週刊少年ジャンプ

ドラクエを遊び尽くそう

【ドラクエを遊び尽くせ!】3DSとDSがあれば、ドラクエシリーズが全作品が遊べるんです!!


はる坊です。

さて、『ドラゴンクエスト』、通称“ドラクエ”
ドラクエは日本人にとって最も人気のあるゲームソフトの一つですね。
現にドラクエⅪが発売された2017年当初、私の周りでもかなりの人がプレイをしていました。
30、40、50代の普段ゲームをしない人達も「ドラクエだけは別!」と言って、プレイをしていました。

それだけ、ドラクエというゲームは日本国民に愛されているわけですね。

そんな幅広い世代から愛されているドラクエシリーズですが、なんと3DS一つあれば、シリーズ全作品をプレイすることができます。
そして、この記事ではドラクエの各作品を振り返りながら紹介していきたいと思います。

また、シリーズ作品以外にもモンスターズなどの派生作品も紹介します。
まだ遊んでいない作品がある人は是非チェックしてみてください。

ドラゴンクエストⅠ~Ⅲ

1980年代にドラゴンクエストⅠ~Ⅲはファミコンで発売されました。

これらの作品は、1986年・1987年・1988年と毎年連続での発売となりました。

ロトシリーズの三部作はDS/3DSのカートリッジでプレイすることはできませんが、ニンテンドーeショップからのダウンロード版でのみプレイすることができます。

ドラクエ1では一人の勇者のみ、2では3人の仲間での冒険、3では4人までの仲間、そして、職業に応じて自分好みのパーティを組むことができる、といった具合にシリーズが進むにつれてシステムも向上していきました。
りゅうおう、ハーゴン、シドー、バラモス、ゾーマと懐かしの魔王たちを倒すことができるのもこれらの作品です。

ドラゴンクエストⅣ~Ⅵ


天空シリーズと言われているドラクエⅣ~Ⅵは、DS用のソフトでリメイクとして発売されています。

DS用ソフトは3DSと互換性があるので、3DSを持っていればこれらの作品をプレイすることが可能です。

初めてプレイしたドラクエが天空シリーズという人も多いと思います。

ドラクエⅣは全五章のオムニバス形式で、章ごとにキャラクターが変わり物語が進行されていきます。
一章ではライアン、二章ではアリーナ、五章で主人公が登場と言った具合になります。

ドラクエⅤは親子三世代に渡る壮大なストーリーです。
ビアンカ、フローラのいずれかを選択するという、プレイヤーに大きな選択肢を与える作品でもあります。

ドラクエⅥでは現実世界と夢の世界、二つの大きなワールドマップが舞台となります。
20種類の転職とモンスターを仲間にできるシステムから、やり込み度がかなり高い作品になります。

ドラゴンクエストⅦ~Ⅺ


ドラクエⅦはシリーズで初めてプレイステーションで発売された作品です。

今までのファミコン、スーパーファミコンのドット絵とは異なりポリゴンでキャラクターたちが表現され始めました。

ドラクエⅧがPS2で完全3Dで発売されましたが、次のⅨではDS用ソフトとして発売され再びドット絵に戻りました。

シリーズ初となるオンライン専用ソフトとして発売されたⅩは3DSだけでなく、wiiu、PS4と幅広いハード機で遊ぶことができます。

最後に2017年に発売されたドラクエⅪは3DSとPS4での同時発売。
ロトシリーズの原点となる物語でもある本作は、ゲームバランス、ストーリーなどの完成度が高く、国内、海外問わず高い評価を得ています。

派生作品:モンスターシリーズ

ナンバリングシリーズの次に人気のあるシリーズはモンスターシリーズであると私は考えています。
人を戦闘させるのではなく、モンスターを戦闘させていくこちらのシリーズには、仲間全員のレベルが最大になりやることがなくなってしまうということが発生しません。

なぜなら、ナンバリングシリーズのように限られたキャラクター達を育てるのではなく、配合によって生まれ変わる無限のモンスターたちを育てられるからです。
そのため、終わりのないドラゴンクエストということができます。

3DSでは、ゲームボーイで発売されていたテリーのワンダーランド、イルとルカの冒険のリメイクとジョーカーの三作品を遊ぶことができます。
基本的なシステムはどの作品も同じですが、個人的にはイルとルカの冒険がおすすめです。

派生作品:スライムもりもりシリーズ

ドラクエではおなじみのモンスターキャラ「スライム」が主人公であるゲーム。
ドラクエ作品の中では、珍しくアクションゲームとなっています。
全体的に子ども向けという印象ですが、特に不満に思う部分はなく、アクションゲームとしては十分楽しめます。
2011年以降シリーズの発売が止まってしまっているのが少し残念です。
平均売上本数が35万本と、ドラクエシリーズにしては少ないことが原因でしょうか?

長者番付

長者番付を振り返ってみましょうか(1996年分~2000年分 俳優・タレント・歌手&文化人部門)

はる坊です。

1996年分~2000年分の高額納税者公示(長者番付)において、『俳優・タレント部門』『歌手部門』『その他・文化人部門』上位20位までにランクインした面々を紹介させていただきます。

1996年分芸能人・文化人長者番付所得税納税額

俳優・タレント部門

1位  浜田雅功   2億6661万円(ダウンタウン

2位  松本人志  2億6274万円(ダウンタウン

3位  石橋貴明   1億6980万円(とんねるず)

4位  ビートたけし1億1113万円

5位  永六輔   1億0721万円

6位  木梨憲武  1億0084万円(とんねるず

7位  三田佳子    9279万円

8位  タモリ     8245万円

9位  みのもんた   6532万円

10位   梅宮辰夫   6395万円

11位  飯島直子     6201万円

12位  関口宏     6170万円

13位  所ジョージ   5400万円

14位  峰竜太     5339万円

15位  明石家さんま  4943万円

16位  吉永小百合   4831万円

17位  中村吉右衛門  4701万円

18位  間寛平     4539万円

19位  地井武男    4479万円

20位  中村玉緒    4414万円

歌手部門

1位  藤井フミヤ  1億7532万円

2位  中村正人   1億4420万円(DREAMS COME TRUE

3位  竹内まりや 1億3370万円

4位  吉田美和  1億2875万円(DREAMS COME TRUE

5位  布袋寅泰  1億2266万円

6位  桜井和寿  1億2052万円(Mr.Children

7位  森進一    1億1232万円

8位  美川憲一     9989万円

9位  長渕剛      9878万円

10位  大黒摩季    9852万円

11位  桑田佳祐    9503万円

12位  松任谷由実    9316万円

13位   山下達郎    8801万円

14位  中島みゆき   8733万円

15位  稲葉浩志     8148万円(B’z

16位  松本孝弘     7912万円(B’z

17位  矢沢永吉    7721万円

18位  坂井泉水     7198万円(ZARD

19位  飛鳥涼     6582万円(CHAGE&ASKA

20位  松田聖子    6528万円

その他・文化人部門

1位  小室哲哉  10億0051万円(音楽プロデューサー)

2位  秋元康    4億2930万円(作詞家

3位  小堀宗慶   3億7808万円(茶道家元

4位  青山剛昌  3億0731万円(漫画家)

5位  薗部博之  2億8429万円(ゲームデザイナー)

6位  千宗室    2億5695万円(茶道家元)

7位  小林武史  2億0237万円(音楽プロデューサー)

8位  さとうふみや2億0029万円(漫画家)

9位  平山郁夫   1億8958万円(日本画家)

10位  千宗左    1億3775万円(茶道家元)

11位  井上雄彦  1億2575万円(漫画家)

12位  神尾葉子  1億1541万円(漫画家)

13位  久米宏    1億0360万円(ニュースキャスター

14位  秋本治   1億0227万円(漫画家)

15位  芦田淳      9227万円(ファッションデザイナー

16位  水島新司    9179万円(漫画家)

17位  羽生善治     9122万円(棋士)

18位  堀井雄二     8495万円(ゲームデザイナー

19位  コシノジュンコ 8300万円(ファッションデザイナー)

20位  池坊専永     7889万円(華道家元

※4位の青山剛昌は、週刊少年サンデーに94年から連載を開始した
名探偵コナン』が本格的に人気沸騰してのランクイン。

※5位の薗部博之はゲーム『ダービースタリオン』で有名なゲームクリエイター。
また、〝スタープログラマー〟〝バランスオブゲーム〟〝
アブソリュート〟〝インディーズゲーム〟などのサラブレッドを保有する馬主としても有名。

8位のさとうふみやは週刊少年マガジン連載の『金田一少年の事件簿』の作画担当。

11位の井上雄彦は96年夏に週刊少年ジャンプ連載の『スラムダンク』が終了するもランクイン。

12位の神尾葉子マーガレットに連載した『花より男子』が大ヒット。現在までに6100万部を発行し、少女漫画史上最大の大ヒット作となった。

茶道・華道の家元関係は以下のとおり。

※3位の小堀宗慶・・・遠州流十二世。

※6位の千宗室・・・茶道裏千家前家元15代汎叟宗室。現在の千玄室

※10位の千宗左・・・茶道表千家13代家元

※20位の池坊専永・・・華道池坊華道家元四十五世。

1997年分芸能人・文化人長者番付所得税納税額

俳優・タレント部門

1位  石橋貴明   3億1050万円(とんねるず)

2位  松本人志   1億8888万円(ダウンタウン

3位  浜田雅功  1億7516万円(ダウンタウン

4位  三田佳子   1億3043万円

5位  松たか子   1億1515万円

6位  木梨憲武   1億0508万円(とんねるず)

7位  ビートたけし   9987万円

8位  峰竜太      9441万円

9位  タモリ      9149万円

10位  永六輔      9066万円

11位  堺正章      7542万円

12位  飯島直子     7088万円

13位  黒柳徹子    6999万円

14位  中村玉緒     6890万円

15位  鈴木京香    6729万円

16位  菅野美穂    6583万円

17位  みのもんた    6484万円

18位  松本幸四郎   6421万円(二代目松本白鸚)

19位  関口宏      5945万円

20位  所ジョージ   5752万円

歌手部門

1位  藤井フミヤ  2億6995万円

2位  桑田佳祐  1億3777万円

3位  槇原敬之  1億3612万円

4位  桜井和寿   1億2421万円(Mr.Children

5位  森進一    1億1826万円

6位  河村隆一   1億1713万円(LUNA SEA

7位  松田聖子   1億1626万円

8位  坂井泉水   1億1085万円(ZARD

9位  草野マサムネ 1億0140万円(スピッツ)

10位  稲葉浩志     9982万円(B’z

11位  松任谷由実    9612万円

12位  木村拓哉     8835万円(SMAP)

13位  五木ひろし    8586万円

14位  長渕剛      8395万円

15位  前田亘輝     8302万円(TUBE

16位  井上陽水     8185万円

17位  玉置浩二安全地帯)    8083万円

18位  吉井和哉    7815万円(THE YELLOW MONKEY

19位  中島みゆき   7497万円

20位  春畑道哉    7441万円(TUBE

その他・文化人部門

1位  小室哲哉   11億7342万円(音楽プロデューサー)

2位  秋元康    3億7789万円(作詞家)

3位  青山剛昌   3億0615万円(漫画家)

4位  平山郁夫   2億7040万円(日本画家)

5位  千宗室    2億7025万円(茶道家元)

6位  薗部博之   2億3801万円(ゲームデザイナー)

7位  織田哲郎   2億1906万円(音楽プロデューサー)

8位  東山魁夷   1億4549万円(日本画家)

9位  芦田淳    1億3824万円(ファッションデザイナー)

10位  千宗左    1億3060万円(茶道家元)

11位  神尾葉子  1億2096万円(漫画家)

12位  妹尾河童  1億1501万円(舞台芸術家)

13位  小林武史   1億0708万円(音楽プロデューサー)

14位  さとうふみや 1億0471万円(漫画家)

15位  久米宏    1億0002万円(ニュースキャスター)

16位  堀井雄二     8772万円(ゲームデザイナー)

17位  秋本治      8648万円(漫画家)

18位  池坊専永     8634万円(華道家元)

19位  浅利慶太     7992万円(舞台演出家)

20位  永楽即全     7612万円(陶芸家)

1998年分芸能人・文化人長者番付所得税納税額

俳優・タレント部門

1位  石橋貴明   2億8809万円(とんねるず)

2位  浜田雅功   1億8230万円(ダウンタウン

3位  松本人志   1億6352万円(ダウンタウン

4位  松たか子   1億5433万円

5位  飯島直子   1億2680万円

6位  中村玉緒   1億1489万円

7位  木梨憲武   1億1217万円(とんねるず)

8位  ビートたけし 1億0917万円

9位  タモリ      9918万円

10位  堺正章      9906万円

11位  木村拓哉     7258万円(SMAP

12位  樹木希林    7123万円

13位  内村光良     6833万円(ウッチャンナンチャン

長者番付

長者番付を振り返ってみましょうか(1991年分~1995年分 俳優・タレント・歌手&文化人部門)

はる坊です。
1991年分~1995年分の高額納税者公示(長者番付)において、『俳優・タレント部門』『歌手部門』『その他・文化人部門』上位20位までにランクインした面々を紹介させていただきます。

1991年分芸能人・文化人長者番付所得税納税額

俳優・タレント部門

1位  三田佳子 1億2854万円

2位  吉永小百合 1億0792万円

3位  ビートたけし 9789万円

4位  植木等 8394万円

5位  秋吉久美子 8173万円

6位  坂東玉三郎 7483万円

7位  山城新伍 7333万円

8位  大楠道代 7326万円

9位  桂三枝  6981万円

10位  鈴木保奈美  6811万円

11位  志村けん  5898万円

12位  関口宏   5855万円

13位  中村吉右衛門   5802万円

14位  黒柳徹子   5019万円

15位  愛川欽也   4963万円

16位  加山雄三   4940万円

17位  白川由美   4917万円

18位  石橋貴明   4853万円(とんねるず

19位  加藤茶   4798万円

20位  中村敦夫   4776万円

歌手部門

1位 長渕剛 1億6534万円

2位 桑田佳祐 1億4370万円(サザンオールスターズ

3位 森進一 1億2555万円

4位 松任谷由実 1億0554万円

5位 井上陽水 1億0367万円

6位 浜田省吾 9415万円

7位 山下達郎   7874万円

8位 北島三郎   7709万円

9位  石井好子   7699万円

10位 五木ひろし   6168万円

11位 矢沢永吉   6157万円

12位 中島みゆき   6019万円

13位 松田トシ   5811万円

14位 吉幾三    5684万円

15位 竹内まりや    5160万円

16位 千昌夫    4773万円

17位 石川さゆり    4612万円

18位 吉田美和    4477万円(DREAMS COME TRUE

19位 田原俊彦    4449万円

20位 岡村孝子    4411万円

その他・文化人部門

1位  平山郁夫   5億4531万円(日本画家)

