購入した自宅兼仕事場の売却損で、作家活動による印税・原稿料・著作権収入と売却損が相殺された為。
収入は例年と同様の額があったとのこと。

※司馬遼太郎の遺産評価額
1997年2月、1996年2月に逝去した司馬遼太郎氏の遺産評価額が管内税務署にて公示されました。
遺産額は約26億4000万円。
約20億1000万円が銀行等金融機関への預貯金。
約3億9000万円が著作権。
約2億4000万円が自宅の土地建物でした。

1997年(平成9年)分 長者番付・作家部門 所得税納税額

1位  赤川次郎 2億7760万円

2位  渡辺淳一 2億2675万円

3位  西村京太郎 2億1257万円

4位  内田康夫 2億0827万円

5位  村上春樹 9244万円

6位  浅田次郎 9187万円

7位  森村誠一 8611万円

8位  林真理子 6980万円

9位  宮部みゆき 6942万円

10位  津本陽 6752万円

11位  神坂一 6336万円

12位  菊地秀行 5817万円

13位  群ようこ 5298万円

14位  斎藤栄 5147万円

15位  星野富弘 5103万円

16位  田中芳樹 4981万円

17位  平岩弓枝 4632万円

18位  髙村薫 4439万円

19位  椎名誠 4293万円

20位  大沢在昌 4247万円

落合信彦 3311万円

1998年(平成10年)分 長者番付・作家部門 所得税納税額

1位  西村京太郎 2億5196万円

2位  赤川次郎 1億9087万円

3位  鈴木光司 1億4207万円

4位  宮部みゆき 1億1679万円

5位  内田康夫 1億0594万円

6位  浅田次郎 1億0474万円

7位  五木寛之 7780万円

8位  森村誠一 7128万円

9位  宮城谷昌光 6738万円

10位  神坂一 5612万円

11位  菊地秀行 5495万円

12位  群ようこ 5357万円

13位  渡辺淳一 4998万円

14位  星野富弘 4962万円

15位  椎名誠 4927万円

16位  落合信彦 4687万円

17位  馳星周 4412万円

18位  斎藤栄 4399万円

19位  田中芳樹 4385万円

20位  筒井康隆 4220万円

北方謙三 3905万円

河合隼雄 3563万円

林真理子 3211万円

平岩弓枝 1974万円

1999年分以降は、所得税率が過去最低にダウン

1998年(平成10年)分までは、最高税率が所得税50%+住民税15%でしたが、
所得税率は最高で37%までダウンしました。

そのせいか、下記に挙げる作家の納税額も前年までに比べて減少していますが、2000年に入ると出版不況が深刻化して、作家の収入自体が減少していく様子が分かります。

1990年代初頭では、年収1億円あったとしてもランキングのベスト20に入れるかどうかでしたが、2000年分以降では、ベストテンに入れる年収になっています。

それほど、本が売れずに印税収入が細ってきている模様もうかがえます。

2006年分まで使用された所得税率表は下記のとおりです。
課税所得330万円以下・・・・・・・・・・・10%
課税所得330万円超~900万円・・・・20%
課税所得900万円超~1800万円・・・30%
課税所得1800万円超・・・・・・・・・・・・・37%

参考までに、2006年分まで使用された住民税税率表は下記のとおりです。
課税所得200万円以下・・・5%
課税所得200万円超~700万円以下・・・10%
課税所得700万円超・・・13%

