生涯収入9億6400万円 !代表作『復讐するは我にあり』の直木賞作家・佐木隆三氏が晩年に公表した30年間の収支一覧表
直木賞作家の生涯収入は?
はる坊です。
人間は他人のことが気になる生き物です。
例えば、収入。
あの人は幾らくらいひと月に稼いでいるんだろう?
あの職業に就いている人はどれくらいの年収があるんだろう?
例えば、作家・小説家。
2015年11月、作家の森博嗣さんが『作家の収支』という新書で、“「19年間で、総発行部数1400万部。累計で15億円の収入を得た」”と公表されました。
森さんは、事あるごとに、ご自身を〝マイナ〟であると定義されていますが、
著書はコンスタントに出されており、同時にコンスタントに売れ続けている作家です。
2018年には著書の累計売上数が1600万部を突破していますので、
〝出版巨大不況〟のご時世で、稼ぎは〝超メジャ〟であると思います。
2020年11月に刊行された『勉強の価値』も非常に面白くオススメです。
しかし、コンスタントに売れる本を出し続けていると言い難い作家の収入はどうなんだろう?
という疑問が出てきます。
そんななか、2007年(平成17年)に過去30年間の収支を公表した方がいます。
代表作のひとつ『身分帳』を原作にした映画『すばらしき世界』が2021年2月11日に西川美和監督・役所広司主演で公開された、直木賞作家の佐木隆三さんです。
ネタバレは避けますが、映画の原作小説となる『身分帳』は、実在の人物である田村明義をモデルに、主人公・山川一の人生を、佐木さんが得意とする〝ノンフィクション・ノベル〟の形で進んでいきます。
原作小説は1990年に講談社よりハードカバーが刊行され、1993年に文庫化。
1991年には第2回伊藤整文学賞を受賞しています。
文庫は絶版の状態が続いていましたが、今回の映画公開により文庫が復刊(併せて電子書籍化も)されました。
今回の復刊にあたって、主人公・山川一の最後を描いた『行路病死人──小説『身分帳』補遺』と西川美和さんによる解説も収録されています。
さて、佐木さんが公表された数字ですごい点は、毎年の収入だけではなく、
・経費
・課税対象額
・所得税額
・源泉徴収税額
・差引納付額
と、支出や納税額についても、細かく公にされたことでしょう。
佐木さんの代表作と言えば、直木賞受賞作であり、今村昌平監督・緒形拳主演で映画化された『復讐するは我にあり』ですが、
タイトルのせいか、意外にこの作品は西村寿行作品だと思っている方も一定数おられるようです。
ちなみに『復讐するは我にあり』は、新約聖書の(ローマ人への手紙 第12章 第19節)に出てくる『愛する者よ、自ら復讐すな、ただ神の怒に任せまつれ。録して「主いひ給ふ、復讐するは我にあり、我これに報いん」とあり』という言葉の一部であり、これは、《悪人に復讐を与えるのは神である》という意味といわれています。
佐木さんは『新約聖書』の言葉をタイトルに引用した形です。
しかし、最も一般的な佐木隆三さんのイメージは、何か物騒な事件が起きると、
ワイドショーやニュース番組で「作家のサキリューゾーさんは」とコメントをしていたおじさんではないでしょうか。
それでは、佐木隆三さんの30年間の収支一覧表です。
その下に、佐木隆三さんの詳しいプロフィールを紹介していますので、興味のある方はご覧ください。
1976年(昭和51年)~2005年(平成17年)分 佐木隆三 連年収支一覧表
1976年(昭和51年)
収入額:5,288万6,000円
経費額:1,449万9,000円
課税対象額:3,798万7,000円
所得税額:772万4,000円
源泉徴収税額:773万4,000円
差引納付額:-1万円
※備考 『復讐するは我にあり』の直木賞受賞で、前年度より急激に収入が増えたため、課税は平均課税方式がとられている。
出版された著作
1975年11月『復讐するは我にあり(上下)』(講談社)
1976年2月『沖縄住民虐殺-日兵虐殺と米国犯罪』(新人物往来社)
1976年2月『大将とわたし』(講談社)
1976年5月『狼からの贈物』(河出書房新社)
1976年6月『大罷業』(田畑書店)
1976年6月『ジャンケンポン協定』(講談社文庫)
1976年9月『偉大なる祖国アメリカ』(勁文社)
※『復讐するは我にあり』は1975年11月の刊行ですが、直木賞受賞で43万部を超えるベストセラーとなり、1976年分の収入に大きく寄与しているため、この年に出版された著作に含めました。
1976年に刊行された本の多くは、過去に一度刊行されて絶版状態にあったものや単行本化されていなかった原稿をまとめたものが目立ちます。
佐木さんは、直木賞受賞まで11冊の本を出されていますが、それらが版元を変えたり文庫化されて再度刊行されている形です。
『新宿鮫』シリーズが累計600万部以上の大ベストセラーになるまでに出した28冊ことごとくが売れず(28冊目は『氷の森』で大沢在昌作品の文庫では一番売れているのにわからないものです)、29冊目の『新宿鮫』が大ヒットして、それまでに書いて絶版になっていた本が次々に復刊されて、それらを〝ゾンビ本〟と呼んだ大沢在昌さんみたいな感じでしょうか。
1977年(昭和52年)
収入額:2,590万円
経費額:864万9,000円
課税対象額:1,685万1,000円
所得税額:482万4,000円
源泉徴収税額:269万8,000円
差引所得税納付額:212万5,000円
出版された著作
1977年2月『ドキュメント狭山事件』(文藝春秋)
1977年2月『日本漂民物語』(講談社)
1977年4月『越山田中角栄』(朝日新聞社)
1977年5月『殺人百科 』(徳間書店)
1977年10月『人生漂泊』(時事通信社)
1978年(昭和53年)
収入額:2,626万1,000円
経費額:939万円
課税対象額:1,649万1,000円
所得税額:465万2,000円
源泉徴収税額:268万円
差引所得税納付額:197万1,000円
出版された著作
1978年1月『偉大なる祖国アメリカ』(角川文庫)
1978年1月『実験的生活』(講談社)
1978年2月『閃光に向かって走れ』(文藝春秋)
1978年3月『男たちの祭り』(角川文庫)
1978年4月『詐欺師』(潮出版社)
1978年6月『愛の潮路』(光文社)
1978年9月『続人生漂泊』(時事通信社)
1978年10月『娼婦たちの天皇陛下』
1978年11月『大罷業』(角川文庫)
1978年12月『誓いて我に告げよ』(角川書店)
1978年12月『復讐するは我にあり(上)』(講談社)
1978年12月『復讐するは我にあり(下)』(講談社)
1979年(昭和54年)
収入額:4,963万8,000円
経費額:1,389万2,000円
課税対象額:3,536万7,000円
所得税額:11,787,000円
源泉徴収税額:682万7,000円
差引所得税納付額:495万9,000円
※備考:納税に平均課税方式がとられている。
出版された著作
1979年4月『曠野へ 死刑囚の手記から』(講談社)
1979年5月『事件百景-陰の隣人としての犯罪者たち』(徳間書店)
1979年5月『ドキュメント狭山事件』(文春文庫)
1979年6月『男と女のいる風景』(文藝春秋)
1979年9月『無宿の思想』(時事通信社)
1979年12月『錆びた機械』(潮出版社)
※1977年分(昭和52年分)・1978年分(昭和53年分)から収入が大幅に増加しているのは、1979年(昭和54年)4月21日に、今村昌平監督・緒形拳主演で公開された『復讐するは我にあり』の映画化により、講談社から出版された文庫本が版を重ねたのが理由と考えられる。
1980年(昭和55年)
収入額:3,283万8,000円
経費額:1,136万9,000円
課税対象額:2,105万9,000円
所得税額:684万7,000円
源泉徴収税額:352万2,000円
差引所得税納付額:332万4,000円
出版された著作
1980年2月『海燕ジョーの奇跡』(新潮社)
1980年2月『殺人百科 PARTⅡ』(徳間書店)
1980年5月『旅人たちの南十字星』(文藝春秋)
1980年11月『波に夕陽の影もなく 海軍少佐竹内十次郎の生涯』(中央公論社)
1980年11月『風恋花』(潮出版社)
1981年(昭和56年)
収入額:3,570万2,000円
経費額:1,117万9,000円
課税対象額:2,412万6,000円
所得税額:850万5,000円
源泉徴収税額:409万8,000円
差引所得税納付額:440万4,000円
出版された著作
1981年2月『越山田中角栄』(徳間文庫)
1981年4月『殺人百科』(文春文庫)
1981年4月『冷えた鋼塊(上巻)』(集英社)
1981年4月『冷えた鋼魂(下巻)』(集英社)
1981年5月『幸せの陽だまり』(潮出版社)
1981年6月『欲望の塀』(文藝春秋)
1981年10月『日本漂民物語』(徳間文庫)
1981年12月『右の腕』(学習研究社)
1982年(昭和57年)
収入額:4,219万5,000円
経費額:1,506万1,000円
課税対象額:2,873万4,000円
所得税額:1,022万2,000円
源泉徴収税額:468万5,000円
差引所得税納付額:553万7,000円
※備考:納税に平均課税方式がとられている。
出版された著作
1982年1月『大将とわたし』(講談社文庫)
1982年2月『詐欺師』(文春文庫)
1982年3月『殺人百科 PARTⅢ』(徳間書店)
1982年4月『沖縄住民虐殺-日兵虐殺と米国犯罪』(徳間文庫)
1982年5月『政商 小佐野賢治』(講談社)
1982年5月『我が沖縄ノート』(潮出版社)
1982年6月『土曜日の騎士』(河出書房新社)
1982年7月『新撰組』(文藝春秋)
1982年8月『きのこ雲』(中央公論社)
1982年8月『ジミーとジョージ』(集英社)
1982年9月『娼婦たちの天皇陛下』(徳間文庫)
1982年10月『噂になった女たち』(文藝春秋)
1982年12月『閃光に向かって走れ』(文春文庫)
1983年(昭和58年)
収入額:2,533万4,000円
経費額:1,005万9,000円
課税対象額:1,527万5,000円
所得税額:391万5,000円
源泉徴収税額:312万円
差引所得税納付額:79万4,000円
出版された著作
1983年3月『曠野へ』(講談社文庫)
1983年4月『英雄』(集英社)
1983年6月『深川通り魔殺人事件』(文藝春秋)
1983年9月『海燕ジョーの奇跡』(新潮文庫)