2位  加山又造   2億9297万円(日本画家

3位  大川隆法   2億4372万円(幸福の科学 総裁)

4位  千宗室    2億4156万円(茶道家元)

5位  片岡球子   1億9065万円(日本画家)

6位  東山魁夷   1億7435万円(日本画家)

7位  清水卯一   1億5574万円(陶芸家)

8位  横山光輝   1億4372万円(漫画家)

9位  高橋留美子  1億3473万円(漫画家)

10位 秋本治    1億3422万円(漫画家)

11位 千宗左    1億3292万円(茶道家元)

12位 斎藤都世子  1億2055万円(ニットデザイナー)

13位 藤田喬平   1億1567万円(ガラス工芸家

14位 松尾敏夫   1億1452万円(日本画家)

15位 富永直樹   1億1203万円(彫刻家

16位 芦田淳    1億1143万円(ファッションデザイナー)

17位 井上雄彦   1億0991万円(漫画家)

18位 高山辰雄   1億0609万円(日本画家)

19位 杉山寧    1億0584万円(日本画家)

20位 穐月明      9344万円(日本画家)

※17位に『スラムダンク』の井上雄彦が初登場。

※千宗室・・・茶道裏千家前家元15代汎叟宗室。現在の千玄室

※千宗左・・・茶道表千家13代家元

1992年分芸能人・文化人長者番付所得税納税額

俳優・タレント部門

1位  三田佳子   1億4998万円

2位  志村けん   1億1061万円

3位  吉永小百合 1億0644万円

4位  ビートたけし   7924万円

5位  桂三枝      7865万円

6位  山城新伍     7805万円

7位  永六輔      7137万円

8位  植木等      6998万円

9位  鷲尾いさ子    6623万円

10位 中村吉右衛門   6096万円

11位 石橋貴明     6088万円(とんねるず)

12位 浜田雅功     6062万円(ダウンタウン)

13位 松本人志     6051万円(ダウンタウン

14位 武田鉄矢     5890万円

15位 関口宏      5881万円

16位 大楠道代     5667万円

17位 加山雄三     5417万円

18位 坂東玉三郎    5237万円

19位 逸見政孝     4986万円

20位 加藤茶      4904万円

歌手部門

1位  井上陽水   1億7843万円

2位  長渕剛   1億5626万円

3位  浜田省吾  1億4245万円

4位  小田和正   1億4045万円

5位  森進一    1億3685万円

6位  桑田佳祐   1億3122万円

7位  松任谷由実  1億0642万円

8位  北島三郎     7501万円

9位  吉田美和     7164万円

10位  吉幾三      6885万円

11位  五木ひろし    6440万円

12位  山下達郎     6412万円

13位  槇原敬之     6179万円

14位  松田トシ     5682万円

15位  中島みゆき    5279万円

16位  小泉今日子    4963万円

17位  岡村孝子     4926万円

18位  徳永英明     4856万円

19位  谷村新司     4847万円

20位  飛鳥涼      4816万円(CHAGE&ASKA)

その他・文化人部門

1位  平山郁夫   3億8294万円(日本画家)

2位  千宗室    2億5160万円(茶道家元)

3位  大川隆法   2億2436万円(幸福の科学 総裁)

4位  井上雄彦   1億9450万円(漫画家)

5位  加山又造   1億6862万円(日本画家)

6位  杉山寧    1億4103万円(日本画家)

7位  東山魁夷   1億3861万円(日本画家)

8位  横山光輝   1億3851万円(漫画家)

9位  千宗左    1億2837万円(茶道家元)

10位  片岡球子   1億2673万円(日本画家)

11位  高橋留美子  1億2371万円(漫画家)

12位  冨樫義博   1億1813万円(漫画家)

13位  秋元康    1億1258万円(作詞家)

14位  稲田浩司  1億0971万円(漫画家)

15位  上村淳之   1億0788万円(日本画家)

16位  森英恵    1億0670万円(ファッションデザイナー)

17位  芦田淳      9216万円(ファッションデザイナー)

18位  清水卯一     9201万円(陶芸家)

19位  斎藤都世子    8890万円(ニットデザイナー)

20位  富永直樹     8815万円(彫刻家)

※12位に『幽遊白書』の冨樫義博が初登場。

※14位に『ドラゴンクエスト-ダイの大冒険』の作画担当の稲田浩司が登場。

※水木しげるは、株式会社水木プロダクションに印税・原稿料などの収入がはいるようにしており、1992年度の水木プロダクションの年商は約1億3000万円だった。

兄・宗平(大阪工業専門学校(現・大阪府立大学)卒業。初代水木プロダクション 代表取締役社長⇒のちに顧問)や弟・幸夫(松山高等商業学校(松山商科大学を経て現・松山大学)卒業。水木プロダクション ゼネラルマネージャー)も社員であった為、水木しげるの年収は月給90万円×12ヶ月で1080万円に設定されていた。

ゲゲゲの女房』で有名になった妻・武良布枝は長年、「どうして、水木が一族を養わなければならないのか」長年疑問だったという。
現在は、明星大学人文学部心理学科卒業後、小学校教師の道を選んでいた原口尚子氏が代表取締役を務めている。

1993年分芸能人・文化人長者番付所得税納税額

俳優・タレント部門

1位  三田佳子   1億5682万円

2位  松本人志     9918万円(ダウンタウン)

3位  ビートたけし   8116万円

4位  浜田雅功     7998万円(ダウンタウン)

5位  石橋貴明     7084万円(とんねるず)

6位  坂東玉三郎    6909万円

7位  吉永小百合   6857万円

8位  菊池桃子     6530万円

9位  桂三枝      6398万円

10位  関口宏      6321万円

11位  山城新伍     6178万円

12位  武田鉄矢     5870万円

13位  高倉健      5611万円

14位  加山雄三     5247万円

15位  みのもんた    5244万円

16位  木梨憲武     5134万円(とんねるず)

17位  中村吉右衛門   5100万円

18位  大楠道代     5057万円

19位  逸見政孝     5047万円

20位  タモリ      4908万円

歌手部門

1位  桑田佳祐   1億7440万円

2位  吉田美和   1億3563万円(DREAMS COME TRUE

3位  竹内まりや  1億2892万円

4位  井上陽水   1億2260万円

5位  森進一    1億0602万円

6位  長渕剛     9997万円

7位  松任谷由実    9256万円

8位  槇原敬之     8747万円

9位  谷村新司     8650万円

10位  五木ひろし    8629万円

11位  中村正人     8459万円(DREAMS COME TRUE)

12位  中島みゆき    8248万円

13位  松本孝弘     7766万円(B’z)

14位  稲葉浩志     7019万円(B’z)

15位  浜田省吾     6962万円

16位  飛鳥涼      6722万円(CHAGE&ASKA)

17位  藤井フミヤ    6462万円

18位  平松愛理     6435万円

19位  織田哲郎     5741万円

20位  北島三郎     5349万円

その他・文化人部門

1位  平山郁夫   5億4931万円(日本画家)

2位  冨樫義博   3億7922万円(漫画家)

3位  千宗室    2億9142万円(茶道家元)

4位  大川隆法   2億3200万円(幸福の科学 総裁)

5位  秋元康    1億9197万円(作詞家)

6位  井上雄彦   1億7784万円(漫画家)

7位  高橋留美子  1億7496万円(漫画家)

8位  根本陸夫   1億5445万円(ダイエーホークス監督兼球団専務)

9位  圓鍔勝三   1億4517万円(彫刻家)

10位  杉山寧    1億3006万円(日本画家)

11位  秋本治    1億2348万円(漫画家)

12位  千宗左    1億1902万円(茶道家元)

13位  田渕俊夫   1億1880万円(日本画家)

14位  上村淳之   1億0809万円(日本画家)

15位  東山魁夷   1億0449万円(日本画家)

16位  森英恵      9978万円(ファッションデザイナー)

17位  大前研一     9659万円(経済評論家)

18位  芦田淳      9284万円(ファッションデザイナー)

19位  横山光輝     9200万円(漫画家)

20位  高山辰雄     9109万円(日本画家)

1994年分芸能人・文化人長者番付所得税納税額

俳優・タレント部門

1位  三田佳子   1億7343万円

2位  松本人志  1億6349万円(ダウンタウン)

3位  永六輔    1億2290万円

4位  浜田雅功   1億0834万円(ダウンタウン)

5位  牧瀬里穂     8020万円

6位  石橋貴明     7849万円(とんねるず)

7位  高倉健      7533万円

8位  みのもんた    6535万円

9位  堺正章      6529万円

10位  渥美清      6327万円

11位  吉永小百合   6268万円

12位  木梨憲武     6165万円

13位  関口宏      6072万円

14位  タモリ     5776万円

15位  大楠道代     5584万円

16位  織田裕二     5077万円

17位  加山雄三     4937万円

18位  野村宏伸     4852万円

19位  市川猿之助    4773万円(二代目市川猿翁)

20位  所ジョージ    4597万円

歌手部門

1位  長渕剛   1億4713万円

2位  井上陽水   1億3206万円

3位  森進一    1億2812万円

4位  桑田佳祐   1億2514万円

5位  槇原敬之   1億2198万円

6位  松任谷由実  1億1461万円

7位  吉田美和   1億0901万円(DREAMS COME TRUE)

8位  美川憲一   1億0785万円

9位  織田哲郎   1億0265万円

10位  千昌夫      9468万円

11位  中島みゆき    8329万円

12位  浜田省吾     8286万円

13位  五木ひろし    8251万円

14位  中村正人     7111万円(DREAMS COME TRUE)

15位  飛鳥涼      6463万円(CHAGE&ASKA)

16位  松本孝弘     6411万円(B’z)

17位  徳永英明     5559万円

18位  稲葉浩志     5543万円(B’z)

19位  北島三郎     5342万円

20位  藤井フミヤ    5183万円

その他・文化人部門

1位  平山郁夫   6億4277万円(日本画家)

2位  冨樫義博   3億5662万円(漫画家)

3位  大川隆法   3億5297万円(幸福の科学 総裁)

4位  秋元康    2億3649万円(作詞家)

5位  千宗室    2億1842万円(茶道家元)

6位  井上雄彦   1億8803万円(漫画家)

7位  遠藤実    1億4028万円(作曲家)

8位  東山魁夷   1億2994万円(日本画家)

9位  千宗左    1億1850万円(茶道家元)

10位  浜田幸一   1億0916万円(政治評論家・元衆院議員)

11位  森英恵      9576万円(ファッションデザイナー)

12位  芦田淳      9352万円(ファッションデザイナー)

13位  中島千波     9339万円(日本画家)

14位  池坊専永     8763万円(華道家元)

15位  横山光輝     8575万円(漫画家)

16位  高橋留美子    8499万円(漫画家)

17位  藤田和日郎    8323万円(漫画家)

18位  秋本治      8070万円(漫画家)

19位  久米宏      7598万円(ニュースキャスター)

20位  浅利慶太     7508万円(舞台演出家)

1995年分芸能人・文化人長者番付所得税納税額

俳優・タレント部門

1位  松本人志  2億6340万円(ダウンタウン)

2位  浜田雅功   2億3641万円(ダウンタウン)

3位  三田佳子   1億4931万円

4位  永六輔    1億1511万円

5位  石橋貴明     9144万円(とんねるず)

6位  梅宮辰夫     8228万円

7位  木梨憲武     7988万円(とんねるず)

8位  タモリ     7140万円

9位  吉永小百合   7005万円

10位  みのもんた    6840万円

11位  大楠道代    6372万円

12位  板東英二    6223万円

13位  関口宏     6159万円

14位  渥美清     5800万円

15位  野村宏伸     5069万円

16位  峰竜太      5025万円

17位  所ジョージ   4921万円

18位  愛川欽也</p

長者番付

長者番付を振り返ってみましょうか(1986年分~1990年分 俳優・タレント・歌手&文化人部門)

はる坊です。
1986年分~1990年分の高額納税者公示(長者番付)において、『俳優・タレント部門』『歌手部門』『その他・文化人部門』上位20位までにランクインした面々を紹介させていただきます。

1986年分芸能人・文化人長者番付所得税納税額

俳優・タレント部門

1位  三船敏郎  5億5949万円

2位  黒柳徹子  1億5207万円

3位  林成年   1億4599万円

4位  長谷川稀世   9993万円

5位  加山雄三    8702万円

6位  明石家さんま  8643万円

7位  三田佳子    6627万円

8位  和泉雅子    5557万円

9位  関口宏     5552万円

10位  加藤茶     5539万円

11位  根津甚八    5335万円

12位  森光子     5240万円

13位  山城新伍    4452万円

14位  松本幸四郎   4378万円(二代目 松本白鸚)

15位  田中邦衛    4295万円

16位  市川猿之助   4212万円(二代目 市川猿翁)

17位  二谷英明    4158万円

18位  風間杜夫    4073万円

19位  石原裕次郎   3985万円

20位  石橋貴明    3875万円(とんねるず

※1位にランクインした三船敏郎は、土地売却により所得が急増したことによりランクイン。

※2位の林成年と3位の長谷川稀世は、国民栄誉賞を受賞した名俳優・長谷川一夫の実子で、共に俳優・女優であり、主に助演で存在を示した。

林成年は、大林宣彦監督の『廃市』の弁慶役か、伊丹十三監督の映画『タンポポ』で、高級中華料理でもてなしながら東北大学教授を騙る老詐欺師に投資話を持ちかけるあやしい男役が一番有名か。
この2人のランクインは長谷川一夫逝去に不動産を処分した際の売却益によるもの。

※8位にランクインした和泉雅子は、1960年代に吉永小百合松原智恵子とともに『日活三人娘』と呼ばれた女優。1985年に北極点踏破を目指して、1億円以上の費用を遣い挑戦したものの失敗に終わるが、逆にこの挑戦が話題となり、テレビ出演や講演依頼が殺到してランクインしたと思われる。
なお、1989年に再挑戦して、日本人女性初の北極点踏破者となった。