1998年分までに比べると最高税率が大幅に下がりました。

1998年分まで、所得税50%+住民税15%=最高税率65%
1999年分から、所得税37%+住民税10%=最高税率47%

1999年(平成11年)分 長者番付・作家部門 所得税納税額

1位  西村京太郎 1億6519万円

2位  内田康夫 1億3929万円

3位  宮部みゆき 1億1492万円

4位  鈴木光司  7656万円

5位  浅田次郎  7315万円

6位  五木寛之  6320万円

7位  森村誠一  6199万円

8位  桐生操(堤幸子) 5640万円

9位  桐生操(上田加代子) 5610万円

10位  星野富弘 5246万円

11位  村上春樹 4664万円

12位  津本陽 4329万円

13位  赤瀬川源平 4015万円

14位  山崎豊子 3940万円

15位  東野圭吾 3803万円

16位  菊地秀行 3777万円

17位  天童荒太 3718万円

18位  桐野夏生 3355万円

19位  京極夏彦 3300万円

20位  神坂一 3282万円

21位以下で公示された作家

林真理子 2719万円

平岩弓枝 2174万円

馳星周 1412万円

2000年(平成12年)分 長者番付・作家部門 所得税納税額

1位  西村京太郎 1億5603万円

2位  赤川次郎 1億1108万円

3位  宮部みゆき 7873万円

4位  山崎豊子 7559万円

5位  内田康夫 7265万円

6位  浅田次郎 6758万円

7位  五木寛之 6468万円

8位  天童荒太 6465万円

9位  真保裕一 4153万円

10位  北方謙三 3956万円

11位  菊地秀行 3886万円

12位  夢枕獏 3591万円

13位  江國香織 3412万円

14位  阿川佐和子 3227万円

15位  落合信彦 3188万円

16位  津本陽 3176万円

17位  星野富弘 3108万円

18位  森村誠一 2887万円

19位  東野圭吾 2878万円

20位  林真理子 2746万円

21位以下で公示された作家

山口洋子 2624万円

森博嗣 2392万円

大沢在昌 2223万円

渡辺淳一 1932万円

柳美里 1891万円

宮尾登美子 1724万円

曽野綾子 1714万円

花村萬月 1332万円

平岩弓枝 1116万円

2001年(平成12年)分 長者番付・作家部門 所得税納税額

1位  西村京太郎 1億5946万円

2位  宮部みゆき 1億4566万円

3位  赤川次郎  8648万円

4位  内田康夫  7743万円

5位  浅田次郎  6633万円

6位  夢枕獏   5960万円

7位  江國香織   4331万円

8位  

人物伝

昭和後期の超人気作家 西村寿行は本当に凄すぎた! その6

※2022年1月22日加筆修正をおこないました。

1990年代の西村寿行 病魔との闘い

はる坊です。

1990年代以降の西村寿行と、その晩年について綴っていきます。

世間はバブル景気崩壊により長い不況のトンネルに入っていた1993年。

62歳となっていた西村寿行は執筆意欲も薄くなり、代々木の仕事場で過ごす時間は多かったものの、この年には、幻獣の森』『魔性の岩鷹』の2冊のみが発行されています。

そして、5月31日。

西村寿行は重大な宣告を受けることになります。
ガンを患っていることを報されたのです。

西村が体調の異変に気付いたのは、その1、2ヶ月前のことです。

喉にチクッチクッと痛みを感じるようになったのです。最初は、魚の小骨が喉に刺さったと思ったようです。
痛みは酒を飲んでいるうちに消え去りますが、断続的に、チクリと喉の痛みが西村を襲います。

体調の異変を感じ始めた西村は、いつからか、かかりつけとなった、西新宿の会員制クリニックに赴いて、内視鏡検査を受けます。
医師は「喉に炎症ができている」と話し、組織片を採取されます。

そして、1週間後、仕事場にほど近い大学附属病院で、飲み友達になっていた医師から電話が掛かってきました。
西村は、酒の誘いだと軽く考えて、病院に向かいました。

しかし、病院で待っていたのは、残酷な宣告でした。

医師は西村の身体が癌に蝕まれていることを告げられます。
西村は、自分が酒飲みであることもあり、食道癌だと思ったようですが、医師の診断は下咽頭癌(扁平上皮癌)でした。

「ほっておいたら、どうなります?」と訊ねた西村に医師は、
「ほっておいたら、半年保たない」

と医師に告げます。

西村は混乱しながらも入院を決意します。
最初の幾日かは、宣告を受けた東京の大学付属病院で過ごしますが、治療のため、神奈川県内にある同じ大学の付属病院本院に入院した彼は、当初、誰もそして何も寄せつけませんでした。

病院は自宅からも比較的近い場所にありましたが、西村はただ独りの時間を過ごします。

見舞い・面会は不要。
花も不要。

家族も一人娘が手続きに来たときに、立ち寄っただけでした。

家族仲が悪かったわけではありません。
西村自身が「来るな」と厳命したからです。

そして、家族も西村の気性を理解していました。

出版関係では、ただひとり、徳間書店の編集者に電話連絡をするのみでした。

大学付属病院の院長が主治医となり、ガン治療を33回の放射線照射でおこなうことに決定します。

毎朝、早くにおこなわれる数分の放射線治療が終わると、西村は病院を抜け出します。

(病院では死にたくない)と決意した彼は身体を鍛える為に、山歩きに没頭します。
西村は動物好きであった為、人間と共に働いた牛馬に思いを寄せ、それらを祀った道祖神に興味を持ち、自宅の庭に地蔵を2体祀っていましたが、特別な信仰を持ってはいませんでした。

しかし、最初に向かったのは庶民の山岳信仰で知られる大山でした。

やはり、ガン=死という幻影が、西村を大山へ駆り立てたのではないかと思います。

毎日のように丹沢山系を歩いたおかげで、西村の足腰はすっかり丈夫になります。

元々、作家になる前は、狩猟に生きていた時期もあり、山歩きをしていた西村ですが、このときの山歩きは、また別の思いを持ちながら歩を進めて行ったと思います。

下咽頭癌治療は手術こそしないものの辛いものとなり、放射線照射で放射線による火傷が頸部全体に広がり、内部までもが爛れました。

西村はネルシャツにジーンズ、そして首回りにスカーフを巻くというファッションを好みました。
しかし、今やそのスカーフは、おしゃれではなく、喉の火傷を覆い隠すものに変わっていました。