1983年10月『田中角栄の風景―戦後初期・炭管疑獄』(徳間書店)
1983年10月『波に夕陽の影もなく』(中公文庫)
1983年10月『冷えた鋼塊(上)』集英社文庫
1983年10月『冷えた鋼塊(下)』集英社文庫
1984年(昭和59年)
収入額:3,961万3,000円
経費額:1,493万円
課税対象額:2,468万3,000円
所得税額:783万2,000円
源泉徴収税額:415万6,000円
差引所得税納付額:367万5,000円
※備考:納税に平均課税方式がとられている。
出版された著作
1984年2月『誓いて我に告げよ』(角川文庫)
1984年6月『殺人百科 一』(徳間文庫)
1984年6月『殺人百科 二』(徳間文庫)
1984年9月『男の自画像』(佼正出版社)
1984年9月『千葉大女医殺人事件』(徳間書店)
1984年9月『殺人百科 三』(徳間文庫)
1984年10月『人生漂泊』(潮文庫)
1985年(昭和60年)
収入額:2,615万4,000円
経費額:931万1,000円
課税対象額:1,684万3,000円
所得税額:424万5,000円
源泉徴収税額:297万9,000円
差引所得税納付額:126万5,000円
出版された著作
1985年4月『ありふれた奇蹟』(講談社)
1985年4月『翔んでる十兵衛(上)』(潮出版社)
1985年4月『翔んでる十兵衛(下)』(潮出版社)
1985年7月『一・二審死刑、残る疑問―別府三億円保険金殺人事件』(徳間書店)
1985年9月『勝ちを制するに至れり〈上〉』(毎日新聞社)
1985年9月『勝ちを制するに至れり〈下〉』(毎日新聞社)
1985年10月『事件百景―陰の隣人としての犯罪者たち』(文春文庫)
1985年12月『犯罪するは我にあり―佐木隆三文学ノート』(作品社)
1986年(昭和61年)
収入額:3,126万9,000円
経費額:1,077万5,000円
課税対象額:2,049万4,000円
所得税額:638万6,000円
源泉徴収税額:338万4,000円
差引所得税納付額:300万3,000円
出版された著作
1986年1月『ジミーとジョージ』(潮文庫)
1986年2月『政商 小佐野賢治』(徳間文庫)
1986年5月『殺人百科〈Part4〉―陰の隣人としての犯罪者たち』(徳間書店)
1986年7月『旅人たちの南十字星』(文春文庫)
1986年7月『南へ走れ、海の道を!』(徳間書店)
1986年12月『恋文三十年 沖縄・仲間翻訳事務所の歳月』(学習研究社)
1987年(昭和62年)
収入額:3,315万5,000円
経費額:1,053万9,000円
課税対象額:2,261万6,000円
所得税額:600万1,000円
源泉徴収税額:356万7,000円
差引所得税納付額:243万4,000円
※備考:納税に平均課税方式がとられている。
出版された著作
1987年4月『華やかな転落』(潮出版社)
1987年5月『男の責任―女高生・OL連続誘拐殺人事件』(徳間書店)
1987年7月『わが沖縄ノート』(徳間文庫)
1987年7月『殺人百科―陰の隣人としての犯罪者たち〈2〉』(文春文庫)
1987年7月『殺人百科―陰の隣人としての犯罪者たち〈3〉 』(文春文庫)
1987年10月『深川通り魔殺人事件』(文春文庫)
1988年(昭和63年)
収入額:2,279万9,000円
経費額:778万8,000円
課税対象額:1,501万9,000円
所得税額:337万3,000円
源泉徴収税額:246万円
差引所得税納付額:91万3,000円
出版された著作
1988年12月『勝ちを制するに至れり〈上〉』(文春文庫)
1988年12月『勝ちを制するに至れり〈下〉』(文春文庫)
1989年(昭和64年・平成元年)
収入額:2,883万1,000円
経費額:845万4,000円
課税対象額:2,037万7,000円
所得税額:537万9,000円
源泉徴収税額:297万4,000円
差引所得税納付額:240万5,000円
※備考:納税に平均課税方式がとられている。
出版された著作
1989年9月『千葉大女医殺人事件』(徳間文庫)
1989年11月『リクルート帝王の白日夢』(双葉社)
1990年(平成2年)
収入額:3,734万6,000円
経費額:1,220万3,000円
課税対象額:2,514万3,000円
所得税額:647万7,000円
源泉徴収税額:410万5,000円
差引所得税納付額:237万1,000円
※備考:納税に平均課税方式がとられている。
※収入(売上)3,000万円以上の為、消費税課税事業者。
出版された著作
1990年2月『バカなふりして生きてみな』(青春出版社)
1990年3月『裁判長大岡淳三』(講談社)
1990年6月『身分帳』(講談社)※第2回伊藤整文学賞受賞
1990年7月『新撰組事件帳』(文春文庫)
1990年9月『別府三億円保険金殺人事件』(徳間文庫)
1991年(平成3年)
収入額:2,961万8,000円
経費額:1,259万1,000円
課税対象額:1,702万7,000円
所得税額:393万6,000円
源泉徴収税額:303万8,000円
差引所得税納付額:89万8,000円
出版された著作
1991年8月『宮崎勤裁判〈上〉 』(朝日新聞社)
1991年9月『女高生・OL連続誘拐殺人事件』(徳間書店)
1991年9月『親が知らなかった子の愛し方』(青春出版社)
1991年12月『いま、裁判が面白い』(蒼樹社)
1992年(平成4年)
収入額:5,574万7,000円
経費額:1,883万4,000円
課税対象額:3,619万2,000円
所得税額:1,127万7,000円
源泉徴収税額:576万2,000円
差引所得税納付額:551万4,000円
※備考:納税に平均課税方式がとられている。
※収入(売上)3,000万円以上の為、消費税課税事業者。
出版された著作
1992年2月『恩讐海峡』(双葉社)
1992年4月『法廷の賓客たち』(河出書房新社)
1992年7月『正義の剣』(講談社)
1992年7月『捜査検事片桐葉子』(双葉社)
1992年10月『しぶとさの自分学』(青春出版社)
1992年11月『越山田中角栄』(現代教養文庫)
1992年11月『伊藤博文と安重根』(文藝春秋)
※1990年前後に、オリジナルキャラクターを造形した小説を何冊か刊行されましたが、
こちらの売れ行きは良くなかったと佐木隆三氏ご本人が述懐されています。
1993年(平成5年)
収入額:2,909万円
経費額:1,075万5,000円
課税対象額:1,835万5,000円
所得税額:444万2,000円
源泉徴収税額:332万6,000円
差引所得税納付額:111万5,000円
出版された著作
1993年1月『殺人百科 四』(徳間文庫)
1993年2月『矯正労働者の明日』(河出書房新社)
1993年3月『裁判長大岡淳三』(講談社文庫)
1993年6月『生きている裁判官』(中央公論社)
1993年6月『身分帳』(講談社文庫)
1993年9月『闇の中の光』(徳間書店)
1993年9月『錬金術師の白日夢』(双葉文庫)
1994年(平成6年)
収入額:2,821万5,000円
経費額:874万5,000円
課税対象額:1,922万円
所得税額:362万1,000円
源泉徴収税額:329万6,000円
差引所得税納付額:32万5,000円
出版された著作
1994年1月『絆 春日部新平の簡裁事件簿』(双葉社)
1994年4月『恩讐海峡』(双葉文庫)
1994年6月『バカなふりして生きてみな』(青春文庫)
1994年7月『死刑囚 永山則夫』(講談社)
1994年10月『捜査検事片桐葉子』(双葉社)
1995年(平成7年)
収入額:3,049万4,000円
経費額:1,125万円
課税対象額:1,880万4,000円
所得税額:365万7,000円
源泉徴収税額:325万9,000円
差引所得税納付額:39万7,000円
出版された著作
1995年4月『司法卿 江藤新平』(文藝春秋)
1995年6月『白鳥正宗刑事の事件帳』(中央公論社)
1995年6月『宮崎勤裁判〈上〉』(朝日文芸文庫)
1995年8月『正義の剣』(講談社文庫)
1996年(平成8年)
収入額:3,521万2,000円
経費額:1,183万4,000円
課税対象額:2,321万8,000円
所得税額:490万6,000円
源泉徴収税額:355万7,000円
差引所得税納付額:134万8,000円
※備考:平均課税方式がとられている。
出版された著作
1996年1月『絆 春日部新平の簡裁事件簿』(双葉文庫)
1996年3月『伊藤博文と安重根』(文春文庫)
1996年10月『「オウム法廷」連続傍聴記①』(小学館)
1996年10月『「オウム法廷」連続傍聴記 (2) 麻原出廷②』(小学館)
1996年10月『オウム裁判を読む』(岩波書店)
1996年10月『ハダカの自分を生きてみな』(青春文庫)
1997年(平成9年)
収入額:4,676万7,000円
経費額:1,563万2,000円
課税対象額:3,024万2,000円
所得税額:716万9,000円
源泉徴収税額:536万8,000円
差引所得税納付額:180万1,000円
※備考:平均課税方式がとられている。
出版された著作
1997年2月『法廷のなかの人生』(岩波新書)
1997年8月『死刑囚 永山則夫』(講談社文庫)
1997年10月『宮崎勤裁判〈中〉』(朝日新聞社)
1997年10月『宮崎勤裁判〈下〉』(朝日新聞社)
1997年11月『冷えた鋼塊 上』(読売新聞社)
1997年11月『冷えた鋼塊 上』(読売新聞社)
1998年(平成10年)
収入額:3,854万5,000円
経費額:1,328万9,000円
課税対象額:2,487万9,000円
所得税額:587万1,000円
源泉徴収税額:384万9,000円
差引所得税納付額:202万2,000円
出版された著作
1998年3月『人が人を裁くということ』(青春出版社)
1998年4月『司法卿 江藤新平』(文春文庫)
1998年9月『裁判』(作品社)
1999年(平成11年)
収入額:2,987万7,000円
経費額:1,324万6,000円
課税対象額:1,741万円
所得税額:346万円
源泉徴収税額:307万5,000円
差引所得税納付額:385,000円
※備考:消費税課税事業者
出版された著作
1999年5月『もう一つの青春』(岩波書店)
1999年8月『悪女の涙―福田和子の逃亡十五年』(新潮社)
