平成29年分 平成30年分に引き続き、令和元年分確定申告の医療費控除について税務署に問い合わせてみました
平成29年分 平成30年分に引き続き、令和元年分確定申告の医療費控除について税務署に問い合わせてみました はる坊です。 まだまだ先と思っているうちに、毎年恒例の確定申告の季節が毎年やってきます。 住宅ローン控除や医療費控…
確定申告について(医療費控除等も含む)
平成29年分 平成30年分に引き続き、令和元年分確定申告の医療費控除について税務署に問い合わせてみました はる坊です。 まだまだ先と思っているうちに、毎年恒例の確定申告の季節が毎年やってきます。 住宅ローン控除や医療費控…
はる坊の雑記
コミック海賊版サイトが有名になってしまった日 はる坊です。 2018年2月11日のNHKのニュースにおいて、コミックの海賊版サイトが取り上げられました。 テレビ画面上では、その海賊版サイトは、薄く消して放映されましたが、…
長者番付
はる坊です。
2001年分~2004年分の高額納税者公示(長者番付)において、『俳優・タレント部門』『歌手部門』『その他・文化人部門』上位20位までにランクインした面々を紹介させていただきます。はる坊です。
2001年分~2004年分の高額納税者公示(長者番付)において、『俳優・タレント部門』『歌手部門』『その他・文化人部門』上位20位までにランクインした面々を紹介させていただきます。
ちなみに吉本興業とエージェント契約を交わした加藤浩次は、2001年3月6日に有限会社加藤タクシーを資本金300万円で、東京都世田谷区内に設立している。これは収入が増加し、節税のために個人事務所設立をおこなったものと推測される。
また、2002年分以降は、個人としては高額収入を得ている漫画家の納税額やプロダクションの申告所得も参考データとして用意しました。
1位 石橋貴明 1億9416万円(とんねるず)
2位 みのもんた 1億5283万円
3位 中居正広 1億4378万円(SMAP)
4位 木梨憲武 1億3684万円(とんねるず)
5位 浜田雅功 1億1766万円(ダウンタウン)
6位 松本人志 1億0871万円(ダウンタウン)
7位 ビートたけし 1億0179万円
8位 飯島直子 9224万円
9位 木村拓哉 9016万円(SMAP)
10位 明石家さんま 8637万円
11位 松たか子 8035万円
12位 KONISHIKI 8013万円
13位 峰竜太 7887万円
14位 松嶋菜々子 7812万円
15位 田村正和 7799万円
16位 堺正章 7753万円
17位 中村玉緒 7738万円
18位 タモリ 7338万円
19位 香取慎吾 6907万円(SMAP)
20位 草彅剛 6839万円(SMAP)
1位 浜崎あゆみ 4億2611万円
2位 稲葉浩志 3億5746万円(B’z)
3位 宇多田ヒカル 3億1889万円
4位 松本孝弘 2億7771万円(B’z)
5位 桑田佳祐 2億1605万円(サザンオールスターズ)
6位 倉木麻衣 1億5587万円
7位 矢沢永吉 1億3124万円
8位 椎名林檎 1億1196万円
9位 MISIA 1億0374万円
10位 井上陽水 9797万円
11位 福山雅治 9328万円
12位 布袋寅泰 9323万円
13位 桜井和寿 9230万円(Mr.Children)
14位 藤井フミヤ 9115万円
15位 北川悠仁 8903万円(ゆず)
16位 TAKURO 8057万円(GLAY)
17位 竹内まりや 7944万円
18位 岩沢厚治 7031万円(ゆず)
19位 北島三郎 6211万円
20位 YUKI 6159万円(JUDY AND MARY)
1位 高橋留美子 2億2536万円(漫画家)
2位 千宗室 2億1371万円(茶道家元)
3位 秋元康 2億0218万円(作詞家)
4位 小室哲哉 1億8393万円(音楽プロデューサー)
5位 つんく 1億6541万円(音楽プロデューサー)
6位 青山剛昌 1億6234万円(漫画家)
7位 平山郁夫 1億3129万円(日本画家)
8位 浅利慶太 1億2288万円(舞台演出家)
9位 中島千波 1億0977万円(日本画家)
10位 堀井雄二 1億0106万円(ゲームデザイナー)
11位 久米宏 9870万円(ニュースキャスター)
12位 永六輔 9636万円(文筆家)
13位 伊秩弘将 8455万円(音楽プロデューサー)
14位 車田正美 8412万円(漫画家)
15位 大前研一 8062万円(経済評論家)
16位 石井和義 5518万円(K-1プロデューサー)
17位 小倉智昭 4854万円(司会者)
18位 赤塚不二夫 4767万円(漫画家)
19位 遠藤実 4478万円(作曲家)
20位 篠山紀信 4456万円(写真家)
1位 中居正広 1億6808万円(SMAP)
2位 みのもんた 1億6644万円
3位 石橋貴明 1億6126万円(とんねるず)
4位 浜田雅功 1億1992万円(ダウンタウン)
5位 木梨憲武 1億1862万円(とんねるず)
6位 松本人志 1億0453万円(ダウンタウン)
7位 松たか子 1億0158万円
8位 飯島直子 9094万円
9位 明石家さんま 9000万円
10位 木村拓哉 8422万円(SMAP)
11位 中村玉緒 8044万円
12位 峰竜太 7507万円
13位 堺正章 7368万円
14位 田村正和 7283万円
15位 タモリ 7013万円
16位 織田裕二 6967万円
17位 太田光 6910万円(爆笑問題)
18位 草彅剛 6885万円(SMAP)
19位 ビートたけし 6817万円
20位 志村けん 6671万円
1位 浜崎あゆみ 3億7761万円
2位 宇多田ヒカル 3億4358万円
3位 松本孝弘 3億1149万円(B’z)
4位 稲葉浩志 1億9751万円(B’z)
5位 MISIA 1億4729万円
6位 矢沢永吉 1億3428万円
7位 桑田佳祐 1億1838万円(サザンオールスターズ)
8位 桜井和寿 1億0815万円(Mr.Children)
9位 小田和正 1億0788万円
10位 中村正人 9164万円(DREAMS COME TRUE)
11位 降谷建志 9062万円(Dragon Ash)
12位 TAKURO 8111万円(GLAY)
13位 藤井フミヤ 7745万円
14位 吉田美和 7705万円(DREAMS COME TRUE)
15位 倉木麻衣 7658万円
16位 北島三郎 7221万円
17位 長渕剛 6987万円
18位 竹内まりや 6928万円
19位 山下達郎 6787万円
20位 布袋寅泰 6776万円
1位 竹村健一 2億7661万円(評論家)
2位 大川隆法 2億7168万円(幸福の科学 総裁)
3位 小室哲哉 2億4020万円(音楽プロデューサー)
4位 平山郁夫 1億9898万円(日本画家)
5位 千玄室 1億8372万円(前 茶道家元)
6位 浅利慶太 1億8350万円(舞台演出家)
7位 つんく 1億7235万円(音楽プロデューサー)
8位 高橋留美子 1億7214万円(漫画家)
9位 秋元康 1億6265万円(作詞家)
10位 許斐剛 1億5917万円(漫画家)
11位 青山剛昌 1億3512万円(漫画家)
12位 稲葉 賀惠 1億2809万円(ファッションデザイナー)
13位 大前研一 1億0306万円(経済評論家)
14位 小林祥晃 1億0046万円(Dr.コパ 風水師)
15位 石井和義 9299万円(K-1プロデューサー)
16位 久米宏 9016万円(ニュースキャスター)
17位 芦田淳 7424万円(ファッションデザイナー)
18位 浦沢直樹 6177万円(漫画家)
19位 阿久悠 5237万円(作詞家)
20位 松浦勝人 5221万円(音楽プロデューサー)
※1位の竹村健一はアメリカでの不動産投資に成功してのランクイン。
※10位の許斐剛は『テニスの王子様』人気で初登場。
また、売れっ子漫画家はプロダクションを作っていることが多く、その大半が法人化されている。
漫画家本人は社長や役員に就任しており、プロダクションから給与をもらう形で報酬を得ている。
これは、節税を兼ねており、1960年代よりこのシステムは導入されている。
2002年分の漫画家プロダクションの申告所得一覧は以下のとおり
尾田栄一郎 約7億0800万円 ビリーウッド
鳥山明 約6億1700万円 バードスタジオ
井上雄彦 約6億0700万円 アイティプランニング
高橋和希 約4億1200万円 スタジオダイス
藤子・F・不二雄 約3億7300万円 藤子エフ不二雄プロ
岸本斉史 約2億7100万円 スコット
北条司 約2億0600万円 アトリエねこまんま
武井宏之 約1億8300万円 武井プロダクション
秋本治 約1億8200万円 アトリエびーだま
やなせたかし 約1億5700万円 やなせスタジオ
矢沢あい 約1億5700万円 矢沢漫画製作所
河合りつ子 約1億5100万円 とっとこ堂
許斐剛 約1億3400万円 ティケィワークス
森川ジョージ 約1億2600万円 スタジオジェイ
小畑健 約9900万円 ノエル
水島新司 約7200万円 水島プロダクション
永井豪 約5800万円 ダイナミックプロダクション
弘兼憲史 約4900万円 ヒロカネプロダクション
1位 みのもんた 1億8647万円
2位 石橋貴明 1億5251万円(とんねるず)
3位 浜田雅功 1億2414万円(ダウンタウン)
4位 松本人志 1億2014万円(ダウンタウン)
5位 木梨憲武 1億1824万円(とんねるず)
6位 草彅剛 1億0907万円(SMAP)
7位 中村玉緒 9716万円
8位 飯島直子 9261万円
9位 木村拓哉 9186万円(SMAP)
10位 峰竜太 8376万円
11位 太田光 8149万円(爆笑問題)
12位 田中裕二 8071万円(爆笑問題)
13位 タモリ 7679万円
14位 織田裕二 7331万円
15位 ビートたけし 7200万円
16位 明石家さんま 6934万円
17位 上沼恵美子 6591万円
18位 志村けん 6210万円
19位 堂本光一 6132万円(KinKi Kids)
20位 大楠道代 6074万円
1位 稲葉浩志 3億0926万円(B’z)
2位 浜崎あゆみ 2億8237万円
3位 松本孝弘 2億7391万円(B’z)
4位 宇多田ヒカル 1億6873万円
5位 矢沢永吉 1億6508万円
6位 桑田佳祐 1億4955万円(サザンオールスターズ)
7位 MISIA 1億1937万円
8位 桜井和寿 1億1407万円(Mr.Children)
9位 井上陽水 1億1074万円
10位 藤井フミヤ 8789万円
11位 TAKURO 8064万円(GLAY)
12位 北島三郎 7829万円
13位 松田聖子 7773万円
14位 吉田美和 6809万円(DREAMS COME TRUE)
15位 椎名林檎 6585万円
16位 中島みゆき 6561万円
17位 河村隆一 6328万円(LUNA SEA)
18位 中村正人 6283万円(DREAMS COME TRUE)
19位 長渕剛 6097万円
20位 倉木麻衣 5678万円
1位 千宗室 1億9377万円(茶道家元)
2位 河合リツ子 1億7863万円(漫画家・とっとこハム太郎作者)
3位 浅利慶太 1億7765万円(舞台演出家)
4位 高橋留美子 1億7064万円(漫画家)
5位 千玄室 1億6544万円(前 茶道家元)
6位 青山剛昌 1億5943万円(漫画家)
7位 つんく 1億5160万円(音楽プロデューサー)
8位 大川隆法 1億4997万円(幸福の科学 総裁)
9位 綾小路きみまろ 1億3691万円(漫談家)
10位 秋元康 1億2787万円(作詞家)
11位 許斐剛 1億2267万円(漫画家)
12位 久石譲 1億2040万円(作曲家)
13位 石原まき子 9944万円(石原プロモーション会長)
14位 久米宏 9455万円(ニュースキャスター)
15位 平山郁夫 9327万円(日本画家)
16位 熊川哲也 9250万円(バレエダンサー)
17位 山本耀司 7983万円(ファッションデザイナー)
18位 小林祥晃 7617万円(Dr.コパ 風水師)
19位 小室哲哉 7575万円(音楽プロデューサー)
20位 芦田淳 7572万円(ファッションデザイナー)
21位 堀井雄二 7226万円(ゲームデザイナー)