喉麻酔をしなくては、食事が採れない状態になりましたが、33回の照射治療でがん細胞は西村寿行の身体から消えました。
そして、6月27日に退院します。

しかし、退院した西村寿行を待っていたのは、痛恨の出来事でした。

入院して2週間は誰にも会いませんでしたが、考えをあらためて信頼していた徳間書店と光文社の担当編集者と丹沢の温泉旅館で食事をします。
「西村寿行、癌で入院」の報せは、各社の〝西村番〟編集者に届きました。
西村は「騒ぐな。大きな話にするな!」と厳命しました。
長年の担当編集者である徳間書店のひとりだけに入院したことだけを報せて、自身の体調について詳しい状況を話していないことに、西村自身の気がとがめたようです。

温泉旅館での席で、西村は旧知の週刊誌記者が胃癌で入院したことを知らされます。

その記者は、西村が孤北丸という名のサロン・クルーザーを所有していたとき、キャプテンを務めた人物でした。
それだけ、西村と強い信頼関係で結ばれていた人物だといえるでしょう。
彼の容体を訊ねた西村に返ってきた答えは、
「3ヶ月の命だそうです・・・」
という残酷な言葉でした。
西村は絶句するしかありませんでした。

西村寿行が所有していたサロンクルーザー・孤北丸については、徳間文庫版『雲の城』の巻末に『サロン・クルーザー』というエッセイが掲載されています。amazon kindleやDMM電子版でも読めます。

自らのガン治療を終えて退院した西村は、早速タクシーを飛ばして彼の元へ向かいました。
しかし医師の宣告どおり、旧知の週刊誌記者は3ヶ月後に亡くなります。
西村は彼の葬儀には参列しませんでした。ひとり娘を名代として赴かせたその日、西村はただひとりで涙を流していました。

記者の死の3週間前に、彼の妻が西村担当の編集者とともに、西村の元へ訪れます。

そして、

「しっかりとした病院へ移りたい」

と本人が言っていると聞かされます。

最初に行った病院では胃潰瘍と診断されたこと、現在入院している病院では、医師は何もしてくれないという、訴えも聞かされることになります。

しかし、すべては遅すぎました。
西村は自分自身を責めました。

「俺が入院するとき、誰にも会わないと言わなければ・・・」
「寿行さんなら、しかるべき病院と医師を、紹介してくれるのではないか、と本人が思っていたのなら・・・」

西村寿行、下咽頭癌治療を終えるも、今度は右手首を粉砕骨折

災難は更に降りかかります。
同年12月に転倒した折に、右手首を粉砕骨折してしまいます。
そして、翌1994年の3月まで再度の入院を余儀なくされます。
雑誌に連載中の小説はこの間、休載。

ガン治療と右手首の粉砕骨折での入院。
旧知の人物のガン死。
そして、自らのガンに対する放射線治療の代償として得た、頭重と嘔吐感、持病の蕁麻疹。

これらのことが、西村寿行を執筆から更に遠ざけた気がしてなりません。

西村寿行、執筆生活の終焉

かつての勢いをなくし、酒に耽溺する時間の増えた西村から離れる編集者もいました。

それでも、かつての西村を知る編集者は、雑誌連載や短編掲載で、西村を盛りたてようとします。
退院してから、執筆・刊行された本を以下のとおりです。

1994年『深い眸(中編集)』(光文社)(小説宝石掲載)

1995年『幻覚の鯱―神軍の章』(講談社)
(メフィスト 1994年8月号~1995年4月号連載)

1995年『世にも不幸な男の物語(短編集)』(徳間書店)(問題小説掲載)

1995年『デビルズ・アイランド』(角川書店)
(小説王 1994年9月号~1995年1月号 及び 野性時代 1995年4月号~7月号連載 )

1996年『大厄病神

1997年『』(徳間書店)

1998年『牡牛の渓(短編集)』(光文社)(小説宝石掲載)

1998年『幻覚の鯱―天翔の章』(講談社)(小説現代増刊 メフィスト連載)

2000年『月を撃つ男』(光文社)(小説宝石 1999年4月号~9月号連載)

2001年『碇の男(短編集)』(徳間書店)(問題小説掲載)

まだ、小説現代の臨時増刊号という位置づけで、誌面の性格が決まっていなかったことも影響していたでしょうが、『幻覚の鯱―神軍の章』が、『メフィスト』に連載されていたのは少し意外な気がします。

このほかに、短編集や中編集を違うタイトルで二次出版化されたものもありますが、それらは省きました。
内容は、かつて西村作品を愛読していた読者が物足りなさを感じるものになっていました。

1994年~2001年までに刊行された本は、ピーク時なら1年で刊行していた冊数です。
1999年に光文社『小説宝石』で最後の長編となる『月を撃つ男』を6回に分けて連載。

そして、2000年10月に同誌に掲載された短編『刑事』(『碇の男』に収録)を最後に西村寿行の新作小説が発表されることはありませんでした。
それでも、最後の長編『月を撃つ男』は文庫化されると増刷を重ね、第8刷まで重版されています。

一頭の紀州犬とともに独り孤城で過ごした西村寿行の最後の時間

西村は晩年、家族を自宅とは別にマンションに住まわせ、西村とボスと名付けた一頭の紀州犬と邸宅に籠もり、週末だけ家族と食事を共にする生活となりました。
パイプを口にくわえて、好々爺となった晩年の姿を捉えた顔写真は珍しいと思います。