1999年9月『少年犯罪の風景-「親子の法廷」で考えたこと』(東京書籍)
1999年11月『死刑執行―隣りの殺人者〈1〉』(小学館文庫) ※『曠野へ 死刑囚の手記から』改題
この年、東京暮らしに別れを告げ、福岡県北九州市門司区に移住されています。
2000年(平成12年)
収入額:2,935万2,000円
経費額:1,317万5,000円
課税対象額:1,617万7,000円
所得税額:313万4,000円
源泉徴収税額:317万7,000円
差引所得税納付額:-4万3,000円(還付)
※備考:消費税課税事業者
出版された著作
2000年1月『白昼凶刃―隣りの殺人者〈2〉』(小学館文庫) ※『深川通り魔殺人事件』改題
2000年3月『法廷のなかの隣人たち』(潮出版社)
2000年4月『逃亡射殺 隣りの殺人者3』(小学館文庫) ※『旅人たちの南十字星』改題
2000年5月『成就者たち』(講談社)
2000年6月『女医絞殺 隣りの殺人4』(小学館文庫) ※『千葉大女医殺人事件』改題
2000年8月『組長狙撃 海燕ジョーの奇跡 隣りの殺人者5』(小学館文庫)
2000年9月『宮崎勤裁判〈中〉』(朝日学芸文庫)
2000年12月『宮崎勤裁判』(朝日学芸文庫)
2001年(平成13年)
収入額:2,478万円
経費額:1,567万円
課税対象額:1,395万円
所得税額:245万5,000円
源泉徴収税額:249万9,000円
差引所得税納付額:-4万4,000円(還付)
出版された著作
2001年1月『小説 大逆事件』(文藝春秋)
2001年4月『供述調書―佐木隆三作品集』(文藝春秋)
2001年7月『裁かれる家族―断たれた絆を法廷でみつめて』(東京書籍)
2001年11月『法廷の内と外で考える―犯罪者たちとの十年』(文芸社)
2002年(平成14年)
収入額:2,296万8,000円
経費額:1,048万7,000円
課税対象額:1,248万1,000円
所得税額:229万7,000円
源泉徴収税額:238万8,000円
差引所得税納付額:-34万1,000円(還付)
出版された著作
2002年4月『三つの墓標―小説・坂本弁護士一家殺害事件 』(小学館)
2002年11月『大義なきテロリスト―オウム法廷の16被告』(日本放送出版協会)
2003年(平成15年)
収入額:1,685万4,000円
経費額:936万4,000円
課税対象額:658万2,000円
所得税額:78万9,000円
源泉徴収税額:171万4,000円
差引所得税納付額:-92万4,000円(還付)
出版された著作
2003年5月『成就者たち』(講談社文庫)
2003年10月『少女監禁―「支配と服従」の密室で、いったい何が起きたのか』(青春出版社)
2004年(平成16年)
収入額:1,946万1,000円
経費額:1,053万8,000円
課税対象額:768万4,000円
所得税額:96万5,000円
源泉徴収税額:202万4,000円
差引所得税納付額:-105万9,000円(還付)
出版された著作
2004年2月『小説 大逆事件』
2004年2月『慟哭 小説・林郁夫裁判』(講談社)
2004年6月『証言台の母―小説医療過誤裁判』(弦書房)
2004年9月『深川通り魔殺人事件』(新風舎文庫)
2004年10月『宿老・田中熊吉伝』(文藝春秋)
2005年(平成17年)
収入額:1,763万9,000円
経費額:1,101万5,000円
課税対象額:662万3,000円
所得税額:66万8,000円
源泉徴収税額:177万8,000円
差引所得税納付額:-111万円(還付)
出版された著作 はる坊です。 第1回に引き続き、『魔界都市〈新宿〉の創世主・ライトノベルの始祖 菊地秀行 第2回』を掲載します。 お気に召していただければ、本当にありがたいです。 ルポライターとなった菊地秀行は、取材に駆け回った。 「雑誌に掲載するので宣伝になります。その代わり、読者割引をしてほしいんです」 と頼むのだ。 現在の『○○Walker』や『ランチパスポート』のような性質のものだろう。 取材の為には、あちこちを歩き回らなければならない。そして、取材対象者に会わなければいけない。 取材の中心は犯罪モノ・事件モノ・セックスモノなど多岐に渡った。 暴走族の群れに飛び込みで取材をおこなったり、阪神タイガースと西武ライオンズで活躍したホームランバッターのスクープをものにしたりと、データマンとしての仕事をこなしていった。 菊地にとって、仕事とはいえ興味のない事柄を取材して、相手にお世辞を言い、持ち上げながら話を聞くのは、苦痛以外の何物でもなかった。 早稲田大学漫画研究会と立教大学漫画研究会を通じて知り合い、のちにゲームソフト『ドラゴンクエスト』の生みの親となる堀井雄二(1954年1月6日生まれ)や『桃太郎電鉄』の作者・さくまあきら(1952年7月29日生まれ)も大学在学中からフリーライターや放送作家としての活動をおこなっていたが、 “「月に50万円~100万円稼いでいました」” “「寝る間もないくらい仕事を引き受けるの。僕らの仲間は全員20代で家を買ったよ」” と、フリーライターでも生活は充分に潤っていた。 事実、堀井雄二は『ドラゴンクエスト』で大ヒットを飛ばす前に、中古マンションを経て、32歳で世田谷区に36坪の新築一戸建てを購入し、さくまあきらも26歳で中古の一戸建てを購入している。 彼らは、編集者から仕事の相談を受けると、「あっ、こんな奴がいますよ」と自分の仲間のライターやイラストレーターに仕事を回し合っていた。 菊地にはないネットワークと営業力があった。 しかし、このルポライター時代に、菊地はその後の作家生活に必要不可欠な技術を身に付けていく。 菊地が書いた取材原稿は、編集部でチェックが入る。いつも指摘されるのは、「もっと具体的に書け」ということだった。 だが、菊地も貧乏ライター生活に手をこまねいていた訳ではない。 同期に、漫画家では高橋留美子・たなか亜希夫・山本貴嗣。 前述したさくまあきらも編集者育成科を受講しており、第3期では堀井雄二も原作科に入塾している。 さくまあきらと堀井雄二は、卒塾後に漫画原作を手掛けている、堀井は本田一景というペンエームで、さいとうたかをの『ゴルゴ13』にも『サギ師ラッキー』(1984年10月発表作品)・『アイリッシュ・パディーズ』(1984年12月発表作品)・『イリーガルの妻』(1985年4月発表作品)・『弾道』(1986年1月発表作品)の脚本を担当している。 菊地は、漫画原作者コースを受講したものの、小池一夫に認められる成果は挙げられなかったようだ。 この頃、菊地は所属していたライターのグループから離れて、独り立ちをしている。 菊地は趣味で古いホラー映画の8ミリフィルムを集めていた。 そして、菊地は『宇宙船』を出していた朝日ソノラマにこのグラビア記事を持って、何か書かせて欲しいと営業に出掛けた。 『宇宙船』でも、菊地は仕事ができるようになった。 菊地は作家になることを目指していた。 山田正紀の登場も自信を揺るがす要因になった。 菊地は、山田正紀の小説を発表当初読むことができなかった。 だがこれは、菊地に限ったことではない。 菊地は、青山学院大学を卒業後も、山村正夫が主宰していた『推理文学会』に、竹河聖とともに同人として参加しており、何作かショートショートを書いている。 この頃、菊地は翻訳家になることを真剣に考え始める。 菊地は翻訳した作品を奇想天外、廣済堂、サンリオに持ち込む。 その結果、 1979年3月『オリンピック村の誘惑』ロビン・ヤング原著(廣済堂出版) 1979年5月『女医の部屋』マルコ・ヴァッシー原著(廣済堂出版) 1979年7月『課外授業』アルバート・リハイ原著(廣済堂出版) 1979年10月『舌戯』ジーン・ブレント原著(壱番館書房) 1979年12月『凍結都市』アーノルド・フェダーブッシュ原著(廣済堂出版) 1980年7月『ザ・ワルチンブック』デヴィッド・ワルチンスキー原著(集英社) 1981年7月『メデューサの子ら』ボブ・ショウ原著(サンリオSF文庫) 1982年2月『パラダイス・ゲーム 宇宙飛行士グレンジャーの冒険』ブライアン・M・ステイブルフォード原著(サンリオSF文庫) 1982年3月『フェンリス・デストロイヤー 宇宙飛行士グレンジャーの冒険』ブライアン・M・ステイブルフォード原著(サンリオSF文庫) 1982年5月『スワン・ソング 宇宙飛行士グレンジャーの冒険』ブライアン・M・ステイブルフォード原著(サンリオSF文庫) と、ハイペースで翻訳作品が本になり、生活も安定していく。 そして、この頃、通っていた伊藤昇の少林寺拳法の道場で知り合った女性と結婚をしている。 同じ頃、菊地は同人誌『推理文学会』に『人でなし』という30枚ほどの作品を発表する。 この作品を、ある席で直接、褒めたのが川辺豊三という人物だった。 フリーライター・翻訳家として活動中の1981年、菊地に転機が訪れる。 その後、菊地は半年ほどのあいだ新たにストーリーを提出しなかった。 しかし、映画『ニューヨーク1997』にインスパイアされて、再度、小説に取り組むことになる。 菊地の持ち味であるエロスとホラー要素が、「ソノラマ文庫の読者と合っていない」と編集者から指摘を受け、数箇所を削除しなければならなかった。 夫婦が一体となって完成させたといってもさしつかえない作品『魔界都市〈新宿〉』は1982年9月30日に発売となった。 菊地秀行33歳での作家デビュー。 初版は1万3000部。 9月25日生まれの菊地にとっては5日遅れではあったが、最高のバースデープレゼントだったのではないだろうか。 1ヶ月後には1万部の増刷が決まる。 ソノラマ文庫編集部にとって、読者の反応は意外なことだったのではないか。 菊地は、ソノラマ文庫を戦場に次なる作品を放っていくことになる。 最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。 第3回に続きます。 はる坊です。 映画やTVドラマで食をテーマにしたモノには人気があります。 漫画なら 『ワカコ酒』(新久千映) 『忘却のサチコ』(阿部潤) 『サチのお寺ごはん』(かねもりあやみ 原案協力:久住昌之 監修:青江覚峰) 『ラーメン大好き小泉さん』(鳴見なる) などなど。 小説においても、 また、 『食堂かたつむり』『喋々喃々』(小川糸) の食に関するシーンは魅力的ですし、 『みをつくし料理帳』(高田郁)に至っては、この作品内に登場する料理のレシピ集『澪の料理帖』が出版されるまでになりました。 