歌手部門

1位  桑田佳祐    8540万円(KUWATA BAND

2位  森進一     8454万円

3位  美空ひばり   8105万円

4位  五木ひろし   5630万円

5位  北島三郎    4059万円

6位  小柳ルミ子   3890万円

7位  中森明菜    3869万円

8位  玉置浩二    3540万円(安全地帯

9位  高見沢俊彦   3389万円(THE ALFEE

10位  石川さゆり   3376万円

11位  吉田拓郎    3375万円

12位  谷村新司    3265万円

13位  矢沢永吉    2644万円

14位  研ナオコ    2632万円

15位  牧村三枝子   2527万円

16位 井上陽水     2481万円

17位  中島みゆき   2424万円

18位  小泉今日子   2205万円

19位  田原俊彦    2167万円

20位  新沼謙治    2164万円

その他・文化人部門

1位  千宗室   3億2109万円(茶道家元)

2位  小原豊雲  1億6872万円(華道家元)

3位  千宗左   1億6431万円(茶道家元)

4位  加山又造  1億5455万円(日本画家)

5位  高橋留美子 1億4754万円(漫画家)

6位  斎藤都世子 1億4754万円(ニットデザイナー)

7位  北村西望  1億3319万円(彫刻家)

8位  藤本弘   1億3274万円(漫画家 藤子・F・不二雄

9位  安孫子素雄 1億3211万円(漫画家 藤子不二雄A)

10位  高橋陽一  1億2519万円(漫画家)

11位  南大路一  1億2003万円(洋画家)

12位  林良至   1億1803万円(ファッションデザイナー)

13位  嶋田隆司  1億1615万円(漫画家 ゆでたまご)

14位  東山魁夷  1億1584万円(日本画家)

15位  秋本治   1億1117万円(漫画家)

16位  芦田淳   1億0698万円(ファッションデザイナー)

17位  舟越保武  1億0261万円(彫刻家)

18位  中井義則  1億0033万円(漫画家 ゆでたまご)

19位  平山郁夫    9743万円(日本画家)

20位  渡辺貞夫    8958万円(サックスプレイヤー)

マンツーマンのサックスレッスン

※千宗室・・・茶道裏千家前家元15代汎叟宗室。現在の千玄室

※小原豊雲・・・いけばな小原流三世家元

※千宗左・・・茶道表千家13代家元

※12位にランクインした林良至は、ファッションブランド・伊太利屋会長。
フェラーリのコレクターとしても有名で、ガレーヂ伊太利屋の代表も務めた。

1987年分芸能人・文化人長者番付所得税納税額

俳優・タレント部門

1位  黒柳徹子   1億5747万円

2位  京マチコ   1億2870万円

3位  志村けん     9055万円

4位  三田佳子     8338万円

5位  加山雄三     7818万円

6位  滝沢修      7609万円

7位  加藤茶      7553万円

8位  喜多道枝     7395万円

9位  山城新伍     5966万円

10位  大楠道代     5831万円

11位  和泉雅子     5738万円

12位  吉永小百合    5703万円

13位  渥美清      5597万円

14位  森光子      5588万円

15位  薬師丸ひろ子   5425万円

16位  関口宏      5299万円

17位  風間杜夫     5297万円

18位  三浦友和     4878万円

19位  川口浩      4639万円

20位  柴田恭兵     4507万円

※2位の京マチコ、6位の滝沢修、8位の喜多三枝は不動産売却によるランクイン。
時代はバブル経済に入っていた。

歌手部門
1位  園まり    2億5865万円

2位  石井好子   2億5838万円

3位  松田トシ     9825万円(松田敏江の名でも活動)

4位  小柳ルミ子    6943万円

5位  森進一      6385万円

6位  桑田佳祐     5651万円(サザンオールスターズ

7位  五木ひろし    5510万円

8位  高見沢俊彦    5360万円(THE ALFEE

9位  中森明菜     4765万円

10位  北島三郎     4248万円

11位  井上陽水     3926万円

12位  浜田省吾     3543万円

13位  谷村新司     3192万円

14位  中島みゆき    3179万円

15位  矢沢永吉     3120万円

16位  吉幾三      2969万円

17位  長渕剛      2883万円

18位  川中美幸     2767万円

19位  三浦洸一     2549万円

20位  玉置浩二     2504万円(安全地帯

※1位の園まり、2位の石井好子、3位の松田トシは揃って、不動産の売却益によるランクイン。

園まりは、1960年代に中尾ミエ、伊東ゆかりと〝スパーク3人娘〟と呼ばれて活躍したが、70年代以降は芸能界の第一線から退いている状態だったが、弟とともに赤坂に所有していた土地を売却したことで突然のランクイン。

2位の石井好子はシャンソン歌手。

3位の松田トシは歌手として活動後は、後進育成に力を入れ、NHKラジオで〝うたのおばさん〟と親しまれる一方、『スター誕生!』の審査員を務めた際には、出場者に対して厳しいコメントをすることで有名になった。
なお、岩崎宏美岩崎良美姉妹、新沼謙治、神野美伽は松田主宰の音楽教室出身。

※19位の三浦洸一は1950~1960年代に活躍した歌手だが、80年代に入ってから、CM出演や『笑っていいとも』にレギュラー出演するなど露出が増えた。

その他・文化人部門

1位  千宗室    2億4973万円(茶道家元)

2位  藤本弘    1億7946万円(漫画家 藤子・F・不二雄

3位  小原豊雲   1億7542万円(華道家元)

4位  高橋留美子  1億7015万円(漫画家)

5位  千宗左    1億6071万円(茶道家元)

6位  平山郁夫   1億4767万円(日本画家)

7位  車田正美   1億3751万円(漫画家)

8位  斎藤都世子  1億2679万円(ニットデザイナー)

9位  安孫子素雄  1億2675万円(漫画家 藤子不二雄A)

10位  加山又造   1億2325万円(日本画家)

11位  中川一政   1億2520万円(洋画家)

12位  吉田聡    1億0576万円(漫画家)

13位  原田観峰   1億0388万円(書道家)

14位  亀倉雄策   1億0178万円(商業デザイナー)

15位  芦田淳    1億0120万円(ファッションデザイナー)

16位  秋元康    1億0061万円(作詞家)

17位  まつもと泉    9939万円(漫画家)

18位  秋本治      9596万円(漫画家)

19位  玉置宏      9557万円(司会者)

20位  東山魁夷     8859万円(日本画家)

※7位に『聖闘士星矢』の車田正美がランクイン。

※12位の吉田聡は少年KING連載の『湘南暴走族』、週刊少年サンデー連載の『ちょっとヨロシク!』でヒットを飛ばしていた。

『湘南暴走族』が江口洋介主演で実写映画化、並行して制作されたOVAもシリーズ化され、作品人気が高まったことが、ランクインの要因。

※16位の秋元康はフジテレビ系バラエティ番組『夕焼けニャンニャン』の企画・構成を担当し『おニャン子クラブ』メンバーの作詞を手掛けたことで、一躍、時代の寵児に躍り出た。

またこの頃秋元は、1956年生まれと2歳逆にサバを読んでおり(実際は1958年生まれ)、20代後半でランクインをしたことになる。

※17位のまつもと泉は『きまぐれオレンジロード』のヒット。

※18位の秋本治は『こちら亀有公園前派出所(こち亀)』が安定した売上を見せランクイン。
7位の車田正美とともに週刊少年ジャンプ連載陣の強さを見せつけた。

1988年分芸能人・文化人長者番付所得税納税額

俳優・タレント部門

1位  三田佳子   1億3928万円

2位  黒柳徹子   1億2294万円

3位  松本幸四郎  1億2279万円(二代目松本白鸚)

4位  中村吉右衛門 1億1421万円

5位  富士真奈美  1億0569万円

6位  志村けん     9267万円

7位  吉永小百合    8713万円

8位  竜雷太      7134万円

9位  加山雄三     6686万円

10位  ビートたけし   6627万円

11位  山城新伍     6272万円

12位  山田邦子     6239万円

13位  関口宏      5931万円

14位  ケーシー高峰   5808万円

15位  加藤茶      5249万円

16位  大楠道代     4864万円

17位  森光子      4350万円

18位  桂三枝      4300万円

19位  森繁久彌     4175万円

20位  風間杜夫     4170万円

※3位の松本幸四郎(現在の二代目松本白鸚)、4位の中村吉右衛門、5位の富士真奈美は、本業に加えて、いずれも不動産売却益によって所得が増加したことがランクアップ・ランクインの影響。

歌手部門

1位  北島三郎     9573万円

2位  森進一      8834万円

3位  五木ひろし    5295万円

4位  長渕剛      5204万円

5位  桑田佳祐     4460万円(サザンオールスターズ

6位  中森明菜     4401万円

7位  谷村新司     3946万円

8位  高見沢俊彦    3853万円(THE ALFEE

9位  松田トシ     3693万円

10位  浜田省吾     3563万円

11位  土橋安騎夫    3513万円(レベッカ)

12位  吉幾三      3449万円

13位  石川さゆり    3417万円

14位  笈田敏夫     3413万円

15位  川中美幸     3406万円

16位  MIE      3373万円(未唯mie)

17位  NOKKO    3359万円(レベッカ)

18位  飛鳥涼      3188万円(CHAGE&ASKA)

19位  井上陽水     2964万円

20位  中山美穂     2963万円

※14位に登場した笈田敏夫(おいだ・としお)はジャズシンガー。

※16位に登場したMIEはピンク・レディーのミー。
1981年のピンク・レディー解散後は、ミー⇒MIE⇒未唯⇒未唯mieと芸名を変更している。

その他・文化人部門

1位  車田正美   3億1397万円(漫画家)

2位  平山郁夫   2億7840万円(日本画家)

3位  加山又造   2億6182万円(日本画家)

4位  千宗室    2億5345万円(茶道家元)

5位  中川一政   1億7993万円(洋画家)

6位  秋本治    1億7057万円(漫画家)

7位  千宗左    1億3361万円(茶道家元)

8位  斎藤都世子  1億3281万円(ニットデザイナー)

9位  東山魁夷   1億2990万円(日本画家)

10位  小原豊雲   1億2813万円(華道家元)

11位  原田観峰   1億1484万円(書道家)

12位  北村治禧     9103万円(彫刻家)

13位  圓鍔勝三     8355万円(彫刻家)

14位  森英恵      8332万円(ファッションデザイナー)

15位  安孫子素雄    8246万円(漫画家 藤子不二雄A)

16位  秋元康      7886万円(作詞家)

17位  藤本弘      7562万円(漫画家 藤子・F・不二雄)

18位  高橋留美子    7427万円(漫画家)

19位  鈴木健二     7080万円(文筆業)

20位  須田剋太     7067万円(洋画家)

※1位には『聖闘士星矢』が人気絶頂を迎えた車田正美が、前年の7位からランクアップ。

※6位の秋本治も前年の18位、前々年の15位から大幅に所得を伸ばしてランクアップ。

※14位の森英恵は女性ファッションブランド〝ハナエモリ〟の創始者・ファッションデザイナー。

1950年代には小津安二郎監督作品『秋刀魚の味』『秋日和』のほか、
『太陽の季節』でデビューした石原裕次郎主演作『狂った果実』など多くの映画の衣装を担当。

日本人デザイナーの先駆けとなり、ニューヨーク・コレクションやパリ・コレクションに進出。
大好評をもって迎えられ、顧客にはモナコ王妃のグレース・ケリーソフィア・ローレンが名を連ねた。

また国内でも、1983年に創業者・青木定雄の要請に応じて、エムケイタクシー乗務員の制服をデザイン、1988年に美空ひばりの復活コンサートにおいて不死鳥をイメージしたステージ衣装を製作。

1993年には、皇太子徳仁親王と雅子妃の結婚の儀において、雅子妃が着用したデコルテをデザインしている。
現在では、孫の森泉や森星の祖母というイメージも強い。

※19位の鈴木健二はNHKを退職して、文筆や講演活動を中心に活躍した。

1989年分芸能人・文化人長者番付所得税納税額

俳優・タレント部門

1位  中村歌右衛門   1億8150万円

2位  三田佳子     1億2889万円

3位  内藤武敏     1億1773万円

4位  西村晃      1億0473万円

5位  志村けん     1億0123万円

6位  島田陽子       8489万円

7位  黒柳徹子       8443万円

8位  神太郎        6692万円

9位  渥美清        6679万円

10位  加藤茶        6609万円

11位  山城新伍       6469万円

12位  吉永小百合      6455万円

13位  大橋巨泉       6216万円

14位  ビートたけし     5684万円

15位  大楠道代       5554万円

16位  桂三枝        5529万円

17位  加山雄三       5342万円

18位  関口宏        5264万円

19位  薬師丸ひろ子     5207万円

20位  坂東玉三郎      4840万円

※1位に登場した、歌舞伎女形の中村歌右衛門は世田谷区の宅地売却益によるランクイン。

※3位の内藤武敏、4位の西村晃、6位の島田陽子、8位の神太郎は本業に加えて不動産売却益があったため上位にランクイン。

内藤武敏は1950年代から『ビルマの竪琴』『人間の條件』などの映画やテレビドラマで幅広く出演。
また、武田泰淳原作の『ひかりごけ』に強い執着を持ち、1992年に熊井啓監督・三國連太郎主演での映画化に尽力する。
同作はベルリン国際映画祭に正式出品され、高い評価を受けた。

西村晃は『水戸黄門』で二代目水戸光圀(徳川光圀)を演じる一方、味のある悪役を多く演じた。

1928年に東洋初の人間型ロボット『學天則』を製作した北海道帝国大学教授・理学博士の西村真琴の次男としても知られる。
1988年に公開された荒俣宏原作の映画『帝都物語』では、父・西村真琴役を演じている。

意外にも、『川口浩探検隊』以前に1977年7月から1978年1月までに計3回『水曜スペシャル探検シリーズ』という番組があり、その内1回で探検隊長を務め、実際に毒蛇を求めてタイ現地を訪れている。
また、戦時中は特攻隊員であり、出撃後に特攻機不良で基地に引き返し、そのまま終戦を迎えて一命を取り留めている。