『犬族からの通信』という近況報告を兼ねたエッセイが、2001年から徳間書店の小説誌『問題小説』に連載されていた時期もありますが、いつのまにかそれもなくなり、死の数年前に執筆していたという、自らの半生記もついに公に発表されることはありませんでした。

体調を損ねながらもアルコールの量は減ることなく、一人娘が注意しても聞き入れませんでした。

西村曰く、

〝俺はアルコールと妄想と幻覚で生きていたんだ〟

そして、2007年8月23日朝。
様子を見に来ていた家族が、ベッドで亡くなっている西村寿行を発見します。
その死を看取り、傍にいたのは3代目の紀州犬・ボスだけでした。

死因は肝不全。
享年78(満76歳)。

徳間書店発行の『問題小説』では、【追悼・西村寿行】と題して、出世作となった『君よ憤怒の河を渉れ』が全編再掲載されました。

最後に残した西村寿行『遺言状』

通夜と告別式は近親者のみでひっそりとおこなわれました。
その後、旧知の人々が集ったお別れ会の席上、生前、弁護士に宛てて書かれながら、書斎の机の中に置かれたままで、投函されることのなかった西村寿行の『遺言状』が読まれました。

西村は自他共に認める〝晴れ男〟でした。
しかし、お別れ会当日は冷たい雨が東京に降り注いでいました。
まるで、寂しがり屋の西村が、〝自分抜きで別れの会なぞを執り行うな〟と言っているかのように。

この会が執り行われてから、『遺言状』の全文が光文社発行の『小説宝石』に掲載されました。

〝愉しかった人生に御礼申し上げます〟から始まるこの遺言状は、独特の死生観を綴った後に、こう締めくくられていました。

〝ぼくの死は誰にもいうな。死を発表するほどおろかしいことはない。
魚もだが、牛や馬は親仔、兄弟の死をあの大きな澄んだ瞳に浮かべることはない。
己の死を特別なことと捉えるのはひと類のおごりだろう。
ひっそり--それがぼくには似合っている。
海から這い上がって、いつの間にか消えていた--というような生と死--。〟

70代を迎えて、小説を書くことからは遠ざかっていましたが、西村寿行らしい文章は最後まで健在でした。

お別れ会の祭壇には、毛蟹を調理する73歳の西村の写真が飾られ、最も愛した酒であるアーリー・タイムズが供えられました。

そして、現在・・・

西村の逝去後も、代表作品の文庫は新装版として刊行され続けています。

そして、逝去から10年が経った2017年には、1976年に公開された『君よ憤怒の河を渉れ』のリメイク作『マンハント』が、ジョン・ウー監督 チャン・ハンユー 福山雅治主演で公開されました。

西村寿行作品に影響を受けた人々は数多くいます。
なかには、現在人気作家・漫画家として活躍中の方も。

小説家では篠田節子夢枕獏樋口明雄五條瑛

そして、飴村行赤松利市

漫画家では、藤田和日郎

そして、荒木飛呂彦

2015年暮れには、半生を共にされた奥様・西村八千子さんも亡くなられ、西村寿行の時代はさらに遠くなった気もしますが、多摩市連光寺に建てられた邸宅は、まだその存在感を放っています。

つたない文章を最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。

ファンのひとりとして、このまま忘れ去られてしまうのは、あまりに惜しい作家だと思いますので、手持ちの資料を読みながら思いを込めて綴りました。

2018年6月 本の雑誌2018年7月号で、『巨魁・西村寿行伝説』と特集記事が組まれた!

2018年6月に西村寿行ファンとして、大変嬉しいことがありました。

本の雑誌社が発行している『本の雑誌420号2018年7月号』で、

『巨魁・西村寿行伝説』と題した特集記事が組まれたのです。

担当編集者だった講談社の鈴木宣幸氏、徳間書店の平野健一氏、光文社の丸山弘順氏、そして、愛娘の西村亜子氏が登場して、主に1980年代の西村寿行について語っています。

ちょうど『地獄』に登場していた担当編集者が寿行先生のお相手に疲れて、若手が投入されはじめた頃からのお話がメインになります。
そのエピソードがすべて面白すぎるので、気になる方は、ぜひチェックをしてみてください。

西村寿行 北海道取材旅行での超絶エピソード集

以下は、1990年代半ばにおこなわれた北海道取材旅行で、実際にあったエピソードです。

・根室の旅館に宿泊して、宴会をおこなう際に、花咲ガニはあったものの大好物の毛ガニがなく、

「みんな、飲めーッ!、喰えーッ!」

というどんちゃん騒ぎがしたかった寿行先生はご立腹。
ちなみに、寿行先生は浜茹でされた毛ガニが大好物でした。

寿行先生は同行の編集者たちに、「好きなだけ飲み食いをさせられず、申し訳ない」と詫びたあと、その席の幹事だった角川書店の宍戸健司氏に集中攻撃をします。
(宍戸氏は、専修大学卒業後に角川書店に入社。10年来、担当編集者として西村を支える一方、角川ホラー文庫を立ち上げ、日本ホラー大賞、山田風太郎賞創設も手掛けた敏腕編集者にして、馳星周氏を『不夜城』で華々しくデビューさせた方です)