※1位の千宗室は、茶道裏千家家元16代玄黙宗室。2003年に15代汎叟宗室から家元を継いだ。
※12位の久石譲はジブリ作品で有名な作曲家。
納税額1,000万円以上で公示された2003年分の漫画家の納税額一覧は以下のとおり
横山光輝 6231万円
赤塚不二夫 5793万円
車田正美 5754万円
佐藤秀峰 5257万円
浦沢直樹 4423万円
やなせたかし 4386万円
水島新司 3941万円
松本大洋 3752万円
浜岡賢次 3296万円
宮崎駿 2248万円
弘兼憲史 2148万円
宮下あきら 2116万円
あだち充 1713万円
中原アヤ 1623万円
山咲トオル 1586万円
かわぐちかいじ 1460万円
川原正敏 1447万円
江川達也 1327万円
やくみつる 1210万円
また、売れっ子漫画家はプロダクションを作っていることが多く、その大半が法人化されている。
漫画家本人は社長や役員に就任しており、プロダクションから給与をもらう形で報酬を得ている。
これは、節税を兼ねており、1960年代よりこのシステムは導入されている。
2003年分の漫画家プロダクションの申告所得一覧は以下のとおり
鳥山明 16億0500万円 バードスタジオ
尾田栄一郎 5億2400万円 ビリーウッド
藤子F不二雄 3億4400万円 藤子エフ不二雄プロ
許斐剛 3億0600万円 テイケイワークス
高橋和希 2億8200万円 スタジオダイス
やなせたかし 2億7400万円 やなせスタジオ
井上雄彦 2億6200万円 アイティプランニング
長谷川町子 2億4800万円 (財)長谷川町子美術館
佐藤秀峰 2億0800万円 佐藤漫画製作所
楳図かずお 1億4700万円 楳図プロダクション
森川ジョージ 1億3700万円 スタジオジェイ
矢沢あい 1億3600万円 矢沢漫画製作所
弘兼憲史 1億2800万円 ヒロカネプロダクション
けらえいこ 1億2800万円 ママレードカンパニー
高橋陽一 1億1900万円 ヨウヨウスタジオ
天王寺大 1億1600万円 天王寺大事務所
小畑健 1億1200万円 ノエル
岸本斉史 1億1100万円 スコット
水島新司 1億0500万円 水島プロダクション
武論尊 1億0000万円 プロダクション一家
秋本治 8600万円 アトリエびーだま
ハロルド作石 6400万円 作石プロ
石森章太郎 6400万円 石森章太郎プロ
臼井儀人 6300万円 らくだ社
北条司 5800万円 アトリエねこまんま
神尾葉子 5700万円 リーフプロダクション
武内直子 5000万円 プリンセス・ナオコ・プランニング
安彦良和 4800万円 九月社
ちばてつや 4300万円 ちばてつやプロダクション
手塚治虫 4200万円 手塚プロダクション
石森章太郎 4200万円 石森プロ
※石森章太郎プロとは別法人
高橋留美子 4000万円 るーみっくプロダクション
1位 みのもんた 2億0101万円
2位 中居正広 1億8745万円(SMAP)
3位 石橋貴明 1億5291万円(とんねるず)
4位 木梨憲武 1億3505万円(とんねるず)
5位 浜田雅功 1億2528万円(ダウンタウン)
6位 中村玉緒 1億0794万円
7位 松本人志 1億0738万円(ダウンタウン)
8位 太田光 1億0639万円(爆笑問題)
9位 田中裕二 1億0176万円(爆笑問題)
10位 木村拓哉 9803万円(SMAP)
11位 草彅剛 9796万円(SMAP)
12位 松たか子 8379万円
13位 島田紳助 8131万円
14位 峰竜太 7828万円
15位 タモリ 7690万円
16位 明石家さんま 7602万円
17位 田村正和 7332万円
18位 堺正章 7055万円
19位 ビートたけし 6932万円
20位 関口宏 6855万円
1位 宇多田ヒカル 3億6595万円
2位 稲葉浩志 1億7577万円(B’z)
3位 矢沢永吉 1億7042万円
4位 浜崎あゆみ 1億3785万円
5位 松本孝弘 1億2913万円(B’z)
6位 桑田佳祐 1億1906万円
7位 桜井和寿 1億1417万円(Mr.Children)
8位 長渕剛 1億0584万円
9位 藤井フミヤ 1億0093万円
10位 北島三郎 9445万円
11位 吉田美和 8994万円(DREAMS COME TRUE)
12位 槇原敬之 8254万円
13位 TAKURO 8081万円(GLAY)
14位 綾戸智恵 7456万円
15位 中村正人 7287万円(DREAMS COME TRUE)
16位 松田聖子 7211万円
17位 MISIA 7068万円
18位 中島みゆき 7037万円
19位 倉木麻衣 6396万円
20位 福山雅治 5860万円
1位 平山郁夫 1億6883万円(日本画家)
2位 高橋留美子 1億4271万円(漫画家)
3位 大川隆法 1億4160万円(幸福の科学 総裁)
4位 千玄室 1億4087万円(前 茶道家元)
5位 青山剛昌 1億3831万円(漫画家)
7位 秋元康 1億3407万円(作詞家)
8位 千宗室 1億2466万円(茶道家元)
9位 岸本斉史 1億1269万円(漫画家)
10位 つんく 1億1268万円(音楽プロデューサー)
11位 NIGO 1億0874万円(ファッションデザイナー)
12位 浅利慶太 9463万円(舞台演出家)
13位 石井和義 9292万円(K-1プロデューサー)
14位 河合りつ子 9238万円(漫画家・とっとこハム太郎作者)
16位 山本耀司 7951万円(ファッションデザイナー
)
17位 芦田淳 7362万円(ファッションデザイナー)
※6位に華道家の假屋崎省吾が登場。
※9位に登場した岸本斉史は『NARUTO』の作者。
※11位に登場したNIGOは裏原宿系ブランド〝A BATHING APE®〟の創業者。現在は同ブランドから離れて、〝HUMAN MADE〟のデザイナーや音楽プロデューサーとして活動。妻は女優の牧瀬里穂。
納税額1,000万円以上で公示された2004年分の漫画家の納税額一覧は以下のとおり
浦沢直樹 6266万円
井上雄彦 5726万円
赤塚不二夫 5679万円
やなせたかし 5654万円
車田正美 4174万円
水島新司 3276万円
宮下あきら 3039万円
福本伸行 2718万円
森川ジョージ 2554万円
川原正敏 2446万円
しげの秀一 2213万円
弘兼憲史 2131万円
あだち充 1940万円
佐藤秀峰 1433万円
かわぐちかいじ1344万円
江川達也 1236万円
2004年分の漫画家プロダクションの申告所得一覧は以下のとおり
鳥山明 14億8300万円 バードスタジオ
高橋和希 5億1000万円 スタジオダイス
藤子F不二雄 4億5600万円 藤子エフ不二雄プロ
長谷川町子 4億4700万円 (財)長谷川町子美術館
岸本斉史 3億7400万円 スコット
許斐剛 3億4700万円 テイケイワークス
尾田栄一郎 3億3300万円 ビリーウッド
やなせたかし2億7000万円 やなせスタジオ
井上雄彦 2億2000万円 アイティプランニング
北条司 2億0700万円 アトリエねこまんま
矢沢あい 2億0300万円 矢沢漫画製作所
佐藤秀峰 1億2200万円 佐藤漫画製作所
秋本治 1億2100万円 アトリエびーだま
弘兼憲史 1億0700万円 ヒロカネプロダクション
武井宏之 8400万円 武井プロダクション
天王寺大 8200万円 天王寺大事務所
けらえいこ 7900万円 ママレードカンパニー
高橋陽一 6900万円 ヨウヨウスタジオ
臼井儀人 6700万円 らくだ社
ハロルド作石 5400万円 作石プロ
石森章太郎 4700万円 石森章太郎プロ
永井豪 4000万円 ダイナミックプロダクション
※『ジョジョの奇妙な冒険』で有名な荒木飛呂彦
は、個人事務所
兼プロダクションの有限会社ラッキーランドコミュニケーションズで納税しているが、今回対象とした期間では、申告所得4,000万円未満で公示対象外だった。
しかし、公示されている年では、年間4~5,000万円の申告所得があったことが確認できる。
最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。
人物伝
※2022年1月22日加筆修正をおこないました。
はる坊です。
1990年代以降の西村寿行と、その晩年について綴っていきます。
世間はバブル景気崩壊により長い不況のトンネルに入っていた1993年。
62歳となっていた西村寿行は執筆意欲も薄くなり、代々木の仕事場で過ごす時間は多かったものの、この年には、『幻獣の森』『魔性の岩鷹
』の2冊のみが発行されています。
そして、5月31日。
西村寿行は重大な宣告を受けることになります。
ガンを患っていることを報されたのです。
西村が体調の異変に気付いたのは、その1、2ヶ月前のことです。
喉にチクッチクッと痛みを感じるようになったのです。最初は、魚の小骨が喉に刺さったと思ったようです。
痛みは酒を飲んでいるうちに消え去りますが、断続的に、チクリと喉の痛みが西村を襲います。
体調の異変を感じ始めた西村は、いつからか、かかりつけとなった、西新宿の会員制クリニックに赴いて、内視鏡検査を受けます。
医師は「喉に炎症ができている」と話し、組織片を採取されます。
そして、1週間後、仕事場にほど近い大学附属病院で、飲み友達になっていた医師から電話が掛かってきました。
西村は、酒の誘いだと軽く考えて、病院に向かいました。
しかし、病院で待っていたのは、残酷な宣告でした。
医師は西村の身体が癌に蝕まれていることを告げられます。
西村は、自分が酒飲みであることもあり、食道癌だと思ったようですが、医師の診断は下咽頭癌(扁平上皮癌)でした。
「ほっておいたら、どうなります?」と訊ねた西村に医師は、
「ほっておいたら、半年保たない」
と医師に告げます。
西村は混乱しながらも入院を決意します。
最初の幾日かは、宣告を受けた東京の大学付属病院で過ごしますが、治療のため、神奈川県内にある同じ大学の付属病院本院に入院した彼は、当初、誰もそして何も寄せつけませんでした。
病院は自宅からも比較的近い場所にありましたが、西村はただ独りの時間を過ごします。
見舞い・面会は不要。
花も不要。
家族も一人娘が手続きに来たときに、立ち寄っただけでした。
家族仲が悪かったわけではありません。
西村自身が「来るな」と厳命したからです。
そして、家族も西村の気性を理解していました。
出版関係では、ただひとり、徳間書店の編集者に電話連絡をするのみでした。
大学付属病院の院長が主治医となり、ガン治療を33回の放射線照射でおこなうことに決定します。
毎朝、早くにおこなわれる数分の放射線治療が終わると、西村は病院を抜け出します。
(病院では死にたくない)と決意した彼は身体を鍛える為に、山歩きに没頭します。
西村は動物好きであった為、人間と共に働いた牛馬に思いを寄せ、それらを祀った道祖神に興味を持ち、自宅の庭に地蔵を2体祀っていましたが、特別な信仰を持ってはいませんでした。
しかし、最初に向かったのは庶民の山岳信仰で知られる大山でした。
やはり、ガン=死という幻影が、西村を大山へ駆り立てたのではないかと思います。
毎日のように丹沢山系を歩いたおかげで、西村の足腰はすっかり丈夫になります。
元々、作家になる前は、狩猟に生きていた時期もあり、山歩きをしていた西村ですが、このときの山歩きは、また別の思いを持ちながら歩を進めて行ったと思います。
下咽頭癌治療は手術こそしないものの辛いものとなり、放射線照射で放射線による火傷が頸部全体に広がり、内部までもが爛れました。
西村はネルシャツにジーンズ、そして首回りにスカーフを巻くというファッションを好みました。
しかし、今やそのスカーフは、おしゃれではなく、喉の火傷を覆い隠すものに変わっていました。
喉麻酔をしなくては、食事が採れない状態になりましたが、33回の照射治療でがん細胞は西村寿行の身体から消えました。
そして、6月27日に退院します。
しかし、退院した西村寿行を待っていたのは、痛恨の出来事でした。
入院して2週間は誰にも会いませんでしたが、考えをあらためて信頼していた徳間書店と光文社の担当編集者と丹沢の温泉旅館で食事をします。
「西村寿行、癌で入院」の報せは、各社の〝西村番〟編集者に届きました。
西村は「騒ぐな。大きな話にするな!」と厳命しました。
長年の担当編集者である徳間書店のひとりだけに入院したことだけを報せて、自身の体調について詳しい状況を話していないことに、西村自身の気がとがめたようです。