同じ特攻隊にいた千玄室と親友同士であったが、この部隊で生き残ったのは、西村晃と千玄室のふたりだけだった。

※8位の神太郎は、ナレーター、ラジオDJ、司会者として活躍したのち、グルメリポーターの第一人者となった。

歌手部門

1位  森進一        8569万円

2位  北島三郎       8288万円

3位  長渕剛        6811万円

4位  松任谷由実      6807万円

5位  井上陽水       6134万円

6位  桑田佳祐       6036万円(サザンオールスターズ

7位  石川さゆり      5863万円

8位  飛鳥涼        5542万円(CHAGE&ASKA)

9位  中森明菜       5498万円

10位  川中美幸       4788万円

11位  松田トシ       4407万円

12位  五木ひろし      4160万円

13位  細川たかし      4129万円

14位  田原俊彦       4039万円

15位  加藤登紀子      4030万円

16位  吉幾三        3894万円

17位  矢沢永吉       3786万円

18位  中島みゆき      3582万円

19位  小柳ルミ子      3565万円

20位  浜田省吾       3552万円

その他・文化人部門

1位  千宗室      3億6753万円(茶道家元)

2位  加山又造     2億7882万円(日本画家)

3位  平山郁夫     2億0470万円(日本画家)

4位  中川一政     1億3359万円(洋画家)

5位  脇田和      1億2879万円(洋画家)

6位  千宗左      1億2758万円(茶道家元)

7位  高橋留美子    1億2727万円(漫画家)

8位  秋本治      1億1585万円(漫画家)

9位  藤本能道     1億1535万円(陶芸家)

10位  原田観峰     1億1338万円(書道家)

11位  片岡球子     1億1160万円(日本画家)

12位  春日野清隆    1億0677万円(日本相撲協会前理事長・元横綱栃錦)

13位  斎藤都世子    1億0641万円(ニットデザイナー)

14位  横山光輝     1億0359万円(漫画家)

15位  車田正美       9049万円(漫画家)

16位  芦田淳        8528万円(ファッションデザイナー)

17位  森英恵        8486万円(ファッションデザイナー)

18位  穐月明        8220万円(日本画家)

19位  藤田喬平       8108万円(ガラス工芸家)

20位  藤本弘        8063万円(漫画家 藤子・F・不二雄)

1990年分芸能人・文化人長者番付所得税納税額

俳優・タレント部門

1位  市村羽左衛門   3億1967万円

2位  三田佳子     1億2885万円

3位  吉永小百合    1億0275万円

4位  沢村貞子     1億0164万円

5位  ビートたけし     9082万円

6位  志村けん       9023万円

7位  中村又五郎      8387万円(二代目)

8位  愛川欽也       7517万円

9位  山城新伍       6698万円

10位  加藤茶        6620万円

11位  三船敏郎       6192万円

12位  黒柳徹子       6011万円

13位  中村吉右衛門     5902万円

14位  関口宏        5667万円

15位  加山雄三       5228万円

16位  浅野ゆう子      5071万円

17位  桂三枝        5040万円

18位  森光子        5020万円

19位  風間杜夫       4930万円

20位  大楠道代       4867万円

※1位に登場した歌舞伎役者・市川羽左衛門は港区南青山の土地を売却したことにより大きな収入を得たのがランクインの理由。
1990年は、結果的にバブル最晩年となったが、全国の長者番付上位100名のうち、95名が不動産売却による、いわゆる〝土地長者だった〟。

※4位に登場した女優・沢村貞子も不動産売却所得によるランクイン

長者番付

長者番付を振り返ってみましょうか(1980年分~1985年分 俳優・タレント・歌手&文化人部門)

はる坊です。

1980年分~1985年分の高額所得者公示(長者番付)において、『俳優・タレント部門』『歌手部門』『その他・文化人部門』上位にランクインした面々を紹介させていただきます。

1982年分までは、納税額ではなく、“申告所得”額が公示されていました。
申告所得額とは、実収入から必要経費を差し引いた額です。

また、1980年分~1981年分は各部門のベストテン。1982年分からはベスト20にランクされた方を挙げています。

1980年分芸能人・文化人長者番付申告所得額

俳優・タレント部門

1位  森光子   1億4160万円

2位  石原裕次郎 1億2451万円

3位  中村鴈治郎 1億0952万円

4位  黒柳徹子    9701万円

5位  石坂浩二    9166万円

6位  大川橋蔵    8979万円

7位  坂上二郎    8478万円

8位  山城新伍    8399万円

9位  高島忠夫    7436万円

10位  山田五十鈴   6873万円

歌手部門

1位  矢沢永吉  2億4784万円

2位  谷村新司  1億0550万円

3位  五木ひろし   8218万円

4位  さだまさし   7299万円

5位  吉田拓郎    6875万円

6位  森進一     6840万円

7位  北島三郎    6712万円

8位  松島詩子    6388万円

9位  村田英雄    6213万円

10位  イルカ  5886万円

その他・文化人部門

1位  遠藤実   3億3571万円(作曲家)

2位  千宗室   3億2530万円(茶道家元)

3位  小原豊雲  2億3833万円(華道家元)

4位  藤本弘   1億7191万円(漫画家 藤子・F・不二雄)

5位  安孫子素雄 1億7135万円(漫画家 藤子不二雄A)

6位  東山魁夷  1億5848万円(日本画家)

7位  森英恵   1億4350万円(ファッションデザイナー)

8位  小磯良平  1億4085万円(洋画家)

9位  千宗左   1億3076万円(茶道家元)

10位  勅使河原霞 1億3652万円(華道家元)

※小原豊雲・・・いけばな小原流三世家元
※勅使河原霞・・・いけばな草月流二代目家元
※千宗室・・・茶道裏千家前家元15代汎叟宗室。現在の千玄室
※千宗左・・・茶道表千家13代家元

1981年分芸能人・文化人長者番付申告所得額

俳優・タレント部門

1位  黒柳徹子  1億9910万円

2位  渥美清   1億2886万円

3位  大川橋蔵  1億2595万円

4位  石原裕次郎 1億2381万円

5位  森光子   1億1298万円

6位  東千代之介 1億0402万円

7位  星由里子    9478万円

8位  石坂浩二    9172万円

9位  加山雄三    9125万円

10位  高島忠夫    8993万円

※初版2万部でスタートした自伝『窓際のトットちゃん』が戦後最大の大ベストセラーとなり(現在までで累計800万部)、黒柳徹子は1981年分から5年連続俳優・タレント部門で首位を守ります。

いわさきちひろの表紙絵や挿画も魅力的でした。

歌手部門

1位  五木ひろし 1億0987万円

2位  谷村新司  1億0138万円

3位  イルカ     8051万円

4位  長渕剛     7851万円

5位  村田英雄    7663万円

6位  さだまさし   7264万円

7位  森進一     6988万円

8位  北島三郎    6851万円

9位  矢沢永吉    6662万円

10位  佐々木通正   6628万円(ダークダックス)

その他・文化人部門

1位  鳥山明   5億3924万円(漫画家)

2位  千宗室   4億2579万円(茶道家元)

3位  小原豊雲  3億1134万円(華道家元)

4位  千宗左   2億2619万円(茶道家元)

5位  藤本弘   2億1517万円(漫画家 藤子・F・不二雄)

6位  安孫子素雄 2億1450万円(漫画家 藤子不二雄A)

7位  遠藤実   2億0916万円(作曲家)

8位  平山郁夫  1億7674万円(日本画家)

9位  東山魁夷  1億6308万円(日本画家)

10位  森英恵   1億4796万円(ファッションデザイナー)

※1位の鳥山明は週刊少年ジャンプに連載された『Dr.スランプ』が大ヒット作となり、前年度の申告所得5541万円から大幅アップとなった。

1982年分芸能人・文化人長者番付申告所得額

俳優・タレント部門

1位  黒柳徹子   1億9815万円

2位  フランキー堺 1億2703万円

3位  石原裕次郎  1億2261万円

4位  森繁久彌   1億2003万円

5位  山城新伍   1億1815万円

6位  森光子    1億0713万円

7位  高島忠夫   1億0706万円

8位  大川橋蔵   1億0421万円

9位  山田五十鈴    9761万円

10位  加山雄三     8236万円

11位  佐久間良子    7943万円

12位  渥美清      7565万円

13位  石坂浩二     6972万円

14位  井上順      6886万円

15位  杉良太郎     6686万円

16位  中村吉右衛門   6458万円(二代目)

17位  松本幸四郎    6188万円(二代目松本白鸚)

18位  田中邦衛     6181万円

19位  樹木希林     5803万円

20位  寺島純子     5774万円(現在の富司純子)

歌手部門

1位  矢沢永吉     9643万円

2位  五木ひろし    9013万円

3位  谷村新司     7732万円

4位  村田英雄     7346万円

5位  美空ひばり    7302万円

6位  さだまさし    7255万円

7位  イルカ      7176万円

8位  松任谷由実    7146万円

9位  北島三郎     6953万円

10位  小田和正     6483万円

11位  森進一      5923万円

12位  三波春夫     5829万円

13位  沢田研二     5698万円

14位  吉田拓郎     5164万円

15位  中島みゆき    4875万円

16位  竜鉄也      4849万円

17位  甲斐よしひろ   4641万円

18位  西城秀樹     4592万円

19位  小柳ルミ子    4405万円

20位  財津和夫     4398万円

その他・文化人部門

1位  鳥山明    6億4745万円(漫画家)

2位  千宗室    4億1596万円(茶道家元)

3位  小原豊雲   2億8930万円(華道家元)

4位  高橋留美子  2億7210万円(漫画家)

5位  千宗左    2億4495万円(茶道家元)

6位  藤本弘    1億9045万円(漫画家 藤子・F・不二雄)

7位  安孫子素雄  1億8948万円(漫画家 藤子不二雄A)

8位  東山魁夷   1億7315万円(日本画家)

9位  斎藤都世子  1億5927万円(ニットデザイナー)

10位  遠藤実    1億5294万円(作曲家)

11位  北村西望   1億4941万円(彫刻家)

12位  加山又造   1億4913万円(日本画家)

13位  森英恵    1億4169万円(ファッションデザイナー)

14位  平山郁夫   1億3471万円(日本画家)

15位  芦田淳    1億2876万円(ファッションデザイナー)

16位  桂三枝    1億2760万円(落語家)

17位  小磯良平   1億2248万円(洋画家)

18位  村生ミオ   1億1839万円(漫画家)

19位  池坊専永   1億1611万円(華道家元)

20位  未生斎碩甫  1億1486万円(華道家元)

※18位の村生ミオは、週刊少年マガジン連載の『胸騒ぎの放課後』映画化・テレビドラマ化による収入増によるものとみられる。

※19位の池坊専永は、華道池坊華道家元四十五世。

※20位の未生斎碩甫は、未生流九世家元。

1983年分芸能人・文化人長者番付所得税納税額

※この年から、公示が申告所得から納税額に変わりました。

俳優・タレント部門

1位  黒柳徹子  1億5833万円

2位  森繁久彌    8479万円

3位  石原裕次郎   8032万円

4位  山城新伍    8008万円

5位  渥美清     7355万円

6位  森光子     6615万円

7位  高島忠夫    6510万円

8位  大橋巨泉    6510万円

9位  大川橋蔵    5067万円

10位  竹下景子    5043万円

11位  渡辺文雄    4752万円

12位  志村けん    4680万円

13位  加山雄三    4397万円

14位  三田佳子    4348万円

15位  寺島純子    4285万円

16位  二谷英明    4249万円

17位  加藤茶     3720万円

18位  有馬稲子    3670万円

19位  加藤剛     3614万円

20位  萩本欽一    3378万円

歌手部門

1位  松任谷由実   6935万円

2位  五木ひろし   5653万円

3位  北島三郎    5291万円

4位  美空ひばり   4964万円

5位  森進一     4961万円

6位  中島みゆき   3839万円

7位  沢田研二    3785万円

8位  田原俊彦    3587万円

9位  近藤真彦    3456万円

10位  イルカ     3301万円

11位  桑田佳祐    3147万円

12位  小田和正    3096万円

13位  三波春夫    3039万円

14位  橋幸夫     2759万円

15位  島倉千代子   2494万円

16位  矢沢永吉    2435万円

17位  研ナオコ    2378万円

18位  村田英雄    2313万円

19位  小柳ルミ子   2094万円

20位  和田アキ子   2089万円

その他・文化人部門

1位  千宗室   3億1753万円(茶道家元)

2位  鈴木健二  2億6219万円(NHKアナウンサー)

3位  小原豊雲  1億9748万円(華道家元)

4位  千宗左   1億5552万円(茶道家元)

5位  高橋留美子 1億4760万円(漫画家)

6位  東山魁夷  1億2344万円(日本画家)

7位  斎藤都世子 1億1376万円(ニットデザイナー)

8位  平山郁夫  1億1226万円(日本画家)

9位  安孫子素雄   9809万円(漫画家 藤子不二雄A)

10位  藤本弘     9795万円(漫画家 藤子・F・不二雄)

11位  鳥山明     9698万円(漫画家)

12位  芦田淳     8569万円(ファッションデザイナー)

13位  森英恵     8030万円(ファッションデザイナー)

14位  加山又造    7520万円(日本画家)

15位  遠藤実     7488万円(作曲家)

16位  池坊専永    7400万円(華道家元)

17位  桂三枝     7264万円(落語家)

18位  小磯良平    6863万円(洋画家)

19位  未生斉碩甫   6771万円(華道家元)

20位  中川一政    6769万円(洋画家)

※2位にランクインしたNHKアナウンサーの鈴木健二は、以前よりアナウンサー業の傍らで、生き方や人生訓、自己啓発に関する著書を刊行していたが、1982年に上梓した『気くばりのすすめ』が単行本332万部・文庫70万部の大ベストセラーとなり、1983年分~1985年分にランクインしたのはその印税収入によるもの。

兄は『ツィゴイネルワイゼン』『陽炎座』『夢二』などで評価の高い映画監督の鈴木清順。

1984年分芸能人・文化人長者番付所得税納税額

俳優・タレント部門

1位  黒柳徹子  1億3596万円

2位  大橋巨泉    8679万円

3位  石原裕次郎   6049万円

4位  吉永小百合   5923万円

5位  森光子     5754万円

6位  森繁久彌    5354万円

7位  渥美清     5320万円

8位  志村けん    4986万円

9位  山城新伍    4458万円

10位  加藤茶     4419万円

11位  松本幸四郎   4082万円(二代目松本白鸚)