基本的に、作中の料理や食事シーンは、著者が、 「このキャラクターならこんなメニューが好きだろう。似合うだろうな」 という願望や読者サービスで描いているケースが多いのではないかと思います。 そんななか、日本におけるハードボイルド小説の先駆者である大藪春彦は、作中のキャラクターと作者自身を同化させている人物であったと思います。 『野獣死すべし』『蘇える金狼』『汚れた英雄』が代表作になると思いますが、早稲田大学教育学部英文学科在学中に『野獣死すべし』を発表して、一躍〝売れっ子作家〟となった大藪は、これまでの貧弱な食生活に復讐するかのように、好き放題に食材を買い込み、外食に出掛けます。 実際のところ、大藪自身は『野獣死すべし』がベストセラーとなり映画化された(大藪が映画化の際に受けとった原作料は大卒初任給1万3000円の時代に50万円でした)といっても、専業作家・筆一本の生活に不安を覚えて、教員免許取得を目指して都内の私立女子高で教育実習をおこなっています。 ただ、その実習で黒板に銃の絵を描いて女子高生相手に銃の構造を説明したところ、現場の教師に怒られたエピソードもあるようですが。 さて、大藪作品の特徴は、銃やクルマなどのメカニックについての描写が延々と続くイメージがありますが、実際のところは、作中全体にあらゆるもののディテールが盛り込まれています。 例えば、1960年代に書かれた大藪作品を読むと、時代背景や舞台となった場所の様子が克明に書かれています。 大藪春彦は作品執筆中に少しでも気になることがあると、徹底的に調べ、時には自ら赴いて場所を正確に確認することを怠りませんでした。 そして、これは食事に関してもです。 大藪春彦は早大在学中の1958年(昭和33年)に『野獣死すべし』でデビューを果たし、一躍ベストセラー作家となると、23歳の若き青年作家は、小説執筆のエネルギー源として、買い物かごいっぱいに食材を買い込みます。 “「毎日、モツの焼き肉2キロ。カニだとでっかい毛ガニ三匹。マグロだとネギマ用の骨つき大なべにいっぱい」” 1961年(昭和36年)に、大藪は静龍子さんと結婚します。 1996年(平成8年)2月26日に大藪春彦は61歳で亡くなります。 この雑誌で、森村誠一と船戸与一が対談をしています。 “船戸:「前に大藪さんと対談したときに、新婚当初に夫婦ですき焼きとなるとだいたい一キロ肉を買ってきたというんですね。いくら何でも奥さんは、二百グラムも食えばいいと思うんですよ。そうしたらやっぱり大藪さんが八百グラム食っている(笑)」 森村:「めちゃくちゃなパワーですよね」” という箇所がありますが、実際に大藪春彦と船戸与一が対談をした『諸士乱想―トーク・セッション18』(1994年 ベストセラーズ)を読むと、 大藪は、“「(龍子夫人と)ふたりですき焼きをするときには、肉を三キロ入れて食った」” と語っています。 大藪春彦も船戸与一も故人となったいまでは、確認の仕様もありませんが、当時は、今よりも高級品だったすき焼き用の牛肉を大量に食べていたことだけは間違いないでしょう。 ⇒WEBで和歌山県の熊野牛を変えるのはここだけ!【Meat Factory】 作家デビューを果たし、一躍流行作家となった大藪春彦は膨大な原稿を書きながら、狩猟にも精を出します。 あるとき、友人が和歌山県有田市にイノシシ猟に行き、大成果を挙げた報告を受けた大藪は居ても立ってもいられず、仕事を無理矢理に片付けて、勇躍、有田に向かいます。 これが3日続いたあと、すっかりイノシシ肉を気に入った大藪は、お土産に大量のシシ肉を持ち帰り、東京でもイノシシ肉のすき焼きを楽しみます。 しかし、このときの大藪は鯨飲馬食で血圧が上昇していました。紀州でイノシシを追い続けていた3日間は汗まみれになって活動しているからいいのですが、東京で手先しか動かさない日々に戻ると、慢性的な睡眠不足と精神的な疲労もあり、大量の鼻血を鼻から吹き出す仕儀となります。 それでも、編集者は横で原稿を急ぐようにせっつきますが、ついに意識が朦朧としてきた大藪は病院に担ぎこまれて、1ヶ月ものあいだ、輸血を受ける羽目になります。 1963年(昭和38年)頃には、チーズに凝ります。 しかし、ブルーチーズは分厚く切るのではなく、薄く切って2,3切れつまむほうが風味を味わえるとの結論に達します。 ちなみにチーズについては、一体どれだけの量を集めたのか、最後には冷蔵庫から耐えがたい肥だめのようなニオイを発し出したというオチがつきました。 この頃には、酒も自家製カクテルに凝り出します。 また、自家製カクテルでは、ジンフィズに凝った時期もあり、各社の担当編集者は、バーテンダー・大藪春彦に付き合わされることになりました。 ワイン初心者からソムリエ資格取得まで【アカデミー・デュ・ヴァン】 また、ソーセージにも凝りました。 ちなみにこの話は1966年(昭和41年)に発表されたものです。 大藪春彦は自分で料理をすることもありました。 自信のメニューはカツオのたたき、ビーフステーキ、ローストビーフ。 ときには、家族で、そして自宅に集った仲間に振る舞い。好評を博したようです。 自身の作品世界に登場する主人公・伊達邦彦 朝倉哲也 北野晶夫 西城秀夫 石川克也 杉田淳たちが好むメニューを大藪自身も好みました。 元々、大藪は中華料理好きでしたが、香港に取材旅行に赴いた際に現地で味わった美味が忘れられず、帰国後は、“「同じような味にめぐり会いたい」”と横浜中華街を一軒一軒試し歩きます。 馳星周公式サイト「Sleepless City」内 Hase’s Note「マンゴープリン」(新しいタブが開きます) また、大藪春彦=肉類・ステーキというイメージがありますが、海産物も大好きで、新潟に猟へ出掛けた際には、寒ブリと子持ちスケソウダラ、そして越後米の味に感激しています。 ウニ・アワビ・エビなどは、わざわざ新鮮なものを求めて、海岸にある店に食べに出掛け、晩酌の肴に刺身を食べるときは、最低3人前を食べないと気が済みませんでした。 大藪春彦は1964年(昭和39年)の終わりに、東南アジアとヨーロッパを訪れます。 そして、1970年代に入ると、本格的に海外にハンティングに出掛けるようになります。 1972年 アラスカ 1973年 ニュージーランド・オーストラリア 1975年 アフリカ・ザンビア 1977年 モンゴル・ハエ・アルタイ山脈、カナダロッキー、モンタナロッキー 1980年 アフリカのサファリ 1981年 アメリカでシューティングツアーに参加 1982年に急性膵炎に倒れるまで、世界中で〝ザ・ビッグ・ゲーム〟を続けました。 そのなかで、野性の味に舌鼓を打ちます。 大藪曰く、 ・ムース(大ヘラジカ)は、ステーキやカツレツにすると美味い。 ・赤シカはステーキやシチューにするといい。ただしメス。 ・ナイル川を泳ぐナイルワニの尻尾は、エビの味に似ている。 ・象の鼻はゼラチン質。 ・オーストラリアのオオトカゲのしっぽの蒸し焼きは、イカの生干しそっくりの味。 前述しましたように、1982年に大藪は膵炎に倒れます。そして、亡くなるまでに3度の入院を経験して、最後までこの病に悩まされることとなります。 晩年の大藪春彦は、酒もほとんど飲まず、タバコも1日5本までに制限されます。 それでも、退院後は、ラーメンを食し、やがて大盛りを頼むようになります。 最晩年は、自宅近くのそば屋の天盛りを好みました。(もちろん、大盛りです) 1996年2月26日 夕方近く 大藪春彦はこの世から旅立ちました。 享年61。 最後に食したのは、龍子夫人とともにした昼食で出された甘塩鮭でした。 大藪春彦は、最後までグルマン・食いしん坊を貫き通しました。 大藪春彦は鳥猟の相棒として、チリーと名付けたセッターを千葉県のハンターから譲り受けました。 大藪の相棒として、そして猟犬としては優れていましたが、大藪が仲間と狩りに出掛けて、仲間が撃った鳥は口にくわえて戻ってこずに、土の中に埋めてしまうという癖もありました。 ある日、大藪が家族とともに自宅に戻ると、異臭が漂っていました。 チリーが大藪の酒の肴であるスルメを大量に食べて、水を飲み、胃の中で膨らんだスルメを吐き出していたからです。 ビックリする大藪家の面々をよそに、チリーは洋室でグーグーと大いびきをかきながらお休み中でした。 チリーは、大藪の晩酌風景を見ていて、スルメに興味を持ったのでしょう。 家庭に飼われる犬としては、少し間抜けな面があったようですが、チリーは大藪家にとってかけがえのない家族だった、と思います。 最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。 ちなみに、管理人自身が一番好きな大藪作品は、 『戦士の挽歌(バラード)』 『ヘッド・ハンター』です。 ひとつには絞りきれません。 おすすめです。 はる坊です。 個人情報保護の為、2005年(平成17年)以降は、発表が廃止された高額納税者(長者番付)の発表ですが、2004年(平成16)分までは毎年5月に世間の注目を集めたものでした。 ここでは1996年(平成8年)から2004年(平成16年)年分の長者番付・作家部門に名を連ねた方々を見ていきます。 