温泉旅館での席で、西村は旧知の週刊誌記者が胃癌で入院したことを知らされます。
その記者は、西村が孤北丸という名のサロン・クルーザーを所有していたとき、キャプテンを務めた人物でした。
それだけ、西村と強い信頼関係で結ばれていた人物だといえるでしょう。
彼の容体を訊ねた西村に返ってきた答えは、
「3ヶ月の命だそうです・・・」
という残酷な言葉でした。
西村は絶句するしかありませんでした。
西村寿行が所有していたサロンクルーザー・孤北丸については、徳間文庫版『雲の城』の巻末に『サロン・クルーザー』というエッセイが掲載されています。amazon kindle
やDMM電子版でも読めます。
自らのガン治療を終えて退院した西村は、早速タクシーを飛ばして彼の元へ向かいました。
しかし医師の宣告どおり、旧知の週刊誌記者は3ヶ月後に亡くなります。
西村は彼の葬儀には参列しませんでした。ひとり娘を名代として赴かせたその日、西村はただひとりで涙を流していました。
記者の死の3週間前に、彼の妻が西村担当の編集者とともに、西村の元へ訪れます。
そして、
「しっかりとした病院へ移りたい」
と本人が言っていると聞かされます。
最初に行った病院では胃潰瘍と診断されたこと、現在入院している病院では、医師は何もしてくれないという、訴えも聞かされることになります。
しかし、すべては遅すぎました。
西村は自分自身を責めました。
「俺が入院するとき、誰にも会わないと言わなければ・・・」
「寿行さんなら、しかるべき病院と医師を、紹介してくれるのではないか、と本人が思っていたのなら・・・」
災難は更に降りかかります。
同年12月に転倒した折に、右手首を粉砕骨折してしまいます。
そして、翌1994年の3月まで再度の入院を余儀なくされます。
雑誌に連載中の小説はこの間、休載。
ガン治療と右手首の粉砕骨折での入院。
旧知の人物のガン死。
そして、自らのガンに対する放射線治療の代償として得た、頭重と嘔吐感、持病の蕁麻疹。
これらのことが、西村寿行を執筆から更に遠ざけた気がしてなりません。
かつての勢いをなくし、酒に耽溺する時間の増えた西村から離れる編集者もいました。
それでも、かつての西村を知る編集者は、雑誌連載や短編掲載で、西村を盛りたてようとします。
退院してから、執筆・刊行された本を以下のとおりです。
1994年『深い眸(中編集)』(光文社)(小説宝石掲載)
1995年『幻覚の鯱―神軍の章』(講談社)
(メフィスト 1994年8月号~1995年4月号連載)
1995年『世にも不幸な男の物語(短編集)』(徳間書店)(問題小説掲載)
1995年『デビルズ・アイランド』(角川書店)
(小説王 1994年9月号~1995年1月号 及び 野性時代 1995年4月号~7月号連載 )
1996年『大厄病神』
1997年『鷲』(徳間書店)
1998年『牡牛の渓(短編集)』(光文社)(小説宝石掲載)
1998年『幻覚の鯱―天翔の章』(講談社)(小説現代増刊 メフィスト連載)
2000年『月を撃つ男』(光文社)(小説宝石 1999年4月号~9月号連載)
2001年『碇の男(短編集)』(徳間書店)(問題小説掲載)
まだ、小説現代の臨時増刊号という位置づけで、誌面の性格が決まっていなかったことも影響していたでしょうが、『幻覚の鯱―神軍の章』が、『メフィスト』に連載されていたのは少し意外な気がします。
このほかに、短編集や中編集を違うタイトルで二次出版化されたものもありますが、それらは省きました。
内容は、かつて西村作品を愛読していた読者が物足りなさを感じるものになっていました。
1994年~2001年までに刊行された本は、ピーク時なら1年で刊行していた冊数です。
1999年に光文社『小説宝石』で最後の長編となる『月を撃つ男』を6回に分けて連載。
そして、2000年10月に同誌に掲載された短編『刑事』(『碇の男』に収録)を最後に西村寿行の新作小説が発表されることはありませんでした。
それでも、最後の長編『月を撃つ男』は文庫化されると増刷を重ね、第8刷まで重版されています。
西村は晩年、家族を自宅とは別にマンションに住まわせ、西村とボスと名付けた一頭の紀州犬と邸宅に籠もり、週末だけ家族と食事を共にする生活となりました。
パイプを口にくわえて、好々爺となった晩年の姿を捉えた顔写真は珍しいと思います。

『犬族からの通信』という近況報告を兼ねたエッセイが、2001年から徳間書店の小説誌『問題小説』に連載されていた時期もありますが、いつのまにかそれもなくなり、死の数年前に執筆していたという、自らの半生記もついに公に発表されることはありませんでした。
体調を損ねながらもアルコールの量は減ることなく、一人娘が注意しても聞き入れませんでした。
西村曰く、
〝俺はアルコールと妄想と幻覚で生きていたんだ〟。
そして、2007年8月23日朝。
様子を見に来ていた家族が、ベッドで亡くなっている西村寿行を発見します。
その死を看取り、傍にいたのは3代目の紀州犬・ボスだけでした。
死因は肝不全。
享年78(満76歳)。
徳間書店発行の『問題小説』では、【追悼・西村寿行】と題して、出世作となった『君よ憤怒の河を渉れ』が全編再掲載されました。
通夜と告別式は近親者のみでひっそりとおこなわれました。
その後、旧知の人々が集ったお別れ会の席上、生前、弁護士に宛てて書かれながら、書斎の机の中に置かれたままで、投函されることのなかった西村寿行の『遺言状』が読まれました。
西村は自他共に認める〝晴れ男〟でした。
しかし、お別れ会当日は冷たい雨が東京に降り注いでいました。
まるで、寂しがり屋の西村が、〝自分抜きで別れの会なぞを執り行うな〟と言っているかのように。
この会が執り行われてから、『遺言状』の全文が光文社発行の『小説宝石』に掲載されました。
〝愉しかった人生に御礼申し上げます〟から始まるこの遺言状は、独特の死生観を綴った後に、こう締めくくられていました。
〝ぼくの死は誰にもいうな。死を発表するほどおろかしいことはない。
魚もだが、牛や馬は親仔、兄弟の死をあの大きな澄んだ瞳に浮かべることはない。
己の死を特別なことと捉えるのはひと類のおごりだろう。
ひっそり--それがぼくには似合っている。
海から這い上がって、いつの間にか消えていた--というような生と死--。〟
70代を迎えて、小説を書くことからは遠ざかっていましたが、西村寿行らしい文章は最後まで健在でした。
お別れ会の祭壇には、毛蟹を調理する73歳の西村の写真が飾られ、最も愛した酒であるアーリー・タイムズが供えられました。
西村の逝去後も、代表作品の文庫は新装版として刊行され続けています。
そして、逝去から10年が経った2017年には、1976年に公開された『君よ憤怒の河を渉れ』のリメイク作『マンハント
』が、ジョン・ウー
監督 チャン・ハンユー
福山雅治
主演で公開されました。
西村寿行作品に影響を受けた人々は数多くいます。
なかには、現在人気作家・漫画家として活躍中の方も。
漫画家では、藤田和日郎。
そして、荒木飛呂彦。
2015年暮れには、半生を共にされた奥様・西村八千子さんも亡くなられ、西村寿行の時代はさらに遠くなった気もしますが、多摩市連光寺に建てられた邸宅は、まだその存在感を放っています。
つたない文章を最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。
ファンのひとりとして、このまま忘れ去られてしまうのは、あまりに惜しい作家だと思いますので、手持ちの資料を読みながら思いを込めて綴りました。
2018年6月に西村寿行ファンとして、大変嬉しいことがありました。
本の雑誌社が発行している『本の雑誌420号2018年7月号』で、
『巨魁・西村寿行伝説』と題した特集記事が組まれたのです。
担当編集者だった講談社の鈴木宣幸氏、徳間書店の平野健一氏、光文社の丸山弘順氏、そして、愛娘の西村亜子氏が登場して、主に1980年代の西村寿行について語っています。
ちょうど『地獄』に登場していた担当編集者が寿行先生のお相手に疲れて、若手が投入されはじめた頃からのお話がメインになります。
そのエピソードがすべて面白すぎるので、気になる方は、ぜひチェックをしてみてください。
以下は、1990年代半ばにおこなわれた北海道取材旅行で、実際にあったエピソードです。
・根室の旅館に宿泊して、宴会をおこなう際に、花咲ガニはあったものの大好物の毛ガニがなく、
「みんな、飲めーッ!、喰えーッ!」
というどんちゃん騒ぎがしたかった寿行先生はご立腹。
ちなみに、寿行先生は浜茹でされた毛ガニが大好物でした。
寿行先生は同行の編集者たちに、「好きなだけ飲み食いをさせられず、申し訳ない」と詫びたあと、その席の幹事だった角川書店の宍戸健司氏に集中攻撃をします。
(宍戸氏は、専修大学卒業後に角川書店に入社。10年来、担当編集者として西村を支える一方、角川ホラー文庫を立ち上げ、日本ホラー大賞、山田風太郎賞創設も手掛けた敏腕編集者にして、馳星周氏を『不夜城』で華々しくデビューさせた方です)
このときに、ブチ切れた寿行先生が、宍戸健司氏に向かって発言した
「おまえは根室市長に連絡したか!」
は重要な寿行ワードです。
あまりにネチネチと、寿行先生から怒りをぶつけられ続けた宍戸氏は我慢をしていましたが、ついに耐えきれなくなり、
「じゃあ、いいっすよ。俺、帰りますよ」
とキレ始める始末。
次の日は知床泊で、前日のことがあったので、編集者が気を利かせて旅館側に、
「いくらかかってもいいからカニづくしにしてくれ」
と頼んだところ、宴席にやってきた寿行先生は、
「こんなにカニばっかりあって気持ちが悪い」
と言いだしてご機嫌を損ねます。
更に、「カニが俺を見ている」と名言を吐きます。
それから、不機嫌になって酒を飲みながら海を眺めていた寿行先生でしたが、何を見間違えたのか、
「ロシアのスパイ船がいる」
と言い始めて、海上保安庁に「今、スパイ船が入ってきた」と電話連絡をするも、酔っ払いの戯言だと相手にされず、「クジラか何かじゃないでしょうか?」と返されると、「何言ってんだ!」と怒って、電話を叩きつけて壊しました。
(実際に、不審船が領海内に侵入していれば、海上保安庁は早々にレーダーで発見していたでしょう)
それからも、
・港に停泊中のロシア船に勝手に乗り込んでいった。
・釧路動物園で、「あいつを殴ってやる」
と言ってヒグマのいる柵を上り始めた。その横に写生をしにきていた地元の小学生がいたが、みんなびっくりしていた。
等々。
また、日常生活においても面白エピソードが満載です。
でも、担当編集者は右往左往させられながらも、寿行先生のことが大好きで、この特集のなかで、
“「本当、寂しがりやだった。でも才能はすごい。鬼気迫るというか」”
“「寿行さんは担当できてよかったなっていう一番の作家ですね」”
と思い出を愉しそうに語られています。
これを期に、亜子氏が『父・西村寿行』とサブタイトルがつくような本を書いてくださると有難いのですが。
叶わない願いかもしれません。
最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。
もう一度、心より御礼申し上げます。
何かございましたら、こちらまでお願いいたします。
はる坊 拝
はる坊 @harubou_room Twitter(新しいタブが開きます)
メール:http://info*harubou-room.com (*を@にご変更いただきますようお願いいたします)
人物伝
はる坊です。
まず、1980年代になっても、西村寿行がどれだけ売れていたのかを示すデータから。
俗にいう長者番付。高額納税者番付作家部門です。
1983年度分からは、従来の申告所得額ではなく、納税額が公示されるようになりました。
1983年度分 1億2,588万円 4位
1984年度分 1億5,615万円 5位
1985年度分 1億3,745万円 5位
1986年度分 1億1,809万円 5位
1987年度分 1億3,190万円 4位
1988年度分 1億0,072万円 5位
1989年度分 9,508万円 7位
1990年度分 8,185万円 6位
1980年度分から1990年度分までに公示された申告所得額・納税額をみると、
この時代に売れて税金を多く納めた作家は次の順になります。
1位 赤川次郎 6位 池波正太郎
2位 西村京太郎 7位 森村誠一
3位 司馬遼太郎 8位 笹沢左保
4位 西村寿行 9位 渡辺淳一
5位 松本清張 10位 遠藤周作
西村寿行は、なぜ、ここまで売れたのか?