このときに、ブチ切れた寿行先生が、宍戸健司氏に向かって発言した

「おまえは根室市長に連絡したか!」

は重要な寿行ワードです。

あまりにネチネチと、寿行先生から怒りをぶつけられ続けた宍戸氏は我慢をしていましたが、ついに耐えきれなくなり、

「じゃあ、いいっすよ。俺、帰りますよ」

とキレ始める始末。

次の日は知床泊で、前日のことがあったので、編集者が気を利かせて旅館側に、

「いくらかかってもいいからカニづくしにしてくれ」

と頼んだところ、宴席にやってきた寿行先生は、

「こんなにカニばっかりあって気持ちが悪い」

と言いだしてご機嫌を損ねます。

更に、「カニが俺を見ている」と名言を吐きます。

それから、不機嫌になって酒を飲みながら海を眺めていた寿行先生でしたが、何を見間違えたのか、

「ロシアのスパイ船がいる」

と言い始めて、海上保安庁に「今、スパイ船が入ってきた」と電話連絡をするも、酔っ払いの戯言だと相手にされず、「クジラか何かじゃないでしょうか?」と返されると、「何言ってんだ!」と怒って、電話を叩きつけて壊しました。
(実際に、不審船が領海内に侵入していれば、海上保安庁は早々にレーダーで発見していたでしょう)

それからも、

・港に停泊中のロシア船に勝手に乗り込んでいった。

・釧路動物園で、「あいつを殴ってやる」

と言ってヒグマのいる柵を上り始めた。その横に写生をしにきていた地元の小学生がいたが、みんなびっくりしていた。
等々。

また、日常生活においても面白エピソードが満載です。

でも、担当編集者は右往左往させられながらも、寿行先生のことが大好きで、この特集のなかで、

“「本当、寂しがりやだった。でも才能はすごい。鬼気迫るというか」”

“「寿行さんは担当できてよかったなっていう一番の作家ですね」”

と思い出を愉しそうに語られています。

これを期に、亜子氏が『父・西村寿行』とサブタイトルがつくような本を書いてくださると有難いのですが。
叶わない願いかもしれません。

最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。
もう一度、心より御礼申し上げます。

何かございましたら、こちらまでお願いいたします。

はる坊 拝

はる坊 @harubou_room Twitter(新しいタブが開きます)

メール:http://info*harubou-room.com (*を@にご変更いただきますようお願いいたします)

アマゾンKindleでは、西村寿行作品を安く読めます。

人物伝

昭和後期の超人気作家 西村寿行は本当に凄すぎた! その5

1980年代の西村寿行

はる坊です。
まず、1980年代になっても、西村寿行がどれだけ売れていたのかを示すデータから。
俗にいう長者番付。高額納税者番付作家部門です。
1983年度分からは、従来の申告所得額ではなく、納税額が公示されるようになりました。

1983年度分 1億2,588万円 4位
1984年度分 1億5,615万円 5位
1985年度分 1億3,745万円 5位
1986年度分 1億1,809万円 5位
1987年度分 1億3,190万円 4位
1988年度分 1億0,072万円 5位
1989年度分   9,508万円 7位
1990年度分   8,185万円 6位

1980年度分から1990年度分までに公示された申告所得額・納税額をみると、
この時代に売れて税金を多く納めた作家は次の順になります。
1位 赤川次郎   6位  池波正太郎
2位 西村京太郎  7位  森村誠一
3位 司馬遼太郎  8位  笹沢左保
4位 西村寿行   9位  渡辺淳一
5位 松本清張   10位 遠藤周作

西村寿行は、なぜ、ここまで売れたのか?
・小説本がもっとも売れた昭和50~60年代に活躍したこと。

・1975年の『君よ憤怒の河を渉れ』以降、特に77年からは、毎月のように新刊を出し続け、その全作が水準以上の出来栄えで、西村寿行作品は面白いという評価を読者から受けていたこと。

1975年に角川書店が角川文庫を発刊して、西村寿行作品に廉価で身近に触れられたこと。角川文庫の売り上げ部数は、横溝正史・赤川次郎・森村誠一に次いで歴代第4位です。

・寿行作品の多くを出版した徳間書店が、80年に徳間文庫を発刊して、ここでも寿行作品が文庫化されたこと。

さらに、徳間書店では『西村寿行選集(NISHIMURA HARD-ROMAN SERIES)』をノベルスで別に刊行し続けたこと。

新刊のハードカバー・ノベルスは15万部程度売れ、文庫の初版は20万部。
もちろん、増刷が繰り返されます。

徳間書店の創業者・徳間康快(とくま やすよし《名前はこうかいとも呼ばれました》)は反権力の立場にいる作家を愛しました。
なかでも大藪春彦とは親友同士で、大藪の葬儀で弔辞を読んだのも徳間康快でした。