12位  三田佳子    4041万円

13位  加山雄三    4031万円

14位  杉良太郎    3673万円

15位  秋吉久美子   3428万円

16位  萩本欽一    3335万円

17位  井上順     3278万円

18位  田中邦衛    3231万円

19位  水谷豊     3167万円

20位  風間杜夫    3143万円

歌手部門

1位  松任谷由実   9222万円

2位  美空ひばり   7351万円

3位  五木ひろし   5300万円

4位  森進一     4906万円

5位  桑田佳祐    3659万円

6位  田原俊彦    3452万円

7位  和田アキ子   3422万円

8位  沢田研二    3206万円

9位  北島三郎    2997万円

10位  谷村新司    2875万円

11位  三波春夫    2784万円

12位  島倉千代子   2733万円

13位  イルカ     2502万円

14位  研ナオコ    2470万円

15位  小柳ルミ子   2391万円

16位  中島みゆき   2377万円

17位  渥美二郎    2317万円

18位  長渕剛     2310万円

19位  近藤真彦    2252万円

20位  細川たかし   2207万円

その他・文化人部門

1位  千宗室   3億0924万円

2位  嶋田隆司  2億7992万円(漫画家 ゆでたまご 原作担当)

3位  中井義則  2億7666万円(漫画家 ゆでたまご 作画担当)

4位  高橋陽一  2億4402万円(漫画家)

5位  小原豊雲  1億7567万円(華道家元)

6位  千宗左   1億5373万円(茶道家元)

7位  鈴木健二  1億4310万円(NHKアナウンサー)

8位  高橋留美子 1億3693万円(漫画家)

9位  藤本弘   1億2956万円(漫画家 藤子・F・不二雄)

10位  安孫子素雄 1億2945万円(漫画家 藤子不二雄A)

11位  加山又造  1億2720万円(日本画家)

12位  斎藤都世子 1億2268万円(ニットデザイナー)

13位  北村西望  1億0449万円(彫刻家)

14位  平山郁夫    9914万円(日本画家)

15位  芦田淳     9241万円(ファッションデザイナー)

16位  東山魁夷    8586万円(日本画家)

17位  中川一政    7882万円(洋画家)

18位  森英恵     7721万円(ファッションデザイナー)

19位  小磯良平    7719万円(洋画家)

20位  市川昭介    7386万円(作曲家)

※2位・3位に登場したゆでたまごの2人は『キン肉マン』の大ヒットによるもの。嶋田隆司が原作担当。中井義則が作画担当。

※4位に登場した高橋陽一は『キャプテン翼』の大ヒットによるもの。

2位~4位までに登場した、漫画家が週刊少年ジャンプに連載を持っていることから、ジャンプの人気が一層証明された結果となった。

1985年分芸能人・文化人長者番付所得税納税額

俳優・タレント部門

1位  黒柳徹子  1億2609万円

2位  森繁久彌    6230万円

3位  石原裕次郎   6000万円

4位  神田正輝    5995万円

5位  吉永小百合   5974万円

6位  大橋巨泉    5899万円

7位  志村けん    5815万円

8位  森光子     5551万円

9位  山城新伍    5369万円

10位  三田佳子    5332万円

11位  加山雄三    5313万円

12位  市川猿之助   4522万円(二代目 市川猿翁)

13位  加藤茶     4486万円

14位  渡瀬恒彦    4151万円

15位  関口宏     4013万円

16位  倍賞美津子   3989万円

17位  風間杜夫    3836万円

18位  田中邦衛    3540万円

19位  杉良太郎    3481万円

20位  二谷英明    3398万円

歌手部門

1位  三波春夫  1億2741万円

2位  松任谷由実   7346万円

3位  美空ひばり   5826万円

4位  五木ひろし   5014万円

5位  森進一     4997万円

6位  井上陽水    4082万円

7位  高見沢俊彦   3994万円(THE ALFEE)

8位  北島三郎    3425万円

9位  桑田佳祐    3420万円

10位  谷村新司    2860万円

11位  八代亜紀    2658万円

12位  新沼謙治    2629万円

13位  中島みゆき   2457万円

14位  小田和正    2280万円

15位  石川さゆり   2278万円

16位  小柳ルミ子   2257万円

17位  矢沢永吉    2195万円

18位  田原俊彦    2112万円

19位  近藤真彦    1998万円

20位  加藤登紀子   1998万円

※1位の三波春夫は中野区江古田にあった自宅を売却したため、不動産売却益によるランクイン。

その他・文化人部門

1位  奥村土牛  3億0435万円(日本画家)

2位  嶋田隆司  2億4002万円(漫画家 ゆでたまご)

3位  中井義則  2億2583万円(漫画家 ゆでたまご)

4位  高橋陽一  2億2191万円(漫画家)

5位  千宗室   2億0873万円(茶道家元)

6位  小原豊雲  1億8147万円(華道家元)

7位  千宗左   1億7594万円(茶道家元)

8位  加山又造  1億5665万円(日本画家)

9位  斎藤都世子 1億3731万円(ニットデザイナー)

10位  高橋留美子 1億3677万円(漫画家)

11位  林良至   1億3647万円(ファッションデザイナー)

12位  安孫子素雄 1億2796万円(漫画家 藤子不二雄A)

13位  藤本弘   1億2790万円(漫画家 藤子・F・不二雄)

14位  東山魁夷  1億1127万円(日本画家)

15位  鈴木健二  1億0815万円(NHKアナウンサー)

16位  原哲夫   1億0717万円(漫画家)

17位  長谷川公之   9908万円(脚本家・美術評論家)

18位  中川一政    9882万円(洋画家)

19位  平山郁夫    9797万円(日本画家)

20位  北村西望    9627万円(彫刻家)

※1984年分と同じく、2位に嶋田隆司、3位に中井義則のゆでたまご。4位に高橋陽一がランクイン。
いずれも、週刊少年ジャンプに連載された『キン肉マン』『キャプテン翼』人気によるもの。

また、10位には、『うる星やつら』(週刊少年サンデー)『めぞん一刻』(ビッグコミックスピリッツ)の2作を連載、どちらも大ヒット作となった。常連の高橋留美子がランクイン。

12位、13位に藤子不二雄のふたりがランクインし、新顔の原哲夫を加えると、上位20名中7名が漫画家が占めた。

※11位にランクインした林良至は、ファッションブランド・伊太利屋会長。フェラーリのコレクターとしても有名で、ガレーヂ伊太利屋の代表も務めた。

※16位にランクインした原哲夫は週刊少年ジャンプに連載され大ヒット作となった『北斗の拳』の作画担当。

原作者の武論尊は『ドーベルマン刑事』(作画:平松伸二)がヒットした、1978年に有限会社プロダクション一家を設立しており、法人で納税したものと思われる。集英社において、原作者と作画担当の漫画家との印税配分は、基本4:6で漫画家が優位になっている。
(ただ、梶原一騎の場合だけ、梶原6:4漫画家だった)

※17位にランクインした長谷川公之は千葉大学医学部卒業後、警視庁勤務を経て脚本家に転身した人物。『警視庁物語』『七人の刑事』が代表作。1970年代以降は、美術評論家としても活躍した。

最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。
心より御礼申し上げます。

1986年分~1990年分はこちらです。

人物伝

天性の起業家 【ドラクエ王】スクウェア・エニックスの創業者 福嶋康博の人生がスゴすぎる①

はる坊です。

渋谷区初台に大豪邸を構えるスクウェア・エニックス創業者・福嶋康博さんとは?

東京の高級住宅街といえばどこが思い浮かびますか?
大昔は、田園調布。一昔前は成城。

しかし、現在の富裕層は都心に住まうようになりました。
特に渋谷区や港区。

渋谷区なら高級住宅地として、まず、松濤や広尾が有名ですが、初台(はつだい)にも大豪邸があります。
ロッテの重光武雄氏や戸田建設の故・戸田順之助氏。

そして、スクウェア・エニックスの創業者で名誉会長の福嶋康博さんの邸宅です。
初台の福嶋邸は敷地面積は約1050坪。

地上2階・地下1階。
加えて、別にバーベキューハウスもある大豪邸です。
この邸宅の延べ床面積は約430坪に及びます。

緑に囲まれて、道路から邸宅の様子はうかがい知ることができませんが、建物の外壁は総タイル張りの非常に立派なものです。

法人所有ではなく、福嶋康博さんご夫妻が個人名義で所有されている自宅ですが、土地や建物を合わせると、一体何十億円の価値があるでしょう。

それでは、福嶋さんが一代で、どうやってこの御殿を築き上げるまでになったのかをみていきましょう。

スクウェア・エニックス創業者・名誉会長 福嶋康博さんの足跡

1947年北海道旭川市に生まれる。

福嶋康博さんは1947年8月18日に北海道旭川市に生まれました。星座は獅子座・血液型はA型。
当時、父親は旭川市内で映画館と質屋を経営していました。

ところが、この映画館が火事になり全焼。焼け残った自宅を改装して父母は食堂を始めます。
このときに福嶋さんは初めて〝商売〟を経験します。全焼した映画館に落ちていた紙芝居の道具を拾って、紙芝居師のまねをして近所の子どもたちに物語を聞かせたのです。子どもひとりにつき5円のお金を得ました。

また、近所で火事があったときは、焼け跡に落ちていた金属を拾い集めて、業者に売りました。これは子どもにしてはいいお金になったと福嶋さん自身が述懐しています。

しかし、プライベートでは両親が離婚して、父親は札幌に出て行き、母親が食堂を切り盛りします。

福嶋さんが“「母親が寝ているところを見たことがない」”くらい、母親は働き者だったようです。

中学校は、地元の旭川市立常盤中学校に進みますが、勉強はあまり得意ではなかったようです。しかし、高校受験に際して、このままでは希望校の合格が危ういことを担任の教師から教えられると、自分で勉強のスケジュール表を作り勉強に励みます。

元々、数学だけは得意だったこともあり、無事に北海道立旭川工業高等学校建築科へ進学します。

旭川工業高校入学後は、まずはラグビー部に入部しますが、3ヶ月で退部。
入部した理由が、〝試合の日には学校を休めるから〟であったので、ラグビー自体にはあまり興味がなかったのかもしれません。
しかし、恋愛も経験するなど、充実した高校時代を送ったようです。

高校2年の夏ごろ、離れて暮らす札幌の父親から連絡がありました。「おまえ、大学へ行け」というものでした。福嶋さんは大学進学について、あまり考えていませんでしたが、反射的に「うん」と答えてしまいます。

しかしここで2つの壁にぶち当たります。まず、工業高校では大学受験に必要な科目の授業ではやっていませんでした。

そこで福嶋さんは堂々と授業中に大学受験の勉強を始めます。当然、教師からは睨まれて職員室に呼び出されます。

しかし、福嶋さんはひるみませんでした。“「ぼくの人生にとってここで、学校の勉強するのが大事か、受験勉強の方が大事か。大学受験です」”と教師に言い放って授業中に受験勉強を続けます。

もうひとつは、先に大学に進学していた兄の一博さんから「親父はたいして仕送りをしてくれないぞ」と聞かされたことです。福嶋さんは受験勉強の傍らで、下級生の家庭教師をしてお金を貯めながら、残りの高校生活を過ごします。

18歳で上京、日本大学理工学部建築学科へ進学

仕送りが足りない分は、アルバイトではなく自分の得意な事で稼ぐ

1966年(昭和41年)4月、福嶋さんは晴れて日本大学理工学部建築学科に合格して上京します。なぜ、建築学科だったかといえば、工業高校の建築科だったからで、あまり深く考えた結果ではありませんでした。

事実、福嶋さんの仕送りは、他の学生の3分の1ほどしかありませんでした。アパートの家賃が6000円なのに仕送りは5000円程度。

しかし、福嶋さんは足りない分を普通のアルバイトで稼ごうとは考えませんでした。

自分の得意な事で稼ごうとしたのです。

建築学科には図学という講義がありました。
福嶋さんは友達の分も作品を作っては、それを売って稼ぎました。

そして、麻雀です。福嶋さんは中学時代から麻雀に親しんでいましたが、メキメキと腕を上げて、大学生にしてかなりの強者でした。
友達と麻雀をするといつも福嶋さんの大勝。

そうすると、友達が一緒に麻雀をやってくれないので、福嶋さんの勝ち点を半分にする特別ルールを条件に、友人たちと麻雀卓を囲み、また、雀荘に行っては、社会人や他の学生相手に稼ぎます。

麻雀で稼いだお金で問屋へ行き、コンドームを仕入れて団地へ販売に行ったり、ストッキングを仕入れて美容院に売り込みに行ったりもしました。
当時から行動力には目を見張るものがあったようです。

1970年前後は学生運動真っ盛り。

特に1968年(昭和43年)~1969年(昭和44年)にかけては、日大紛争と呼ばれる大規模な学生運動があり、日本大学は講義どころではなくなりました。卒業式も行われないほどの激しさでした。

大学も3年生になると、周囲は就職準備に入ります。しかし、福嶋さんには疑問がありました。

それは「建築学科を出たからといって、建築会社に入るしか道はないのか?」というものでした。

建築学科の友達に聞いて回ると、建築学科=建築会社・設計会社へ就職というのが当然じゃないかという答えでしたが、福嶋さんはその答えはすんなりと馴染めないものでした。
実のところ、福嶋さんは構造計算が得意でしたが、少しも好きではなかったのです。

(構造計算を一生続けていって何になる。そのまま人生が終わるのは嫌だ。自分がやりたいことと何かが違う)

おぼろげに(事業をやってみたい)と考えてはいましたが、アテがあるわけでもありませんでした。

結局、福嶋さんは就職をすることなく1970年(昭和45年)3月日本大学理工学部建築学科を卒業しました。

就職をしたことがない!いきなり起業

中野ブロードウェイPRフリーペーパー構想

日本大学を卒業した福嶋さんは、当時付き合っていた女性の元に身を寄せます。

そこで、福嶋さんはある事業を思いつきます。

当時、よく行っていた中野ブロードウェイは、建物の造りが入り組んで複雑な上に小さな店がほとんどでわかりにくかったのです。

当時の中野ブロードウェイは地下1階から地上4階まで、日用雑貨・ファッション・レストラン等が雑然と並んでいる場所でした。

エスカレーターの作りも特殊で、2階を素通りして3階へ行くというもので、慣れないと方向感覚が狂って目的とはまったく違う場所に出てしまうことがしばしばでした。

初めて行ったときには、どこにどんな店があるか分からず、それからも買物へ行く度に、目的の店とは違うところへ出てしまったり。

福嶋さんは、いつも「何とかならないものかなあ」と考えていました。

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あるとき、ぼんやりと、わかりやすい案内図があればいいんだよ、という考えが頭をよぎったとき、福嶋さんは「これは事業になる」と直感しました。

わかりやすい案内図を載せた中野ブロードウェイのPR雑誌を作ればいいじゃないか。

中野ブロードウェイを中心とした住宅地に5万部程度のPR誌を無料で毎月配布するという事業アイデアでした。

各店をPRする雑誌を発行すれば、儲かるんじゃないか!