・小説本がもっとも売れた昭和50~60年代に活躍したこと。
・1975年の『君よ憤怒の河を渉れ』以降、特に77年からは、毎月のように新刊を出し続け、その全作が水準以上の出来栄えで、西村寿行作品は面白いという評価を読者から受けていたこと。
1975年に角川書店が角川文庫を発刊して、西村寿行作品に廉価で身近に触れられたこと。角川文庫の売り上げ部数は、横溝正史・赤川次郎・森村誠一に次いで歴代第4位です。
・寿行作品の多くを出版した徳間書店が、80年に徳間文庫を発刊して、ここでも寿行作品が文庫化されたこと。
さらに、徳間書店では『西村寿行選集(NISHIMURA HARD-ROMAN SERIES)』をノベルスで別に刊行し続けたこと。
新刊のハードカバー・ノベルスは15万部程度売れ、文庫の初版は20万部。
もちろん、増刷が繰り返されます。
徳間書店の創業者・徳間康快(とくま やすよし《名前はこうかいとも呼ばれました》)は反権力の立場にいる作家を愛しました。
なかでも大藪春彦とは親友同士で、大藪の葬儀で弔辞を読んだのも徳間康快でした。
エンタメ系のプロ作家が対象の大藪春彦賞も制定しています。
賞金300万円は、デビュー後の作家がもらえる賞の賞金としては、柴田錬三郎賞と並んで最高額タイです。
実業家としては、本業の徳間書店のほかにも、スタジオジブリの初代社長も務めています。
また、映画会社の大映や徳間ジャパンの経営もおこないました。
〝徳間文庫、いや、徳間書店を支えている一因は西村寿行〟と囁かれるほどの人気ぶりでした。
しかし、一番の理由は、
“俺は芸術家じゃなくて、職人だから、面白おかしく書いて、たくさんの人に読んでもらえればいいんだ。”
と語っていた読者を大切に考える西村寿行自身の姿勢にあったと思います。
では、年ごとに出版された作品をみていきたいと思います。
『霖雨の時計台』『宴は終わりぬ』(唯一のエッセイ集)『石塊の衢』『鬼(中編集)』『狼のユーコン河』『濫觴の宴』『花に三春の約あり』『魔境へ、無頼船』『幻戯』『頻闇にいのち惑ひぬ』『襤褸の詩』
エッセイを含んで11冊を上梓しています。
この年の作品では、田中邦衛主演でドラマ化された『霖雨の時計台』が白眉です。
インタビュー嫌いの西村寿行にしては珍しく、この『霖雨の時計台』に関しては、この小説に対しての強い思い入れを取材に応じて、機嫌よく語っているのです。
同時に、幻想小説として傑作であり、夢枕獏が雑誌掲載時に驚愕したという『鬼(中編集)』はおすすめです。
また、『花に三春の約あり』は『峠に棲む鬼』のヒロイン・逢魔麻紀子の娘、逢魔紀魅が登場します。
そして、『襤褸の詩』では『蘭菊の狐』のヒロイン・出雲阿紫が再登場しますが、扱いが他の寿行作品で描かれるヒロインと同じ道を辿ったのが、個人的には残念でした。
生涯で唯一刊行されたエッセイ集『宴は終わりぬ』は人間・西村寿行が余すところなく感じられて面白いです。
また、表紙の絵を愛娘の西村亜子さんが描いています。そして題字は西村寿行本人によるものです。
『空蝉の街』『監置零号』『鉛の法廷』『風紋の街』『妖しの花乱れにぞ』『垰 大魔縁』『垰よ永遠に』『夢想幻戯』『沈黙の渚』『緋の鯱』『黒猫の眸のほめき』『憑神(中編集)』
12冊を上梓しています。
垰シリーズが、『垰よ永遠に』をもって終わりました。
『鉛の法廷』は司法で裁くことができない犯罪者を、私設裁判所にて裁くという重くも救いのある作品です。
『黒猫の眸のほめき』は、西村寿行が主役です(物語の序盤に西村寿行は、実際の愛車で、本当に1リットルで2キロしか走らなかったという、恐ろしく燃費の悪いチューンアップ済みのメルセデスベンツ500SLC AMG仕様に乗って登場しますが、その後は・・・)。『地獄』の世界観を楽しめるのなら、この作品も面白いはずです。
『雲の城(中編集)』『牙(短編集)』『異常者』『鬼の跫』『人類法廷』『ガラスの壁』『無頼船、極北光に消ゆ』『鷲の巣』
上梓した冊数は8冊に減りました。
ポリティカルフィクションというジャンルにあてはまる『人類法廷』『ガラスの壁』が刊行されます。
寿行作品中期以降のなかでも異質な存在感を放つ、『異常者』もこの年に発表されています。
これは読み手によって様々な意見があると思うのですが、個人的にはこの1985年に発表された作品あたりから、徐々に全体のバランスが崩れた作品が出始めたように感じます。
前年の84年に、西村寿行の影響を公言している夢枕獏の伝奇バイオレンス小説『魔獣狩り 淫楽編』『魔獣狩り 暗黒編』『闇狩り師』が単巻で10万部以上のヒット作になります。
『闇狩り師』を刊行した徳間書店の編集者は“「ウチはもう完全なバックアップ態勢です。第二の西村寿行になりうると確信しています」”と発言しています。(出典:週刊文春1984年9月27日号「バイオレンスのニューパワー夢枕獏の正体」より)
当時、夢枕獏自身がインタビューで“「昨年(前年の1983年分)の年収は780万円だったのに、今年は6800万円でした。あるときに、通帳記帳に行ったら、機械がダダダッて印字がとまらなくて、『来たな』と思いました」”と話しているように、翌1985年分、1986年分では長者番付の作家部門14位に登場します。
そして、この時期から伝奇小説だけではなく格闘小説『餓狼伝』や『陰陽師』の執筆も開始して、月産500~800枚という多産に耐えながら、作家としてのフィールドを拡げていきます。
98年に『神々の山頂』で柴田錬三郎賞を受賞したのを皮切りに、一般文芸を対象とした文学賞にも縁ができはじめ、泉鏡花文学賞、吉川英治文学賞も受賞し、2018年春には紫綬褒章を受章しています。
また、朝日ソノラマで、『魔界都市〈新宿〉』でデビューを果たし、『トレジャーハンター(エイリアン)』やシリーズ『吸血鬼ハンターD』シリーズジョブナイル小説(現在のライトノベル)を書いていた菊地秀行がこの年にノベルス界に進出すると矢継ぎ早に『魔界行Ⅰ(復讐編)』『魔界行Ⅱ(殺戮編)』『魔界行Ⅲ(淫獄編)』『妖魔戦線』『妖魔陣』『妖魔軍団』『妖人狩り』『妖獣都市』など伝奇小説を量産して、そのほとんどが10万部を軽く超えるベストセラーとなりました。
1987年には、21冊もの伝奇バイオレンス小説を主にノベルスで発表して、ベストセラー作家の座を確固たるものにします。
年間10冊以上の新刊を長期間にわたって発表し続け、2017年2月には『魔界都市ブルース 霧幻の章』で著作400冊を達成しています。また、1986年分から1995年分までの10年間、長者番付・作家部門ではベストテンにランクインし続けました。
このような新しい動きがあったことは、西村寿行に追随したバイオレンス小説の大家・勝目梓もその半自伝的著書『小説家』のなかで触れています。
勝目が年間15冊平均でノベルスを出していた時期で、一番多忙であった頃ですが、半自叙伝的な著書に夢枕獏と菊地秀行の台頭を記しているところをみると、当時としては、かなり脅威に映ったのではないかと思います。
『珍らしや蟾蜍、吐息す』『死神 ザ・デス』『山姥が哭く(短編集)』『曠野の狼』『無頼船 ブーメランの日』『遺恨の鯱』『時の旅』『癌病船応答セズ』『まぼろしの獣』
長編を中心に9冊を上梓しています。
癌病船シリーズが『癌病船応答セズ』をもって終結しました。
『凩の蝶』『魔の山(短編集)』『人間の十字路(短編集)』『陽炎の街』『風の渚』『幽鬼の鯱』『母なる鷲』『コロポックルの河』『旅券のない犬』
昨年同様、9冊を上梓していますが、個人的に消化不良に思える作品が増えてきます。
特に鯱シリーズではそれが顕著に感じられました。
『風の渚』は渚シリーズ最後の作品になりました。
『残像(短編集)』『執鬼(短編集)』『賞金犬(ウォンテッド)(短編集)』『道』『無法者の独立峠』『無頼船、緑地獄からのSOS』『幻想都市』『聖者の島』『悪霊刑事』『衄られた寒月(中編集)』
刊行数は久々に二桁、10冊になりました。
この年の作品を読むと、前半は面白いけれど、後半になってからが・・・という感じでしょうか。
『賞金犬(ウォンテッド)』が、1995年オリジナルビデオで映像化されています。北野武監督映画『ソナチネ』の出演がきっかけとなり、演技派俳優として認知をされていく大杉漣も、この作品に出演しています。
(残念ながら、大杉漣さんは2018年2月21日に急性心不全で急逝されました。ご冥福をお祈りいたします)
また、『無頼船、緑地獄からのSOS』は無頼船シリーズ、『幻想都市』は幻戯シリーズ(宮田雷四郎シリーズ)最後の作品となりました。
『学歴のない犬(上・下)』『頽れた神々(上・下)』『神聖の鯱』『風と雲の街』
息を吹き返したかのように面白い長編が発表されました。
特に『学歴のない犬(上・下)』は作家生活後半で、もっとも優れた長編になると思います。
1990年(平成2年)
『呪医 ウィッチ・ドクター』『魔物』『涯の鷲』『矛盾の壁を超えた男』『蟹の目(短編集)』
1991年(平成3年)
『凩の犬』『呪いの鯱』
1992年(平成4年)
『消えた島』『魔獣(短編集)』『鬼の都』『ここ過ぎて滅びぬ』
1990年代に上梓された本を92年分までひとまとめにしてしまいましたが、これには理由があります。
90年代に入ると、思わず首を捻ってしまう作品が増えます。
着想は、さすが西村寿行だなと思わせるのですが、内容にまとまりがなく支離滅裂と感じられるものになってきます。
鯱シリーズの『呪いの鯱』は週刊現代に連載されていますし、その他の作品も雑誌連載・掲載作がほとんどですが、雑誌を読むと他の小説家と比べて浮いている印象を受けざるを得ないのです。
1989年12月、徳間書店では文芸書籍編集部の求人の応募して、中途入社した芝田暁氏が西村寿行の担当編集者になっています。
芝田氏の著書『共犯者 -編集者のたくらみ- 』には、西村寿行番編集者の大変さが綴られています。
第一に、徳間書店が文芸書籍編集部の求人を出した理由は、西村寿行の担当編集者が、あまりの大変さに逃げ出してしまい、先輩編集者たちも敬遠しており、やむを得ず、新たに中途採用で担当編集者を補おうとしたからでした。
その大変さはハンパなものではありませんが、初めて、西村寿行に受け入れられたときの喜びも書かれています。
最初、付き合うのには我慢と時間がかかりますが、一度信頼関係を築けると「ホントに仕方のない人だな」と思いながらも惹きつけられてしまう。
そんな人間的魅力が西村寿行にはありました。
それが、第一線から退いた1990年代にも小説連載の仕事が続いた理由ではないでしょうか。