エンタメ系のプロ作家が対象の大藪春彦賞も制定しています。

賞金300万円は、デビュー後の作家がもらえる賞の賞金としては、柴田錬三郎賞と並んで最高額タイです。

実業家としては、本業の徳間書店のほかにも、スタジオジブリの初代社長も務めています。
また、映画会社の大映や徳間ジャパンの経営もおこないました。

〝徳間文庫、いや、徳間書店を支えている一因は西村寿行〟と囁かれるほどの人気ぶりでした。

しかし、一番の理由は、

“俺は芸術家じゃなくて、職人だから、面白おかしく書いて、たくさんの人に読んでもらえればいいんだ。”

と語っていた読者を大切に考える西村寿行自身の姿勢にあったと思います。
では、年ごとに出版された作品をみていきたいと思います。

1983年(昭和58年)に刊行された本

『霖雨の時計台』『宴は終わりぬ』(唯一のエッセイ集)『石塊の衢』『鬼(中編集)』『狼のユーコン河』『濫觴の宴』『花に三春の約あり』『魔境へ、無頼船』『幻戯』『頻闇にいのち惑ひぬ』『襤褸の詩』
エッセイを含んで11冊を上梓しています。

この年の作品では、田中邦衛主演でドラマ化された『霖雨の時計台』が白眉です。

インタビュー嫌いの西村寿行にしては珍しく、この『霖雨の時計台』に関しては、この小説に対しての強い思い入れを取材に応じて、機嫌よく語っているのです。

同時に、幻想小説として傑作であり、夢枕獏が雑誌掲載時に驚愕したという『鬼(中編集)』はおすすめです。

また、『花に三春の約あり』は『峠に棲む鬼』のヒロイン・逢魔麻紀子の娘、逢魔紀魅が登場します。


そして、『襤褸の詩』では『蘭菊の狐』のヒロイン・出雲阿紫が再登場しますが、扱いが他の寿行作品で描かれるヒロインと同じ道を辿ったのが、個人的には残念でした。

生涯で唯一刊行されたエッセイ集『宴は終わりぬ』は人間・西村寿行が余すところなく感じられて面白いです。

また、表紙の絵を愛娘の西村亜子さんが描いています。そして題字は西村寿行本人によるものです。

1984年(昭和59年)に刊行された本

『空蝉の街』『監置零号』『鉛の法廷』『風紋の街』『妖しの花乱れにぞ』『垰 大魔縁』『垰よ永遠に』『夢想幻戯』『沈黙の渚』『緋の鯱』『黒猫の眸のほめき』『憑神(中編集)』
12冊を上梓しています。
垰シリーズが、『垰よ永遠に』をもって終わりました。
『鉛の法廷』は司法で裁くことができない犯罪者を、私設裁判所にて裁くという重くも救いのある作品です。
『黒猫の眸のほめき』は、西村寿行が主役です(物語の序盤に西村寿行は、実際の愛車で、本当に1リットルで2キロしか走らなかったという、恐ろしく燃費の悪いチューンアップ済みのメルセデスベンツ500SLC AMG仕様に乗って登場しますが、その後は・・・)。『地獄』の世界観を楽しめるのなら、この作品も面白いはずです。

1985年(昭和60年)に刊行された本

『雲の城(中編集)』『牙(短編集)』『異常者』『鬼の跫』『人類法廷』『ガラスの壁』『無頼船、極北光に消ゆ』『鷲の巣』
上梓した冊数は8冊に減りました。
ポリティカルフィクションというジャンルにあてはまる『人類法廷』『ガラスの壁』が刊行されます。
寿行作品中期以降のなかでも異質な存在感を放つ、『異常者』もこの年に発表されています。

これは読み手によって様々な意見があると思うのですが、個人的にはこの1985年に発表された作品あたりから、徐々に全体のバランスが崩れた作品が出始めたように感じます。

夢枕獏・菊地秀行が伝奇バイオレンス・伝奇アクション小説を書き出した時期

前年の84年に、西村寿行の影響を公言している夢枕獏の伝奇バイオレンス小説『魔獣狩り 淫楽編』『魔獣狩り 暗黒編』『闇狩り師』が単巻で10万部以上のヒット作になります。

『闇狩り師』を刊行した徳間書店の編集者は“「ウチはもう完全なバックアップ態勢です。第二の西村寿行になりうると確信しています」”と発言しています。(出典:週刊文春1984年9月27日号「バイオレンスのニューパワー夢枕獏の正体」より)

当時、夢枕獏自身がインタビューで“「昨年(前年の1983年分)の年収は780万円だったのに、今年は6800万円でした。あるときに、通帳記帳に行ったら、機械がダダダッて印字がとまらなくて、『来たな』と思いました」”と話しているように、翌1985年分、1986年分では長者番付の作家部門14位に登場します。