現在でいうところのフリーペーパー事業です。

早速、福嶋さんは、一緒に暮らしていた彼女にブロードウェイのイラストマップを描いてもらい、
〝株式会社 ジャポン・アノンス 福嶋康博〟という名刺を作って、各階の商店会会長と交渉を開始します。

彼女に描いてもらったイラストマップと簡単な見本を持ってプレゼンテーションをしてみると、好意的な反応を示してきました。

福嶋さんが目を付けた通り、建物が入り組んでいること、小さな店が多くて、それぞれの店がわかりにくいことは、中野ブロードウェイの商店主たちも気にしていたことでした。

ただ、ネックがありました。

福嶋さんは、普通の会社が5万部程度のPR誌を出すとすれば、当時で月に350万円ぐらいかかると概算で考えていました。商店会会長たちのあいだでは、この金額が高いのではないかと二の足を踏むことになったのです。

しかし、福嶋さんはこの金額を譲るつもりはありませんでした。金額を巡って押し問答を繰り返していると、耳寄りな情報が入りました。

中野ブロードウェイを建てた不動産会社の社長が社会福祉活動に熱心だという話でした。

「(社会福祉とはちょっと違うかもしれないが、PR誌の発行は地域社会の為になる仕事だ)」と思った福嶋さんは、早速、その社長に事業プランをプレゼンしました。すると、この社長は毎月50万円出すことを約束してくれたのです。

※これは私の推測ですが、この不動産会社社長は、東京コープ(東京コープ販売)社長の宮田慶三郎ではないかと思います。1906年1月7日生まれ。
旧制中学校から1931年に大阪歯科医学専門学校(現・大阪歯科大学)を卒業。その後、歯科冶金の研究をきっかけに、合金の魅力に取り憑かれて、「ミヤタ・ロイ」と呼ばれる超高質合金を開発。

その後、病気療養中に大脳生理学の研究により1960年に医学博士号を取得。学会発表の際にワシントンを訪れ、アメリカに比べて日本の建築物が貧弱であることを知って、不動産事業を始めた経験を持つ異色の経営者です。

中野ブロードウェイ開発を最後に不動産事業からは身を引き、教育者として朝日大学と明海大学を創立しました。明海大学に不動産学部があるのは、宮田慶三郎の意思でしょう。
1997年7月に亡くなっています。

宮田慶三郎が、福嶋さんと同じ北海道出身だったことや福嶋さんが日大理工学部建築学科出身だったことも、若き福嶋さんの提案を受け入れ援助する約束をする一因になったのではないかと思います。

月々50万円の協賛金を得られることになり、金銭的なネックも消え、PR誌作りについて商店会会長たちの納得を得た福嶋さんは、いよいよ発刊準備作業に入ります。
編集作業を進めながら、福嶋さんはここが成功したら、今度は中央線の違う主要駅で挑戦しようと、夢を広げていきました。
しかし、事業を開始する段になって、福嶋さんは商店街の組合長から呼び出されます。

「おまえの会社は、登記されていないじゃないか!どういうことだ?社長は誰だ?」
「えっ、登記ってなんですか? 会社は僕ひとりでやってますが・・・」

福嶋さんは会社を登記することを知りませんでした。
名刺に社名と名前を刷ればそれでいいと思っていたのです。

結局、会社を登記していなかったことは、中野ブロードウェイ側からの信用の失墜を招き、この事業は開始直前になって頓挫してしまいました。

スクウェア・エニックスの創業者 福嶋康博の人生がスゴすぎる②

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人物伝

現在は、スクエニHD顧問 ドラゴンクエスト・初代プロデューサー千田幸信さんはもっと評価されるべき

はる坊です。

この2021年2月10日で、任天堂ファミリーコンピュータ版『ドラゴンクエストⅢ』の発売から33周年を迎えました。

ドラゴンクエストシリーズといえば、ゲームデザイン・シナリオを手掛ける堀井雄二さんや『ドラゴンボール』の作者でキャラクターデザイン担当の鳥山明さん、そして音楽を作り続けているすぎやまこういちさんに目が行きますが、忘れてはならない人がいます。

それは、ドラクエⅠからⅦまでプロデューサーを務めた千田幸信さんです。

その後も、エグゼクティブプロデューサーとしてスタッフロールに名を連ねています。

お三方に比べるとメディアに露出する機会も極端に少なく知名度も低い気がしますが、彼がいなくてはドラゴンクエストは生まれることはなかったことは確かです。

[embed]https://www.youtube.com/watch?v=k4BEEzogc0U&t=743s[/embed]
『ドラゴンクエスト30周年お誕生日カウントダウンスペシャル』でメッセージを寄せられていましたが、篤実で温厚な方だなという印象を受けました。

また、堀井雄二さんは千田さんについての思い出として、

「ドラクエが(発売)延期になったときに、小学生から「ドラクエは次、いつ出るんですか」と質問されたときに、千田さんが「はい、我が社といたしましては・・・」が答えて、「えーっ、と思った」と語られています。

たしかに、真面目でビジネスマンというよりもクリエーター・職人気質の方だと思います。

すぎやまこういちさんとの対談でも、

“「プロデューサー”という響きが、カタカナでなんとなくかっこよさそうな仕事に見えますから、表に出たがる人も多いんじゃないかと思うんですよ。
僕自身はプロデューサーという言葉よりも単なる“担当者”というのが最適じゃないかと思ってますけどね。」”

と語られており、表舞台には立たずに裏方に徹することで、『ドラゴンクエスト』を支えてこられました。

2021年6月 千田幸信さんはスクウェア・エニックス・ホールディングス取締役を退任

千田幸信さんは、エニックス創業から、同社の取締役、常務、専務、副会長を務められ、スクウェア・エニックスとなってからも取締役を続投されました。
(こちらは2018年3月31日をもって、本多圭司取締役業務執行役員とともに退任)
2008年10月からは持株会社のスクウェア・エニックス・ホールディングスの取締役を務めてこられましたが、2021年6月をもって勇退をされました。

こちらで本多圭司さんについてまとめました。エニックス2代目社長・スクウェア・エニックスホールディングス副社長・取締役を歴任した本多圭司

替わりに取締役に就任されたのは、北瀬佳範・齊藤陽介・佐々木通博 ・西角浩一・橋本真司・三宅有・吉田直樹・渡邉一治の各氏です。
千田さんに替わって『ドラゴンクエストⅧ』でチーフプロデューサーを務められた三宅有さんもいらっしゃいます。

千田幸信さんのプロフィール。漫画家・吉田戦車と親類!?

千田幸信さんのプロフィールを簡単にご紹介します。

1950年9月29日岩手県生まれ。血液型はO型。
1972年に東海大学工学部を中退。

奥様はソプラノ歌手の千田知都子さん。
何枚かCDをリリースされており、なかでも2002年にリリースされた『こころのうた』では、『ドラゴンクエスト』関連の曲も歌われています。


ドラゴンクエストⅡの『この道 わが旅』とドラゴンクエストⅦの『哀しみの日々』なのですが、ヴォカリーズ(いわゆるハミングですね。歌詞はなく、さだまさし『北の国から』や由紀さおりの『夜明けのスキャット』を思い出していただけるとイメージがしやすいかと思います)で歌い上げられています。

また、親類に国際ジャーナリスト・政治学者の千田善さん、漫画家の吉田戦車さんがいます。

役員四季報に役員の趣味まで記載されていた頃、趣味は〝確率統計論の実践〟と書かれていました。
後述しますが、馬主であることから、競馬の予想を思いっきりカッコよく言った感じにも聞こえます。

大学中退後は、1974年3月にCISに入社。
1976年9月に丸山三郎氏が創業したソフトウエア興業に転職。

その後、1979年にエニックス創業者の福嶋康博氏が設立した東芝のコンピュータ販売代理店エム・シー・ビーに入社しますが、しばらくして退社。

フリーのシステムエンジニア・プログラマーとして活動した後、1982年8月にエニックスの創業に参画して取締役に就任。

このときエニックスのメンバーは、社長の福嶋氏と千田氏、そして、福嶋氏が1974年8月に個人創業され、
翌1975年9月に設立された公団住宅情報誌発行会社である、株式会社営団社募集サービスセンターに1976年から勤められていた古参社員の高野豊氏の3名だけでした。

ちなみに、社名のエニックス(英表記:ENIX)の意味は、世界最初の汎用電子式コンピュータ〝ENIAC〟と不死鳥を表す英単語〝PHOENIX〟を合わせた造語です。

エニックス創生期のゲームコンテストで見出した堀井雄二さんと中村光一さんとともに『ドラゴンクエスト』を開発

エニックスは設立後すぐに、賞金総額300万円の「エニックス 第1回ゲーム・ホビープログラムコンテスト」を企画・実施します。

最優秀賞者には賞金100万円。優秀賞者には賞金50万円。

当時、多くのゲームコンテストが実施されていましたが、賞金額は異例の金額でした。
しかし、ゲームがなかなか集まりません。その理由は以下の3つです。

・他にもゲームコンテストは開催されていたが、最優秀賞が出ないコンテストが多かった

・うさんくさい会社がゲームコンテストを実施して悪い噂が流れていた

そして、これがいちばん大きな理由でした。

・エニックスが無名会社だったから

社長の福嶋さんも、この事態には喫茶店で頭を抱えたと振り返っています(福嶋康博 著『マイナスに賭ける!―「人並み志向」で勝機はつかめない』より)

それでも、福嶋さん・千田さん・高野さんの3人は諦めませんでした。

千田さんは秋葉原へ行き、頭を下げて、マイコンショップにコンテストのポスターを店内に貼らせてもらいます。そして、全国の有力なマイコンクラブや他のコンテストの入賞者に「必ず、最優秀賞は出しますから」と応募を要請しました。

最後に、千田さんは週刊少年ジャンプ編集部を訪れます。少年ジャンプにコンテストの記事を載せて欲しいと頼む為でした。
このときに、千田さんの応対をしたのが、鳥嶋和彦さんです。

ジャンプで最初のパソコンゲーム特集を担当することになっていた鳥嶋さんには、千田さんの訪問は渡りに船でした。

依頼を承諾して、フリーライターで集英社のseventeen(セブンティーン)でも記事を書いていた堀井雄二さんに、取材をしてくれるよう依頼しました。

鳥嶋さんと堀井さんはすでにゲーム仲間でした。鳥嶋さんは、この取材は堀井さんが適任だと感じたのでしょう、堀井さんはすでにパソコン(マイコン)にハマっており、取材を承諾した上に、自分でも『ラブマッチテニス』というアクション性の高いテニスゲームをコンテストに応募しました。

『ドラゴンクエスト』誕生にも関わった、鳥山明を見いだした名編集者・マシリトこと鳥嶋和彦は現在、白泉社代表取締役会長 兼 生涯ー編集者

そして四国・香川県の県立丸亀高校には、すでに全国のマイコン少年からその存在を認められている少年がいました。中村光一さんです。

中村さんは、新聞配達のバイトで貯めたお金でPC-8001を購入して、ゲーム製作&プログラミングに没頭します。
マイコン雑誌『I/O』に投稿して認められ、開発したツールの原稿料や投稿したゲームが販売されて発生した印税を得るとPC-8801を購入。

エニックスのコンテストに『ドアドア』を応募します。

最終的には、コンテストに316本のゲームが集まりました。
ゲームの審査では、面白く遊べるゲームとそうではないゲームがハッキリ分かれていたので、苦労はなかったと福嶋さんが語っています。

審査の結果は、のちに『森田将棋』で名を馳せる森田和郎さんの『森田のバトルフィールド』が最優秀賞を受賞。

中村光一さんの『ドアドア』は惜しくも優秀賞でした。

そして、堀井雄二さんの『ラブマッチテニス』も入賞して、自ら表彰されながら取材もおこなうという、何だかよくわからない形になりました。

このコンテストで入賞を果たした13本のソフトが販売され、エニックスは事業開始初年度で3億5000万円の利益をはじき出します。

また、エニックスはゲームの作者に対して、ゲームを買切りではなく印税契約を結び、販売本数に応じて印税を支払う仕組みを取っていましたので、8万本が売れた『ドアドア』の中村光一さんは、大学生にして月額100万円の印税収入を得ることになります。

中村さんは、上京したての大学生でありながらトヨタ・ソアラを手に入れ、飲食費や遊興代で月に30万円ほどは使っていたようですが、半分はちゃんと貯金をして、1984年4月、19歳にして調布市布田に資本金500万円で株式会社チュンソフトを設立。
代表取締役社長に就任して、本格的にゲームクリエーターの道を歩み始めます。

中村さんが製作した『ドアドア』は、その後、エニックスの任天堂ファミリーコンピュータ(ファミコン)参入第一弾ソフトとして移植、こちらは20万本を売上げ、次いで発売された堀井雄二さんとチュンソフトを設立した中村さんが組んだ最初のゲーム『ポートピア連続殺人事件』は60万本を売り上げました。

千田さん「世界一のゲームを作ります」と宣言して生まれた『ドラゴンクエスト』

堀井雄二さんと中村光一さんはRPGに興味を持っていました。当時、アメリカ市場では『ウルティマ』と『ウィザードリィ』が作られていましたが、ファミコン用ソフトとして製作するのは容量の関係で無理だと思われていました。

しかし、アドベンチャーゲーム(AVG)『ポートピア連続殺人事件』を製作した経験から、国産RPGの製作は可能だという考えを持っていました。
こうして始まったのが、『ドラゴンクエストⅠ』の製作プロジェクトです。
プロジェクト開始にあたって、千田さんは「世界一のゲームを作ります」と宣言しました。