しかし、この頃、作品の雑誌連載・掲載時の煽り文句も〝不条理〟〝奇想〟〝奇作〟と付けられており、どうにも編集者が扱いに困りだしているのが目に浮かんでしまうのです。
また、1990年度分を最後に長者番付作家部門からも姿を消します。
ですが、この時期になっても、西村寿行の新作は単行本(ハードカバー)で初版5万部。
ノベルスもで初版で5万部が刷られていました。
当時税務署で公示されていた高額納税者と納税額を集計した資料をみると、1991年以降も数年間、年間1,000万円以上を納税していたことがわかります。
さて、ここからは余談になりますが、ネットで〝西村寿行〟と検索すると、〝西村寿行 指〟や〝西村寿行 ポキポキ〟という検索がされているのに気がつきます。
どうやら、『「金を払うから女性に指を折らせてくれ」と西村寿行が言った』というもののようです。
なかには、〝西○○行〟と卑怯な書き方をしているところもあります。
これに関しては、私は強く否定します。
西村寿行の小説やエッセイを読み、その考え方や人となりを知ると、とてもではないですが、そういう人物だったとは思えないのです。
〝ホステスに対して言った〟〝風俗関係の女性に対して言った〟という文章もネットに上がっていますが、確かな情報ソースがあるわけではなく、大変に無責任で西村寿行の名誉を毀損する書き込みだと思います。
銀座など女性のいるクラブやラウンジを西村は嫌いました。
大流行作家となっても、足を向けることはありませんでした。
これらは西村寿行のエッセイや、その執筆活動をささえた編集者たちの思い出話の中に出て来ます。
また、女性関係でも、長年秘書としてもそれ以上の関係としても作家生活を支えた女性がいること。
一時期は女優と交際したこと。
どこのソープランドへ編集者と連れだって行くことなど、神秘的なイメージを持ちたい作家なら絶対に公言しないことも、「別に隠すことでもなんでもないじゃねえか」というふうに、堂々とあっけらかんとインタビューで答えています。
こういう人物にそのような噂自体そぐわないと思います。
喜怒哀楽が激しい寂しがり屋で、お山の大将気質。
酔いに任せた部分もあったのでしょうが、夜に宴会をしているときには、北海道から九州まで方々へ電話を掛けまくり1日の電話代が2万円に及ぶこともありました。
自身が飲むのは、売れっ子作家となって、年収が毎年3億円になっても、ビールとバーボンウイスキー・アーリータイムズ。
酒が大好きで、気心の知れた仲間と宴会をするのが大好き。
小説家として一番忙しく、そして輝きを放っていた時期には、渋谷区代々木のマンション最上階に構えた仕事場での執筆が終わる18時頃から、各社の担当編集者が西村の元にアーリータイムズ持参で集まり、毎夜、打ち合わせを兼ねた飲み会を開き、週末になると、編集者たちと『雑木の会』という宴会を開いてもいました。
晩年になって、小説の執筆を完全にストップさせてからも、多摩市連光寺の自邸で宴を催した折りには、長年の戦友とも呼べる旧知の編集者だけではなく出入りの庭師なども呼び、かつて〝海賊料理〟と称した活魚料理店の経営者兼板前だった経験を生かして、自ら客に料理を振る舞いました。
宴の主役はいつも大好物の蟹でした。慣れた手つきで蟹を調理しては、客に蟹の身肉を存分に味わってもらい、蟹雑炊で締めるという何とも贅沢な時間を西村寿行自らが提供していたのです。
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私は、西村寿行という人物についてこう思います。
自分からは進んで徒党を組もうとはしない孤高の人。
でも、縁あって知り合い、気心の知れた人を大切にしたのが、西村寿行という人間だったと思います。
⇒⇒現在、アマゾンのKindleでは電子書籍のキャンペーン実施中で、西村寿行作品が270円から読めます。
話が横道に逸れました。
⇒そして、1993年(平成5年)を迎えます。その6に続きます。
人物伝
西村寿行は超売れっ子作家に登りつめました。
年収は3億円台をキープ。
山田風太郎や柳田邦男も居を構えた、多摩市聖蹟桜ヶ丘に邸宅を構え、仕事場は渋谷区代々木の高層マンション最上階。
愛車は、垰(たわ)シリーズで秋葉文七が愛用し、俳優・根津甚八も所有していた、アメリカ製ジープのゴールデン・イーグルと、エンジ色のメルセデスベンツ500SLC AMG仕様。

そして、奥様用にボルボを購入。
また、80年代半ばに差し掛かる頃には、約5,000万円のサロン・クルーザーを購入。
〈孤北丸〉と命名して、俗称は〈無頼船〉と呼び、クルーザー前方には〈BURAISEN〉と、ローマ字表記で黒い文字が書かれました。
〈孤北丸〉については、徳間文庫版『雲の城』の巻末に『サロン・クルーザー』というエッセイが掲載されています。amazon kindleやDMM電子版でも読めます。
【DMM.com 電子書籍】
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ここまで読んでいただくと、羨ましい限りだと思われるかもしれませんが、売れっ子作家としての生活は過酷そのものでした。
月曜日から金曜日までは、仕事場で寝泊まりして、金曜の夜に自宅へ帰る生活。
しかし、自宅に戻っても来客がやってくる有様。
まさに千客万来。
まず、判を押したように毎朝7時30分に仕事場で目を覚ますと、シャワーを浴びてレモンをかじり、さらに二日酔いの頭を覚ますために頭痛薬を服用して、執筆の準備を整えると、ソファーに腰掛け、足も別のソファーに伸ばします。
ひどい二日酔いの為に、起床してから、ここまでで3時間かかっています。
冷凍してある麦9:白米1のおにぎりを解凍して食べると、仕事開始です。
太ももあたりに画板やトランクケースを置いて、原稿を書き始めます。
西村寿行は机に向かっては、原稿が書けませんでした。
後年には、自らが座るソファーに、角度を調節できる台を設えた特注のもので原稿を書きました。
原稿は手書きで、生涯、万年筆で書き進められました。
万年筆はイタリア製のアウロラが好みだったようです。
作家になってしばらくしてからは、モンブランを使用していましたが、“俺は芸術家じゃなくて、職人だから”とインタビューで答えていたように、職人の仕事道具のような、俗に“サリサリ”と評されるアウロラ独特の少し引っ掛かりを覚える書き心地が気に入ったのかもしれません。
執筆量は1日35枚。
タバコは峰か赤LARK。
1日に2箱ほど吸いながら原稿を埋めていきました。
西村寿行の作品は〝ハードロマン〟と呼ばれ、アクションや冒険をテーマとし、バイオレンス小説とも呼ばれることが多いですが、作風とは異なり、原稿用紙に書かれた字は小さく、どこか繊細さを窺わせるものでした。
小説の執筆にあたっては、とことん資料を読み込むのが寿行流でした。
ひとつの小説を執筆するのに1メートル以上の資料を読みあさり、「京大式」と呼ばれるB6サイズのカードで整理をおこない、最大で3名のデータマンを雇って、時間的に取材をおこなえない箇所を補いました。
このデータマンのなかには、のちにノンフィクション作家となり、週刊ポスト誌上で『メタルカラーの時代』を、長年に渡って連載した山根一眞もいました。
午前中から午後6時、7時まで、仕事漬けの日々を送って作品を書き上げていきました。
仕事が終わる頃になると、各出版社の担当編集者が仕事場を訪れ、打ち合わせを兼ねた酒盛りが始まります。
西村寿行が愛したのは、バーボンウイスキー。
銘柄は『アーリータイムズ』でした。
夜に西村の仕事場へ赴く編集者は、このバーボンを何本か買っていくのが習慣でした。
西村が飲みたいといえば、どんな高級な酒でも編集者は持参したでしょう。
しかし、大の売れっ子作家でありながら、当時でも決して高価ではなかったこの酒を、西村は最後まで手放しませんでした。
30代半ばから飲み始めた酒が、日常生活の一部になってしまうほど好きだったこともありますが、大量の原稿を書く疲れを癒やす意味もあったのでしょう。少なくてボトル半分、多いときではボトル1本を一晩で開けてしまうほど酒量は凄まじく、翌朝に目覚めたときは、いつも二日酔いで頭痛薬が手放せませんでした。
これほどの酒を飲みながら仕事第一の生活を貫き、西村本人も〝仕事には律儀〟と語っていたように、〆切りに遅れたことはありませんでした。
1980年代の西村寿行の仕事ぶりを、まずは、刊行した本でみていきましょう。
今回は1980年~1982年まで。
『滅びの宴』(『滅びの笛』の続編)『風は悽愴』『滅びざる大河』『虎落笛』『陽は陰翳してぞゆく』『捜神鬼(短編集)』『鬼女哀し』『汝は日輪に背く』『怨霊孕む』『血の翳り』
昨年より刊行数は減っていますが、安定して名作を放ち続けた一年だと思います。
この中でも、『血の翳り』(血は〝ルジラ〟と読みます)と短編集『捜神鬼』は名作中の名作です。
もし、直木賞候補を受け続けていたなら、この作品で、受賞をしたかもしれないと私は思っています。
『扉のない闇(短編集)』『虚空の舞い』『老人と狩りをしない猟犬物語』『秋霖(上・下)』『虚空の影落つ』『癌病船』『蘭菊の狐』『ふたたび渚に』『無頼船』『鷲の啼く北回帰線』『闇の法廷』『白い鯱』
この年には無頼船シリーズと癌病船シリーズの刊行が始まります。
連載媒体に目を移すと『虚空の舞い』が産経新聞に連載されています。スポーツ紙連載は何度もありましたが、全国紙連載はこれが初めてでした。
また、『蘭菊の狐』のヒロイン・出雲阿紫は、これまでに西村寿行作品に登場したヒロインとは違い、性の対象とはならず、気高く凛とした姿が印象的です。
『妖魔(短編集)』『鬼狂い』『牛馬解き放ち;太政官布告第二九五号』『碧い鯱』『攻旗だ、無頼船よ』『地獄(上・下)』『裸の冬』『オロロンの呪縛』『晩秋の陽の炎ゆ』
この年の作品では、『晩秋の陽の炎ゆ』のヒロインである槐帰雲(えんじゅ・かえりくも)が魅力的です。
また、コアな寿行ファンなら『地獄』は見逃せません。
西村寿行本人が主人公の小説で、編集者たちとともにフグにあたって地獄へ落ちて冒険をする物語です。
最後に、1980年~1982年の長者番付においての西村寿行の順位
をみてみます。
例によって申告所得が発表となっています。
1980年度分 2億5,017万円 作家部門3位
1981年度分 1億8,746万円 作家部門3位
1982年度分 2億5,946万円 作家部門3位
信用金庫の担当者がついて、節税を行っていた分は経費に計上されており、申告所得は、年収3億円から経費を差し引いた分が公表されています。