そして、この時期から伝奇小説だけではなく格闘小説『餓狼伝』や『陰陽師』の執筆も開始して、月産500~800枚という多産に耐えながら、作家としてのフィールドを拡げていきます。

98年に『神々の山頂』で柴田錬三郎賞を受賞したのを皮切りに、一般文芸を対象とした文学賞にも縁ができはじめ、泉鏡花文学賞、吉川英治文学賞も受賞し、2018年春には紫綬褒章を受章しています。

また、朝日ソノラマで、『魔界都市〈新宿〉』でデビューを果たし、『トレジャーハンター(エイリアン)』やシリーズ『吸血鬼ハンターD』シリーズジョブナイル小説(現在のライトノベル)を書いていた菊地秀行がこの年にノベルス界に進出すると矢継ぎ早に『魔界行Ⅰ(復讐編)』『魔界行Ⅱ(殺戮編)』『魔界行Ⅲ(淫獄編)』『妖魔戦線』『妖魔陣』『妖魔軍団』『妖人狩り』『妖獣都市』など伝奇小説を量産して、そのほとんどが10万部を軽く超えるベストセラーとなりました。

1987年には、21冊もの伝奇バイオレンス小説を主にノベルスで発表して、ベストセラー作家の座を確固たるものにします。

年間10冊以上の新刊を長期間にわたって発表し続け、2017年2月には『魔界都市ブルース 霧幻の章』で著作400冊を達成しています。また、1986年分から1995年分までの10年間、長者番付・作家部門ではベストテンにランクインし続けました。

このような新しい動きがあったことは、西村寿行に追随したバイオレンス小説の大家・勝目梓もその半自伝的著書『小説家』のなかで触れています。

勝目が年間15冊平均でノベルスを出していた時期で、一番多忙であった頃ですが、半自叙伝的な著書に夢枕獏と菊地秀行の台頭を記しているところをみると、当時としては、かなり脅威に映ったのではないかと思います。

1986年(昭和61年)に刊行された本

『珍らしや蟾蜍、吐息す』『死神 ザ・デス』『山姥が哭く(短編集)』『曠野の狼』『無頼船 ブーメランの日』『遺恨の鯱』『時の旅』『癌病船応答セズ』『まぼろしの獣』
長編を中心に9冊を上梓しています。
癌病船シリーズが『癌病船応答セズ』をもって終結しました。

1987年(昭和62年)に刊行された本

『凩の蝶』『魔の山(短編集)』『人間の十字路(短編集)』『陽炎の街』『風の渚』『幽鬼の鯱』『母なる鷲』『コロポックルの河』『旅券のない犬』
昨年同様、9冊を上梓していますが、個人的に消化不良に思える作品が増えてきます。
特に鯱シリーズではそれが顕著に感じられました。
『風の渚』は渚シリーズ最後の作品になりました。

1988年(昭和63年)に刊行された本

『残像(短編集)』『執鬼(短編集)』『賞金犬(ウォンテッド)(短編集)』『道』『無法者の独立峠』『無頼船、緑地獄からのSOS』『幻想都市』『聖者の島』『悪霊刑事』『衄られた寒月(中編集)』
刊行数は久々に二桁、10冊になりました。
この年の作品を読むと、前半は面白いけれど、後半になってからが・・・という感じでしょうか。
『賞金犬(ウォンテッド)』が、1995年オリジナルビデオで映像化されています。北野武監督映画『ソナチネ』の出演がきっかけとなり、演技派俳優として認知をされていく大杉漣も、この作品に出演しています。
(残念ながら、大杉漣さんは2018年2月21日に急性心不全で急逝されました。ご冥福をお祈りいたします)
また、『無頼船、緑地獄からのSOS』は無頼船シリーズ、『幻想都市』は幻戯シリーズ(宮田雷四郎シリーズ)最後の作品となりました。

1989年(平成元年)に刊行された本

『学歴のない犬(上・下)』『頽れた神々(上・下)』『神聖の鯱』『風と雲の街』

息を吹き返したかのように面白い長編が発表されました。
特に『学歴のない犬(上・下)』は作家生活後半で、もっとも優れた長編になると思います。

1990年(平成2年)~1992年(平成4年)に刊行された本

1990年(平成2年)
『呪医 ウィッチ・ドクター』『魔物』『涯の鷲』『矛盾の壁を超えた男』『蟹の目(短編集)』

1991年(平成3年)
『凩の犬』『呪いの鯱』

1992年(平成4年)
『消えた島』『魔獣(短編集)』『鬼の都』『ここ過ぎて滅びぬ』

1990年代に上梓された本を92年分までひとまとめにしてしまいましたが、これには理由があります。
90年代に入ると、思わず首を捻ってしまう作品が増えます。

着想は、さすが西村寿行だなと思わせるのですが、内容にまとまりがなく支離滅裂と感じられるものになってきます。
鯱シリーズの『呪いの鯱』は週刊現代に連載されていますし、その他の作品も雑誌連載・掲載作がほとんどですが、雑誌を読むと他の小説家と比べて浮いている印象を受けざるを得ないのです。