シナリオ・ゲームデザイン 堀井雄二
ディレクター・プログラム 中村光一
プロデューサー      千田幸信

ここまでは決まっていました。
キャラクターデザインを鳥山明さんが担当することになったのは、少年ジャンプの編集者・鳥嶋和彦さんの後押しによるもので、音楽をすぎやまこういちさんが担当することになったのは、何と、本人直々に、エニックスのゲームのアンケートハガキを投函して、エニックス社員がそれに気付き、千田さんがすぎやまさんと会ったことから始まります。

音楽をすぎやまこういちさんが担当することに、当初中村光一さんは反対でしたが、実際にふたりは会ってみるとすぎやまさんが大のゲーム好きであることが分かり意気投合します。

キャラクターデザイン 鳥山明
音楽         すぎやまこういち

このふたりが加わり、ゲーム開発は、タイトなスケジュールであった為に苦労の連続でしたが、『ドラゴンクエスト』は完成。1986年5月27日に発売されます。

出足こそ鈍かったものの、じわじわと売上を伸ばし、1986年末には出荷本数100万本を突破し、最終的に150万本を売り上げることになりました。

『ドラゴンクエストⅡ』以降の千田幸信さんについて

堀井さん、中村さん率いるチュンソフトは『ドラゴンクエストⅠ』の完成間もなく、『ドラゴンクエストⅡ』の製作に入ります。

Ⅰでは果たせなかったパーティプレイを導入しますが、容量が増えたにもかかわらず実質半年間というタイトなスケジュールで、中村さんは疲労困憊しながらもゲームを完成させます。
スケジュールを巡って千田さんは、社長の福嶋康博さんとかなりやりあっていたようですね。

ドラクエⅡの発売日は1987年1月26日。

中村さんは完成後も、特にロンダルキアのダンジョンなどゲームバランスには不満があったようです。
しかし、売上は前作をはるかに超える240万本を記録。『ドラゴンクエスト』はキラーソフトとして確立されていきます。

そして、休むことなくスタッフは『ドラゴンクエストⅢ そして伝説へ・・・』の開発に着手します。
シナリオ・ゲームデザイン 堀井雄二
キャラクターデザイン   鳥山明
音楽           すぎやまこういち
ディレクター・プログラム 中村光一
プロデューサー      千田幸信
というスタッフ陣は、不動のものになり、同時にドラゴンクエストもⅢをもって人気を不動のものとします。

1988年2月10日に『ドラゴンクエストⅢ そして伝説へ・・・』発売されると、瞬く間に300万本以上を売り上げて、最終的に380万本の売上記録を作ります。

マスコミも〝ドラクエ現象〟を報道して、販売店に行列を作るユーザーを取り上げました。

千田さんは1990年の『ドラゴンクエストIV 導かれし者たち』、

1992年の『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』、

1995年の『ドラゴンクエストVI 幻の大地』、

そして1998年の『ドラゴンクエストVII エデンの戦士たち』まで、プロデューサーを務め続けます。

それからもエグゼクティブプロデューサーとして『ドラゴンクエスト』を見守り続けます。

この間、千田さんは1989年4月にエニックスの常務取締役 商品企画部長に昇任します。

1992年7月には専務取締役に就任されますが、何と翌年の3月まで、

ソフトウェア企画部担当 兼 出版企画部担当 兼 玩具企画部担当 兼 出版営業部担当

とエニックスの事業の大半において、現場の最高責任者となり、相当にお忙しかったのではないかと思います。

もっとも、ゲームソフト事業においては、『ジャストブリード』のプロデューサーを務めた川口貴雄さんが取締役 ソフトウェア企画部長を務め、出版事業に関しては、同時に保坂嘉弘さんが出版企画部長となっていたので、その後見役という立場だったのかもしれませんが。

1993年4月からは、専務取締役 商品企画本部長となり、ゲーム事業を中心に見ていくことになります。

1995年2月にはトイホビー事業部長も兼ねて主にドラクエグッズの展開にも力を注ぎます。

2000年10月に社長が福嶋康博氏から本多圭司氏にバトンタッチをされるのを機に、取締役副会長に就任。

2002年10月に取締役、旧スクウェアと合併して、スクウェア・エニックスが発足した2003年4月からは引き続き取締役を務め、
前述しましたように、2019年6月までスクウェア・エニックス・ホールディングスの取締役を務められました

馬主としての千田幸信さんの実績もなかなかすごい!

1991年2月にエニックスは株式の店頭公開(現在のJASDAQ上場)を果たします。

1982年8月の会社設立から僅か9年での株式上場は、当時としては異例の早さであり大いに注目を浴び、公募価格8,270円に対して上場時の初値は12,000円を付けました。

株式上場による創業者利益で福嶋康博さんは、杉並区浜田山に麻雀ルームとスポーツジムを備えた豪邸を建設し、川崎市多摩区の公団分譲の一戸建てから移り住みます。(現在は、渋谷区初台にこの豪邸を上回る邸宅を建ててお住まいです)

また千田幸信さんも、福嶋康博氏、福嶋氏の資産管理会社・福嶋企画・福嶋社長の奥様・福嶋美知子さんに次いで、エニックス株の2.5%ほどを保有していた為、億単位の資産を得ることになり、自宅として世田谷区の億ションを購入(現在は、都心にある別のタワーマンションにお住まいです)。

エニックス上場による株式の売却益で、千田さんは1991年分の高額納税者(長者番付)では、納税額は7,107万円となっています。

(ちなみに、同年の納税額は、福嶋康博さんが3億2,950万円、堀井雄二さんが2,245万円です)

そして、中央競馬会の馬主登録資格をクリアします。

馬主となった千田さんは所有馬に「~カラノテガミ」「セタガヤ~」という特徴的な名を付けます。

活躍した馬には

「ジョンカラノテガミ」獲得賞金1億6541万円

「セタガヤフラッグ」 獲得賞金1億2215万円

「バロンカラノテガミ」獲得賞金8936万円

「パブロカラノテガミ」獲得賞金5213万円

「ベルベットスマイル」獲得賞金4994万円

「ベガスカラノテガミ」獲得賞金4877万円

がいます。

中央競馬で千田さんがこれまでに獲得した賞金は総額で6億4300万円に上ります。

ゲーム業界関係者の馬主として『ダービースタリオン』の作者でゲームクリエーターの薗部博之さんの

「バランスオブゲーム」

「アブソリュート」

「スタープログラマー」とともに、名を馳せました。



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スクウェア・エニックスホールディングス取締役を務めていた千田幸信さんの役員報酬は年間2900万円

2018年度にスクウェア・エニックス・ホールディングスが取締役である千田幸信さんに支払った役員報酬は2,900万円です。
すでに、事業会社のスクウェア・エニックスの取締役は退任されておられますので、スクウェア・エニックスの役員として受けとられる収入は年収2,900万円です。

2017年で常勤取締役のフィリップ ティモ ロジャースさんと本多圭司さんがホールディングスの役員を外れて、常勤の取締役は、社長の松田洋祐さんと千田さんの2名だけになりましたので、2017年度より報酬がアップしています。

ユニクロの持株会社であるファーストリテイリングは、長らく代表取締役会長兼社長の柳井正さん以外は、取締役を社外取締役で固めていましたが、持株会社の常勤取締役が2人体制というのには、若干の不安があります。

2018年6月に事業会社の専務取締役に橋本真司さん(1958年5月24日生まれ。駒沢大学経済学部卒業。バンダイ入社後は〝橋本名人〟として、ハドソンの高橋名人とともにファミコンブーム時に名を馳せ、その後、独立してソリッド(コブラチーム)を設立。ソリッドがスクウェアグループになると、スクウェア取締役、執行役員に就任。スクウェア・エニックスとなってからも執行役員・取締役を歴任が、千田さんの後継としてスクウェア・エニックス・ホールディングスの役員になられるかと思いましたが、
すでに退任をされています。

ちなみに、2017年度にスクウェア・エニックスホールディングスが千田幸信さんに支払った役員報酬は金銭で1400万円。ストックオプションで500万円の合計1900万円です。

これは、提出された有価証券報告書から計算が可能です。
他にスクウェア・エニックスホールディングスの常勤役員をこの年度に務められていた方の役員報酬は、

・代表取締役社長:松田洋祐さん 
金銭報酬分:2億3000万円 ストックオプション分:2500万円 合計年間役員報酬は2億5500万円

・取締役:フィリップ ティモ ロジャースさん
金銭報酬分:(スクエニHD分)4100万円(SQUARE ENIX LTD分)5900万円 ストックオプション分:1500万円 合計年間役員報酬は1億1500万円

・取締役:本多圭司さん
金銭報酬分:8900万円 ストックオプション分:1500万円 合計役員報酬は1億400万円

この3名に比べると、千田さんの報酬が著しく低い気がしますが、現在は、相談役・アドバイザー的な立場でおられる為、この年収に設定されているのかもしれません。

また、和田洋一社長時代もそうでしたが、社長だけは報酬を2億円程度受け取る形が続いているのですね。

そういえば、松田洋祐社長は町田市玉川学園の一戸建てにお住まいでしたが、社長就任後は港区のマンションに居を移されています。
賃貸か所有かは不明ですが、やはり本社に近い都心部に住まわれている方ほうが、代表取締役社長として、何かと便利です。

スクウェア・エニックスに務める役員や従業員の年収はいくらなのか?

現在、スクウェア・エニックスの役員・従業員の年収はいくらなのかしらべようとしても、スクウェア・エニックスホールディングスの従業員の年収しか公表されていないので不明です。

持株会社の従業員は毎年1300~1400万円の収入を得ているようですが、いかんせんその人数が15~20名程度であるため、数千人規模の従業員が勤務する事業会社であるスクウェア・エニックスの従業員の平均年収がこの金額と近いことはないでしょう。

ちなみに、持株会社化されるまえの2008年の段階で、従業員は1932名(平均年齢32.6歳)平均年収615万円でした。

旧エニックスは安月給だった? ケチックスと呼ばれたのはなぜか?

旧エニックス時代、本社ビルの受付には受付嬢もおらず、また、交際費や経費全般が非常に厳しかったため、エニックスは別名〝ケチックス〟と呼ばれていました。

また、エニックスは開発部隊を持たず、居るのはプロデューサーだけで、デベロッパーにゲームの製作を任せていたのですが、その報酬体系がドラゴンクエストシリーズを基準としていたので、金払いが悪いイメージがありました。

たしかに、出せば300万本以上売れるドラクエ以外のゲームでは、売上的にいえば『スターオーシャン セカンドストーリー』の72万本が最高ですので、そういうイメージを持たれてしまったのだと思います。

もちろん、それだけお金の出入りに厳しい会社だったために、創業以来、スクウェアと合併するまでまったくの無借金経営を貫き通して、無借金で自社ビルを構えて、財務健全性では株式を上場している全業界とあわせて見ても、トップクラスを維持できた訳で、一概に悪いとはいえません。ゲーム業界では一番堅実な企業というのが私のイメージでした。

さて、旧エニックスは給料が安かったという話があります。
2004年4月にエニックスはスクウェアを吸収する形で合併しますが、その寸前の2社の従業員の年収がこちらです。

・エニックス
従業員:138名(平均年齢:33.3歳) 平均年収:576万6676円

・スクウェア
従業員:888名(平均年齢:31.5歳) 平均年収:650万7776円

確かに、スクウェアに比べるとエニックスの方が低いですね。

非常に古いデータですが、1993年のエニックスは初任給18万960円 30歳時点での平均給与が28万240円でした。

役員もそんなにもらっていなかったのではないかというのが私の想像です。
2000年頃、まだ高額納税者公示制度があった頃、ネットで誰でも無料で誰が1000万円以上所得税を納めているかを、1999年~2001年分くらいまで見られるサイトがありました。

そのサイトで調べてみると、ドリームキャスト発売時に〝日本一有名な専務〟になった当時のセガエンタープライゼスの湯川英一専務が、年収4500万円程度。

また、カプコン常務や専務を務めていた『モンスターストライク』の生みの親である岡本吉起さんが年収8000万円強。

ゲーム業界で偉い人は、結構もらっているんだなと思った者ですが、(クルマも湯川専務はマセラティ3200GT。岡本さんはポルシェ911やその他のクルマも保有されていました)、エニックス関係者は、千田さんを含めて、株式配当が多い社長の福嶋康博さんを除いて公示対象外でした。

もっとも千田さんの場合は、エニックスが1991年に上場を果たしたときに数十億円の株式資産を得ていますので、その後の収入に関しては、淡泊なのかもしれません。

〝くさったしたい〟と〝ゆきのふ〟のモデルは千田幸信さん!?

千田幸信さんがドラゴンクエストシリーズに登場するモンスター〝くさったしたい〟のモデルという噂があります。

この話の発信源は、劇作家・演出家の鴻上尚史さんが自身がパーソナリティを務める「オールナイトニッポン」で発言したことが始まりという噂があります。

果たして千田さんは〝くさったしたい〟のモデルなのかを検証してみましょう。
当時の千田さんの顔写真をご用意しました(モノクロですみません)ので〝くさったしたい〟と並べてみましょう。
(※現在、当時の千田さんの顔写真が見られなくなっております。本当に申し訳ありません。)

どうでしょうか?
顔の輪郭や髪型が似ているような気がしますが・・・

ただ、ドラクエを開発していたチュンソフトで、疲れ果てて床で眠り込んでいる千田さんが何度もスタッフに目撃されています。

エニックスは自社に開発部を持たずに開発はすべて外部委託でしたので、プロデューサーの千田さんは、チュンソフトに顔を出すことは多かったはずです。

エニックス社内では、開発陣とエニックスサイドのあいだに立って、社長の福嶋康博さんとやり合っていたでしょうし、また、シナリオの上がりが遅い堀井雄二さんの自宅前で、ライターの仕事を併行させていた堀井さんの帰りを待っては、シナリオの催促をしていたことも伝えられています。

タイトな開発スケジュールとプロデューサーとしての責任。現場の最高責任者としてのストレスと疲労は精神的にも肉体的にもすごかったことは想像に難くありません。

そんな状況の千田さんを、堀井さんがいたずら心を起こして、鳥山さんに千田さんをモデルにするよう依頼した・・・というのはあり得ると思います。

これからの千田幸信さん

千田さんも70歳。旧エニックス創業から走り続けて38年以上が経ちました。
現役から勇退された今、ユーザーのひとりとして『ドラゴンクエスト』を見守り続けられるのではないでしょうか。

以上、『ドラゴンクエスト』初代プロデューサーの千田幸信さんの功績をまとめさせていただきました。

千田さんをスカウトしてエニックスを立ち上げ、現在、スクウェア・エニックスホールディングス名誉会長の福嶋康博さんの足跡をまとめたページはこちらからどうぞ。
本嫌いの福嶋さんが息子さんの20歳の誕生日に送ったとっておきの名著とは?