この時代は、所得税率が最高で75%。住民税が最高で18%でした。
それに予定納税もありますので、いくら稼いでも、内情は自転車操業だったようです。
1960年代から長きにわたって活躍した、『木枯らし紋次郎』や『取調室』(いかりや長介主演の2時間ドラマのほうが有名でしょうか)で著名な笹沢左保は、「税金を払うために借金をしたこともある」と語っていますので、幾ら本が売れていた時代であっても、作家の台所事情は意外に苦しいものだったようです。
⇒⇒アマゾンのKindleでは、電子書籍のキャンペーン実施中で、西村寿行作品が270円から読めます。
⇒それでは、1980年代半ば以降の西村寿行はその4でどうぞ。
長者番付
はる坊です。
1996年分~2000年分の高額納税者公示(長者番付)において、『俳優・タレント部門』『歌手部門』『その他・文化人部門』上位20位までにランクインした面々を紹介させていただきます。
3位 石橋貴明 1億6980万円(とんねるず)
4位 ビートたけし1億1113万円
5位 永六輔 1億0721万円
7位 三田佳子 9279万円
8位 タモリ 8245万円
9位 みのもんた 6532万円
10位 梅宮辰夫 6395万円
11位 飯島直子 6201万円
12位 関口宏 6170万円
13位 所ジョージ 5400万円
14位 峰竜太 5339万円
15位 明石家さんま 4943万円
16位 吉永小百合 4831万円
17位 中村吉右衛門 4701万円
18位 間寛平 4539万円
19位 地井武男 4479万円
20位 中村玉緒 4414万円
1位 藤井フミヤ 1億7532万円
2位 中村正人 1億4420万円(DREAMS COME TRUE
)
3位 竹内まりや 1億3370万円
4位 吉田美和 1億2875万円(DREAMS COME TRUE
)
5位 布袋寅泰 1億2266万円
6位 桜井和寿 1億2052万円(Mr.Children
)
7位 森進一 1億1232万円
8位 美川憲一 9989万円
9位 長渕剛 9878万円
10位 大黒摩季 9852万円
11位 桑田佳祐 9503万円
12位 松任谷由実 9316万円
13位 山下達郎 8801万円
14位 中島みゆき 8733万円
17位 矢沢永吉 7721万円
19位 飛鳥涼 6582万円(CHAGE&ASKA
)
20位 松田聖子 6528万円
1位 小室哲哉 10億0051万円(音楽プロデューサー)
2位 秋元康 4億2930万円(作詞家)
3位 小堀宗慶 3億7808万円(茶道家元)
4位 青山剛昌 3億0731万円(漫画家)
5位 薗部博之 2億8429万円(ゲームデザイナー)
6位 千宗室 2億5695万円(茶道家元)
7位 小林武史 2億0237万円(音楽プロデューサー)
8位 さとうふみや2億0029万円(漫画家)
9位 平山郁夫 1億8958万円(日本画家)
10位 千宗左 1億3775万円(茶道家元)
11位 井上雄彦 1億2575万円(漫画家)
12位 神尾葉子 1億1541万円(漫画家)
14位 秋本治 1億0227万円(漫画家)
15位 芦田淳 9227万円(ファッションデザイナー)
16位 水島新司 9179万円(漫画家)
17位 羽生善治 9122万円(棋士)
19位 コシノジュンコ 8300万円(ファッションデザイナー)
※4位の青山剛昌は、週刊少年サンデーに94年から連載を開始した
『名探偵コナン』が本格的に人気沸騰してのランクイン。
※5位の薗部博之はゲーム『ダービースタリオン』で有名なゲームクリエイター。
また、〝スタープログラマー〟〝バランスオブゲーム〟〝
アブソリュート〟〝インディーズゲーム〟などのサラブレッドを保有する馬主としても有名。
8位のさとうふみやは週刊少年マガジン連載の『金田一少年の事件簿』の作画担当。
11位の井上雄彦は96年夏に週刊少年ジャンプ
連載の『スラムダンク
』が終了するもランクイン。
12位の神尾葉子はマーガレット
に連載した『花より男子
』が大ヒット。現在までに6100万部を発行し、少女漫画史上最大の大ヒット作となった。
茶道・華道の家元関係は以下のとおり。
※3位の小堀宗慶・・・遠州流十二世。
※6位の千宗室・・・茶道裏千家前家元15代汎叟宗室。現在の千玄室
※10位の千宗左・・・茶道表千家13代家元
※20位の池坊専永・・・華道池坊華道家元四十五世。
1位 石橋貴明 3億1050万円(とんねるず)
2位 松本人志 1億8888万円(ダウンタウン)
4位 三田佳子 1億3043万円
5位 松たか子 1億1515万円
6位 木梨憲武 1億0508万円(とんねるず)
7位 ビートたけし 9987万円
8位 峰竜太 9441万円
9位 タモリ 9149万円
10位 永六輔 9066万円
11位 堺正章 7542万円
12位 飯島直子 7088万円
13位 黒柳徹子 6999万円
14位 中村玉緒 6890万円
15位 鈴木京香 6729万円
16位 菅野美穂 6583万円
17位 みのもんた 6484万円
18位 松本幸四郎 6421万円(二代目松本白鸚)
19位 関口宏 5945万円
20位 所ジョージ 5752万円
1位 藤井フミヤ 2億6995万円
2位 桑田佳祐 1億3777万円
3位 槇原敬之 1億3612万円
4位 桜井和寿 1億2421万円(Mr.Children)
5位 森進一 1億1826万円
7位 松田聖子 1億1626万円
9位 草野マサムネ 1億0140万円(スピッツ)
10位 稲葉浩志 9982万円(B’z)
11位 松任谷由実 9612万円
12位 木村拓哉 8835万円(SMAP)
13位 五木ひろし 8586万円
14位 長渕剛 8395万円
16位 井上陽水 8185万円
18位 吉井和哉 7815万円(THE YELLOW MONKEY
)
19位 中島みゆき 7497万円
1位 小室哲哉 11億7342万円(音楽プロデューサー)
2位 秋元康 3億7789万円(作詞家)
3位 青山剛昌 3億0615万円(漫画家)
4位 平山郁夫 2億7040万円(日本画家)
5位 千宗室 2億7025万円(茶道家元)
6位 薗部博之 2億3801万円(ゲームデザイナー)
7位 織田哲郎 2億1906万円(音楽プロデューサー)
8位 東山魁夷 1億4549万円(日本画家)
9位 芦田淳 1億3824万円(ファッションデザイナー)
10位 千宗左 1億3060万円(茶道家元)
11位 神尾葉子 1億2096万円(漫画家)
12位 妹尾河童 1億1501万円(舞台芸術家)
13位 小林武史 1億0708万円(音楽プロデューサー)
14位 さとうふみや 1億0471万円(漫画家)
15位 久米宏 1億0002万円(ニュースキャスター)
16位 堀井雄二 8772万円(ゲームデザイナー)
17位 秋本治 8648万円(漫画家)
18位 池坊専永 8634万円(華道家元)
19位 浅利慶太 7992万円(舞台演出家)
20位 永楽即全 7612万円(陶芸家)
1位 石橋貴明 2億8809万円(とんねるず)
2位 浜田雅功 1億8230万円(ダウンタウン)
3位 松本人志 1億6352万円(ダウンタウン)
4位 松たか子 1億5433万円
5位 飯島直子 1億2680万円
6位 中村玉緒 1億1489万円
7位 木梨憲武 1億1217万円(とんねるず)
8位 ビートたけし 1億0917万円
9位 タモリ 9918万円
10位 堺正章 9906万円
11位 木村拓哉 7258万円(SMAP)
12位 樹木希林 7123万円
13位 内村光良 はる坊です。 1位 三田佳子 2位 吉永小百合 3位 ビートたけし 4位 植木等 5位 秋吉久美子 6位 坂東玉三郎 7位 山城新伍 8位 大楠道代 9位 桂三枝 10位 鈴木保奈美 11位 志村けん 12位 関口宏 13位 中村吉右衛門 14位 黒柳徹子 15位 愛川欽也 16位 加山雄三 17位 白川由美 19位 加藤茶 20位 中村敦夫 1位 長渕剛 2位 桑田佳祐 3位 森進一 4位 松任谷由実 5位 井上陽水 6位 浜田省吾 7位 山下達郎 8位 北島三郎 9位 石井好子 10位 五木ひろし 11位 矢沢永吉 12位 中島みゆき 13位 松田トシ 14位 吉幾三 15位 竹内まりや 16位 千昌夫 17位 石川さゆり 18位 吉田美和 19位 田原俊彦 20位 岡村孝子 1位 平山郁夫 2位 加山又造 2億9297万円(日本画家 3位 大川隆法 2億4372万円(幸福の科学 総裁) 4位 千宗室 2億4156万円(茶道家元) 5位 片岡球子 1億9065万円(日本画家) 6位 東山魁夷 1億7435万円(日本画家) 7位 清水卯一 1億5574万円(陶芸家) 8位 横山光輝 1億4372万円(漫画家) 9位 高橋留美子 1億3473万円(漫画家) 10位 秋本治 1億3422万円(漫画家) 11位 千宗左 1億3292万円(茶道家元) 12位 斎藤都世子 1億2055万円(ニットデザイナー) 13位 藤田喬平 1億1567万円(ガラス工芸家 14位 松尾敏夫 1億1452万円(日本画家) 15位 富永直樹 1億1203万円(彫刻家 16位 芦田淳 1億1143万円(ファッションデザイナー) 17位 井上雄彦 18位 高山辰雄 1億0609万円(日本画家) 19位 杉山寧 1億0584万円(日本画家) 20位 穐月明 9344万円(日本画家) ※千宗室・・・茶道裏千家前家元15代汎叟宗室。