1989年12月、徳間書店では文芸書籍編集部の求人の応募して、中途入社した芝田暁氏が西村寿行の担当編集者になっています。
芝田氏の著書『共犯者 -編集者のたくらみ- 』には、西村寿行番編集者の大変さが綴られています。

第一に、徳間書店が文芸書籍編集部の求人を出した理由は、西村寿行の担当編集者が、あまりの大変さに逃げ出してしまい、先輩編集者たちも敬遠しており、やむを得ず、新たに中途採用で担当編集者を補おうとしたからでした。

その大変さはハンパなものではありませんが、初めて、西村寿行に受け入れられたときの喜びも書かれています。
最初、付き合うのには我慢と時間がかかりますが、一度信頼関係を築けると「ホントに仕方のない人だな」と思いながらも惹きつけられてしまう。
そんな人間的魅力が西村寿行にはありました。

それが、第一線から退いた1990年代にも小説連載の仕事が続いた理由ではないでしょうか。

しかし、この頃、作品の雑誌連載・掲載時の煽り文句も〝不条理〟〝奇想〟〝奇作〟と付けられており、どうにも編集者が扱いに困りだしているのが目に浮かんでしまうのです。

また、1990年度分を最後に長者番付作家部門からも姿を消します。

ですが、この時期になっても、西村寿行の新作は単行本(ハードカバー)で初版5万部。
ノベルスもで初版で5万部が刷られていました。

当時税務署で公示されていた高額納税者と納税額を集計した資料をみると、1991年以降も数年間、年間1,000万円以上を納税していたことがわかります。

〝西村寿行 指〟や〝西村寿行 ポキポキ〟に対する反論

さて、ここからは余談になりますが、ネットで〝西村寿行〟と検索すると、〝西村寿行 指〟や〝西村寿行 ポキポキ〟という検索がされているのに気がつきます。
どうやら、『「金を払うから女性に指を折らせてくれ」と西村寿行が言った』というもののようです。
なかには、〝西○○行〟と卑怯な書き方をしているところもあります。

これに関しては、私は強く否定します。

西村寿行の小説やエッセイを読み、その考え方や人となりを知ると、とてもではないですが、そういう人物だったとは思えないのです。

〝ホステスに対して言った〟〝風俗関係の女性に対して言った〟という文章もネットに上がっていますが、確かな情報ソースがあるわけではなく、大変に無責任で西村寿行の名誉を毀損する書き込みだと思います。

銀座など女性のいるクラブやラウンジを西村は嫌いました。
大流行作家となっても、足を向けることはありませんでした。
これらは西村寿行のエッセイや、その執筆活動をささえた編集者たちの思い出話の中に出て来ます。

また、女性関係でも、長年秘書としてもそれ以上の関係としても作家生活を支えた女性がいること。
一時期は女優と交際したこと。
どこのソープランドへ編集者と連れだって行くことなど、神秘的なイメージを持ちたい作家なら絶対に公言しないことも、「別に隠すことでもなんでもないじゃねえか」というふうに、堂々とあっけらかんとインタビューで答えています。

こういう人物にそのような噂自体そぐわないと思います。

喜怒哀楽が激しい寂しがり屋で、お山の大将気質。
酔いに任せた部分もあったのでしょうが、夜に宴会をしているときには、北海道から九州まで方々へ電話を掛けまくり1日の電話代が2万円に及ぶこともありました。
自身が飲むのは、売れっ子作家となって、年収が毎年3億円になっても、ビールとバーボンウイスキー・アーリータイムズ。
酒が大好きで、気心の知れた仲間と宴会をするのが大好き。

小説家として一番忙しく、そして輝きを放っていた時期には、渋谷区代々木のマンション最上階に構えた仕事場での執筆が終わる18時頃から、各社の担当編集者が西村の元にアーリータイムズ持参で集まり、毎夜、打ち合わせを兼ねた飲み会を開き、週末になると、編集者たちと『雑木の会』という宴会を開いてもいました。

晩年になって、小説の執筆を完全にストップさせてからも、多摩市連光寺の自邸で宴を催した折りには、長年の戦友とも呼べる旧知の編集者だけではなく出入りの庭師なども呼び、かつて〝海賊料理〟と称した活魚料理店の経営者兼板前だった経験を生かして、自ら客に料理を振る舞いました。
宴の主役はいつも大好物の蟹でした。慣れた手つきで蟹を調理しては、客に蟹の身肉を存分に味わってもらい、蟹雑炊で締めるという何とも贅沢な時間を西村寿行自らが提供していたのです。

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私は、西村寿行という人物についてこう思います。
自分からは進んで徒党を組もうとはしない孤高の人。
でも、縁あって知り合い、気心の知れた人を大切にしたのが、西村寿行という人間だったと思います。

⇒現在、アマゾンのKindleでは電子書籍のキャンペーン実施中で、西村寿行作品が270円から読めます。

話が横道に逸れました。

⇒そして、1993年(平成5年)を迎えます。その6に続きます。

昭和後期の超人気作家 西村寿行は本当に凄すぎた! その6