⇒(新しいページが開きます)

福嶋康博さんの後継者としてエニックス2代目社長・スクウェア・エニックス副社長を務められた本多圭司さんの足跡をまとめたページはこちらです。
⇒エニックス2代目社長・スクウェア・エニックスホールディングス副社長・取締役を歴任した本多圭司さんの足跡をまとめました

『ドラゴンクエスト』『サウンドノベル』『不思議のダンジョン』シリーズを手掛けたチュンソフトの創生期をまとめたページはこちらです。

『ドラゴンクエスト』『サウンドノベル』『不思議のダンジョン』シリーズを手掛けたチュンソフトの創生期はこんな感じだった!のページはこちらです(新しいタブが開きます)

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人物伝

Dr.マシリトこと鳥嶋和彦はビックリするほど優秀だった そのⅤ

自分と関わった人間を富ませる人

〝ミダス王〟と自称したのはダテではなかった

はる坊です。
『Vジャンプ』編集長だった1990年代前半、鳥嶋和彦さんは自らのことを「ミダス王」と呼びました。ギリシャ神話に出てくる、触れた物をすべて黄金に変える力を持った神のことです。

たしかに鳥嶋さんと仕事で深く関わった方は、大きな収入や資産を得ています。
クリエイターでいえば、
鳥山明さんは、『ドラゴンボール』で、桂正和さんは『ウイングマン』『電影少女』『I”s』で、堀井雄二さんは『ドラゴンクエスト』で、さくまあきらさんは『桃太郎電鉄』で、坂口博信さんは『ファイナルファンタジー』でいずれも億単位の収入を得ることになります。

エニックスとスクウェアは上場企業に

また、ゲームで関わったエニックスとスクウェア(現:スクウェア・エニックス)も、それぞれ株式を店頭公開(現在でいうJASDAQ上場)を果たします。

まず、エニックスですが、1991年(平成3年)2月の株式店頭公開(株式上場)時に公募価格の8270円を大きく超える12000円の高値をつけて話題を呼びます。

これにより株主であった創業期からのメンバーは株式上場で大きな資産を得ます。エニックス社長(現・名誉会長)の福嶋康博さんは数百億円の株式資産を得て、杉並区浜田山にスポーツジムと麻雀スペースを備えた豪邸(現在は、渋谷区初台にもっと大きな邸宅を建設して居住)を建てます。

創業メンバーでドラクエのプロデューサーだったエニックスの千田幸信さんも数%の株式を保有する大株主でしたので、多額の資産を手に入れるとともに、JRA日本中央競馬会の馬主資格を得ることになります。

当時の週刊誌には、“「今回の株式公開で、役員は億単位の資産を手に入れ、社員にも数千万円の資産を手に入れた者もいる」”と報じています。

スクウェアの場合は、1994年(平成6年)8月に株式店頭公開(株式上場)を行います。
創業社長であり、91年で社長から身を引き、オーナーとして同社の成長を見てきた宮本雅史さんは、この時に持株の一部を売却しますが、翌1995年(平成7年)5月に発表された1994年分の全国高額納税者番付で17億7220万円を納税して全国2位になったことが報道されました。

ウィキペディアで94年分の全国2位にゲーム会社首脳と記載されているのは宮本さんのことです。

また、坂口博信さんも、株式店頭公開時にはスクウェアの株主ではベスト5に入る大株主でしたので、多額の株式資産を得ることになります。

1996年、43歳で週刊少年ジャンプ編集長に

そんな1996年2月、43歳になっていた鳥嶋和彦さんは、週刊少年ジャンプの編集部に戻り、編集長に就任します。

ジャンプは、後藤広喜さんから編集長のバトンを受け継いだ堀江信彦編集長の下、1994年12月に発行部数653万部を記録しますが、その後は、鳥山明さんの『ドラゴンボール』、そして冨樫義博さんの『幽遊白書』の終了などで、部数は500万部台に減少してしまいます。

編集長を務めていた堀江信彦さんは『メンズノンノ』の編集長に異動となり、後任に鳥嶋さんが就いた形になりました。
(堀江さんはその後、『BART』編集長を経て、集英社を退社します。

そして、北条司原哲夫次原隆二と共にコアミックスを設立、コミックバンチを創刊します。集英社を辞めるときは、年収2000万円を捨てた男として週刊誌の記事になりました。)

週刊少年ジャンプに戻った鳥嶋さんは、3ヶ月間編集部内の様子をみることに注力します。
4年間『Vジャンプ』の編集長を務めていた期間で、編集部のノリや雰囲気が変わっていて、すんなりとジャンプ編集部になじめなかったと回想しています。

プロジェクトをゼロから立て直す

同時に、前編集長が進めていたプロジェクトはすべて1回止めることにして、集英社の内外に頭を下げて回ります。このプロジェクトのなかには、宮部みゆきさん原作の漫画も含まれていたようです。

3ヶ月が過ぎて、ようやく編集部を見渡せるようになった鳥嶋さんの目に入ってきたのは、新人漫画家と編集者が育っていないということでした。

鳥嶋さん曰く

“「冷蔵庫が空っぽの状態になっていた。部数がどんどん上がっていた時期に、新人の連載が次々に失敗した結果だった」”

(引用元;月刊創 1998年12号 「少年ジャンプ」編集長ロングインタビュー 「意識するのはマガジンよりもコロコロですね」-かつて600万部強の驚異的部数を誇りながら)

まもなく、井上雄彦さんの『スラムダンク』も終了しました。



鳥嶋流・編集長術は意外にもシンプルだった

“『もう一回、とにかく少年ジャンプの基本に返るしかない。新人をどれだけ意欲的に取り込んでいけるのか、それで編集者と二人三脚で手作りでやった作品を読者の目にさらして、その反響を編集・作家双方が受け止めて、次の作品につなげていく。この繰り返ししかないんですよね。だから僕がジャンプに戻ってまず考えたのは、そこ(新人発掘・編集者育成)だけを徹底してやりたいということで。新人賞を含めて全部見直したいと。新人賞のマンガ家の選考は、たとえ毎週の校了日に引っかかっても、それだけは必ず見てもらう。それから、副編集長と相談して、連載漫画を数本終わらせてもいいから、必ず毎週、読み切りを載せるスペースを作ってくれと』”

(引用元;月刊創 1998年12号 「少年ジャンプ」編集長ロングインタビュー 「意識するのはマガジンよりもコロコロですね」-かつて600万部強の驚異的部数を誇りながら)

大胆な新人起用は、現在のジャンプに繋がっている

毎週、載せることになった読み切りから、現在までジャンプを支えることになった作品が登場することになります。
1996年夏の増刊号に『ROMANE DAWN』という作品が載ります。そして本誌41号に同じタイトルの読み切りが登場します。
主人公の名はルフィ。作者の名は尾田栄一郎。1975年熊本県生まれの当時21歳。九州東海大学(現:東海大学)工学部建築学科を中退して、『るろうに剣心』の和月伸宏さんの元でアシスタントをしながら描いた作品です。

そして1997年7月22日から『ONE PIECE』連載を開始。現在に続く大人気漫画となり、コミックスの発行部数も国内だけで4億3000万部となっています。

また、同年に始まった島袋光年さんの『世紀末リーダー伝たけし!』も人気を集め、続けて森田まさのりさんの『ROOKIES』、樋口大輔さんの『ホイッスル!』もスタートします。

そして、1998年には冨樫義博さんの『HUNTER×HUNTER』もスタート。武井宏之さんの『シャーマンキング』も人気作となります。

1999年も許斐剛さんによる『テニスの王子様』、原作:ほったゆみ×作画:小畑健による『ヒカルの碁』がヒット作となり、本誌の発行部数こそ減少しますが、コミックスの売れる連載作品が多く並ぶ誌面となっていきます。

最後に、99年には、岸本斉史さんの『NARUTO』もスタートします。

2014年の末に本編は完結しましたが、15年にわたる連載で全700話。単行本は全72巻+外伝1巻を数え、国内だけで1億4000万部以上、そして特筆すべきは海外人気で、フランスだけで1800万部以上、出版された35の国々の出版部数は7500万部以上となり、全世界で2億2000万部以上のメガヒットとなりました。

1997年から1999年までで、これだけの人気連載が出そろったのは、鳥嶋和彦さんが編集長に就任以来掲げてきた、新人漫画家と編集者の育成が進んだ結果といえると思います。

2001年に高橋俊昌さんに編集長の座をバトンタッチすると、鳥嶋さんは第3編集部部長(週刊少年ジャンプ・月刊少年ジャンプ・Vジャンプの統括)に昇格します。
また、権利関係に詳しいことから、ライツ事業部部長も兼任する形となります。

現在は、株式会社 白泉社 代表取締役会長 鳥嶋和彦

2004年には集英社の取締役 第3編集部部長兼ライツ事業部部長となり、2006年7月まで、第3編集部部長職を務め、2008年にはの小学館集英社プロダクション取締役も兼任。

2009年には集英社の常務取締役。

2010年には専務取締役に就任。

2015年8月に退任するまで務めます。

そして、同月に白泉社の顧問に就任すると、その3ヶ月後の2015年11月に白泉社の代表取締役社長に就任します。

白泉社は集英社から枝分かれする形で1973年12月に設立され、資本金1000万円・従業員100名ほどの出版社です。

単体だけで、700名の従業員がいる集英社に比べると小回りが利く企業といえるかもしれません。

社長に就任した鳥嶋さんは、まず、社員ひとりひとりと面談をします。社員が何を考えながら仕事をしているか、そして将来のビジョンは何なのかを知るためです。そして、編集者を育成することに力を注ぐことにします。

編集者を育成すること=新人漫画家の育成に繋がるという考えからうまれているのでしょう。

また、鳥嶋さんが社長に就任してからの白泉社の求人サイトはちょっとぶっ飛んでいます。

大きくアピールされたのは〝たいじん〟を求めますという言葉。
これは、○○をしたい。○○になりたい。の〝たい〟を意味しますが、一見すると何だろうと思えます。
また、2019年度の採用では、ズバリ〝変〟がテーマでした。

鳥嶋和彦は経営者としても優秀!? 白泉社社長就任後、業績がアップしている!

鳥嶋和彦さんが白泉社の代表取締役社長に就任したのは、2015年11月でした。
この2ヶ月前に発表された2015年9月期の決算では、業績は売上高が93億9400万円でした。
それが、鳥嶋社長体制になってから、2016年9月、2017年9月と売上高は100億円台に回復しています。

2010年頃からは、売上高80~90億円台でウロウロしていましたので、鳥嶋社長の経営姿勢が数字にも表れているのではないかと思います。

ちなみに、2018年11月20日の白泉社の役員体制は以下のとおりです。
代表取締役社長:鳥嶋和彦
常務取締役:菅原弘文・馬場建輔
取締役:八巻健史・島田明・堀内丸恵
監査役:木川真希子
※堀内丸恵氏は集英社 代表取締役社長
(1951年10月山梨県富士河口湖町生まれ。成蹊大学法学部卒業後、75年集英社入社。週刊少年ジャンプ編集部に配属され、小林よしのりや秋本治の担当編集者となる。青年誌に異動後、スーパージャンプ編集長を経て、管理部門の管理職を経験。役員待遇、取締役、常務取締役、専務取締役を経て、2011年8月より社長。小学館の監査役も兼任)

ちなみに集英社の役員体制は

代表取締役社長:堀内丸恵
専務取締役:東田英樹
常務取締役:柳本重民・石渡孝子・高梨雄二・鈴木晴彦・廣野眞一・小林桂・茨木政彦
取締役:田中恵・村田登志江・渡辺隆・北畠孝幸・隅野叙雄・田中純
常勤監査役:木川真希子
監査役:相賀昌宏

でした。

2018年11月21日 株式会社 白泉社 代表取締役会長に就任

白泉社に移った鳥嶋和彦さんの社長任期は、当初から3年と決まっていました。
よって、2018年11月以降の去就が注目されていたのですが、11月21日付けで白泉社の代表取締役会長に就任されました。
代表取締役社長には、常務取締役を務められていた菅原弘文常務が昇格。
新任取締役には、高木靖文(デジタル事業部、キャラクタープロデュース部担当)
白岡真紀(第一編集部、第三編集部担当)
小見山康司(販売部、宣伝部、制作部担当)
の3名が就任。
柳沢仁さん(宣伝部、出版部、MOE編集部担当)が、役員待遇のポストに就かれました。

2020年11月27日 株式会社 白泉社 取締役相談役に就任

2020年11月27日に定時株主総会と取締役会が執りおこなわれ、新役員体制が決定しました。

鳥嶋さんは代表取締役会長を退任して、取締役相談役に就任されました。

代表取締役社長(全社統括):菅原弘文
専務取締役(管理部:総務部・経理部・編集総務部 営業部門:販売部・宣伝部・制作部・海外営業部・コンテンツビジネス部担当):馬場建輔
取締役(総務部・経理部・編集総務部担当兼総務部・経理部部長):八巻健史
取締役(第2編集部・宣伝部担当兼第2編集部・宣伝部部長):島田明
取締役(デジタル事業部・キャラクタープロデュース部担当兼デジタル事業部・キャラクタープロデュース部部長):高木靖文
取締役(第1・3編集部担当):白岡真紀
取締役(販売部・制作部・海外営業部担当兼販売部部長):小見山康司
取締役(出版部・MOE編集部・kodomoe編集部・コンテンツビジネス部担当兼MOE編集部・kodomoe編集部部長):柳沢仁
取締役:廣野眞一(集英社 代表取締役社長)
取締役相談役:鳥嶋和彦
監査役:恩穂井和憲

今後、鳥嶋さんは、自らの知名度を生かした対外的な仕事や新しいプロジェクトを立ち上げられるかもしれません。
また、社長・会長時代に行っておられた、後進編集者の育成に力を注がれるかもしれません。

鳥嶋和彦さんの今後にも注目をしていきたいと思います。

最後まで、拙い文章を読み続けてくださり、本当にありがとうございました。

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