現在の千玄室 ※千宗左・・・茶道表千家13代家元 1位 三田佳子 1億4998万円 2位 志村けん 1億1061万円 3位 吉永小百合 4位 ビートたけし 7924万円 5位 桂三枝 7865万円 6位 山城新伍 7805万円 7位 永六輔 7137万円 8位 植木等 6998万円 9位 鷲尾いさ子 10位 中村吉右衛門 6096万円 11位 石橋貴明 6088万円(とんねるず) 12位 浜田雅功 14位 武田鉄矢 15位 関口宏 5881万円 16位 大楠道代 5667万円 17位 加山雄三 5417万円 18位 坂東玉三郎 5237万円 19位 逸見政孝 20位 加藤茶 4904万円 歌手部門 1位 井上陽水 1億7843万円 2位 長渕剛 3位 浜田省吾 4位 小田和正 5位 森進一 1億3685万円 6位 桑田佳祐 7位 松任谷由実 1億0642万円 8位 北島三郎 7501万円 9位 吉田美和 7164万円 10位 吉幾三 6885万円 11位 五木ひろし 6440万円 12位 山下達郎 6412万円 13位 槇原敬之 6179万円 14位 松田トシ 5682万円 15位 中島みゆき 5279万円 16位 小泉今日子 17位 岡村孝子 18位 徳永英明 19位 谷村新司 4847万円 20位 飛鳥涼 4816万円(CHAGE&ASKA) 1位 平山郁夫 3億8294万円(日本画家) 2位 千宗室 2億5160万円(茶道家元) 3位 大川隆法 2億2436万円(幸福の科学 総裁) 4位 井上雄彦 5位 加山又造 1億6862万円(日本画家) 6位 杉山寧 1億4103万円(日本画家) 7位 東山魁夷 1億3861万円(日本画家) 8位 横山光輝 1億3851万円(漫画家) 9位 千宗左 1億2837万円(茶道家元) 10位 片岡球子 1億2673万円(日本画家) 11位 高橋留美子 1億2371万円(漫画家) 12位 冨樫義博 1億1813万円(漫画家) 13位 秋元康 1億1258万円(作詞家) 14位 稲田浩司 15位 上村淳之 1億0788万円(日本画家) 16位 森英恵 1億0670万円(ファッションデザイナー) 17位 芦田淳 9216万円(ファッションデザイナー) 18位 清水卯一 9201万円(陶芸家) 19位 斎藤都世子 8890万円(ニットデザイナー) 20位 富永直樹 8815万円(彫刻家) ※12位に『幽遊白書』の冨樫義博 ※14位に『ドラゴンクエスト-ダイの大冒険』の作画担当の稲田浩司 ※水木しげるは、株式会社水木プロダクションに印税・原稿料などの収入がはいるようにしており、1992年度の水木プロダクションの年商は約1億3000万円だった。 兄・宗平(大阪工業専門学校(現・大阪府立大学)卒業。初代水木プロダクション 代表取締役社長⇒のちに顧問)や弟・幸夫(松山高等商業学校(松山商科大学を経て現・松山大学)卒業。水木プロダクション ゼネラルマネージャー)も社員であった為、水木しげる 『ゲゲゲの女房 1位 三田佳子 1億5682万円 2位 松本人志 9918万円(ダウンタウン) 3位 ビートたけし 8116万円 4位 浜田雅功 7998万円(ダウンタウン) 5位 石橋貴明 7084万円(とんねるず) 6位 坂東玉三郎 6909万円 7位 吉永小百合 8位 菊池桃子 6530万円 9位 桂三枝 6398万円 10位 関口宏 6321万円 11位 山城新伍 6178万円 12位 武田鉄矢 5870万円 13位 高倉健 5611万円 14位 加山雄三 5247万円 15位 みのもんた 5244万円 16位 木梨憲武 5134万円(とんねるず) 17位 中村吉右衛門 5100万円 18位 大楠道代 5057万円 19位 逸見政孝 5047万円 20位 タモリ 4908万円 1位 桑田佳祐 2位 吉田美和 1億3563万円(DREAMS COME TRUE 3位 竹内まりや 1億2892万円 4位 井上陽水 5位 森進一 1億0602万円 6位 長渕剛 7位 松任谷由実 9256万円 8位 槇原敬之 9位 谷村新司 10位 五木ひろし 8629万円 11位 中村正人 8459万円(DREAMS COME TRUE) 12位 中島みゆき 13位 松本孝弘 7766万円(B’z) 14位 稲葉浩志 7019万円(B’z) 15位 浜田省吾 6962万円 16位 飛鳥涼 6722万円(CHAGE&ASKA) 17位 藤井フミヤ 18位 平松愛理 19位 織田哲郎 5741万円 20位 北島三郎 5349万円 1位 平山郁夫 5億4931万円(日本画家) 2位 冨樫義博 3億7922万円(漫画家) 3位 千宗室 2億9142万円(茶道家元) 4位 大川隆法 2億3200万円(幸福の科学 総裁) 5位 秋元康 1億9197万円(作詞家) 6位 井上雄彦 7位 高橋留美子 1億7496万円(漫画家) 8位 根本陸夫 1億5445万円(ダイエーホークス監督兼球団専務) 9位 圓鍔勝三 10位 杉山寧 11位 秋本治 1億2348万円(漫画家) 12位 千宗左 1億1902万円(茶道家元) 13位 田渕俊夫 14位 上村淳之 15位 東山魁夷 16位 森英恵 17位 大前研一 18位 芦田淳 9284万円(ファッションデザイナー) 19位 横山光輝 9200万円(漫画家) 20位 高山辰雄 9109万円(日本画家) 1位 三田佳子 1億7343万円 2位 松本人志 3位 永六輔 1億2290万円 4位 浜田雅功 1億0834万円(ダウンタウン) 5位 牧瀬里穂 6位 石橋貴明 7849万円(とんねるず) 7位 高倉健 7533万円 8位 みのもんた 6535万円 9位 堺正章 6529万円 10位 渥美清 11位 吉永小百合 12位 木梨憲武 6165万円 13位 関口宏 6072万円 14位 タモリ 15位 大楠道代 5584万円 16位 織田裕二 5077万円 17位 加山雄三 4937万円 18位 野村宏伸 4852万円 19位 市川猿之助 4773万円(二代目市川猿翁) 20位 所ジョージ 4597万円 歌手部門 1位 長渕剛 2位 井上陽水 1億3206万円 3位 森進一 1億2812万円 4位 桑田佳祐 1億2514万円 5位 槇原敬之 1億2198万円 6位 松任谷由実 1億1461万円 7位 吉田美和 1億0901万円(DREAMS COME TRUE) 8位 美川憲一 1億0785万円 9位 織田哲郎 1億0265万円 10位 千昌夫 9468万円 11位 中島みゆき 8329万円 12位 浜田省吾 8286万円 13位 五木ひろし 8251万円 14位 中村正人 7111万円(DREAMS COME TRUE) 15位 飛鳥涼 6463万円(CHAGE&ASKA) 16位 松本孝弘 6411万円(B’z) 17位 徳永英明 5559万円 18位 稲葉浩志 5543万円(B’z) 19位 北島三郎 5342万円 20位 藤井フミヤ 5183万円 1位 平山郁夫 6億4277万円(日本画家) 2位 冨樫義博 3億5662万円(漫画家) 3位 大川隆法 3億5297万円(幸福の科学 総裁) 4位 秋元康 2億3649万円(作詞家) 5位 千宗室 2億1842万円(茶道家元) 6位 井上雄彦 7位 遠藤実 1億4028万円(作曲家) 8位 東山魁夷 1億2994万円(日本画家) 9位 千宗左 1億1850万円(茶道家元) 10位 浜田幸一 1億0916万円(政治評論家・元衆院議員) 11位 森英恵 9576万円(ファッションデザイナー) 12位 芦田淳 9352万円(ファッションデザイナー) 13位 中島千波 9339万円(日本画家) 14位 池坊専永 8763万円(華道家元) 15位 横山光輝 8575万円(漫画家) 16位 高橋留美子 8499万円(漫画家) 17位 藤田和日郎 8323万円(漫画家) 18位 秋本治 8070万円(漫画家) 19位 久米宏 7598万円(ニュースキャスター) 20位 浅利慶太 7508万円(舞台演出家) 1位 松本人志 2位 浜田雅功 2億3641万円(ダウンタウン) 3位 三田佳子 1億4931万円 4位 永六輔 1億1511万円 5位 石橋貴明 9144万円(とんねるず) 6位 梅宮辰夫 8228万円 7位 木梨憲武 7988万円(とんねるず) 8位 タモリ 9位 吉永小百合 10位 みのもんた 6840万円 11位 大楠道代 12位 板東英二 13位 関口宏 14位 渥美清 15位 野村宏伸 16位 峰竜太 17位 所ジョージ 18位 愛川欽也 ※本ページはアフィリエイト広告を利用しています 日本一多忙な無頼流行作家・西村寿行 はる坊です。 1978年(昭和53年)に刊行された本 1978年(昭和53年)に入っても、西村寿行の勢いは増す一方でした。 『黄金の犬(… 1973年(昭和48年)2月、西村寿行のデビュー作『瀬戸内殺人海流 42歳での小説家デビューです。 9月には第2作『安楽死 ※『安楽死 西村寿行の小説を読んだことのある方なら、〝男根さま〟〝後背位〟〝尻〟〝人妻〟〝ジーパン人妻〟がやたら出てくる、「ああいう小説か」と思われるかも知れませんが、作家生活前半の西村作品には、そんな言葉はほとんど出てきません。 受賞したのは、1973年内に上巻204万部・下巻185万部を売り、当時大ベストセラーとなった小松左京 選考委員の評を読む限りでは、次点といったところで、一定以上の評価を受けています。 本格的に作家デビューとなったこの年の年収は250万円。 翌1974年(昭和49年)には、第3作『屍海峡 しかし、西村寿行のなかでは違和感と悩みが生まれていました。 『推理小説家になりたかったわけではない』 そして、『トリックというものが性に合わない』 そんな折りに、西村は直木賞作家・生島治郎からアドバイスを受けます。 「冒険小説を書いてはどうか」 西村寿行は生島のアドバイスに従い、手にした印税で山中に建つ一軒家の一角を借りて、大量の資料を持ち込んで、一心に冒険小説を書きます。 西村は書き上げた原稿を手に、講談社を訪れます。 しかし、自分の作品に絶対の自信があったのか、西村は原稿を直すことなく、今度は徳間書店を訪れます。 作品を読んだ『問題小説』編集長は、荒削りな作品であることを承知で、そのまま『問題小説』に掲載します。 掲載されると、作品は大いに反響を呼び、刊行されたノベルス(新書版)『君よ憤怒の河を渉れ』はベストセラーとなります。 ただ、デビューから数年がたっただけの西村の作品を、西村寿行選集(NISHIMURA HARD-ROMAN SERIES)と銘打って大々的に売り出したのも、当時大きな効果があったのでしょう。 ちなみにこの選集は、他社から刊行された本も、徳間書店が二次的にノベルスで発売を続け、1999年に発行された『鷲』『涯の鷲』まで全112冊に及びました。 また、続けて徳間書店から『蒼き海の伝説 いままでの書き下ろし一辺倒から、短編小説の雑誌掲載依頼も出版社から来るようになり、1975年分の年収は一気に4,400万円にアップ。 中野区上高田のマンションに仕事場を構えます。 1976年に入ると、角川書店から前年の終わりに野性時代誌上に一挙掲載された『化石の荒野 そして、この後の作品群で見受けられる設定や構成が決定的なものになるのも、この作品からです。 これもベストセラーとなり、西村寿行は、〝推理小説家〟ではなく〝新進気鋭のハードボイルド作家〟と見なされるようになります。 