課税所得330万円以下・・・10% 課税所得330万円超~900万円以下・・・20% 課税所得900万円超~1800万円以下・・・30% 課税所得1800万円超~3000万円・・・40% 課税所得3000万円超・・・50% 課税所得200万円以下・・・5% 課税所得200万円超~700万円以下・・・10% 課税所得700万円超・・・15% 1位 内田康夫 1億4657万円 2位 西村京太郎 1億3351万円 3位 森村誠一 8222万円 4位 神坂一 8010万円 5位 津本陽 7450万円 6位 渡辺淳一 7327万円 7位 田中芳樹 6568万円 8位 椎名誠 6199万円 9位 石原慎太郎 6096万円 10位 斎藤栄 5933万円 11位 宮部みゆき 5291万円 12位 菊地秀行 5017万円 13位 五木寛之 4960万円 14位 群ようこ 4112万円 15位 童門冬二 3976万円 16位 宮本輝 3973万円 17位 荒巻義雄 3860万円 18位 赤川次郎 3805万円 19位 平岩弓枝 3795万円 20位 宮城谷昌光 3696万円 ※赤川次郎首位陥落の理由 ※司馬遼太郎の遺産評価額 1位 赤川次郎 2億7760万円 2位 渡辺淳一 2億2675万円 3位 西村京太郎 2億1257万円 4位 内田康夫 2億0827万円 5位 村上春樹 9244万円 6位 浅田次郎 9187万円 7位 森村誠一 8611万円 8位 林真理子 6980万円 9位 宮部みゆき 6942万円 10位 津本陽 6752万円 11位 神坂一 6336万円 12位 菊地秀行 5817万円 13位 群ようこ 5298万円 14位 斎藤栄 5147万円 15位 星野富弘 5103万円 16位 田中芳樹 4981万円 17位 平岩弓枝 4632万円 18位 髙村薫 4439万円 19位 椎名誠 4293万円 20位 大沢在昌 4247万円 落合信彦 3311万円 1位 西村京太郎 2億5196万円 2位 赤川次郎 1億9087万円 3位 鈴木光司 1億4207万円 4位 宮部みゆき 1億1679万円 5位 内田康夫 1億0594万円 6位 浅田次郎 1億0474万円 7位 五木寛之 7780万円 8位 森村誠一 7128万円 9位 宮城谷昌光 6738万円 10位 神坂一 5612万円 11位 菊地秀行 5495万円 12位 群ようこ 5357万円 13位 渡辺淳一 4998万円 14位 星野富弘 4962万円 15位 椎名誠 4927万円 16位 落合信彦 4687万円 17位 馳星周 4412万円 18位 斎藤栄 4399万円 19位 田中芳樹 4385万円 20位 筒井康隆 4220万円 北方謙三 3905万円 河合隼雄 3563万円 林真理子 3211万円 平岩弓枝 1974万円 1999年分以降は、所得税率が過去最低にダウン 1998年(平成10年)分までは、最高税率が所得税50%+住民税15%でしたが、 そのせいか、下記に挙げる作家の納税額も前年までに比べて減少していますが、2000年に入ると出版不況が深刻化して、作家の収入自体が減少していく様子が分かります。 1990年代初頭では、年収1億円あったとしてもランキングのベスト20に入れるかどうかでしたが、2000年分以降では、ベストテンに入れる年収になっています。 それほど、本が売れずに印税収入が細ってきている模様もうかがえます。 2006年分まで使用された所得税率表は下記のとおりです。 参考までに、2006年分まで使用された住民税税率表は下記のとおりです。 1998年分までに比べると最高税率が大幅に下がりました。 1998年分まで、所得税50%+住民税15%=最高税率65% 1位 西村京太郎 1億6519万円 2位 内田康夫 1億3929万円 3位 宮部みゆき 1億1492万円 4位 鈴木光司 7656万円 5位 浅田次郎 7315万円 6位 五木寛之 6320万円 7位 森村誠一 6199万円 8位 桐生操(堤幸子) 5640万円 9位 桐生操(上田加代子) 5610万円 10位 星野富弘 5246万円 11位 村上春樹 4664万円 12位 津本陽 4329万円 13位 赤瀬川源平 4015万円 14位 山崎豊子 3940万円 15位 東野圭吾 3803万円 16位 菊地秀行 3777万円 17位 天童荒太 3718万円 18位 桐野夏生 3355万円 19位 京極夏彦 3300万円 20位 神坂一 3282万円 21位以下で公示された作家 林真理子 2719万円 平岩弓枝 2174万円 馳星周 1412万円 1位 西村京太郎 1億5603万円 2位 赤川次郎 1億1108万円 3位 宮部みゆき 7873万円 4位 山崎豊子 7559万円 5位 内田康夫 7265万円 6位 浅田次郎 6758万円 7位 五木寛之 6468万円 8位 天童荒太 6465万円 9位 真保裕一 4153万円 10位 北方謙三 3956万円 11位 菊地秀行 3886万円 12位 夢枕獏 3591万円 13位 江國香織 3412万円 14位 阿川佐和子 3227万円 15位 落合信彦 3188万円 16位 津本陽 3176万円 17位 星野富弘 3108万円 18位 森村誠一 2887万円 19位 東野圭吾 2878万円 20位 林真理子 2746万円 21位以下で公示された作家 山口洋子 2624万円 森博嗣 2392万円 大沢在昌 2223万円 渡辺淳一 1932万円 柳美里 1891万円 宮尾登美子 1724万円 曽野綾子 1714万円 花村萬月 1332万円 平岩弓枝 1116万円 1位 西村京太郎 1億5946万円 2位 宮部みゆき 1億4566万円 3位 赤川次郎 8648万円 4位 内田康夫 7743万円 5位 浅田次郎 6633万円 6位 夢枕獏 5960万円 7位 江國香織 4331万円 8位
はる坊です。 個人情報保護の為、2005年で発表が廃止された高額納税者(長者番付)の発表ですが、2004年分までは毎年5月に世間の注目を集めたものでした。 ここでは1989年(平成元年)から1995年(平成7年)年分の長者番付・作家部門に名を連ねた方々を見ていきます。 この時代、小説本は非常に読まれており、作家には印税収入を中心に大きな収入がありました。 個人情報保護の為、2005年で発表が廃止された高額納税者(長者番付)の発表ですが、2004年分までは毎年5月に世間の注目を集めたものでした。 ここでは1989年(平成元年)から1995年(平成7年)年分の長者番付・作家部門に名を連ねた方々を見ていきます。 この時代、新刊の小説本が売れた最後の時期にあたっており、作家には印税収入を主として、まだ大きな収入がありました。 1位 赤川次郎 4億6173万円 2位 西村京太郎 2億6262万円 3位 吉本ばなな 2億3699万円 4位 村上春樹 1億5111万円 5位 司馬遼太郎 1億4012万円 6位 池波正太郎 1億0920万円 7位 西村寿行 9508万円 8位 菊地秀行 8208万円 9位 渡辺淳一 7829万円 10位 藤島泰輔 7197万円 11位 藤川桂介 7190万円 12位 笹沢左保 6656万円 13位 遠藤周作 6637万円 14位 山村美紗 6485万円 15位 斎藤栄 6011万円 16位 内田康夫 5759万円 17位 森村誠一 5718万円 18位 椎名誠 5671万円 19位 胡桃沢耕史 5526万円 20位 田中芳樹 5103万円 ※10位にランクインしている藤島泰輔は、作家・評論家として活動。学習院時代の学友だった明仁天皇(上皇明仁)をモデルにした『孤獨の人』で衝撃的なデビューを果たす。 1位 赤川次郎 3億7980万円 2位 西村京太郎 2億4497万円 3位 司馬遼太郎 1億1140万円 4位 松本清張 8736万円 5位 菊地秀行 8622万円 6位 西村寿行 8185万円 7位 田中芳樹 7944万円 8位 内田康夫 7927万円 9位 渡辺淳一 7572万円 10位 斎藤栄 7266万円 11位 門田泰明 6705万円 12位 笹沢左保 6618万円 13位 山村美紗 6578万円 14位 遠藤周作 6239万円 15位 椎名誠 6127万円 16位 落合信彦 5929万円 17位 森村誠一 5801万円 18位 藤島泰輔 5760万円 19位 村上春樹 5890万円 20位 田辺聖子 5404万円 ※20位圏外で登場した作家 北方謙三 3716万円 森瑤子 3095万円 大藪春彦 2890万円 柳田邦男 2081万円 草柳大蔵 1709万円 1位 赤川次郎 3億5512万円 2位 西村京太郎 2億5489万円 3位 内田康夫 1億7140万円 4位 司馬遼太郎 9101万円 5位 椎名誠 8577万円 6位 山村美紗 8404万円 7位 菊地秀行 8325万円 8位 遠藤周作 8171万円 9位 落合信彦 7378万円 10位 笹沢左保 7290万円 11位 渡辺淳一 6643万円 12位 田中芳樹 6508万円 13位 森村誠一 6414万円 14位 斎藤栄 6003万円 15位 山崎豊子 5315万円 16位 橋本治 5294万円 17位 門田泰明 5062万円 18位 陳舜臣 4933万円 19位 豊田行二 4794万円 20位 松本清張 4393万円 ※20位圏外で登場した作家 西村寿行 3873万円 森瑤子 3737万円 大藪春彦 3692万円 北方謙三 3584万円 夢枕獏 2875万円 草柳大蔵 2078万円 柳田邦男 1602万円 1位 赤川次郎 3億5093万円 2位 西村京太郎 2億3698万円 3位 内田康夫 1億8649万円 4位 司馬遼太郎 1億1944万円 5位 菊地秀行 7890万円 6位 田中芳樹 7650万円 7位 渡辺淳一 7318万円 8位 山村美紗 7261万円 9位 豊田行二 7187万円 10位 辺見じゅん 7155万円 11位 森村誠一 6530万円 12位 斎藤栄 5902万円 13位 椎名誠 5728万円 14位 荒巻義雄 5486万円 15位 落合信彦 5244万円 16位 津本陽 5233万円 17位 門田泰明 4846万円 18位 笹沢左保 4822万円 19位 平岩弓枝 4720万円 20位 宮本輝 4673万円 ※20位圏外では、 西村寿行が納税額4098万円 夢枕獏が納税額2000万円 佐木隆三が納税額1127万円で登場している。 1位 赤川次郎 3億2209万円 2位 西村京太郎 2億2168万円 3位 内田康夫 1億7412万円 4位 司馬遼太郎 9969万円 5位 山村美紗 8624万円 6位 津本陽 7765万円 7位 森村誠一 7689万円 8位 荒巻義雄 7680万円 9位 菊地秀行 6970万円 10位 斎藤栄 6650万円 11位 宮尾登美子 6384万円 12位 藤沢周平 6351万円 13位 椎名誠 6050万円 14位 童門冬二 5686万円 15位 渡辺淳一 5365万円 16位 志茂田景樹 5272万円 17位 豊田行二 5224万円 18位 遠藤周作 5029万円 19位 平岩弓枝 4979万円 20位 門田泰明 4777万円 1位 赤川次郎 3億2209万円 2位 西村京太郎 2億2500万円 3位 内田康夫 1億7700万円 4位 司馬遼太郎 1億0287万円 5位 森村誠一 8864万円 6位 斎藤栄 7957万円 7位 菊地秀行 7586万円 8位 荒巻義雄 6786万円 9位 椎名誠 6694万円 10位 津本陽 6449万円 11位 山村美紗 5991万円 12位 藤沢周平 5986万円 13位
はる坊です。 個人情報保護の為、2005年で発表が廃止された高額納税者(長者番付)の発表ですが、2004年分までは毎年5月に世間の注目を集めたものでした。 ここでは1984年(昭和59年)から1988年(昭和63)年分の長者番付・作家部門に名を連ねた方々を見ていきます。各年のベスト20までを列挙しています。 この時代、小説本は非常に読まれており、作家には印税収入を中心に大きな収入がありました。 記事の一番下に、当時の所得税率・住民税率を記載しておりますので、ご興味のある方はご覧ください。 それでは長者番付・作家部門(1984年分~1988年分)です