この年には、前述した『化石の荒野 スポーツ新聞連載、小説雑誌連載・掲載が相次ぎ、執筆量が大幅に増加します。 1976年度分の年収は8,800万円。 まさに、倍々ゲーム。 7月には、ニホンオオカミを題材に取った短編『咆哮は消えた 『咆哮は消えた 1977年には更なる活躍を見せ、毎月の執筆枚数は400字詰め原稿用紙で800~1000枚。 1月に『滅びの笛 新聞や雑誌に連載され本にまとまったとき、連載時と文章を比較すると、しっかりと著者校正作業をおこなっていたのが分かります。 しかし、執筆量が大幅に増えて、ひとつひとつの作品の細部にまで、目が届かなくなっていったこともあったでしょう。 選考委員の意見は、「着想は面白いが雑」「荒唐無稽」「劇画的」と否定的になり、いずれも落選の憂き目に遭います。 西村は3度目の直木賞落選のあと、文藝春秋に「もう候補にしてくれるな」と断り状を出しています。 この断り状のタイミングが不明なのですが、77年の年末に、78年1月に選考が行われる第78回直木賞候補に自作が挙げられるのを知って、断り状を出したのであれば、どの作品が候補に挙がることになったのかは、気になるところです。 1980年に受けたインタビューで、“「どこの賞も候補になるのは断っている。」”と発言しています。 日本推理作家協会賞や、雑誌の企画で誌上にて手紙のやり取りをした五木寛之 しかし、このインタビューでは、こんな思いも漏らしています。 “「でも、同業者が選ぶ賞は欲しくないが、前に小説現代がやっていたような読者賞ならいい。」” 西村が触れているのは『小説現代ゴールデン読者賞』のことです。 この賞は、読者の投票によって決まる賞で、1970年~1975年まで続きました。 第1回 笹沢佐保 第2回 梶山季之 第3回 松本清張 第4回 野坂昭如 第5回 池波正太郎 第6回 井上ひさし こうやってリストアップしてみると、小説の読者は、いい小説を選んでいるなとつくづく思います。 1977年度の年収は1億5,000万円。 ⇒アマゾンのKindleでは、電子書籍のキャンペーン実施中で、西村寿行作品が270円から読めます。 ⇒西村寿行の勢いは留まることを知りません。更に読者の人気を得ていきます、そしてついに・・・ 6833万円(ウッチャンナンチャン
長者番付
長者番付を振り返ってみましょうか(1991年分~1995年分 俳優・タレント・歌手&文化人部門)
1991年分~1995年分の高額納税者公示(長者番付)において、『俳優・タレント部門』『歌手部門』『その他・文化人部門』上位20位までにランクインした面々を紹介させていただきます。1991年分芸能人・文化人長者番付所得税納税額
俳優・タレント部門
1億2854万円
1億0792万円
9789万円
8394万円
8173万円
7483万円
7333万円
7326万円
6981万円
6811万円
5898万円
5855万円
5802万円
5019万円
4963万円
4940万円
4917万円
4798万円
4776万円
歌手部門
1億6534万円
1億4370万円(サザンオールスターズ
)
1億2555万円
1億0554万円
1億0367万円
9415万円
7874万円
7709万円
7699万円
6168万円
6157万円
6019万円
5811万円
5684万円
5160万円
4773万円
4612万円
4477万円(DREAMS COME TRUE
)
4449万円
4411万円
その他・文化人部門
5億4531万円(日本画家)
)
)
)
1億0991万円(漫画家)
1992年分芸能人・文化人長者番付所得税納税額
俳優・タレント部門
1億0644万円
6623万円
6062万円(ダウンタウン)
5890万円
4986万円
1億5626万円
1億4245万円
1億4045万円
1億3122万円
4963万円
4926万円
4856万円
その他・文化人部門
1億9450万円(漫画家)
1億0971万円(漫画家)
が初登場。
が登場。
の年収は月給90万円×12ヶ月で1080万円に設定されていた。
』で有名になった妻・武良布枝
は長年、「どうして、水木が一族を養わなければならないのか」長年疑問だったという。
現在は、明星大学人文学部心理学科卒業後、小学校教師の道を選んでいた原口尚子氏が代表取締役を務めている。
1993年分芸能人・文化人長者番付所得税納税額
俳優・タレント部門
6857万円
歌手部門
1億7440万円
)
1億2260万円
9997万円
8747万円
8650万円
8248万円
6462万円
6435万円
その他・文化人部門
1億7784万円(漫画家)
1億4517万円(彫刻家)
1億3006万円(日本画家)
1億1880万円(日本画家)
1億0809万円(日本画家)
1億0449万円(日本画家)
9978万円(ファッションデザイナー)
9659万円(経済評論家)
1994年分芸能人・文化人長者番付所得税納税額
俳優・タレント部門
1億6349万円(ダウンタウン)
8020万円
6327万円
6268万円
5776万円
1億4713万円
その他・文化人部門
1億8803万円(漫画家)
1995年分芸能人・文化人長者番付所得税納税額
俳優・タレント部門
2億6340万円(ダウンタウン)
7140万円
7005万円
6372万円
6223万円
6159万円
5800万円
5069万円
5025万円
4921万円
人物伝
昭和後期の超人気作家 西村寿行は本当に凄すぎた! その3
人物伝
昭和後期の超人気作家 西村寿行は本当に凄すぎた! その2
西村寿行 小説家デビュー
』が、サンケイ出版より出版されました。
』が出版され、翌年には第27回日本推理作家協会賞の候補に挙げられます。
』は2018年8月に角川文庫から復刊されています。
の『日本沈没(上下)』でしたが、
ちなみに、この年の大卒初任給は62,300円です。』が刊行され、出版業界では、〝新進の推理小説家〟と呼ばれ始めます。
この年の収入は1,200万円となり、デビューした1年前より大幅にアップします。
『推理小説家と呼ばれたところでしっくりこない』

生島治郎は、早大英文科を卒業後、早川書房にて編集者を務め、『エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン』編集長を経て、退社。
『傷痕の街』で作家デビュー後、『追いつめる』で直木賞を受賞。
『黄土の奔流』などで、ハードボイルド小説の書き手として活躍。
『兇悪』シリーズが、天知茂主演のテレビドラマ『非情のライセンス』の原作になるなど、人気作家として名を轟かせる一方、大沢在昌を見出すなど、才能を見出す力にも秀でていました。
また、韓国籍のソープランド嬢との結婚を題材にした『片翼だけの天使』の作者としても有名です。
出世作『君よ憤怒の河を渉れ』誕生
そして、彼の運命を変える『君よ憤怒の河を渉れ』は完成しました。
早速、作品を読んだ編集者からは、〝作品が荒削りであり、荒唐無稽な箇所もあるので、もう一捻りして欲しい〟と指摘を受けます。
ノベルスと文庫を合わせて、最終的には発行部数70万部を記録しました。
』も刊行。
順調な作家生活が始まりました。西村寿行の活躍が始まる
』が刊行されます。(のちに渡瀬恒彦主演で映画化されます)
ストーリーはまったく違いますが、『化石の荒野』は『君よ憤怒の河を渉れ』を大幅にブラッシュアップした印象を受けます。
西村寿行自身もこの作品を気に入っていたのでしょう。
あとがきでは「ぼくのデビュー作」とまで言い切っています。
(〝ハードロマン〟という呼び方はまだ浸透していませんでした)1976年(昭和51年)に刊行された本
』の他に、『娘よ、涯なき地に我を誘え』(78年に『犬笛
』に改題)『幻の白い犬を見た
(短編集)』『滅びの笛
』『牙城を撃て(上)
』『牙城を撃て (下)
』『原色の蛾
(短編集)』を刊行。
この当時、西村寿行の月産枚数は原稿用紙900枚と報じられました。
仕事場も、新宿区と渋谷区の境に建ったばかりのマンション最上階に移します。』で第75回直木賞候補に挙げられます。
落選こそしましたが、当時の選評を読む限りでは、源氏鶏太・水上勉・柴田錬三郎からは好感を得ています。
※参照 オール讀物 1976年9月号1977年(昭和52年)に刊行された本
(短編集)』『妄執果つるとき
』『帰らざる復讐者
』『汝!怒りもて報いよ(上)
』『汝!怒りもて報いよ (下)
』『魔の牙
』『魔笛が聴こえる
』『荒涼山河風ありて
』『悪霊の棲む日々
』『白骨樹林
』『双頭の蛇
(短編集)』『往きてまた還らず(上)
』『往きてまた還らず(下)
』を刊行。
急激に読者の人気を得ていきます。
西村寿行の専売特許ともいえる〝ハードロマン〟という言葉も浸透し始めました。』で第76回直木賞、7月には、『魔笛が聴こえる
』で第77回直木賞候補に挙げられます。
急激な西村寿行作品の人気上昇を面白く思わない選考委員も存在したと思います。
※参照 オール讀物 1977年4月号・1977年10月号
参照:「データバンクにっぽん人 西村寿行」週刊現代1980年5月22日号が仕掛け人となった泉鏡花文学賞。
それに、この年に始まった日本SF大賞の候補打診があったのかもしれません。
受賞者は以下の通りです。『見返り峠の落日』
(推理小説から時代小説に初めて挑戦し、『木枯し紋次郎』の原型となった作品です)『ケロイド心中』
(被爆と性をテーマにした短編です。発表当時には各所から猛抗議を受けたようですが、彼自身、広島に深い縁があり、原爆被災資料の刊行に資金援助をした人物でもありました)『留守宅の事件』
(短編集『証明』に収められている一編です。ここではネタバレはしません)
『砂絵呪縛後日怪談』
(本人のイメージと異なる江戸を舞台にした時代小説です。執筆にあたって柴田錬三郎から「江戸の夜は暗かった。女のほうが強かった」という短いアドバイスをもらって書き上げたというエピソードがあります)
『殺しの四人』
(『鬼平犯科帳』『剣客商売
』と並ぶ人気シリーズ『仕掛人 藤枝梅安
』の一編で、「おんなごろし」に次ぐ梅安シリーズの2作目です)
『いとしのブリジット・ボルドー
』
(東北の旧家で発見された1800年代中盤のボルドーワインを巡る騒動を描いています。笑い・ユーモアはすごいと思います)
前年度から更に倍増します。
その3に続きます。
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