1位 赤川次郎 6億3836万円 2位 西村京太郎 1億8276万円 3位 司馬遼太郎 1億7432万円 4位 松本清張 1億7240万円 5位 西村寿行 1億5615万円 6位 渡辺淳一 1億0481万円 7位 笹沢左保 9941万円 8位 森村誠一 8300万円 9位 平岩弓枝 8157万円 10位 片岡義男 8064万円 11位 池波正太郎 7429万円 13位 田辺聖子 7104万円 14位 筒井康隆 6714万円 15位 斎藤栄 6251万円 16位 夏樹静子 5884万円 17位 遠藤周作 4774万円 18位 柳田邦男 4521万円 19位 大藪春彦 4316万円 20位 和久俊三 4251万円 1位 赤川次郎 7億5709万円 2位 西村京太郎 2億4789万円 3位 池波正太郎 1億9872万円 4位 松本清張 1億4105万円 5位 西村寿行 1億3745万円 6位 司馬遼太郎 1億2567万円 8位 渡辺淳一 9333万円 9位 森村誠一 8665万円 10位 笹沢左保 8061万円 11位 平岩弓枝 6712万円 12位 斎藤栄 6459万円 13位 田辺聖子 6059万円 14位 夢枕獏 5971万円 15位 遠藤周作 5560万円 16位 大藪春彦 5131万円 17位 和久俊三 5073万円 18位 高城肇 5007万円 19位 平井和正 4355万円 20位 胡桃沢耕史 4300万円 21位以下 菊地秀行 3981万円 1位 赤川次郎 8億6100万円 2位 西村京太郎 2億9662万円 3位 司馬遼太郎 1億4368万円 4位 渡辺淳一 1億4036万円 5位 西村寿行 1億1809万円 6位 松本清張 1億0914万円 7位 遠藤周作 1億0621万円 8位 菊地秀行 1億0458万円 ⇒菊地秀行の生誕から爆発的な人気を得る1980年代後半に至る軌跡をまとめた記事はこちらです。魔界都市〈新宿〉の創世主・ライトノベルの始祖 菊地秀行 第1回~第4回』(新しいタブが開きます) 10位 池波正太郎 9919万円 11位 畑正憲 8904万円 12位 田辺聖子 7290万円 13位 笹沢左保 6774万円 14位 夢枕獏 6769万円 15位 胡桃沢耕史 6664万円 16位 斎藤栄 6452万円 17位 平岩弓枝 6064万円 18位 井上ひさし 6006万円 19位 山村美紗 5781万円 20位 森村誠一 5370万円 1位 赤川次郎 6億4860万円 2位 西村京太郎 2億8468万円 3位 司馬遼太郎 1億4980万円 4位 西村寿行 1億3190万円 5位 池波正太郎 1億0257万円 6位 菊地秀行 9533万円 7位 田辺聖子 9531万円 8位 渡辺淳一 9331万円 9位 松本清張 8866万円 11位 山村美紗 7536万円 12位 遠藤周作 7080万円 13位 胡桃沢耕史 6404万円 14位 椎名誠 6390万円 15位 安部譲二 6255万円 16位 笹沢左保 6157万円 17位 斎藤栄 6111万円 18位 森村誠一 6060万円 19位 新井素子 5576万円 20位 平岩弓枝 5482万円 1位 赤川次郎 5億8233万円 2位 西村京太郎 2億8833万円 3位 村上春樹 2億5369万円 4位 池波正太郎 1億3898万円 5位 西村寿行 1億0072万円 6位 司馬遼太郎 9920万円 7位 菊地秀行 8673万円 8位 松本清張 7903万円 9位 山村美紗 7376万円 10位 斎藤栄 7018万円 11位 平岩弓枝 6957万円 12位 遠藤周作 6931万円 13位 田辺聖子 6711万円 14位 笹沢左保 6237万円 15位 藤川桂介 6235万円 16位 渡辺淳一 6079万円 17位 藤島泰輔 5918万円 18位 椎名誠 5913万円 19位 門田泰明 5871万円 20位 森村誠一 5598万円 最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。 何かございましたら、こちらまでお願いいたします。 はる坊 @harubou_room Twitter(新しいタブが開きます) なんと15分類に分かれていました 課税所得50万円以下・・・・・・・・・・・・・・・・・・10.5% 課税所得50万円超~120万円以下・・・・・・12% 課税所得120万円超~200万円以下・・・・・14% 課税所得200万円超~300万円以下・・・・・17% 課税所得300万円超~400万円以下・・・・・21% 課税所得400万円超~600万円以下・・・・・25% 課税所得600万円超~800万円以下・・・・・30% 課税所得800万円超~1000万円以下・・・・35% 課税所得1000万円超~1200万円以下・・・40% 課税所得1200万円超~1500万円以下・・・45% 課税所得1500万円超~2000万円以下・・・50% 課税所得2000万円超~3000万円以下・・・55% 課税所得3000万円超~5000万円以下・・・60% 課税所得5000万円超~8000万円以下・・・65% 課税所得2000万円超・・・・・・・・・・・・・・・・・・70% まだ、12分類に分かれていました。 課税所得150万円以下・・・・・・・・・・・・・・・・・10.5% 課税所得150万円超~200万円以下・・・・・12% 課税所得200万円超~300万円以下・・・・・16% 課税所得300万円超~500万円以下・・・・・20% 課税所得500万円超~600万円以下・・・・・25% 課税所得600万円超~800万円以下・・・・・30% 課税所得800万円超~1000万円以下・・・・35% 課税所得600万円超~1000万円以下・・・・40% 課税所得1000万円超~2000万円以下・・・45% 課税所得600万円超~1000万円以下・・・・50% 課税所得1000万円超~2000万円以下・・・55% 課税所得2000万円超・・・・・・・・・・・・・・・・・・60% やっと6分類まで減りました。 課税所得300万円以下・・・・・・・・・・・・・・・・・10% 課税所得300万円超~600万円以下・・・・・20% 課税所得600万円超~1000万円以下・・・・30% 課税所得1000万円超~2000万円以下・・・40% 課税所得2000万円超~5000万円以下・・・50% 課税所得5000万円超・・・・・・・・・・・・・・・・・・60% 1980年分から使用されていました。 課税所得30万円以下・・・・・・・・・・・・・・・・・4% 課税所得30万円超~45万円以下・・・・・・・5% 課税所得45万円超~70万円以下・・・・・・・6% 課税所得70万円超~100万円以下・・・・・・7% 課税所得100万円超~130万円以下・・・・・8% 課税所得130万円超~150万円以下・・・・・9% 課税所得150万円超~230万円以下・・・・・11% 課税所得230万円超~370万円以下・・・・・12% 課税所得370万円超~570万円以下・・・・・13% 課税所得570万円超~950万円以下・・・・・14% 課税所得950万円超~1900万円以下・・・・15% 課税所得1900万円超~2900万円以下・・・16% 課税所得2900万円超~4900万円以下・・・17% 課税所得5000万円超・・・・・・・・・・・・・・・・・18% よって、1984年分の所得税と住民税の最高税率は驚異の88%でした。 同じく14分類に分かれていました 課税所得20万円以下・・・・・・・・・・・・・・・・・・4.5% 課税所得20万円超~45万円以下・・・・・・・・5% 課税所得45万円超~70万円以下・・・・・・・・6% 課税所得70万円超~95万円以下・・・・・・・・7% 課税所得95万円超~120万円以下・・・・・・・8% 課税所得120万円超~150万円以下・・・・・・9% 課税所得150万円超~220万円以下・・・・・11% 課税所得220万円超~370万円以下・・・・・12% 課税所得370万円超~570万円以下・・・・・13% 課税所得570万円超~950万円以下・・・・・14% 課税所得950万円超~1900万円以下・・・・15% 課税所得1900万円超~2900万円以下・・・16% 課税所得2900万円超~4900万円以下・・・17% 課税所得5000万円超・・・・・・・・・・・・・・・・・・18% 1987年分の所得税と住民税の最高税率は、所得税の最高税率が10%下がったため78%でした。 所得税と同じく7分類に簡略化されました 課税所得60万円以下・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5% 課税所得60万円超~130万円以下・・・・・・・7% 課税所得130万円超~260万円以下・・・・・10% 課税所得260万円超~460万円以下・・・・・12% 課税所得460万円超~950万円以下・・・・・14% 課税所得950万円超~1900万円以・・・・・・15% 課税所得1900万円超・・・・・・・・・・・・・・・・・16% 1988年分の所得税と住民税の最高税率は、住民税の最高税率が2%下がったため76%でした。 本当の最後まで読んでくださって、心より御礼申し上げます。 復刊ドットコム 本好きの皆さんから寄せられた復刊リクエストを元に、2000年のサイトオープン以来、独自の復刊活動を20年にわたり続けて来られました。 これまでに55万人の会員様から55,000タイトル・85万票のリクエストが寄せられ、およそ6,000タイトルが復刊されています。 実際に復刊が実現した作品は、自社のサイトを通じて一般販売を行っています。 近年は、復刊本のみならず、 過去に復刊が実現した本の関連書籍(新刊を含む)の販売も積極的に展開して、 レア本・限定本・懐かしの本・コミックなどを満載したセレクトショップ的なネット書店を運営されています。 個人情報保護の為、2005年で発表が廃止された高額納税者(長者番付)の発表ですが、2004年分までは毎年5月に世間の注目を集めたものでした。 ここでは1974年(昭和49年)から1983年(昭和58)年分の長者番付・作家部門に名を連ねた方々を見ていきます。 ちなみに、1982年分(昭和57年)までは納税額ではなく申告所得額が発表されていました。 1981年分(昭和56年)までは、ベスト10。1982年分(昭和57年)以降はベスト20までを列挙しています。 1983年度(昭和58年)からは、発表されるのが申告所得額から所得税納税額に変更されています。 ソースは、当時の新聞報道によるものです。 申告所得額とは? この申告所得に下の所得税率が掛かるのです。 1974年分~1983年分の所得税率は、過去・現在に至るまで日本の所得税率の推移を見た上で、最も税率が厳しかった時代です。下の税率表をご覧になっていただくと、国税ではなく“酷税”と呼ばれていたことがご理解いただけるかと思います。 なんと19分類に分かれていました。 課税所得60万円以下・・・・・・・・・・・・・・・・・・10% 参考までに、1974年分~1979年分の住民税の税率です。 1973年分から使用されていましたが、細かく13分類に分かれていました。 課税所得30万円以下・・・・・・・・・・・・・・・・・・4% 1984年分まで使用されていました。さらに細かく14分類に分かれていました。 よって、1980年分~1983年分の所得税と住民税の最高税率は、驚異の88%でした。 1位 松本清張 3億0959万円 2位 司馬遼太郎 2億1463万円 3位 五木寛之 2億1226万円 4位 遠藤周作 1億8637万円 5位 石川達三 1億0710万円 6位 山岡荘八 1億0283万円 7位 宇能鴻一郎 9712万円 8位 北杜夫 8803万円 9位 川上宗薫 8488万円 10位 花登筺 8023万円 1位 松本清張 3億0027万円 2位 司馬遼太郎 2億3512万円 3位 五木寛之 2億2587万円 4位 石川達三 1億3422万円 5位 遠藤周作 1億3403万円 6位 横溝正史 1億1547万円 7位 有吉佐和子 1億1474万円 8位 山岡荘八 1億1259万円 9位 宇能鴻一郎 1億0656万円 10位 井上ひさし 9484万円 1位 松本清張 3億3461万円 2位 司馬遼太郎 3億3032万円 3位 横溝正史 3億3825万円 4位 五木寛之 1億4125万円 5位 森村誠一 1億1042万円 6位 城山三郎 1億0654万円 7位 宇能鴻一郎 1億0477万円 8位 石川達三 1億0237万円 9位 遠藤周作 9947万円 10位 高木彬光 8799万円 1位 森村誠一 6億2264万円 2位 横溝正史 4億0416万円 3位 松本清張 3億0545万円 4位 司馬遼太郎 2億1785万円 5位 新田次郎 1億7766万円 6位 五木寛之 1億5034万円 7位 城山三郎 1億2768万円 8位 梶原一騎 1億1504万円 9位 高木彬光 1億0564万円 10位 池波正太郎 1億0470万円 1位 森村誠一 4億3139万円 2位 松本清張 3億1856万円 3位 西村寿行 2億3487万円 4位 司馬遼太郎 1億8863万円 5位 五木寛之 1億7058万円 6位 横溝正史 1億6815万円 7位 新田次郎 1億5140万円 8位 有吉佐和子 1億4812万円 9位 池波正太郎 1億3878万円 10位 梶原一騎 1億3240万円 1位 西村寿行 2億6932万円 2位 大藪春彦 2億3452万円 3位 五木寛之 2億2013万円 4位 高木彬光 1億9313万円 5位 松本清張 1億7942万円 6位 司馬遼太郎 1億7085万円 7位 池波正太郎 1億5487万円 8位 横溝正史 1億5360万円 9位 花登筺 1億5085万円 10位 半村良 1億4451万円 1位 司馬遼太郎 3億0102万円 2位 五木寛之 2億7570万円 3位 西村寿行 2億5017万円 4位 松本清張 2億4733万円 5位 大藪春彦 2億0029万円 6位 井上靖 1億6792万円 7位 森村誠一 1億4427万円 8位 遠藤周作 1億2251万円 9位 池波正太郎 1億1704万円 10位 小松左京 1億1435万円 1位 司馬遼太郎 2億9193万円 2位 石坂洋次郎 2億1670万円 3位 西村寿行 1億8746万円 4位 松本清張 1億7853万円 5位 横溝正史 1億4582万円(発表時故人) 6位 五木寛之 1億4264万円 7位 森村誠一 1億4254万円 8位 勝目梓 1億4065万円 9位 笹沢左保 1億3832万円 10位 遠藤周作 1億2961万円 電子書籍ではなく、紙の本を手元に置いてじっくり読まれたい方は新品も中古本も揃っている通販がオススメです。 1位 松本清張 3億1489万円 2位 赤川次郎 2億7041万円 3位 西村寿行 2億5946万円 4位 司馬遼太郎 2億5731万円 5位 森村誠一 2億4362万円 6位 笹沢左保 1億7016万円 7位 渡辺淳一 1億4707万円 8位 大藪春彦 1億3650万円 9位 池波正太郎 1億1935万円 10位 井上ひさし 1億1861万円 11位 平岩弓枝 1億1492万円 12位 田辺聖子 1億0886万円 13位 西村京太郎 1億0720万円 14位 黒岩重吾 1億0158万円 15位 遠藤周作 1億0131万円 16位 筒井康隆 9823万円 17位 五木寛之 9800万円 18位 梅原猛 9545万円 19位 井上靖 9295万円 20位 平井和正 9003万円 1983年(昭和58年)分所得税納税額 2位 松本清張 1億9201万円 3位 司馬遼太郎 1億5360万円 4位 西村寿行 1億2588万円 5位 西村京太郎 1億0969万円 6位 笹沢左保 1億0733万円 7位 渡辺淳一 1億0117万円 8位 平岩弓枝 9085万円 9位 池波正太郎 8353万円 10位 筒井康隆 8005万円 11位 森村誠一 7933万円 12位 田辺聖子 6815万円 13位 勝目梓 6167万円 14位 大藪春彦 6043万円 15位 平井和正 5800万円 16位 中島梓(栗本薫) 5155万円 17位 和久俊三 5149万円 18位 斎藤栄 5100万円 19位 三浦綾子 5085万円 20位 遠藤周作 5026万円
2005年6月『
【カクヨム&アルファポリス&NOVELDAYSへ移行】魔界都市〈新宿〉の創世主・ライトノベルの始祖 菊地秀行 第2回
伝奇バイオレンス・アクション・ファンタジー・SF小説家・菊地秀行について
売れないルポライター
初めて手掛けたのは、「スキー場の民宿百軒」という記事だった。
電話でスキー場近くの民宿に電話を掛け、
経済的にも決して恵まれた日々とはいえなかった。
(「家」の履歴書 堀井雄二(ゲームデザイナー)32歳で世田谷に一戸建てを購入。でもドラクエ御殿じゃないですよ 週刊文春1996年7月25日号)
(『ゲームの巨人語録 : 岡本吉起と12人のゲームクリエイター (電撃文庫)』よりさくまあきらの発言 岡本吉起, 電撃王編集部 メディアワークス2000年5月刊)
原稿を締め切りまでに書き抜くことだった。
早く大量の記事を短時間で書き上げる。
一種の娯楽として読まれる週刊誌に抽象的や哲学的な記述は必要ない。
この具体的に書くということは、取材記事執筆を通じて菊地の全身に染み込んでいった。 翻訳家志望
1977年に開講された漫画原作者・小池一夫の『劇画村塾』に入塾して1年間、原作科を受講している。
第1期生は約250名。
漫画原作者では、狩撫麻礼・工藤かずや・早乙女正幸。
また、フジテレビプロデューサーの岡正や小説家・占星術家の式貴士がいる。
しかし、小池一夫の持論であり、のちにコミック業界に確立された『キャラクターが第一。キャラクターを起たせること』という教えは、菊地の作家生活において大きな影響を及ぼしている。
「週刊誌のルポライターは自分には向かない」と判断した結果だった。
ルポライター時代の仲間が『JACKER(ジャッカー)』という雑誌の編集長を務めることになり、菊地は誌面でホラー映画の紹介グラビアを担当した。
このグラビアは一部の好事家に注目された。
この朝日ソノラマとの縁は、作家・菊地秀行誕生に大きな役割を果たす。
しかし、“「自信がなかった」”、と語っている。
1974年に『神狩り』で作家デビューを飾った山田は、『流氷民族』(のちに出版された角川文庫版では『氷河民族』)で地歩を固め、立て続けに『崑崙遊撃隊』『謀殺のチェス・ゲーム』とSF小説・冒険小説を放ち続け、1977年の『火神(アグニ)を盗め』では直木賞候補に挙げられている。
打ちのめされるのが目に見えていたからだという。
結果的には読んだが、2、3日は、アパートの天井を見ながらボンヤリと過ごした。
『新宿鮫』シリーズで一躍人気作家の仲間入りを果たした大沢在昌も、矢作俊彦の初期作品を読んで、衝撃のあまり2、3日寝込んだ経験を持っている。
銀座のイエナ書店、そしてサンフランシスコへ行き、『ファンタジーエトセトラ』でどっさりと原書を購入した。
※初のハードカバー
※この作品は井上篤夫との共訳
彼女にはふたりの兄がいた。長兄がニューヨークに滞在しており、次兄は菊地と同い年である出版社の記者だった。
菊地は、近しい職業の兄を持つ彼女に親近感を覚えたようだ。
この作品は、完全なエンターテインメントで菊地独特のエロスとバイオレンスが芽を出している。
船乗りとして生活したのち、推理作家に転身した人物だ。
1997年に川辺が死去した際、菊地はノベルスのあとがきで、川辺との思い出を記している。
菊地にとって、『人でなし』を手放しで褒めてくれた川辺の存在と言葉は、創作活動において大きな支えだったのではないだろうか。1982年9月30日『魔界都市〈新宿〉』で作家デビュー
朝日ソノラマの『宇宙船』の編集者から「ソノラマ文庫に何か書いてみないか」と声が掛かったのだ。
菊地は早速ストーリーを作成して提出したが、これはあえなく没となった。
理由は、「長すぎる」。
自負はあったが、没にされたことで一時自信を失ったのではないだろうか。
この小説が出版されるまでには、紆余曲折もあった。
菊地には不愉快な出来事だっただろう。
しかし、菊地は指摘を受けた箇所を直して作品を完成させた。夫人の励ましもあったのだろう。原稿の清書では、半分を夫人がおこなった。
当時のソノラマ文庫で増刷がかかっていたのは、『機動戦士ガンダム』のノベライズと高千穂遙の『クラッシャージョウ』くらいだった。ハードボイルド作家・大藪春彦本人の食事シーンは小説よりも奇なりだった!
小説の食事シーンは魅力的です
その原作となっているのは、漫画や小説であることが多いです。
コミック作品がアニメ化されるのは珍しいことではありませんが、映画化やTVドラマ化されるのは、一般的にグルメものは視聴者にウケがいいと制作サイドが考えているからではないでしょうか。
『孤独のグルメ』(原作:久住昌之 作画:谷口ジロー)
村上春樹や池波正太郎の料理や食事シーンの描写は特に巧みです。
村上作品の料理については『村上レシピ』として出版されていますし、池波正太郎はグルメについてのエッセイや生前愛した店をまとめた本も出版されています。
『強運の持ち主』(瀬尾まいこ)
とか、
「このキャラクターにはこういう料理を作らせたい」
無論、作者の趣味・趣向が反映されていることはいうまでもありませんが。大藪春彦作品は昭和時代を映し出す鏡
また、卒業論文も執筆しましたが、作家稼業が多忙になり、結局のところ教員免許取得はできないまま早大を中退しています。
1970年代に描かれた作品も同じです。 大藪春彦の食生活
(引用:大藪春彦『荒野からの銃火』1979年 角川文庫より)
龍子さんは日本大学文学部卒業後に、森脇文庫の『週刊スリラー』の編集者となり、大藪の担当編集者になったのが縁でした。
大藪と縁の深かった徳間書店では、その年の7月に『問題小説 増刊号 大藪春彦の世界』を出版しています。
そのなかで、大藪の早世を悼みながら、
気に入った食材・食事には徹底的に凝る
イノシシのすき焼き
大藪もイノシシ猟で大きな成果を挙げて、夜には地元の人と酒を飲みながらイノシシ肉を平らげます。
(イノシシ肉を大量に食べ続けると赤血球を破壊する作用があるようですね)
そのあいだも、大藪は口述筆記で仕事を続けなければなりませんでした。世界中のチーズを味わう
世界中のチーズを収集して、グリュイエールをパンと同じ厚さに切ってロシアピクルスと一緒にサンドイッチにしてパクつきます。
BAR OYABU オーナーバーテンダー・大藪春彦
ウォッカ・マルティーニ(ウォッカ・マティーニ)をストリーチナヤ(ストリチナヤ)のウォッカを2本分痛飲します。ボロニアソーセージ・レバーソーセージがお気に入り
大藪はハムが好きではなく、ソーセージが大好物でした。
ソーセージのなかでも、ボロニアソーセージやレバーソーセージがお気に入りで、1万円分ほどを買い込んでは、3日と保たず食べ尽くしました。
当時の大卒初任給は24,900円。
そんな時代に、1万円分のソーセージを3日足らずで食べ尽くしてしまうエネルギーには驚かされます。「男の料理は俺に任せろ!」シェフ・大藪春彦
肉類だけではなく中華料理や魚介類も好物
大金をはたいて、巡礼者のごとく中華街をうろつきますが、満足できる店が見つからず、ついにあるお店で〝アワビのハラワタのからあげ〟を見つけたときは、感動をしたようです。
(これは馳星周の『マンゴープリン』のエピソードと少し似ていますね。) 海外ハンティングと野性の味覚
そして、〝アブランド・ゲーム〟と呼ばれる、ヤマドリ・キジ・コジュウケイなどを標的とする猟にのめり込みます。
自分のぶんを平らげると、龍子夫人の分まで手を付けます。 大藪春彦の愛犬チリーも食いしん坊だった
心より御礼申し上げます。
この記事をここまで読んでくださった方なら、大藪ワールドを楽しんでいただけると思います。
印税だけで食べていける作家 長者番付・作家部門(1996年分~2004年分)
毎年のベスト20までを列挙しています。
ソースは、当時の新聞報道・各年の『全国高額納税者名簿』(東京商工リサーチ刊)によるものです。1996年分~1998年分の所得税率について
参考までに、1996年分~1998年分の住民税の税率です。
それでは、長者番付・作家部門(1996年分~2004年分)です
1996年(平成8年)分 長者番付・作家部門 所得税納税額
13年連続で長者番付・作家部門の1位を守り続けた赤川次郎氏が一気に18位まで順位を下げたのは、バブル期に購入した自宅兼仕事場の売却損で、作家活動による印税・原稿料・著作権収入と売却損が相殺された為。
収入は例年と同様の額があったとのこと。
1997年2月、1996年2月に逝去した司馬遼太郎氏の遺産評価額が管内税務署にて公示されました。
遺産額は約26億4000万円。
約20億1000万円が銀行等金融機関への預貯金。
約3億9000万円が著作権。
約2億4000万円が自宅の土地建物でした。1997年(平成9年)分 長者番付・作家部門 所得税納税額
1998年(平成10年)分 長者番付・作家部門 所得税納税額
所得税率は最高で37%までダウンしました。
課税所得330万円以下・・・・・・・・・・・10%
課税所得330万円超~900万円・・・・20%
課税所得900万円超~1800万円・・・30%
課税所得1800万円超・・・・・・・・・・・・・37%
課税所得200万円以下・・・5%
課税所得200万円超~700万円以下・・・10%
課税所得700万円超・・・13%
1999年分から、所得税37%+住民税10%=最高税率47%1999年(平成11年)分 長者番付・作家部門 所得税納税額
2000年(平成12年)分 長者番付・作家部門 所得税納税額
2001年(平成12年)分 長者番付・作家部門 所得税納税額
印税だけで食べていける作家 長者番付・作家部門(1989年分~1995年分)
毎年のベスト20までを列挙しています。
ソースは、当時の新聞報道によるものです。1989年(平成元年)分所得税納税額
毎年のベスト20までを列挙しています。
ソースは、当時の新聞報道によるものです。長者番付・作家部門(1989年分~1995年分)です
1989年(平成元年)分所得税納税額
〝在日フランス人〟ポール・ポネ名義での著作もある。
また、ジャニーズ事務所創業者のジャニー喜多川の妹、藤島メリー泰子とのあいだに藤島ジュリー景子を儲けている。
馬主としても有名でランニングフリーなど名馬を所有していた。
収入には、本業の作家活動の他、ジャニーズ事務所からの役員報酬。馬主としての収入が大きかったといわれている。1990年(平成2年)分所得税納税額
1991年(平成3年)分所得税納税額
1992年(平成4年)分所得税納税額
1993年(平成5年)分所得税納税額
1994年(平成6年)分所得税納税額
印税だけで食べていける作家 長者番付・作家部門(1984年分~1988年分)
ソースは、当時の新聞報道によるものです。1984年(昭和59年)分 長者番付・作家部門 所得税納税額
1985年(昭和60年)分 長者番付・作家部門 所得税納税額
1986年(昭和61年)分 長者番付・作家部門 所得税納税額
1987年(昭和62年)分 長者番付・作家部門 所得税納税額
1988年(昭和63年)分 長者番付・作家部門 所得税納税額
1984年分~1986年分の所得税率について
1987年分の所得税率について
1988年分の所得税率について
参考までに、1984年分の住民税の税率です。
こちらもなんと、14分類に分かれていました。1985年分~1987年分の住民税の税率です。
1988年分の住民税の税率です。
は、絶版本・品切れ本を読者からの投票で復刊させる、ユーザー参加型のサイトです。印税だけで食べていける作家 長者番付・作家部門(1974年分~1983年分)
この時代、小説本は非常に読まれており、作家には印税収入を中心に大きな収入がありました。
簡単に説明をしますと、実収入ー経費=申告所得になります。
小説家の経費は実収入の30%が認められていたようです。
例)実収入・・・1億円
経費・・・3000万円
申告所得・・・7000万円当時の所得税率は恐ろしいものでした!
1974年分~1979年分は所得税+住民税=最高93%時代!
1974年分~1983年分の所得税率について
課税所得60万円超~120万円以下・・・・・・12%
課税所得120万円超~180万円以下・・・・・14%
課税所得180万円超~240万円以下・・・・・16%
課税所得240万円超~300万円以下・・・・・18%
課税所得300万円超~400万円以下・・・・・21%
課税所得400万円超~500万円以下・・・・・24%
課税所得500万円超~600万円以下・・・・・27%
課税所得600万円超~700万円以下・・・・・30%
課税所得700万円超~800万円以下・・・・・34%
課税所得800万円超~1000万円以下・・・・38%
課税所得1000万円超~1200万円以下・・・42%
課税所得1200万円超~1500万円以下・・・46%
課税所得1500万円超~2000万円以下・・・50%
課税所得2000万円超~3000万円以下・・・55%
課税所得3000万円超~4000万円以下・・・60%
課税所得4000万円超~6000万円以下・・・65%
課税所得6000万円超~8000万円以下・・・70%
課税所得8000万円超・・・・・・・・・・・・・・・・・・75%
課税所得30万円超~50万円以下・・・・・・・5%
課税所得50万円超~80万円以下・・・・・・・6%
課税所得80万円超~110万円以下・・・・・・7%
課税所得110万円超~150万円以下・・・・・8%
課税所得150万円超~250万円以下・・・・・9%
課税所得250万円超~400万円以下・・・・・11%
課税所得400万円超~600万円以下・・・・・12%
課税所得600万円超~1000万円以下・・・・13%
課税所得1000万円超~2000万円以下・・・14%
課税所得2000万円超~3000万円以下・・・15%
課税所得3000万円超~5000万円以下・・・16%
課税所得5000万円超・・・・・・・・・・・・・・・・・・18%よって、1974年分~1983年分の所得税と住民税の最高税率は驚愕の93%でした。
参考までに、1980年分~1983年分の住民税の税率です。
課税所得30万円以下・・・・・・・・・・・・・・・・・・4%
課税所得30万円超~45万円以下・・・・・・・5%
課税所得45万円超~70万円以下・・・・・・・6%
課税所得70万円超~100万円以下・・・・・・7%
課税所得100万円超~130万円以下・・・・・8%
課税所得130万円超~150万円以下・・・・・9%
課税所得150万円超~230万円以下・・・・・11%
課税所得230万円超~370万円以下・・・・・12%
課税所得370万円超~570万円以下・・・・・13%
課税所得570万円超~950万円以下・・・・・14%
課税所得950万円超~1900万円以下・・・・15%
課税所得1900万円超~2900万円以下・・・16%
課税所得2900万円超~4900万円以下・・・17%
課税所得4900万円超・・・・・・・・・・・・・・・・・・18%長者番付・作家部門(1974年分~1983年分)です
1974年(昭和49年)分申告所得額
1975年(昭和50年)分申告所得額
1976年(昭和51年)分申告所得額分
1977年(昭和52年)分申告所得額分
1978年(昭和53年)分申告所得額分
1979年(昭和54年)分申告所得額分
1980年(昭和55年)分申告所得額
1981年(昭和56年)分申告所得額
⇒激安セール 本・CD・DVD・ゲームソフトが108円から!
1982年(昭和57年)分申告所得額
1位 赤川次郎 4億0838万円
最近のコメント